マンガ原画展の歩き方 [バックナンバー]
「漫画家・森薫と入江亜季 展」の担当者に聞いた、マンガの原画の魅力
知る体験って心地いい。面白いと感じたことを、皆さんにも共有したい
2024年12月13日 19:00 12
コミックナタリーの読者には、マンガの原画展に行くのが好きな人も多いはず。だがマンガの原画の、どこに注目したらいいかを教えてもらったことがある人は、ほとんどいないのではないか。
自分でもペンを走らせているマンガ家や、仕事で原画を目にすることの多いマンガ編集者、そして原画展を企画・制作する学芸員といったプロは、原画を鑑賞するときどんなところに注目しているのだろう。そんな人たちに、「こういう視点で観ると原画展ってもっと面白いよ」と教えてもらえたら、原画展に行くのがもっと楽しくなるかもしれない。そんな思いから、「マンガ原画展の歩き方」はスタートした。
今回は、世田谷文学館で開催中の「漫画家・森薫と入江亜季 展 ―ペン先が描く緻密なる世界―」(以下、「森入江展」)で会場の展示を担当している、学芸員の原辰吉氏に取材を申し込んだ。
取材・
話を聞かせてくれたのはこの人
世田谷文学館 原辰吉さん
世田谷文学館の学芸員として、世田谷にゆかりのある近代文学者を研究したり、寄贈された資料等を適切に保存・管理したり、展示したりするのが主なお仕事。教育普及にも力を入れており、ワークショップやトークショーを開催して、楽しみ方を伝えたり、理解を深めてもらったりしている。「マンガは専門ではない」とのことだが、学生時代からマンガを読むのは好きで、森薫・入江亜季作品はもちろん、矢口高雄「釣りキチ三平」、秋本治「こちら葛飾区亀有公園前派出所」、漆原友紀「蟲師」、天野こずえ「ARIA」、熊倉隆敏「もっけ」、今市子「百鬼夜行抄」などを愛読していた。
ファンとして原画を目の当たりにすると、やはり圧倒されてしまう
──最初に、この企画の趣旨を改めて説明させてください。私はマンガの原画展に行くのが好きなのですが、会場に足を運ぶと目の前の原画のパワーに圧倒されるばかりで、帰り道に「きちんと原画の魅力を味わえたのか」「展示を隅々まで堪能できたのか」という思いに駆られることが少なくないんです。「森入江展」も見どころが盛りだくさんで、展示を作られた学芸員さんにお話を聞いたらより深く展示を楽しめるのではないか、気づかなかった鑑賞のポイントを知ることができるのではないかと思い、お時間をいただきました。
がんばってお話しさせていただきます。ただ、私自身はあまりマンガの原画展に足を運ぶほうではないんですよね。ところざわサクラタウンの「大乙嫁語り展」は2回行ったんですけど(笑)、ほかは覚えているところだと上野の森美術館の「画業50年“突破”記念 永井GO展」、弥生美術館の「デビュー50周年記念 くらもちふさこ展」くらいで。自分は文学が専門なので、普段は文学関係の展示をチェックしたり、美術だと浮世絵や風景画が好きで観に行ったりします。あとは歴史とか自然科学とか、自分とまったく違う分野の展示を観に行くのも新鮮味があって面白いです。展示の方法などのヒントをもらうことも多々あります。
──「森入江展」はどういう経緯でご担当されることになったのでしょう。
館内の企画会議で、数年前からこういう展示をやりたいと提案はしていました。森さんと入江さんの作品は高校生のときから読んでいて、思い入れがあったんです。ただ、最初からこのおふたりでと決まっていたわけではないです。おふたりが雑誌・ハルタで連載されていた頃、編集さん側から雑誌単位での企画をご提案いただいたこともあります。その際にマンガ家さんによっては、あまり個人での展示をしたがらないというお話を聞いて……。ずっとどのような形でやるのがよいか、漠然と考えていました。それが今の形に近づいたのは、青騎士という新しい雑誌ができたときにおふたりが揃って移籍されたこと、それから、「大乙嫁語り展」が開催されたとき、森さんと入江さんのトークショーに運よく参加することができまして、そこでのおふたりのやり取りを拝見して、森さんと入江さんの関係性にフォーカスしたら面白いのではと肌で感じたことが大きいです。
──青騎士が創刊されたのは2021年4月、「大乙嫁語り展」のトークショーは2022年3月ですから、本当に何年も前から準備されていらっしゃったんですね。
当館ではどの展示も、だいたい2~3年前には実施か否かの方向性が決まっています。展示そのものの準備は1年強くらいの期間でした。
──さっそくですが、原さんはマンガの原画を観るとき、どんなところに注目されていらっしゃいますか。例えば、先ほど「大乙嫁語り展」に足を運ばれたとおっしゃいましたが、そのときはどんなふうに鑑賞されたのでしょう。
作品の話がわかっているものに関しては、“絵”として観ますね。森さんの「大乙嫁語り展」の場合は……やっぱり見た瞬間に圧倒される絵なので、最初はただただ圧倒されて帰ったように思います。それで2回目を観に行って……同じように、圧倒されて帰りました(笑)。
──(笑)。やはり“ファン”として観るとそうなってしまいますよね。
でも「大乙嫁語り展」は森さんのコメントやラフがたくさん添えてあって、こういうところに力を入れていらっしゃるんだというのがわかって、それは興味深かったですね。
──“展示を作る側”になって、印象が変わった部分はありますか。
調査のときに、おふたりそれぞれの執筆の現場を見させていただきました。執筆道具を紹介してくださったり、こういうふうに描いているんだというのを間近で見させていただいたりして、そこで初めて知ったことはたくさんありました。あと、おふたりの担当編集でいらっしゃる大場さんの話がとにかく面白いんですよ。今回パネルにも「鑑賞のポイント」とコメントを寄せてもらったんですけど、「そうやって見るんだ」「そういうところを見てるんだ」というのが新鮮で、学ばせてもらいましたね。
「なんでもないページにこそ技術が詰まっている」という編集者の教え
──今回の展示で、原さんが大事にしたかった部分はどこでしょう?
自分の中で決めていたテーマがいくつかあります。1つは、おふたりともアナログにこだわって作画されていて、現物が目の前にあるわけですから、とにかくそれを見てもらうこと。純粋に原画と向き合ってもらえる空間にしたかったので、展示自体は奇をてらうものではなく、オーソドックスなものにしようと思っていました。それから、「マンガってそもそもなんなんだろう?」ということについて考える場所、“マンガ”という大きなものを感じられる場所にしたかった。あとは、マンガ家志望の方、あるいは創作者の方、何か表現したい気持ちを持っている人に「表現するってこういうことだよ」と伝えられるような、背中を押して、将来につなげてあげられるようなものにしたいと思っていました。こうしたテーマは、先生方にもお伝えしていて、共感してもらえたのかなと感じています。
──マンガ以外の展示と比較して、マンガだからこういうところが面白いという違いはありますか。
自分の専門的な部分に引き寄せて言うと、文学展で、例えば小説の展示だと、作品の中身を見てもらおうとしても、やはり読んでいただかないと難しい部分があります。作品の愛読者の方は、見に来たときそこに原稿があるだけでも、感じ入るものがあると思うんですが、知らない人にも見てもらうためには、かなりの工夫が必要です。その点マンガは、そのマンガを読んだことがない方でも、絵そのものは見られるじゃないですか。言葉もあるので、ある1枚だけを見てもらっても伝わるものが多い。文学と絵画のちょうど間のような、その両方の側面があるのはマンガの特徴だと思います。
──なるほど。
一方で難しいと感じるのは、マンガはそうした“1枚”がいくつも連続して物語を織りなしているわけですが、スペースの問題があるので、そのすべてを展示することはできない点です。限られたスペースの中で、どの場面を見せるのか。そこはかなり考えるところで、マンガの展示の難しいところだと感じました。必ずしも、ファンの方が見たい場面ではなかったりするでしょうし、ある意味で、選び手の意図が出てしまうというか。
──「森入江展」は約400点もの原稿やイラストが並んでいるわけですが、こちらのセレクトは原さんがされたのでしょうか。
基本的には私とチームで決めました。「この場面を使いたいです」と相談して、許可をいただいたものがほとんどです。これも大場さんとのやり取りで勉強させていただいたことなのですが、選ぶとなると、どうしても見開きのページとかを見せたくなるじゃないですか。単純に絵として迫力があるし、物語の中でも印象に残るシーンであることが多い。でも大場さんは、「そういうシーンだけじゃなくて、なんでもないようなページも見せてほしい」と。“平場”とおっしゃっていましたが、「そういうなんでもないページにこそ、どう読ませるかという技術が詰まっている」というお話を聞いて、確かにそうかもしれないと学びになりました。
合同展だからこそ見えた、“マンガ家”という職業の裏側
──森さんの原画、特に「乙嫁語り」に関しては、「大乙嫁語り展」が先に展開されたことで多くの人が目にする機会があったわけですが、違いを出そうと意識したりはしましたか?
今回は作品をクローズアップするというより、作家さんにフォーカスして全体像を見てもらうというテーマがあったので、違いを出そうとしなくとも、自然と差別化されたように思います。「乙嫁語り」が好きだという方も、過去作の「エマ」はこれまで手に取る機会がなかったり、同人時代の作品までは知らなかったり。そういう方に「『エマ』も読んでみようかな」「入江さんの作品も素敵だな」と思ってもらえる機会になればうれしいです。気になる作品があれば、ミュージアムショップや街の本屋さんで、コミックスを手に取ってみてほしいです。
──「森入江展」は、森さんと入江さんがお互いの印象を綴られているなど、合同展ならではの見どころもたくさんあるように思いました。
そうですね。やはりこうして並べて鑑賞することで改めて気づく、それぞれの魅力、作風の違いがあると思います。展示の後半に、おふたりが執筆に使う画材を並べているコーナーがあるのですが、この道具は同じだ、でもこれは違うんだ、なんて見比べても楽しいんじゃないでしょうか。今回は“作家さんはどうやってマンガを作っているのか”を伝えることも意識していたのですが、私にとって発見だったのは、「必ずしもマンガ家さんはひとりで作業されているんじゃないんだ」ということでした。それはアシスタントがいるとかいないとかではなく、なんとなく、マンガ家さんは机に向かって孤独に作業されているイメージがあったんです。「森入江展」では、森さんと入江さんが一緒にクロッキー会をしたときの記録とか、そういったものまで展示しているのですが、そうした資料から作家さん同士の連帯感みたいなものが垣間見えて、それがすごく面白かったですね。ただ今回のような合同展を行えたのは、おふたりの奇跡のようなバランス感があってこそだとも感じています。絵のクオリティ、画風、それから物量に関しても、並べて成り立つ例ばかりではないと思いますので。
──今回、森さんと入江さんのコメントもすごく多く、見ごたえに加えて読みごたえもある展示だったように思います。
パネルだけでもかなり量がありますよね。我々は、故人の作家さんを顕彰する展示も多く、その場合は遺された作品や書籍などから引用します。おふたりに関しては第一線で活躍中の現役作家さんですし、生の声を聞ける機会ってあまりない。特に森さんと入江さんに関しては、普段露出もそこまで多くないですし、コメントがあれば展示のガイドラインにもなるので、せっかくなので……と、無理を言ってお願いしました。それにもかかわらず、各原画のキャプションなんかは、自主的に追加してくださっています。
──森さんや入江さんから、「これも展示してはどうか」と提案があった部分もあるのでしょうか。
かなりあります。原画の借用に行った際にも当初の予定よりも多くお借りしました。後半の画材ですとか、その周辺の調度品ですとか、「こういうのも出せますよ」とどんどん持ってきてくださって。慌てて展示スペースを作りました(笑)。
──本当に普段使っていらっしゃる画材がそのまま置かれているようで、個人的には「これを展示してしまって、困らないんだろうか?」と思ったりもしたのですが……。
入江さんは「もう1セットあるので大丈夫です」とおっしゃってました。森さんは入江さんが先に持ってこられたのを見て、「このペン軸出して大丈夫なの?」と驚かれてたんですけど、合わせて持ってきてくださいました。絵の具なんかも、ご自身で普段使っている状態に並べてくださって。
──完全再現ですね……。それを聞くと、あそこの展示をもう一度しっかり見に行かないといけないと感じます。
画材屋さんで同じものを手に入れることができるものもあるでしょうし、マンガを描いてみようという方の参考になったりするといいなと思っています。
文学館でマンガの展示をやる意義
──展示の中で、原さんが特に気に入ってるところはどこですか?
「動物」のコーナーでしょうか。森さんも動物好きでいろいろな生き物を飼育されていますし、入江さんも柴犬を飼っていらっしゃって、マンガにそういう生活や趣味・嗜好がにじみ出ているところが面白いかなって。おふたりがご自宅からお写真を持ってきてくださったりもして、展示としても充実していると思います。動物で言うと1つ印象に残っていることがあって、入江さんのお宅に初めて調査に伺わせていただいたとき、私はそのワンちゃんにめちゃくちゃ吠えられたんです(笑)。図体が大きいのもあって、「主人に害をなす危険なけだものがきた!」と思われたんでしょうか。それが、2回目に会ったときはすごく大人しくしていて、なんだか認められたようで安心しました。
──先ほどから、入江さんのお宅に伺ったことを“調査”と表現されているのが、学芸員さんらしいこだわりを感じます。
そうですか? どんなものがあるかとか、大きさはどのくらいかとかも見ているので、自分としてはやはり調査ですね。
──後から展示物が増えたというお話がありましたが、実際に展示を作ってみたら予想と異なった、というところもありますか?
意外と広い空間になったと感じました。図面とかで、どういう感じに仕上がるのかは考えながら進めていくのですが、広い割に内容がぎっしり詰まったような展示にできたと言いますか……。
──広いのにぎっしり?
はい。当館の展示室はそんなに大きくないので、展示を増やそうとすると通路を多くする必要があって、びっしりしてしまう場合もあるのですが、今回はちょっと空間に余裕を持たせよう、順路らしい順路はあまり作らないようにしようと考えていたんです。とはいえ原画400点以上ですから、詰め込み過ぎかな、窮屈になっちゃうかなという気持ちもあったのですが、設営してみたら意外と、閉塞感がある感じではないのに内容はそれなりに濃いものにできた実感はあります。
──通路を広めに取ったにもかかわらず、しっかりたくさんの原画を見せられていると。図面のお話はなかなか知る機会がないので気になります。
施工業者さんと、壁のスペースがこのくらいだと、そこに何枚額が入るのかというのを計算するんです。キャパシティに対して、出してもらえる展示物がいっぱいあるような場合は、ケースを出してきて配置して。なるべくたくさん飾れるようにはしたいのですが、やっぱり三段掛けとかになってしまうと、車椅子でお越しになる方もいらっしゃいますし、見づらくなってしまうので、基本的にはその壁の真ん中くらいの高さで収まるようにしています。
──“文学館”という場所で、マンガの展示をやることの意義についてもお聞きしたいです。世田谷文学館は今回に限らず、マンガ家の企画展を多くやられていますよね。最近だけでも、伊藤潤二さんに江口寿史さん、山下和美さん、谷口ジローさん、ちばてつやさんに安野モヨコさん……。
「“漫画館”じゃないか」って言われてしまいそうですけど(笑)。そうですね、文学館としては割と早い段階からマンガを取り上げていたんじゃないでしょうか。先ほども少し、マンガには文学と絵画の両方の面があるというお話をしましたけど、物語や言葉を扱っているものなので、人文学の領域にあると思うんです。今回で言うと特に“創作する”ということにおいては、文学とそう違わない部分もあるんじゃないかと思います。入江さんのマンガを読んでいても、セリフがすごく洗練されているように感じます。実際、入江さんに創作メモなどを見せてもらったら、ポメラに文章でアイデアを書かれていると知って、やっぱり共通する部分はあるんだな、と。そういうものを広い枠組みで捉えて、“創作するとはどういうことか”とお見せするのは、無駄ではないのかなと考えています。
──なるほど。
今回は森さんや入江さんの愛蔵書も展示しているのですが、森さんは小説の書き方の本を読まれていたりもします。また、森さんが選んだ中に作家の井上ひさしさんの「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」という本があり、ハッとしました。2020年に当館で「没後10年 井上ひさし展」を開催したことがありまして。そのときに私もチームの一員で、みんなで、創作方法の面白さを伝えよう、“どうやって戯曲や小説を書くのか”みたいなところを伝えようと、資料をお借りしてきて展示を作ったんです。その経験からも、方法的な部分で共通点はかなり多いんじゃないかと感じました。当館は企画展のチケットで、収蔵品を展示しているコレクション展もご覧いただけるんです。今ですと「寺山修司展」をやっているのですが、「森入江展」に足を運んでいただいた方がもし寺山修司をご存知なくても、せっかく同じチケットで見られるなら……見たいじゃないですか(笑)。そうやって見てもらって、文学のことを知ってもらうというのも大事だと思っています。
「マンガの完成形は本」、それでも原画を観に行く理由
──よく「マンガの完成形は印刷された本だ」と言いますよね。それでもマンガの原画を観に行く理由って、原さんはなんだと思いますか。
本っていろんな人の手が入って完成するものですよね。最終的に確認するとしても、1回作者さんの手を離れるわけです。本までの過程では消えてしまうものもある。その前の、作者さんがこれを完成形として仕上げたものが原画。個人的にはそれを見られるというのが大きいんじゃないかなと思います。
──修正液で書き文字を大胆に変更していたり、青えんぴつで指示書きがされていたり、そういう印刷に乗らないものもあります。
マンガ家さんは印刷された状態を想定して、印刷に載らない部分も工夫している。そういうところも原画を観ないと感じられない部分かなと思います。当館で昨年開催された「江口寿史展」でも感じましたが、江口先生は納得いくまで何度も絵を直されていて。修正の跡に、線の1本1本に対するこだわりをみました。
──わかります。
あとは、やはり本物と向き合うということは、体験として重要だと思います。絵画だって、有名な作品を画集なり画像なりで目にする機会は多いですが、それを見て「いいな」と思っていても、実際本物を見るともっと違う迫力があったりしますよね。例えば、かなり前ですけど、2012年、東京都美術館で「マウリッツハイス美術館展」が開催されてフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」が日本に来たとき、展示を観に行きました。画集に何センチと書いてあっても、サイズ感ってなかなかわからない。そして、実物を目の当たりにしたら「意外に小さい作品だな」と思って、でも、それでいて小さな絵から感じる輝きはすごいものがあった。そういう体験って、きっとあるんじゃないでしょうか。やっぱり“本物”が見たいですよね。
──今回「マンガ原画展の歩き方」というテーマで取材させていただけないかと、原画展がスタートするより前にご相談させていただきましたが、実際に展示を拝見したら、「森入江展」自体が“マンガ原画展の歩き方”を親切に教えてくれるような内容だと感じたんです。こういうところに注目すると面白いとか、マンガはこうやってできるとか、作家さんが普段どんなことを考えて、どんなふうに生活されているかとか……。今日お話を伺って、それは原さんが“マンガは専門ではない”からこそ、マンガと真摯に向き合われて、“調査”を重ねて──森さんや入江さん、大場さんとの会話の中で学んだことや、執筆の現場を見に行かれて感じたことを展示の中で伝えよう、表現しようと工夫された結果なんだなと思いました。
ありがとうございます。やっぱり自分が面白いと感じたことは、皆さんにも共有したいです。以前、大場さんと入江さんに、世田谷文学館でやっている高校生向けのイベント「生業さがし」で講師をご担当いただいたことがありまして。マンガに関わる仕事について解説していただくという、高校生向けの内容ではあったんですけど、話はマンガ以外にも多岐にわたって、でもそれがマンガに集約していって、大人が聞いても学びがある、楽しめるものだったんです。そういうときに「ああ、そうなんだ」って知ったことがたくさんあります。今回も、展示の準備や創作の現場に足を運ばせていただくという貴重な機会を通じて、普段は知ることができない、作家さんの情熱に触れることができた。そうして感じた情熱を、展示を見に来てくれた方にも伝えるのが使命だと思ってやっています。
──入ってすぐのパネルに、大場さんが書かれた「鑑賞のポイント」がありますよね。抜粋させていただくと、「(森薫は)人物が世界と隣接する部分、つまり人物のいちばん外側の輪郭線にはいちばん太い線を引く」「例えば、どのコマにもふたつ、入江亜季は吹き出しを描く」……。森さん入江さんを一番近くで見ていらっしゃる編集者さんのこういうコメントも、すごくためになります。
私個人はどちらかというと、作品は感じたままに感じるほうがいいと思っているタイプではあるんです。自分がどう感じたかが大切で、「ここに注目しましょう」という案内に従わなくたっていい。だけど、やっぱりガイドラインがいくつかあると、何回も楽しめますよね。1回目は自由に見てみよう、次はこういうところに注目してみよう。大場さんの解説は専門的ですが、こういう見方があるのか!と視野が広がりますよね。知る体験って心地いい。それを味わってもらえたらいいなと思います。
──すでに足を運ばれた方の感想を見ると、「時間が足りない」と書かれている方がすごくたくさんいて。
それを聞くと「やっぱり詰め込みすぎたんじゃないか……」と考えてしまいますが(笑)、満足して帰ってもらえるのが一番なので、その点ではうれしいです。出口からまた入口に戻っていただいても構わないので、お時間が許す限りは楽しんでもらえたらと思います。
「漫画家・森薫と入江亜季 展」は2025年2月24日まで開催中
漫画家・森薫と入江亜季 展 ―ペン先が描く緻密なる世界―
期間:2024年11月2日(土)~2025年2月24日(月・祝)
時間:10:00~18:00
会場:東京都 世田谷文学館 2階展示室
入場料:一般1000円、65歳以上・大学・高校生600円、小・中学生300円、障がい者手帳をお持ちの方500円 ※団体割引あり
※毎週月曜日は休館。月曜が祝日の場合は開館し、翌日が休館となる。また年末年始にあたる2024年12月29日から2025年1月3日までも休館。
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