アニメスタジオクロニクル Vol.18 手塚プロダクション 松谷孝征

アニメスタジオクロニクル No.18 [バックナンバー]

手塚プロダクション 松谷孝征(代表取締役社長)

手塚治虫が伝えたかったことをみんなに伝えるのが手塚プロダクションの役割

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「おにいさまへ…」で出崎統がやって来るという大転機

ここからは、当時の制作現場により深く関わっていた2人の話も交えながらこれまでの歩みを振り返っていこう。1988年に入社した製作局制作部部長の宇田川氏と、1993年に入社したライセンス部参与の湯本氏だ。

「先生が亡くなって、手塚プロダクションは解散するものだと思っていましたよ。中にいる人間としては。先生の原作が新たに生まれるわけでもないし、先生がいなくて誰が企画を立てるの、という思いもあったし」(宇田川氏)

「会社で多くの人を抱えていたので、できればそこで解散できるとすごく楽だったんだろうけどね(笑)。でも手塚がいたら手塚作品をやらなきゃいけないけど、こうなったら手塚作品以外でも下請けでもなんでもいいからみんなが生活できるようにがんばってほしいと言ったんです」(松谷氏)

こうして手塚プロダクションは初めて手塚の関わらない作品を手がけることに。そして1991年、池田理代子が1974年に週刊マーガレット(集英社)で連載した少女マンガ「おにいさまへ…」を原作とするアニメが放送される。宇田川氏は、この作品が手塚プロダクションにとって最大の転機だったと語る。

「おにいさまへ…」DVDパッケージのイラスト。
(c) NHK・NEP・池田理代子プロ・手塚プロ

「おにいさまへ…」DVDパッケージのイラスト。 (c) NHK・NEP・池田理代子プロ・手塚プロ

「先生が亡くなってから制作された最初の作品である『三つ目がとおる』は、手塚マンガが原作なのもあって新しく監督さえ来れば社内でこれまでと同じように作れるだろうという感触がありました。しかし松谷社長に話が来てアニメ化することになった池田先生の『おにいさまへ…』はこれまでと毛色が全然違っていた。どうアニメ化すればいいか現場が悩んでいるときに、縁あって出崎統が監督として来てくれることになりました。

出崎さんは『ガンバの冒険』や『あしたのジョー1・2』などで名を挙げていた業界内でも異質の演出家で、『そんな大天才がうちに来るの?』と驚きました。僕は出崎番としてよく話を聞いていましたが、出崎監督はもともとマンガ家志望でしたが、虫プロに入社して映像に関わることにより、そのほうがより自分を表現できるということでアニメの道に進み始めたんです。そんな彼が『おにいさまへ…』で監督をしてくれたおかげで現場は相当締まりましたし、無事に作れたおかげで自分たちもいろいろなことができる可能性をみんなが感じるようになりました。

その後も出崎監督は手塚プロダクションに所属して、『ブラック・ジャック』や『聖書物語』の監督など、さまざまな作品の監督をすることになりました。特に『ブラック・ジャック』は大切な作品で、有名なマンガなのでずっと前からいろんな企業からアニメ化の話を頂いていたものの、どこかうまくいかなかったようです。でも『出崎さんがやるなら』ということでOVAでの展開が実現した。これはすごく大きかったです」(宇田川氏)

手塚治虫生誕100周年、そして初のオリジナル作品に向けて

手塚作品以外も手がけるようになり、アニメスタジオとしてリスタートした手塚プロダクション。同社は2000年代に突入すると、さらに制作するアニメの幅を広げる。

「手塚プロダクション本体には営業部がありましたけど、スタジオとしては制作機能だけしかなく営業活動をしていませんでした。そのため本社にアニメの話が来た作品を我々が制作するという状況が続いていたんです。でも『ASTRO BOY 鉄腕アトム』が放送された2003年くらいでアニメの話が来なくなって。そのときに社長としてはアニメ制作をやめるという選択肢もあったかもしれないけど、僕らも会社にいたいから『自分たちで営業してでもアニメをやりたい』と言って営業するようになりました」(宇田川氏)

左から宇田川純男氏、松谷孝征氏、湯本裕幸氏。

左から宇田川純男氏、松谷孝征氏、湯本裕幸氏。

この努力が実り、手塚プロダクションは2007年以降「もっけ」や「源氏物語千年紀 Genji」「坂道のアポロン」など多彩な作品の制作に参加することになる。

「僕ももともとは制作として働いていましたけど、営業として動くようになりました。例えば『もっけ』は当時MAD HOUSEの社長だった丸山正雄さんに会いに行って紹介された話で、MAD HOUSEが請けたものを手塚プロがグロス受けしていました。しばらくはそうしたいろんな会社の下請けみたいな状態が続いたんです」(宇田川氏)

「そういうスタイルだと、共同制作とは言え手塚プロダクションの名前はあまり表に出ないんですよ。その内、手塚プロがアニメ制作できることを知らない人も増えていました。

2014年くらいには『ヤングブラック・ジャック』というマンガのアニメ化の話が本社のほうに来たんですけど、その時点ではどこが制作するか決まっていなかったらしくって。そこでうちでもできることを伝えたところ、TBSのプロデューサーさんが『手塚プロダクションさんってアニメスタジオを持ってるんですか?』と驚かれて(笑)。そんな流れでうちが久々に元請けとして同作を作ることになりました」(湯本氏)

こうして2010年代後半の手塚プロダクションはTBSで放送された「だがしかし2」や「五等分の花嫁」などを元請けとして制作する。近年では「マイホームヒーロー」や「アンダーニンジャ」、そして「ザ・ファブル」などダークな側面を持つ青年向けマンガをアニメ化。特に「ザ・ファブル」では「装甲騎兵ボトムズ」などで知られるベテランの高橋良輔監督を起用し、独自の存在感を放っている。

「ザ・ファブル」キービジュアル (c)南勝久・講談社/アニメ「ザ・ファブル」製作委員会

「ザ・ファブル」キービジュアル (c)南勝久・講談社/アニメ「ザ・ファブル」製作委員会

「最近のキャラクターものと言われている作品がアニメ界では主流になっていますが、それだけでなく社会性があるものをやりたいという思いがあって。会社としてもそういったテイストのほうが描きやすいので意識的にやっています。

髙橋良輔監督はもともと虫プロ出身の方だし、僕は2004年の『火の鳥』の頃からはずっと週のうち何日かは一緒にいるという縁がありました。髙橋監督も松谷社長の1つ上で80歳を超えていますから、『最後に何かやったほうがいいんじゃないですか? もう作れなくなっちゃうかもしれませんよ(笑)』なんて口説き落として『ザ・ファブル』をやってもらえることになりました」(宇田川氏)

このように60年以上の歴史の中で、手塚プロダクションのアニメ制作は変遷をたどってきた。そして今後は、同じようにさまざまな作品を手がけていくのは変わらないものの、初心である手塚作品を世に広めるという思いを体現する傾向が強まっていくようだ。

「2028年には手塚の生誕100年を迎えるんです。それに向けてまた手塚作品のアニメをやるために、今はいろいろ仕込んでいます」(松谷氏)

「うちは手塚作品のアニメをやるためのスタッフを維持することが目標だと、僕は考えています。もちろん弊社以外の会社に任せても手塚原作のアニメを作ることは可能でしょう。でも先生が亡くなったあとに、その遺志を継いで出崎さんや髙橋さんといった虫プロで先生が直接教えた弟子達が監督として手伝ってくれたりして、その元で人材が育ってきているうちに次の手塚原作アニメをやりたいんです」(宇田川氏)

手塚プロダクションの様子。

手塚プロダクションの様子。

「なぜアニメ化するかというと、やっぱり手塚作品を多くの人たち、特に子供に読んでいただきたいから。手塚治虫が伝えたかったこと……命や平和の大切さ、戦争の悲惨さ。そういったものをみんなに伝えるのが手塚プロダクションの役割だと思っています」(松谷氏)

「手塚先生の作品は700以上あって、それらをアニメ化していくというのはもちろんやりたいです。それともう1つ、手塚プロダクションとしてのオリジナル作品を作るチャレンジもしたい。そうでないと手塚プロである意味がないと思っていて。高橋監督は日本で一番オリジナル作品が多いんですけど、手塚先生から『あなたも私と同じ創り手でしょ。好きなことをやりなさい』と言われてその思いを受け継いだとおっしゃっています。その精神性は継承していきたいですね」(宇田川氏)

松谷孝征(マツタニタカユキ)

1944年9月24日生まれ。実業之日本社にてマンガ編集者を経験し、1973年に手塚プロダクションに入社。手塚治虫のマネージャーを務める。1985年4月に同社代表取締役社長に就任。「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「三つ目がとおる」「青いブリンク」「ブラック・ジャック」などを手がける。

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「アニメスタジオクロニクル」
第18回は
\手塚プロダクション 代表取締役 松谷孝征/

手塚治虫が設立した手塚プロダクション動画部から虫プロ、そして今日に至るまでアニメ制作の歴史を語ります。
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