元町映画館

映画館で待ってます 第4回 [バックナンバー]

私立でも公立でもなく“映画ファン立”の劇場:兵庫 元町映画館編

「みんなが“ここは自分の映画館やねん”と思える場所に」

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観客に作品を楽しんでもらうだけでなく、映画の多様性を守るための場所でもある映画館。子供からシニアまでが集まる地域のコミュニティとしての役割を担う劇場もある。

本コラムでは全国各地の劇場を訪ね、各映画館それぞれの魅力を紹介。今回は兵庫県にある元町映画館を取材した。元町商店街の通りに佇む同劇場は、2010年に映画ファンが集まり作った“映画ファン立”の劇場だ。

このたびの取材では、オープンから劇場を支えてきた支配人・林未来にインタビューを実施。名作からカルト映画、ドキュメンタリー、ホラー、インディーズ作品など多種多様な作品を上映することの意味や、今後劇場が目指す姿などを聞いた。

取材・文・撮影 / 金子恭未子

元町映画館支配人・林未来インタビュー

林未来

林未来

立ち上げメンバーはみんなほかに仕事を持っている人ばかり

──2010年にオープンした元町映画館は、映画ファンが自分たちの手で作った劇場だと聞いています。

そうなんです。2000年以降、関西でもどんどん独立系の映画館がなくなってしまって見事に焼け野原になってしまって(笑)。このままだったら好きな映画を観に行く場所がなくなるというところから、映画好きの人たちが集まって、劇場を作ることになったんです。私は新聞でたまたま新しい劇場ができることを知って、一から映画館を作る現場に立ち会える機会なんてもうないかもしれないし、面白そうだから顔突っ込みたいなって(笑)。ボランティアでもなんでもいいからお手伝いしたいですって連絡したら、立ち上げメンバーはみんなほかに仕事を持っている人ばかりで、スタッフもいないから「じゃあ一緒にやらへん?」って。当時、映画とは関係ない仕事をしていたんですが、もともと映写技師をやっていたので、映写技師として働くことになりました。その後、2013年に2代目の支配人になったんです。

──一から劇場を作り上げるのはご苦労も多かったと思います。

劇場を作った人たちはほぼ映画館で働いたことがない人ばかりで、もちろん運営したことのある人は1人もいない。「カウンターにレジ置くやん、いらっしゃいませって言ってからまず何する? チケットがいるよね」みたいな、もうそんなところからでしたね(笑)。私も映写技師としての仕事はわかるけど、運営についてはわからないですし、どうすればお客さんを集客できるかとか、そんなことを考える余裕もなかったです。とりあえず上映する作品がないといけないので、配給会社に挨拶に行きました。オープニングは高畑勲さんの「赤毛のアン ~グリーンゲーブルズへの道~」と中国映画「狙った恋の落とし方。」。プレオープンでは山形国際ドキュメンタリー映画祭から借りた「要塞」という難民施設のドキュメンタリーをかけました。

──映画館が軌道に乗ってきたと感じたのはいつ頃でしょうか?

つい最近です(笑)。今振り返ると最初の2年くらいはもはや何をやっているのかわからない感じでした。足を運んでくれる人もめちゃくちゃ少なかった。お客さんには「潰れそうやな、大丈夫か?」って心配されていましたね。でも、2013年ぐらいからある程度仕事に慣れてきて、お付き合いする配給会社も上映作品も増えました。常連さんと呼べる人たちが見えてきたのもその頃。ただ、いまだに「商店街のこんなところに映画館があるんだ」とは言われます。

映画館は地方のカルチャーを守る最後の砦

──元町映画館の魅力の1つに、多種多様なジャンルの作品が上映されていることがあると思います。

元町映画館内観

元町映画館内観

映画館が90年代みたいにたくさんあれば、うちはこういう作品を専門でやっていこうとか、カラーを打ち出していくこともできると思うんです。でも、それってジャンルを絞ることになりますよね。兵庫は大阪に比べてめちゃくちゃスクリーンが少ないので、映画の多様性を守ろうとするとそういうことをやっている場合じゃない。うちはシネフィルが集まって作った劇場なので、オープン当初はかける映画のジャンルはある程度絞っていたんですが、近所の映画館がどんどんなくなってしまって、うちが受け皿にならないと作品によっては兵庫で観られなくなってしまった。だから“こういう作品をかける”という方向性を決めることはやめました。

──劇場は文化の多様性を守る場所でもありますよね。

そうですね。映画館は地方のカルチャーを守る最後の砦だと思います。地方の場合1つの劇場が担っているものが大きいので、なくなるとその地域で失われるものが大きすぎる。その県に1館しかないミニシアターというのも、ざらにあります。人間が体験しうるカルチャーに、地域差があってはならないと思うので、地方のミニシアターがなくなるということはとても危険なことだと思います。お客さんにとって新しい表現に出会える場所でありたいとも思っているので、元町映画館ではインディーズ映画もすごく応援しているんです。

──インディーズ映画のどこに魅力を感じていますか?

型にとらわれていないし、作り手の“自分自身”が作品の中に表れていて、つたなくても伝わるものがある。ウェルメイドじゃない面白さがありますよね。また次の作品、その次の作品って作家さんを追いかける楽しみもあります。

元町映画館内観(「結びの島」トークイベントの様子)

元町映画館内観(「結びの島」トークイベントの様子)

──元町映画館では、舞台挨拶やトークショーも頻繁に開催されていて、お客さんと作り手が交流する機会も多いです。

イベントのほか、お店とのタイアップを企画したり、外部団体と連携した催しものもたくさん開いています。お客さんに映画プラスアルファの楽しみを提供するというのがオープン当初からの劇場のコンセプトでもあるんです。地方都市なので制作者や出演者と直接会うのは、お客さんにとっては貴重な機会。顔を合わせるとお客さんは作り手のことを好きになってくれますし、有名、無名関係なく応援してくれるようになる。だから制作者にとって、味方を見つけられるような劇場になればいいなと思っています。大層なことはできないですが、映画館は人と人をつなげる場所だとも思うので。実際今日も「まっぱだか」チームが前売り券販売サイン会に来てくれてるんです。よければ、話を聞いてください。

(※元町映画館を取材した日、同劇場が企画・宣伝・配給・製作した「まっぱだか」の監督・安楽涼片山享、キャストの柳谷一成大須みづほが集まり、前売券販売サイン会が行われていた)

──元町映画館は作り手にとってどんな劇場ですか?

安楽涼 「1人のダンス」という作品が元町映画館でかかった自分の最初の作品なんですが、街でたまたま出会った人が映画館まで観に来てくれたり、劇場と映画が人との縁を結んでくれることを実感しました。だから不思議なものでそれまでは全然知らなかった元町が大好きな街になったんです。人とつながることができる、それが元町映画館の魅力だと思います。

片山享 僕は「1人のダンス」の脚本を担当したんですが、映画の上映を通して、バーだったりライブハウスの方だったり、たくさんこの街で友達ができました。そこからつながって、今回一緒に劇場さんが「まっぱだか」を作ってくれました。それってすごいことですし、そういう成り立ちの映画があってもいいんじゃないかなって思ってます。映画を通して自分の街の空気を思い出していただけたらなって。

安楽 「まっぱだか」は友達映画だと思っています。だから作品を観て、僕らや劇場と友達になってほしいです。

──拝見するのがとても楽しみです!

左から片山享、柳谷一成、大須みづほ、安楽涼。

左から片山享、柳谷一成、大須みづほ、安楽涼。

ずっと面白い場所であり続けるのが映画館

──林さんご自身も今まで多くの映画人と交流してきて、つながりを深めてきたと思います。

ただ作品をかけるだけじゃなく、一緒に何かイベントをやったり、時間を過ごすと関係が深くなりますし、好きになっちゃいますよね。そうやってつながった人たちが、元町映画館10周年記念映画「きょう、映画館に行かない?」を監督してくださって。皆さんにはやっぱり特別な思いがあります。

──今までいろんなイベントを組んできたと思うんですが、印象深いものはありますか?

変なことはいっぱいやってきましたね(笑)。ゾンビメイクをして商店街を歩くとか、等身大のムカデ人間を作ってもらって、劇場に置いたり。みんなビビってました(笑)。面白いからやってみようという思い付きを実現するのに、ハードルがないからいろいろやってこれたんだと思います。

──林さんは、元町映画館で10年以上働いていらっしゃいますが、劇場で働く魅力はどこにありますか?

やっぱり映画館で働くのは楽しいです。シビアに考えているので、好きなことを仕事にする!というキラキラした理想は語れないですけど(笑)、上映する作品が次から次へと変わるので、ずっと面白い場所であり続けるのが映画館の魅力だと思います。そういう劇場であろうと意識もしていますね。

──今後やってみたい企画や特集上映はありますか?

やりたいことは死ぬほどありますね。ただ私はあくまでも、ここの構成員の1人でしかないと思っているんです。館主の存在が大きくて、その人のセレクトに信頼を置くお客さんが集まるミニシアターもあると思うんですが、うちはいろんな人が関わってできた映画館なので、みんなで面白いことを作っていく場所でありたいと思っています。「こんなんしたら面白いんちゃう? 2階のスペースをこんなふうに使ったらええんちゃう」とか、どんどん関わってもらって、もうちょっと公共性を高めたいなと。去年10周年のタイミングで設立者の堀忠が「私立でも公立でもなく“映画ファン立”の劇場だから、もっともっとそういう形を突き詰めていきたい」ということを言っていて。これはえらい宿題を残されたなと思ったんです(笑)。まだまだ既存の映画館の形にとらわれている部分もあると思うので、このあとの10年で、利用する人みんながみんな“ここは自分の映画館やねん”と思えるような場所にするため、どうすべきか考えていきたいです。

──映画ファンにはどんどん元町映画館と出会ってほしいです。

いつも面白いことをしたいなと考えているので、面白いものに出会いたかったり面白い場所で遊びたい人はどんどん来てほしいですね。そして、一緒により面白い場所を作りたいです。面白いしか言うてへんですね(笑)。でも、皆さんと作っていく劇場でありたいです。

元町映画館で今後開催予定の特集上映

「SILENT FILM LIVE」短編ウィーク

2021年8月28日(土)~9月3日(金)
<上映作品>
チャップリンの冒険
「さすらいの騎士」
「サイコロ城の秘密」
「エジソン社の映画集」(「鷺の巣から救われて」「レアビット狂の夢」「大列車強盗」)
「グリフィス初期作品集」(「小麦の買占め」「不変の海」)
「レーニンのキノ・プラウダ」
「キートンの強盗騒動」

「SILENT FILM LIVE」長編ウィーク

2021年9月18日(土)~24日(金)
<上映作品>
サンライズ
「極北のナヌーク」
ロイドの要心無用
戦艦ポチョムキン
オペラの怪人(1925年)
散り行く花
カメラを持った男

SPAAK! SPAAK! SPAAK! カトリーヌ・スパーク レトロスペクティブ

2021年8月28日(土)~9月10日(金)

<上映作品>
狂ったバカンス
太陽の下の18才
禁じられた抱擁
女性上位時代

台湾巨匠傑作選2021

2021年9月11日(土)~24日(金)

ホウ・シャオシェン監督作品

風が踊る(デジタル・リマスター版)
フラワーズ・オブ・シャンハイ(4Kデジタルリマスター版)
坊やの人形
風櫃(フンクイ)の少年
冬冬の夏休み
童年往事 時の流れ

江口洋子スペシャルセレクト

大仏+
狂徒
よい子の殺人犯
High Flash~引火点
アリフ・ザ・プリン(セ)ス

台湾巨匠傑作選2020 特別プログラム

「バナナ・パラダイス」

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