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「にせもの家族」その家族、全員が他人──騙す側の悪意がゼロ、ハートフルな騙し合いの物語
2026年4月24日 17:30 PR田澤裕「にせもの家族」
母を突然亡くし、心の整理がつかないままの生活を送る男・清。小説家の仕事も手につかず、街を放浪する日々を過ごす彼は、ある日庭先で倒れているおばあさんを発見する。母の姿を重ねとっさに身体が動いた清だが、おばあさんに13年間帰ってこなかった息子と間違われてしまい……。ヤングガンガン(スクウェア・エニックス)で連載中。
文
“真実”と“事実”は違う……全員が他人の家族の物語
“真実”と“事実”は違う──「にせもの家族」を読んでいると、比較的頻繁にその言葉が脳裏をよぎる。改めて説明するまでもない気もするが、「何が起きたか」という客観的な事象そのものを“事実”と呼び、「その核心はどこにあるのか」という主観的な解釈を“真実”と呼ぶのが一般的な考え方だ。例えばコップに半分入った水があったとして、その“事実”は揺るがない。しかしそれが「半分しか残っていない」のか「半分も満たされている」のかという“真実”は見方によって異なる、というような話である。
※以下1話のネタバレを含むため、先に1話を読んでおきたい方は【こちら】
本作の主人公・清は、母親の急死によって失意の日々を送る中、ひょんなことから見知らぬ認知症の老婆に息子と誤認されてしまう。流されるままに息子・拓郎として老婆の自宅に招き入れられた清は、その家で彼女の娘・雪(拓郎の妹)と孫娘・玲愛(雪の娘)に遭遇。すると驚くべきことに、雪も清と同じく老婆から娘だと思い込まれている赤の他人であることが判明する。雪の本当の名は葵といい、失踪した友人から引き取った養子の玲愛とともに老婆のもとへ転がり込んでいたのだ。それを知った清は、老婆を落胆させないよう拓郎/雪の兄を演じつつも「あの家族、全員他人じゃないか!!」と愕然とするのだった。
騙す側の悪意ゼロのハートフルな騙し合い
という、かなり込み入ったアクロバティックな設定ではあるものの、そのあらすじから想像するよりもはるかにサスペンス色は抑えめな作品となっている。もちろん「嘘がバレるかバレないか」というスリリングな展開も見どころのひとつではあるのだが、何しろ“騙す側”の全員に悪意が皆無なのである。なかば傍観者ポジションに近い清はもちろんのこと、偽装家族の中枢を担う葵・玲愛親子のピュアっぷりは特筆に値する。こんなに清々しい気持ちで読めるハートフルな騙し合いストーリーが、かつてあっただろうか。
葵と玲愛の2人は、確かに老婆を騙して不当に住居を確保してはいるものの、どうやらそこに搾取の意図はない。葵はただただ玲愛を“幸福な家庭の子”として育てたいだけであり、しかも「やや天然で嘘がヘタ」という、およそ騙す側キャラとは思えない致命的な性質まで備えている。年齢の割にしっかりしている玲愛にしても、失踪した実の母とは違い「ママって呼ばせてくれた」葵との生活を守りたい一心で、いわばやむを得ず善良な老婆を欺いているに過ぎない。そこに悪意は介在しておらず、2人は老婆に対してよき娘、よき孫娘であろうとひたむきに振る舞うのである。
“本当の家族”とはなんなのか
“騙される側”の老婆の視点に立ってみても、実は彼女は何も不利益を被っていないように見える。この“嘘”による不当な財産損失などはなさそうだし、逆に本来の彼女が味わえなかったはずの“娘家族との平穏な同居生活”を送れていることを考えれば、むしろ利益を得ているとすら見なすことも可能だろう。“事実”としては「赤の他人に不当に居着かれている」彼女であるが、おそらく彼女にとっての“真実”は「娘や孫娘とともに暮らす幸せな毎日」だ。
もちろん普通に考えたらただの違法行為であり、詐欺罪か何かで罰せられてしかるべき状況ではある。仮に今後本物の拓郎や雪が登場するとすれば、そうした血なまぐさい展開も十分にあり得るだろう。しかし今のところは誰も不幸になっておらず、むしろどう見ても全員が幸福である。
本作は「“本当の家族”とはなんなのか」という問いを突きつけてくる、ほんわかとした絵柄とは裏腹にディープなテーマ性を備える作品だ。本作につけられた「全部『嘘』、気持ちは『ほんと』。」というキャッチコピーがとにかく秀逸であり、この一文に本作の魅力がすべて集約されているといっても過言ではない。本稿のようにゴチャゴチャとこねくり回した解説文など、たぶん本当は必要ないのだ。
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