マンガ編集者の原点 Vol.6 [バックナンバー]
「3月のライオン」「ふたりエッチ」の友田亮(白泉社キャラクタープロデュース部)
苦しみと同居するのが天才なら、天才なんていないほうがいい
2022年10月19日 15:00 9
羽海野チカには勝負もの、克・亜樹にはセックスシーンを
さまざまな作家との経験を経て、編集者として成長していく友田氏。2007年、
「結果論ということで、たまたまうまくいった例でもあると思います。羽海野さんほどの力量を持った人であれば、ほかのテーマでもうまく描いたと思う。ただ『ハチミツとクローバー』を読んでいて、羽海野さんは群像劇がうまい人だなと思っていて。主人公のはぐみちゃんがうまく絵が描けなくて絵の前で泣いているシーンがあるんだけど、それを凡人である竹本くんが見ていて『神さま やりたい事があって泣くのと みつからなくて泣くのでは どっちが苦しいですか?』っていうモノローグが入るところが、僕は『ハチクロ』で一番好きなんです。この子は絵と“格闘”しているんだな、と思った。
恋愛に関する部分も面白いんだけど、むしろ僕は、人としてなさねばならぬことがある、という命題について描いているところに胸を打たれて。『この人は勝負物を描けば、ひょっとしたらすごいものになるかもしれない』と思いました。あとは自分が将棋をやっていたことと、『ヒカルの碁』がとても好きでよくできた話だなと思っていたので、碁にこんな素晴らしい話があるなら将棋でも作ってみたいなと思っていました」
編集者の重要な仕事の1つに、作家自身が思いもよらなかったテーマを持ちかけてマッチングさせるという役割がある。料理で言えば、和食では普通使わない食材とスパイスを組み合わせることで、未知の味わいが生まれることがあるのだ。組み合わせのコツはなんだろう。
「作品を読んだときに、『俺だったらこうするのに』という意識を持っているといいかも。例えば僕は中高生のときから
あとは、過剰にストーリーは入れないこと。セックスシーンってアクションシーンと同じで、ストーリーが進まないんですよ。16枚の連載の中に6、7枚セックスシーンが入ると、その分話は止まるわけですよね。克・亜樹さんはサービス精神旺盛だから、ついついいろんなストーリーを入れちゃう。だけど、これはセックスのお話だからそちらがメインであって、そのほかの細かい話はメインじゃないんですよ、という感じでお話を持って行ったのはよかったかもしれないね」
なるべく作家が向き合いたくない部分に、あえて正面から向かわせる。慧眼であるが、話の持っていき方にも工夫がいったことが想像される。「王道」の大事さも語ってくれた。
「克・亜樹さんや羽海野さんや新谷さんも含め、結局作家さんって、あまのじゃくだから人と同じことはしたくないわけです。でも人と同じことをしないと、そこは読者も含めた『誰もいないゾーン』になっていく。だから王道をしっかり描いたほうがいい例は実はけっこういっぱいあるんですよね。テンプレは同じかもしれないけど、描き手さえ違えば個性的に見える。でもみんなそのテンプレを使うのは嫌がる。そこをどう作家さんを嫌がらせずに、『個性的で面白いですよ』とうまく伝えるか、が大事だと思います」
編集者はクリエイターではない
勝機はニッチなゾーンではなく、王道にこそある。友田氏の哲学の1つに触れた気がした。作家も、編集者に信頼を置いているからこそ意外な提案も受け入れることができるのだろう。友田氏には作家に信頼されるために、大事にしていることがある。
「注意深くあることです。例えば、先生の仕事場に行ったとして、片付いているのか、いないのか。郵便物は、薬は、本は整理されているか。ぴちっと整理されている人は几帳面だし、ぐちゃぐちゃの人は頓着しないタイプだよね。いつも几帳面な先生のトイレがきれいでなければ、トイレ掃除に手が回ってないくらい忙しいんだなって想像がつく。あとは、着てる服。男だと、いつも同じ服の人も多いけど、それは服を買いに行く暇がないのか興味がないのか──こんなふうに、作家さんの人となりや状態は、いくらでも目の前から情報収集ができていくわけです。
それをひたすら自分の中に貯めていって、『この人はこういう人なんじゃないか』と想像する。その人物像に基づいて会話したときに、違うなと思えば修正していけばいい。信頼関係を得るのは実は簡単というか、相手を注意深く見て、やってほしいと思ってることをスッと差し出すようにすると、段々と関係はよくなっていくんです」
恋愛のテクニックにも通じる気がする。注意深く観察し、状況を察し、相手の望みを叶えてあげる。そして、シャーロック・ホームズのような優秀な探偵のようでもある。
「ホームズとワトソンの会話でよく出てくるのが、観察力の差の話。ホームズは常に観察していて、階段が何段あったかまで数えている。ワトソンは『そんなことどうだっていいじゃないか』と言うけど、ホームズは『いつか役に立つかもしれないじゃないか』という姿勢。この注意深さの差なんです。若い編集者やライターさんって、作家とはマンガの話さえしてればいいって思ってるんだよね。だけど、僕は羽海野さんとマンガの話ってほとんどしないよ。極端な話、お話を考えるのは作家さんであって編集じゃないから。
ストーリーに関して編集者がやれることはたかが知れていて、10のうち2をやれれば大したもんだよね。だって絵も描けないし、お話も自分が一から作っているわけじゃないし。そうなると、その人が普段どういうことを考えながらストーリーを動かしているのかを聞いていったほうが、編集の役割においてはよりスムーズで、合理的だと思う」
作家との会話では、マンガの話よりも重要なことがある──目から鱗だった。そんな友田氏と羽海野との最近の会話は。
「先日会ったときは、羽海野さんがコミケに出した本の作業がいかに大変だったかという話を聞いていました。特に女性の作家さんには聞く耳を持つのが一番だと思います。傾向として、男性の作家さんは提案を待ってるんだけど、女性の作家さんは提案を待ってないんだよね。話を聞いて共感することが重要です。それに、話す内容は雑談8割、マンガ2割くらいでいいと思う。
はっきり言うと、僕はマンガの話があんまり好きじゃないんだよね(笑)。もちろんマンガを読むこと自体は好きですよ。でも自分の思ったとおりにはならないし、『俺ごときが考えた話でウケるかよ』という思いもあって(笑)。それよりも、目の前に座っている作家のよい部分を、最大限どれだけ引っ張り出せるかが大事なこと。だから、『編集者はクリエイターではない』ということを編集者がわかっていると、あんまりマンガ家さんともめずに済むと思います」
苦しみと同居するのが天才なら、天才なんていないほうがいい
編集の仕事をしていると、クリエイティブにおける線引きが難しくなる瞬間がある。作家の創造領域にどの程度立ち入るのか、立ち入らないのか。この発言はネタ出しの範疇に収まるのか、口を出しすぎているのか……。編集者によって、作家によって、作品によって方針や境界はさまざまで、正解はない。入社以来、30年を編集に費やしてきた友田氏の言葉は潔かった。そんな氏の“面白い”の定義は、徹底した個人の主観にあった。
「結局、自分が面白いか面白くないかだね。読んでみて面白いと感じれば面白いし、どんなに売れていても、読んでみて『これがウケる世の中、俺は好きじゃねえな』って思うものもある。全部主観。ただ主観だけだと、世界中で僕がただ1人面白いって言っててもしょうがないので、売れてるかどうかがバロメーターで、主観のパラメーターを調整する。編集者は基本的には自分が面白いと思ったものを信じて、世の中的にウケていても、僕は違うなって思ったら別の答えを出せばいいと思います」
自分だけのパラメーターと、世間のバロメーター。うまく折衷していくバランス感覚は編集者なら誰もがほしいところだ。そんな友田氏は数多くの“天才”を目にしているはず。身近な天才について聞くと、日々作家を陰に日向に支えている編集者ならではの、実感のこもった言葉が返ってきた。
「新谷さんも羽海野さんも『すげえ!』って思うんだけど、たぶん、彼らは天才と言われるのを嫌がるんだよね。それ以上に努力家なんですよ。羽海野さんに関して言えば、どれだけのものを犠牲にして、どれだけ苦しんでマンガを描いているか目の前で見ているから、簡単に『天才はすごいな』なんて言えないんですよね。ずっとつらい作業をしているので、彼女のまわりにいる編集の中で唯一僕だけは、『いつ引退してもいいですよ』って言っているんです。つらいことに耐え続けなくてもいいよ、って。ただ、羽海野さんってものすごいネームを出すじゃないですか? だから『もうちょっとだけ続けてもいいんじゃない?』って話はするけど(笑)。──ただ、苦しみと同居するのが天才だとするのならば、あんまり天才はいないほうがいいと思うよ」
マンガの未来、見開きと縦スクロール
「苦しみと同居するのが天才なら、天才なんていないほうがいい」──図らずも、羽海野チカの作品テーマそのままのような名言が飛び出した。友田氏が今所属している部署は、キャラクタープロデュース部。力を入れているのは、縦スクロール作品のヒット作を生み出すこと。
「キャラクタープロデュース部の場合、電子が主戦場なので、基本的には見開きよりも縦スクロールの作品をうまく活かすことができればいいなと思っています。僕は、見開きマンガは『鬼滅の刃』がなければあと5年くらいで終わりだって思っていたんです。『鬼滅』のヒットのおかげで、小学生がマンガを読む方法論を身に着けたと思う。世界に広げて話をすると、世界でマンガが流行ったことって実はなくて、本当にウケているのはマンガ原作のアニメなんだよね。
これから、見開きマンガはなかなか難しいかなと思います。日本の人口が減って縮んでいく中で、極めてガラパゴス的で、日本だけが市場の見開きマンガだけに注力していていいのかと思っていて。世界では縦スクロールが主流になってくると思うので、ものすごく努力した作家や天才が出てきて、縦スクロールの大ヒット作品を作ってくれるかもしれない。そうした作品を出す下地を、韓国や東南アジアではなく日本で作っておければと思います」
見開きのマンガにどっぷり親しんだ世代としては希望を持ちたくはある。そして、この日本で、数々の見開きマンガのヒット作を世に送り出してきた友田氏の口から出た言葉としてはとても意外だったが、危機感のきっかけは、とても身近なところにあった。
「うちの息子が今11歳なんですが、『鬼滅の刃』の最終回が載った少年ジャンプが三省堂神保町本店に平積みになっているのを見て、『何これ?』って聞いてきたんだよね。『ジャンプに「鬼滅の刃」の最終話が載ってるんじゃない?』って言ったら『ジャンプって何?』って言われて……リアルな小学生の声って、もうそんなもんなのよ(笑)。そのくらい、紙の雑誌ってすでに若い世代に認知されていない。だから、これから新しいメディアや見開きマンガをやるなら、より覚悟を持って、より先鋭的なものをやっていくしかないと思います」
時代は刻々と移り変わっている。いつか、しびれるほど面白い縦スクロール作品を読めるのが楽しみだ。最後に、若い編集者に向けてエールをもらった。
「長く編集者をやっていると、『ふたりエッチ』や『3月のライオン』のようにうまくいった例もある。だけど、失敗作も山のように経験してきているわけです。ただ、失敗したところで命を取られるわけでもない。若い人は後から後悔しないように、恐れずにばんばん挑戦してほしいですね。例えば、最近自分が後悔した例を出すと、『二月の勝者』をうちから出せなかったこと。ちょうど息子が中学受験の準備を始めるとき、作者の高瀬志帆さんが中学受験について描いたマンガを読んで感嘆していたのに、僕は声を掛けなかった。掛けても描いてはくれなかったかもしれないけど、『この人うまいなあ』で終わってたんだよね。
昔の自分、20代、30代前半の僕だったら連絡先を探して、『中学受験ものを僕と一緒にやりませんか』って声を掛けていたと思う。それをやらなかったのは本当に後悔が残る。そうした経験を踏まえて、とにかくフットワークを軽くして、失敗なんか恐れずにチャレンジしていってほしいです」
友田亮(トモダリョウ)
1992年に白泉社に入社。同年創刊のヤングアニマル編集部に配属。ヤングアニマル嵐編集長、花とゆめ編集長を経て、ヤングアニマルのある第三編集部部長を務めた。現在は白泉社キャラクタープロデュース部部長。主な担当作品に
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まさひこ@こち亀データベース管理人 @maxaydar
#3月のライオン あとがきエッセイ漫画で頼れる有能編集者として印象深いT田さんこと友田亮さん、納得感強い語りは一読の価値あり。過去には #あろひろし 先生の担当もなさっていたんですね https://t.co/RHpTyC6hxm