左から樋川さなえ、わたる。ラピュタ阿佐ヶ谷のお気に入りの座席にて。

〇〇の異常な愛情 Vol. 3 [バックナンバー]

樋川夫妻の場合:ラピュタ阿佐ヶ谷でお気に入りの座席を取り合っていた男女は如何にして結婚に至ったか

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カップルの馴れ初めとして「同じ映画が好きで意気投合」という話は聞いたことがあるかもしれない。では「同じ劇場の、同じ座席が好きで意気投合」というケースは耳にしたことがあるだろうか?

何かに並外れた愛情を注ぐ人にスポットを当てる連載「〇〇の異常な愛情」の第3回では、東京のミニシアター・ラピュタ阿佐ヶ谷の常連である樋川さなえ(和紙のものづくり作家)&わたる(会社員)夫妻にインタビューを実施した。

同劇場で知らぬ間に同じ席を取り合っていたところ、あるきっかけで対面し、結婚に至った2人。その過程について取材するうち、2人がラピュタ阿佐ヶ谷目当てで近所へ引っ越して来たという話や、ラピュタ阿佐ヶ谷が好きすぎてお手製オブジェを作っている話といった、まさに“異常な愛情”にぴったりなエピソードも飛び出した。

取材・文・撮影 / 浅見みなほ 撮影協力 / ラピュタ阿佐ヶ谷

お気に入りの席を取られて、悔しい思いをしていた

──ラピュタ阿佐ヶ谷常連のご夫婦であるお二人ですが、もともと同劇場でかかるような古い映画がお好きだったのですか?

樋川さなえ 子供の頃からBSで放送されているような昔の映画が好きでした。私は京都出身なので、京都みなみ会館で古い映画がかかるとよく観に行っていました。

樋川わたる 以前は、映画館にはたまに行くくらいだったんですが、2009年にある人の映画ブログを読んで「この人の言っていること、すごくわかるな」と思って。そこに書かれていたタイトルを探すと、ちょうど浅草の名画座で上映されていると知り、そこから毎週名画座に通うようになりました。任侠映画や寅さん(「男はつらいよ」)の1作目を改めて観て、こんなに面白いんだと感じたのがきっかけです。

左から樋川さなえ、わたる。ラピュタ阿佐ヶ谷の入り口にて。

左から樋川さなえ、わたる。ラピュタ阿佐ヶ谷の入り口にて。

──それぞれラピュタ阿佐ヶ谷に初めて行ったときのことは覚えていますか?

さなえ 私は上京したのが2010年で、ラピュタ阿佐ヶ谷に初めて来たのは2011年の2月ですね。そのとき観たのは「マタンゴ」です。

わたる さっき自分のメモを読み返して調べたら、私は2010年の8月に初めて行って、森崎東監督の「女生きてます 盛り場渡り鳥」を観ていました。

──通い始めた時期は比較的近いのですね。同じ劇場の常連でありながら、当時面識はなかったそうですが……。

さなえ それまでまったく面識はなく、2012年の8月にたまたま共通の知り合いが主催した飲み会で会って、初めてお互いを認識しました。それもちょっと変な集まりで、“山手線1周飲み会”という(笑)。

わたる 山手線の各駅で降りて、1日かけて全部の駅で飲むという会でした。

さなえ 私は「あなたと同じような映画好きの人が来るよ」と聞いていて、当日彼を紹介されて、好きな映画について話した気がします。翌日に別の友人も含めて3人でラピュタ阿佐ヶ谷に行ったんですけど……そのとき座席の話にはならなかったよね?

わたる そうですね。翌日モーニングショーを観に行ったのは覚えています。座席の話をしたのは、少しあとですね。その年に銀座シネパトスで、エキストラとして「インターミッション」の撮影に参加できる機会があったんです。劇場の最後列の客役で、待ち時間も長かったので、こういったお互いの鑑賞記録のメモを見せ合って話していました(エクセルにまとめた鑑賞記録を印刷した紙を取り出す)。

──すごい量のデータですね! マメなお人柄が伝わります。

わたる 彼女は手帳に書き込んでるんですけど(笑)。

さなえ 彼はエクセルのほうが楽だって言うんですけど、手書きのほうが絶対に楽だと思います(笑)。そのとき、メモを突き合わせたらたまたま同じ日の同じ回で、桜町弘子特集の「骨までしゃぶる」とそのあとの「グラマ島の誘惑」を観ていたことがわかったんです。2012年の5月の上映ですね。さらに話したら、同じ座席を狙っていたっていうのもわかって(笑)。ただ、私は映画館に行くのがいつも早いんですよ。

わたる 逆に私は遅くて、いつもギリギリなんです。

さなえ なので同じ回を観ていたときも、だいたい私が先にお気に入りの席を取っていたはずで。

わたる たぶん、悔しい思いをしていたんだと思います(笑)。

左から樋川わたる、さなえ。ラピュタ阿佐ヶ谷のお気に入りの座席にて。

左から樋川わたる、さなえ。ラピュタ阿佐ヶ谷のお気に入りの座席にて。

2人の好みが合うのは、ラピュタ阿佐ヶ谷だけ

──ラピュタ阿佐ヶ谷は座席指定制ではないので、整理番号を早く取った方が好きな席で観られますもんね。具体的にどの席を選んでいたんですか?

わたる ここですね。

樋川夫妻が愛用する名画座手帳より。★印がお気に入りの座席。

樋川夫妻が愛用する名画座手帳より。★印がお気に入りの座席。

──2列目の真ん中ですね。ラピュタ阿佐ヶ谷は、比較的最前列が人気なイメージでした。

さなえ 最前列は、たとえ空いている回でも隣に人が座る確率が高いんですよ。私は最初4列目に座ったんですが、もうちょっと近いほうがいいなと思って次は最前列にしてみました。でもやっぱり隣に人が来てしまうので、それからは2列目を選ぶようになりました。隣が空いていることが多くて広く感じますし、前の人の頭もあまりかぶらないのでお気に入りです。

わたる 私はかぶりつき(最前列)も好きなんですが、主役だけではなく脇役も好きなタイプなので、没入感がありつつ端にも目配りできるような席がいいなと思って。前寄りでありながら、ちょっと引いたところにあるこの席が好きです。

左から樋川さなえ、わたる。ラピュタ阿佐ヶ谷のお気に入りの座席にて。

左から樋川さなえ、わたる。ラピュタ阿佐ヶ谷のお気に入りの座席にて。

──知り合う前、さなえさんにその席を取られてしまっていたら、わたるさんはどこで観ていたんですか?

わたる 1席空けて隣か、通路を挟んで隣ですかね。

──ではかなり近い席で観ていたんですね。

わたる あまり他人に注意を払わないタイプなので、いつも同じ人にその席を取られていることまでは気付いていなかったんですが(笑)。

さなえ 私も、全然(笑)。

──映画館では、マナーがいい人ほど記憶に残らないものですもんね(笑)。ちなみにほかの映画館でも、同じような基準で席を選んでいるのですか?

さなえ 私は通路側を選ぶことが多いですね。できれば隣に人がいないほうがいいので。

わたる 私は真ん中のほうが好きです。

さなえ だから、2人の好みがちょうど合うのがラピュタ阿佐ヶ谷だったんです。通路側かつ真ん中あたりで。ほかの劇場に一緒に観に行っても、だいたい座りたい場所が違うんです(笑)。今でもよくラピュタさんに一緒に行くんですが、ここだけは座りたい場所が同じなので、空いていれば隣合わせで2席取ります。

ラピュタ目当てで阿佐ヶ谷に引っ越して来ちゃった

──同じ席を狙っていたことがわかってから、一層意気投合して、一緒に映画館へ出かけるようになったのですか?

さなえ そこから浅草名画座に連れて行ってもらったり、お薦めの映画を紹介し合ったりして、結婚したのが2014年11月ですね。

──今でも一緒にラピュタ阿佐ヶ谷へ通っていらっしゃるんですね。

さなえ 毎週何かしらは観に行っていますね。私のほうは仕事柄時間も自由なので、平日も1人でよく行っています。ラピュタ阿佐ヶ谷目当てで阿佐ヶ谷に引っ越して来ちゃったくらいなので(笑)。

──ラピュタ阿佐ヶ谷目当てで、ですか!?

わたる はい(笑)。

さなえ 前は別の街に住んでいたのですが、マンションの取り壊しで引っ越さなければいけなくなって。

わたる 私の勤務先の関係で、中央線沿線なら便利だなと思っていたんですが……。

さなえ それならラピュタ阿佐ヶ谷が近いほうがいいね、と(笑)。

わたる ただ、一番多いときは1年に758本劇場で鑑賞していたんですが、最近は減ってしまいましたね。

──ええ、劇場で758本は相当ですね! それも配信サービスで観るのではなく、劇場に行っているのがすごいです。

さなえ 本数を競っていたわけではないんですが、観たいものを観に行っていたら2人合わせて年に1000本を超えていました(笑)。

──そんな中で、ラピュタ阿佐ヶ谷で鑑賞した思い出の1本を教えていただけますか?

さなえ 1本ではなく特集全体になってしまうのですが……ラピュタさんは七夕の時期に、短冊で上映作品のリクエストを受け付けていて、「『独立愚連隊』シリーズ一挙上映熱望!!」と2017年に書いたら昨年採用していただけたんです。それだけでなく、Twitterに短冊の写真をアップしてリクエストが叶ったことを報告したら、主演の佐藤允さんの息子さん(映画監督の佐藤闘介)が「ありがとうございます」とツイートしてくれていて。

樋川さなえが当時記入した短冊。

樋川さなえが当時記入した短冊。

──さなえさんの熱が各方面に伝わったのですね。

さなえ あとは「事件記者」シリーズかなあ。日活の各60分くらいのシリーズなのですが、特集上映をやってくれるのはラピュタさんだけなんですよね。私の中ではラピュタ阿佐ヶ谷と言えば「事件記者」のイメージがあるかもしれません。

わたる そうやってニッチな特集をやってくれるのはありがたいです。思い出の1本を選ぶのはなかなか難しいんですが……ラピュタさんで観て、最初に衝撃を受けた作品は「日本の悪霊」ですかね。佐藤慶さんが1人2役で、刑事とヤクザを演じているのですが、取り違えられた2人がだんだん相手に感情移入していく……という作品です。佐藤慶さんがとにかくかっこよくて印象的でした。ほかの劇場ではなかなかやらないようなラインナップでしたし、ラピュタさんは佐藤慶特集を1年間隔で2回もやっていて。

さなえ 支配人さんがファンなんだそうです。

撮影時には、ラピュタ阿佐ヶ谷の支配人・石井紫(左)から夫妻へ花束のプレゼントが。

撮影時には、ラピュタ阿佐ヶ谷の支配人・石井紫(左)から夫妻へ花束のプレゼントが。

空気感、美術、筋の通った作品選定が好き

──独自のセンスで作品選定をするミニシアターの“キュレーター”的な存在意義は、コロナ禍にも再注目されましたね。お二人が考えるラピュタ阿佐ヶ谷の魅力はやはり、作品ラインナップですか?

さなえ それに加えて、やっぱり空気感が好きです。スタッフさんの雰囲気もそうですし。

わたる 木が生えていて、池があるところも好きです。

さなえ 居心地がいいもんね。

わたる あと私は、ラピュタさんのチラシ素材で、こんなものを作って遊んでいるんです。

樋川わたる作のオブジェ(写真左上)。右上は夫妻が愛用する名画座手帳、左下はラピュタ阿佐ヶ谷20周年記念のチラシ集、右下は樋川わたるの映画鑑賞記録データ。

樋川わたる作のオブジェ(写真左上)。右上は夫妻が愛用する名画座手帳、左下はラピュタ阿佐ヶ谷20周年記念のチラシ集、右下は樋川わたるの映画鑑賞記録データ。

──ええ、売り物かと思いました!

わたる チラシを縮小コピーして、100均のアクリルブロックに挟んで、玄関に飾っているんです。ラピュタさんはほかの劇場に比べても宣伝美術に力を入れているように感じて、すごく好きなんです。それからこれはラピュタ阿佐ヶ谷20周年のときに作られた、非売品のチラシ集です。関係者用に作られたものをお客さんにもプレゼントしてくれる企画があって、映画の半券を使って応募したら当選しました。あとは勝新太郎若山富三郎の特集上映のポスターも、2枚とも当選してプレゼントしていただきました。宝物として大切にしています。

──お客さんとの距離の近さも、大事なポイントの1つですね。

さなえ そうですね。お客さんのための企画を取り入れつつ、流されるわけではなくラピュタ阿佐ヶ谷らしい軸があって、一本筋が通っているところが素敵だなと思います。

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