
劇場版「チェンソーマン レゼ篇」デンジを狂わす“ヤバい女”たちを、ファム・ファタールの視点から深堀り
藤本タツキが“普通の”ボーイミーツガールを描くわけがなかった〈ネタバレ有り〉
2025年9月25日 18:30 9
“チェンソーの悪魔”を身に宿した少年・デンジが、公安所属のデビルハンターとして活躍するさまを描いた「
中でも彼が偶然出会った少女・レゼが登場する「レゼ篇」は、作中屈指の人気を誇るエピソード。映画化を果たし、9月19日に全国公開された。本コラムではレゼを筆頭に、デンジを狂わせる“ヤバい女”たちの言動を、ファム・ファタールという概念を通して振り返りつつ、「レゼ篇」の魅力を深堀りしていく。なお本コラムでは「レゼ篇」の物語の展開に触れる部分があるため、映画鑑賞後に読むことをオススメする。
文

“ヤバい女”は好きですか?
質問です。
“ヤバい女”は好きですか?
“ヤバい女”に振り回されて人生めちゃくちゃにされたい……と思ったことはありますか?
「チェンソーマン」や藤本タツキ作品に触れたことがあるあなたは「もちろん!」と答えることでしょう。そうではないあなたも……この記事が気になったならば素質があります! 藤本タツキの描く“ヤバい女”に入門する、絶好のチャンスがやってきました。それは、「チェンソーマン」の中でも絶大な人気を誇る「レゼ篇」の劇場版公開です。
藤本タツキの描く女が大好きな私もさっそく鑑賞したのですが……最高でした。米津玄師と宇多田ヒカルによるエンディング・テーマ「JANE DOE」が帰宅中もリフレイン。原作を徹夜で読み返し、そのままのテンションでこの文章を書いています。
本コラムでは「チェンソーマン」という作品を、デンジが惹かれた女たち──いわゆる“ファム・ファタール(破滅させる女)”とも言える魅力をもった彼女たちの“ヤバさ”に着目しながらご紹介します。
「チェンソーマン」にまっすぐなヒロイン、まったく存在しないな
「少年マンガ」と聞いて、どんなイメージが浮かぶでしょうか。友情、努力、勝利のためまっすぐにがんばるヒーロー。それを支える仲間たちと健気なヒロイン。歴史が積み重なる中でヒーロー像は多様化し、ヒロインにもバリエーションが生まれています。近年はヒーローの後ろで守られているのではなく、共闘するヒロイン、ヒーローよりも強いヒロインも目立ちます。とはいえ根本としては、まっすぐな女子が多い印象。
では「チェンソーマン」はというと……一般的に言うまっすぐなヒロイン、まったく存在しないな。何考えているかわからない女が多すぎる。思惑を隠して近づき、デンジの人生をかきみだしていく女たちをヒロインと呼んでもいいものだろうか。辞書で「ヒロイン」を調べると「良い性質を備えている」「読者・観客が共感することを想定されている」的なことが書いてあるもん! ヒロイン、不在すぎる。
嘘つきで人間差別主義で暴力的な(しかもトイレを流さない!)血の魔人・パワー。
酔うとキス魔になる(しかもデンジにはベロチューと見せかけてゲロを流し込んできた)公安対魔特異4課所属のデビルハンター・姫野。
常におどおどしており小動物のようだが生き延びるためなら誰よりも手段を選ばない(し率先してデンジを殺そうとする)、公安対魔特異4課所属のデビルハンター・東山コベニ。
とにかくパンチの効いた女ばかりが登場する「チェンソーマン」には、心安らがせてくれるヒロインが皆無!? デンジが求めた“普通の生活”はどこへ!? 次はどんな悪魔が登場するのか以上に、次はどんな“ヤバい女”が襲来するのかにハラハラさせられ通しです。
幼い頃に両親を失い、1匹と1人きりで生き延びてきたデンジには、恋の経験も女を見る目も皆無。ただ「自分に関心を持ってくれる」や「顔がいい」だけで振り回されてしまうのでした。不憫!
こうした女たちをヒロインと呼ぶことはできないけれど……“ファム・ファタール”という解釈はできそうです。恋心を寄せた男を破滅させるために、まるで運命が送り届けたかのような魅力を備えた女のことを指す概念です。古くは、イエス・キリストに洗礼を授けた預言者ヨハネに愛を拒まれ、斬首した首に口づけた王女サロメなどが、ファム・ファタールの原型とされています。人類、太古の昔からファム・ファタールが好きだな。
いきなりハグしてくれる女はヤバい
そんな「チェンソーマン」のヤバい女=ファム・ファタール筆頭といえば?
そう、マキマです。
チェンソーマンとして覚醒した当初のデンジを見出し、自分が率いる公安対魔特異4課へと引き入れるのが彼女です。
「私はゾンビの悪魔を殺しに来た公安のデビルハンターなんだ」
「キミの選択肢は二つ 悪魔として私に殺されるか 人として私に飼われるか」
原作1話を読み返しましたが、最初からクライマックスにヤバいですね、この女。
さらにヤバかったのは登場4ページ目にして、「抱かせて……」と言いながら倒れるデンジを抱きしめたこと。その後人の姿に戻ったデンジは、彼女に「飼われる」ことを決めます。1話時点のデンジの人生が底辺すぎたため素敵な未来が待っているかと我々も錯覚しかけましたが……彼を襲うのは、努力しても友情を築いても勝利しても、すぐに悪魔に奪われていく、ハードモードな日々。やっぱり、いきなりハグしてくれる女(とその女が率いる組織)が与える環境がまともなわけがなかった! 皆さんも、いきなりハグしてくれる女には気をつけましょう。
ちなみに「レゼ篇」にはマキマがデンジを映画デートに誘うエピソードがあり、そこでマキマが映画好きであることが明かされます。“無類のコンテンツフリークであるがゆえに、主人公をエンパワーする人物”というのは、「ルックバック」「さよなら絵梨」「ファイアパンチ」といった藤本タツキの他作品にも必ず出てくる存在です。ニッチすぎる!と思いつつ、「いや……こういう女好きだったな」という、自分でも知らなかった癖(へき)を発見させられました。藤本タツキ、読者の癖(へき)の開発がうますぎる。
「チェンソーマン」に純度100%の好意はありうる……?
そんなふうにデンジと読者の心をつかんで離さない、絶対的ファム・ファタールことマキマですが……彼女の統治を大きく揺るがす存在が現れます。それがレゼ。レゼとデンジの過ごしたひと夏を描くのが「レゼ篇」です。
マキマとの初デートで、「俺の心はマキマさんのものだ」と再確認したデンジ。レゼは、デートの余韻に浸っているデンジが急な雨に降られて電話ボックスで雨宿りをしているときに現れます。後から滑り込んできた彼女は、デンジの顔を見て「死んだウチの犬に似ていて…」と笑い泣きます。戸惑いながらも、さっき飲み込んでいたガーベラの花を口から吐き出す一発芸(?)を見せるデンジ。花をもらってはにかむレゼの笑顔を正面から見たデンジは、彼女に心奪われます。
「私この先の二道(ふたみち)ってカフェでバイトしてるの 来てくれたらこのお礼してあげる」
満を持してのヒロイン登場に思える、「レゼ篇」のはじまり。もしかしたらついに、清く正しいボーイミーツガールが始まるのでしょうか。
「やたら触ってくるし 俺に笑ってくれるし もしかしてこの娘 俺のコト好きなんじゃねえ…?」
「確定で俺のコト好きじゃん」
「マキマさん助けて 俺この娘好きになっちまう」
マキマへの忠誠心を守ろうとしつつも、デンジは、積極的に自分にかかわり境遇を心配してくれるレゼに速攻で心ほだされていきます。
デンジの恐れに応えるように、レゼとデンジの甘酸っぱい時間は続きます。レゼのバイトするカフェで一緒に勉強をする2人、学校に行ったことがないと言うデンジを夜の校舎に誘うレゼ、誰もいない夜のプールで裸になりデンジに泳ぎを教えるレゼ。
「教えてあげる! デンジ君の知らない事 できない事 私が全部教えてあげる」
こんな純度100パーセントの好意があっていいのか……? そんなこと、「チェンソーマン」にあるのか……?
レゼとデンジの過ごす時間は、まさにデンジが求めていた“普通の生活”そのもの。やっぱりレゼこそが遅れてやってきたヒロインなのかも? レゼの登場により「チェンソーマン」の、青春ラブコメとしての第2幕があがったのかも? ボーイミーツガールあるある、デンジがレゼのために全力疾走するシーンが見られるのか?
チェンソーマン【公式】 @CHAINSAWMAN_PR
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「チェンソーマンナタリー」
コラム公開💥
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藤本タツキが“普通の”ボーイミーツガールを描くわけがなかった
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