「マンガ原画展の歩き方」

マンガ原画展の歩き方

どこに注目してる? どうしたらもっと楽しめる? 展覧会の企画者に聞いてみた

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コミックナタリーの読者には、マンガの原画展に行くのが好きな人も多いはず。だがマンガの原画の、どこに注目したらいいかを教えてもらったことがある人は、ほとんどいないのではないか。

もちろん鑑賞方法なんて個人の自由で構わないだろう。知識がないまま美術館に足を運んで、自由な感性で絵画を鑑賞するのも楽しい。しかし、その絵に使われている技法や時代背景などを知ってから作品を観たら、さらに奥深い体験ができるはずだ。

そこで「よつばと!原画展」「手塚治虫 ブラック・ジャック展」などに携わる手塚プロダクション・鈴木美香氏に、注目すべきポイントや企画者の視点を教えてもらった。コミックナタリー読者が今後マンガ原画展を楽しむ際の参考になれば幸いだ。

取材・/ 鈴木俊介

話を聞かせてくれたのはこの人

手塚プロダクション 鈴木美香さん

手塚プロダクションで、展覧会やイベント関連の業務を担当。手塚治虫作品の展示に対し、主催者から開催権利料をもらうというライツマネジメントの仕事が中心だったが、「それだけでは自分たちの思いが伝わる展覧会ができない」と企画制作も請け負うようになった。宝塚市立手塚治虫記念館でもさまざまな展示企画を担う。また海外における原画展示にも精力的で、世界各国に足を運んでは手塚マンガの魅力を伝えている。

手塚プロダクション

手塚プロダクション

どうしたら原画展がもっと楽しめる?

──私はマンガの原画展に行くのが好きなんですが、具体的に原画のどこに注目したらいいのか、正直よくわからないままいつも観賞しているんです。もちろん「あのシーンだ!」とテンションが上がったり、ホワイトの修正跡や青えんぴつの走り書きを見つけて眺めたりはするんですけど、「原画の魅力をちゃんと味わえているのかな?」とずっと思っていて。もしかしたら自分でもペンを走らせているマンガ家さんは、あるいは原画展を企画制作される学芸員の皆さんは、もっと違うところに注目されているんじゃないか? そういう方に「こういう視点で観ると原画展ってもっと面白いよ」と教えてもらえたら、原画展に行くのがもっと楽しくなるかもしれない。そんな思いから、今日はお話を伺わせていただきに参りました。

素晴らしい企画ですね。きちんと、いいお話ができるかしら(笑)。

──気軽にお話しいただけたらうれしいです。まず鈴木さんご自身は、原画を観るとき、特にどんな部分に注目していますか。

たぶん皆さんとそう変わらないですよ。ここで修正液を使ってるなとか、ここでトメハネしてるなとか。ペンだと強弱がついてるだけじゃなくて、墨が薄かったり濃かったりするのもわかるので、「ここは筆圧をかけて描くだけの理由があるんだろうな」と考えたり……そうやって観るとやっぱり楽しいですよね。それから、手塚治虫だとわかりやすいんだけど、描き直しを何度もしてるんです。原画展だと、そうした修正前の部分も見えるんですよ(笑)。最初はこの位置に目を描いたんだなとか、修正後の目の大きさのほうが確かにバランスがいいなとか。本ではわからなかった濃淡、細かい調整、そういうのを間近で見られるのが原画展のよさだと思います。

「ブラック・ジャック」第1話「医者はどこだ!」より。 (c)Tezuka Productions

「ブラック・ジャック」第1話「医者はどこだ!」より。 (c)Tezuka Productions

──インクの濃淡や修正跡から、作家さんのこだわりや、そこにかけた時間が透けて見える。

完成した絵を観るだけであれば、極論マンガを読めばいいわけですから(笑)。原画をよく観ると、「ここは油性マジックで描かれていたんだ」みたいな画材の違いや、消しゴムをかけても残る下描きの跡など、いろんなものが見えてきて、作家の方が原稿を描き上げるまでにたどった足跡とか、読者を驚かせてやろうなんていう企みみたいなものなんかも見つかったりします。だから本当に、1枚1枚、目を皿のようにして観るといいですよ。拾い物がいっぱいあります、原画の中にね。

──次に原画展を訪れるとき、どんなことに気をつけると鑑賞がさらに楽しくなるでしょう? 何かアドバイスがいただけないかと思っていたのですが。

それで言うと、今言ったことと矛盾するようなんですけど(笑)、原画1枚1枚を観るだけじゃなくて、展覧会の構成を意識してもらったらより楽しめると思いますね。私たちは一応“学芸”をやっているので、多くの展示の場合、「こういう視点で観てほしい」というテーマがあるんです。そのテーマに合わせて作品を集めている。それを伝えるために、展示キャプションなどで説明したりするんですが、皆さん原画を観るのに一生懸命で(笑)。その気持ちもすごくわかります。でも、できれば展示ごとのテーマを踏まえて観てもらえると、また違う見方ができるはずです。

──そのページが飾ってあることにも、並んでいる順番にも、原画展の作り手の意図がある。改めて聞くとすごく初歩的なことですが、原画を前にするとつい夢中になってしまって、忘れがちかもしれません。

「手塚治虫 ブラック・ジャック展」より。各コーナーの冒頭、各原画の近くなどに添えられた説明書きに、展示の作り手の思いが込められている。 (c)Tezuka Productions

「手塚治虫 ブラック・ジャック展」より。各コーナーの冒頭、各原画の近くなどに添えられた説明書きに、展示の作り手の思いが込められている。 (c)Tezuka Productions

逆に言えば、テーマがなくバラバラに飾ってあるなら、きっとバラバラに観てほしいんですよ。それも意図じゃないですか。そう飾ってあったら、1枚1枚をしっかり観たらいいんです。だいたい入り口の挨拶文とかに書いてあると思うので、それを読んだうえでどう楽しむか考えてもらうといいでしょうね。展覧会って、本当に作る人によって表情が変わるんです。展示する作品は同じだとしても、作る人や会場が違ったら、同じ見え方にはならない。10月から東京シティビューでやる「ブラック・ジャック展」は、手塚プロダクションの人間じゃなくて、NHKプロモーションさんの「ブラック・ジャック」好きな方が学芸を担当してくださっているんですが、ご提案いただいたテーマの中には、私が思いも寄らなかった視点があったりもしました。いろんな角度から観ることができるのもまた、原画展の魅力ですよね。

──なるほど。

あと、展覧会はぜひ、繰り返し観に行くといいですよ。2度目に行くときは、1回目に観てよかったものだけを贅沢に観たらいいんです。家でマンガを読み返したり、本を持って会場に行って観比べてもいいと思います。

忘れられない展覧会、残念だと思う鑑賞方法

──原画展はご自分でもよく行かれますか?

行くほうだと思います。最近はキャラクター人気が高まっているのもあって、キャラクターにフォーカスした、原画がない展示イベントもありますけど、やっぱり原画が観られる展示が好きですね。

──今までに行った原画展で、印象に残っているものはありますか。

赤塚不二夫先生の展覧会です。原画展はそれまでにもいろいろ観ていたんですけど、展示といえば額に入れてまっすぐ飾っているのしかなかった。でもさすが、赤塚先生は違います。原画がナナメにしてあったり、ひっくり返してあったり、マンガの原稿で遊んじゃってて(笑)。当時、たぶん私はもう今の仕事をしていたんですが、「そうだよね、マンガの展覧会なのに、なんで私たちおカタい感じで作っていたんだろう」「会場も含めてマンガにしなきゃダメじゃん!」ってハッとさせられたのをよく覚えています。

※1997年、静岡・伊東市の池田20世紀美術館で「まんがバカなのだ 赤塚不二夫展」が開幕。これが好評を博し、「これでいいのだ!赤塚不二夫展」とタイトルを変え、上野の森美術館など全国を巡回した。

──展示を作る側として、雷に打たれるような体験だった。

ええ。原画の文化的価値が見直されるようになって久しいですけど、いわゆる“美術”と呼ばれるものとマンガって表現が違うので、展示の方法もそれに合わせて変えなきゃいけないと常々思っていて……。ただその壁って、なかなか突破できないんです。美術館側のこう展示すべきという意向もありますしね。それを赤塚先生は見事にぶっ壊していた。これは、ほかも赤塚先生と同じように展示するべきという話ではなくて、作家に合わせて展示の方法を変えていかないと、マンガ展のこれからはないんじゃないのか?という話でもあります。うちはお陰様でいろんな主催者さんとお仕事させていただく機会がありますけど、「今回は趣向を凝らして、手塚先生の作品を現代アート風に飾ってみました!」なんて言われたりする、でも現代アート風とかじゃなくて、マンガはマンガなんだから、マンガとして飾ってほしいと思ってしまうんです。ゴッホの展覧会ではこうだった、だから同じように扱ったら、素晴らしい美術品として観てもらえますよねって言われても、それはやっぱり違うと思う。みんななかなか壁を越えられない。私自身、“手塚治虫ならこう見せるのがベスト”みたいな答えを見つけられていないから、あまり強いことは言えないんだけど、それをちゃんとやらない限りはこの仕事をやめられない。赤塚先生の展示を観てからずいぶん経つんだけど、いまだにあれを超えたと思う展示は作れていなくて、すごい悔しいから、余計覚えてるんです。

──壁を越えられている、と感じた展示はほかにもありますか。

上野の森でやっていた井上雄彦先生の展覧会は飛び越えていたと思います(※2008年開催「井上雄彦 最後のマンガ展」)。美術館の壁にまで描かれていて、マンガって狭い枠に収まりきらないすごい表現なんだって肌で感じる展覧会でした。手塚の場合はすでに亡くなっているので、本人の意向は聞けないけど、生きていたら人が考えつかないような原画展を考えてやったんじゃないかって気がしますよね。

「手塚治虫 ブラック・ジャック展」には、手術台に乗ることができるフォトスポットも。 (c)Tezuka Productions

「手塚治虫 ブラック・ジャック展」には、手術台に乗ることができるフォトスポットも。 (c)Tezuka Productions

──手塚先生がご存命の頃は原画展をやっていなかったんですか?

1985年から「手塚治虫漫画40年展」を巡回開催したなどの実績がありますので、やってなかったことはないはずです。ただ、本格的に開催された原画展としては、東京国立近代美術館の「手塚治虫展」が知られていて、その頃には亡くなってました(※「手塚治虫展」は1990年7月開催。手塚治虫が死去したのは1989年2月)。入社当時、よく社内で言われていたのは、「手塚先生が生きてたら、展示する原画を全部描き直したよね」でしたから、展覧会用の原画が大量に残ってない以上、少なくとも本人にとっては本格的な原画展はやってなかったのかもしれませんね(笑)。「先生にとっての原画展は?」って直接本人に聞けたらいいんだけど、もう聞けないのはしょうがないので、だったら私流で考えなきゃいけない。会場に入った瞬間、「手塚治虫のマンガってこうだよね」って感じてもらえる展示を作ったら、一応1つのゴールかなって思います。

──逆に、もったいないと感じるような展示もあったりするのでしょうか。

この頃は写真撮影OKの原画展が増えたじゃないですか。SNSで拡散してほしいからだと思うんですが、そうすると中には、写真を撮るために来たのかな?と思っちゃうような方がいらっしゃる。1枚撮って横に移動して、また1枚撮って移動して……。これはもったいなくてしょうがないですよね。生原画を観に来て、なんで画面越しに観て満足しちゃうの?って。せっかく会場に来てくれたんなら、ぜひ自分の目で観るべきだと思う。これをやってほしくないがために、写真撮影NGにしたくらい。原画って展示すると傷むわけですよ。手塚のなんかすごい古いから、原稿用紙もボロッボロなんです。額に出し入れするだけでも少しずつ傷んでいっちゃう。それでもやっぱり先生の熱意がそこにこもってるから、皆さんに原画を観てほしいから飾ってるんです。楽しみ方は自由でいいと思うんですが、その覚悟を受け取ってもらえないのは残念ですね。

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「よつばと!原画展」の魅力は、“描く”の前まで知れるところ

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【コラム】
「マンガ原画展の歩き方」
原画を見に行くのが、もっと楽しくなる! 展覧会の企画者に教えてもらった、原画展を味わうコツ
「よつばと!原画展」「手塚治虫 ブラック・ジャック展」の裏話も
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