
劇場版「チェンソーマン レゼ篇」デンジを狂わす“ヤバい女”たちを、ファム・ファタールの視点から深堀り
藤本タツキが“普通の”ボーイミーツガールを描くわけがなかった〈ネタバレ有り〉
2025年9月25日 18:30 12
ここからでもボーイミーツガールに……なれるわけがなかった
しかし、デンジは普通の少年ではありません。夜の学校に忍び込んだ彼らを、台風の悪魔と契約しチェンソーの心臓を狙う男が追ってきます。かつて、ターゲットの妻と娘の皮を剥いで本人を絶望させることで殺させると豪語するその男は、デンジではなく、レゼをロックオン。1人になったレゼを追いかけ、屋上へと追い詰めます。
「ポチタ…好きな人が二人できちまったよ 誰だと思う…?」
(色ボケ中の)デンジはレゼの絶体絶命の状況に気づきません。このままレゼは男の手にかかるのか、それともデンジの助けが入るのか?
物語は一気に、青春ラブコメからホラーサスペンスへと転換した……!?と思いきや、さらにもう一ツイストします。ナイフを持って襲いかかってきた男にレゼが飛びつき、素手で首の骨を折って殺すのです。やはりデンジのことを好きになる女の子が、普通のわけがなかった!
デンジのいる教室に戻ったレゼは、屋上での惨劇などなかったようにデンジを夏祭りに誘い、花火の見える高台でデンジに告白します。
「仕事やめて………私と一緒に逃げない?」
「知り合いに頼めば絶対に公安から見つからない場所があるの そこだったら……すぐは無理でもいつか一緒に学校いけるよ」
「だって私…デンジくんが好きだから」
ここからでもボーイミーツガールに戻れる保険に入っていたんですか!? 本当に信じていいんですか!?
読者の混乱と裏腹に、デンジが出す答えは……NO。デンジのなかではマキマだけでなく、先輩・早川アキと、バディであるパワーの存在が大きくなっていました。レゼの提示する“普通の幸せ”に代えられないほどに。
そんなデンジを「私の他に好きな人いるでしょ」と看破し、彼の舌を噛み切るレゼ。自分も普通ではないことを(広義の)キスで明かしたレゼはデンジを狙う刺客へと転じ、デンジは(レゼから逃げるために)命を賭けた全力疾走に追い込まれるのでした。
ある種、デンジも“オム・ファタール(運命の男)”
やはり藤本タツキが“普通の”ボーイミーツガールを描くわけがなかった。甘酸っぱさに比例して、デンジがとんでもないツケを払うことになる「レゼ篇」。その顛末はぜひ映画で目撃してください。
マキマに対立するファム・ファタールとして登場するレゼ。彼女の面白さ(怖さ?)は、マキマのように支配や権力でデンジを縛るのではなく、彼が一番欲しがっていた“普通の幸せ”を差し出す点にあります。学校、勉強、プール、デート。どれもデンジが想像しかしたことがなかった、当たり前の日常。出会いの時点からデンジの力を求めていたマキマに対して、彼女は「デンジ君みたいな面白い人、はじめて」と笑うのです。恋愛偏差値ゼロのデンジが太刀打ちできるわけがありません。
抗えない幸福をちらつかせてくるレゼ。しかしデンジは、彼女の「逃げよう」という誘いに乗りませんでした。ここに、ただ振り回されているだけではない、デンジという少年の芯があります。
ここまで、女性キャラクターたちにフォーカスしてそのヤバさと破滅性を強調してきました。でもよく考えたら、デンジも相当ヤバいですよね。公安であれだけひどい目に遭ってるのに「だんだん楽しくなってきてんだ、今……」と言って、レゼの誘いを断るなんて。「チェンソーマン」全体で一番何をしでかすかわからないのは、実はデンジなのです。
出会ったその瞬間からデンジに好意を示し続けていたレゼですが、このとき初めて、デンジの本質に触れ、思い通りにならなさに執着を抱いたのではないでしょうか。執着とは、愛の別名。ここから、デンジの全力逃走が始まるとともに、レゼもデンジに、本気を出さざるを得なくなるのです。ある意味、レゼがデンジに振り回されるターンの始まり。デンジがレゼの“オム・ファタール(運命の男)”だったという解釈もできるでしょう。
ファム・ファタールは、男性の欲望を反映した女性像として発展してきた概念です。正直、彼女たちがただデンジを“振り回し”、“破滅させる”ために用意された「装置」だったら、藤本タツキ作品はここまで魅力的ではないように思います。
「チェンソーマン」のいいところは、女たちもまた、デンジの予定破壊性や、単細胞すぎて何をしでかすかわからない点に振り回され、のっぴきならない状況に追い込まれることです。彼女たちもまた破滅しうる側だからこそ、人間的な側面があらわれて愛しく思える(いや、人間ではないキャラクターも多いけど……)。ただの客体的ヒロインではないから、いきいきしているのです。
「この女がヤバい 2025」は、レゼ(CV:上田麗奈)で決まり
「チェンソーマン」原作は現在、少年ジャンプ+で第2部を連載中。デンジは引き続き、さまざまな“ヤバい女”と遭遇しています。
劇場版「チェンソーマン レゼ篇」は、そのエッセンスをスクリーンに封じ込めた作品です。ファム・ファタールに振り回され、振り回し返す快楽。デートムービーにぴったりですね。
レゼ役は「タコピーの原罪」の主人公しずか、「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」のギギ・アンダルシアなど、一筋縄ではいかない女たちを演じてきた
2025年、スクリーンで最も輝く“ヤバい女”は間違いなくレゼ。彼女の笑顔に、声に、そして破滅に、心を持っていかれてください。
劇場版「チェンソーマン レゼ篇」
- ひらりさ
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1989年生まれ。文筆家。オタク文化、女性の消費、フェミニズムなどのテーマを中心に、エッセイ、インタビュー、レビューを執筆する。平成元年生まれのオタク女子4人によるサークル・劇団雌猫のメンバー。劇団雌猫としての編著書に「浪費図鑑」「だから私はメイクする」など多数。個人名義の単著に「沼で溺れてみたけれど」「それでも女をやっていく」、上坂あゆ美との共著に「友達じゃないかもしれない」。
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藤本タツキが“普通の”ボーイミーツガールを描くわけがなかった
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