冲方丁が原作、作画を田中ひかるが手がけるマンガ「血契のアナスタシア」が、ピッコマ内のマンガレーベル・MANGAバルで連載されている。同作は美人で世間に疎い半吸血鬼の女性・アナスタシアを主人公に描かれる“ラブ&バトル必見のヴァンパイア・ファンタジー”。4月14日に1巻、5月14日に2巻と、単行本が2カ月連続で刊行される。
コミックナタリーでは1巻の発売に合わせて、冲方と田中にインタビューを実施。企画誕生の裏側から、ギャップを意識したキャラクター造形、合理性重視で進む制作現場の雰囲気などをたっぷりと聞いた。
取材・文 / 鈴木俊介
「血契のアナスタシア」とは
大魔王が倒されて100年──。
市役所の婦人課で働くアナスタシアは、愛する主・ドラクレシュティの帰還を待ち続けるヴァンパイアでもあった。
新世界で平穏な日々を過ごす中、人間に害を為す〈常闇の眷属〉の盟主・グレンガモルンが復活を遂げる。
大魔王の秘宝を収めた宝物庫を武器に、主が目指す平和な世界を守るため、アナスタシアが立ち上がる!
吸血鬼は「ずっと残してある宿題」だった
──まずは企画の成り立ちからお伺いさせてください。担当さんから冲方さんに「忍者ものか吸血鬼もので」と打診があったそうですね。
冲方丁 ジャパンコンテンツと西洋コンテンツの鉄板ですよね。最初はその2つを合体させることも考えていたんですけど、難しすぎて。「儚く散ってこその忍者なのに、吸血鬼だから不死身って……どういうこと?」って(笑)。たいていの忍者は主か雇い主がいるんですが、主従どっちが吸血鬼でも面白さが相殺されてしまう。ただ、「主がいる」という設定自体は人間関係に奥行きが出るし、「懐に道具をいっぱい持っている」という設定も面白い。そういった要素は生かしつつ、忍者を外そうと決めました。
──忍者の要素が残ってもいるんですね。
冲方 おいしいところは残そう、と。それに、忍者の場合は日本の文化しか参考にできないですが、吸血鬼の場合は世界中に広がっていて、いろんなカルチャーを取り入れられる。広がりを求めるなら吸血鬼かなと思いました。
──冲方さんが吸血鬼ものを描かれるのは、意外にもこれが初めてだとか?
冲方 吸血行為をするやつは書いたことがあるんですけど、吸血鬼はハードルが高いので避けてきたんです(笑)。“吸血鬼もの”というだけで本当にいっぱいありますし、吸血鬼の要素を入れている作品となるとさらに増えるでしょう。スティーヴン・キングなんか、毎年のように吸血鬼を出してきますからね。どう対抗すればいいかなと考えているうちに、ずっと残してある宿題のようなジャンルになっていました。
──そんな、避けてきた吸血鬼ものに取り組まれることになって。
冲方 「いよいよかあ」って、覚悟が決まりました。最初はどういう路線でいくかとか、主人公を男にするか女にするかとか、いろいろ考えましたね。企画書だけで5本くらい書いたのかな。ただ、やっぱりある程度ブレイクスルーが達成できると、あとは楽しいだけです。
──5つも方向性があったんですね。ブレイクスルーになったポイントというと?
冲方 アナスタシアというキャラクターの輪郭ができあがった瞬間、これはいけるんじゃないかなって。「主の帰りをずっと待っている、召使いの吸血鬼」「たまにご褒美として、主から手紙が来て喜ぶ」という部分。召使い、つまりファミリアという設定でいこうと決まってだいぶ土台が固まりました。健気でおっちょこちょいなヴァンパイアが、主の帰りを待っている絵面だけで面白いんじゃないかなって。
断ったら一生悔いが残ると思った
──田中さんはどの段階で制作に参加されたんですか?
田中ひかる 企画が固まって、もう連載会議も通っていて、あとはキャラクターを作ったらネームに取りかかれるという状態でお声がけいただきました。最初は「あの冲方先生が、原作……?」という衝撃が大きくって(笑)。
冲方 え? 僕のこと、もともと知ってた?
田中 作品を友達に勧めるくらい、好きで読んでいました。今日まで、なかなかご本人には言えずにいたのですが……。
冲方 知らなかった(笑)。
──いちファンだった冲方さんのお名前があって驚かれたと。
田中 それで、プロットを拝見してみたら、まさに冲方先生のファンタジーの、盛り盛りの感じの設定で……。
──“冲方節”とでも言いますか。
田中 本当にそうです。企画書を読んだだけでも、エンタメ性が強くて、スケールが大きくて、いろんな要素が詰まっていて。「私に描けるのか……?」という不安が大きかったですね。でも、プロットを読ませてもらっているだけでも、アナスタシアがすごくかわいいキャラクターに思えた。アナスタシア自身もファミリアなのですが、アナスタシアがファミリアにするキャラクターもいて、そこの掛け合いもすごく魅力的で。コミカルな会話もたくさんあって、思ったより気負わなくていいのかもと感じたりもして。「すでに好きだ」「かわいい」と思ったし、何よりこの話を断ったら一生悔いが残るなと思って、一念発起して、「やらせてください」とお返事した感じでした。
──アナスタシアを絵に起こす作業も、プレッシャーがあったのでは?
田中 「作画者さんが受けた印象も反映してほしい」ということで、髪型とか目の色とかはあえて固めずにいらっしゃったそうなんです。それを最初お会いしたときに聞いて、「優しい!」と思いました(笑)。
冲方 餅は餅屋ですから。物語上どうしても必要なギミックとかはお願いしますけれども、それ以外は描きやすい、描いていて楽しい、あるいはチャレンジしたいみたいなところを大事にしてほしいなと。
田中 それで、イメージが掴み切れないところは質問させていただきながら、いくつかパターンを描いてデザインを固めていきました。最初はクールビューティ系というか、強そうすぎる女性が多かったかもしれません。「もっとかわいらしさがあってもいいかも」「『お、かわいいね』と思えるくらいの美人」とアドバイスをいただきながら、まとめていきました。いくつかあった案の中でも、自分が手癖で描きやすいキャラクターに着地したので、楽しく描かせていただいています。
ギャップを成立させる作画
──アナスタシアはどんなキャラクターですか。
冲方 最強で、かつおっちょこちょい。多才だけれども芯があってかわいらしい。そういうバランスを大事にしていますね。ヴァンパイアではあるんですが、何百年も生きている感覚を真面目に書こうとすると難しくなっちゃうし、人間を超えた描写をあまりやると読者も感情移入できなくなる。なので、「人間の食事は受け付けないけれども、うっかりつまみ食いをしてしまう」とか、「税金を払わなきゃいけない切迫感がいまいち薄く、すぐに払い忘れる」とか、そういう人間味は残しています。過酷な環境も経ていて、近寄りがたい時期もあったんでしょうけど、いろいろあって丸くなった状態を書こう、と。ヴァンパイアはそこのスパンを長く取れるので、「300年前は荒々しかったけれど今は朗らか」みたいな設定にできる。おいしいところ取りです(笑)。
田中 作画では、プロットでうまく表現されているギャップをしっかり出せるよう気をつけています。最強で美人なだけだったらやっぱり近寄りがたいし、とっつきにくい印象のキャラクターになってしまう。そうならないよう、カッコよく決めるところと、「ちょっとアホなのかな?」みたいな表情が出るときと(笑)、描き分けをしっかりするようにしています。表情にバリエーションがあったほうが、しっかり読みたくなると思うんですよ。いつも同じ顔をしていたらサッと読み流しちゃうけど、「今日はどんな顔してるんだろう」って思いながら1話ずつ読んでもらえるように、「今回の話の決め顔はこれ!」みたいなところをすごく時間をかけて描いたりしています。
──第1話からして、冒頭のカラーページでは麗しい花嫁衣装で、次に出てくる場面では冷蔵庫に顔を突っ込んでいます。シリアスとコミカルの差がすごいですよね。
冲方 いやあ、「勝てる」と思いましたね。マンガが一番、ギャップをうまく表現できるんです。コマとコマの間で落差があっても成り立つので、僕も積極的に取り入れたいとは思っているんですけど、華やかさもギャグ調も同じ誌面の中で無理なく同居させられる、田中さんの多彩な絵があってこそですね。田中さんの絵って、緻密であるけれども、同時にダイナミックでもある。あとすごく合理的なんです。こういう絵を表現するんだったらこういう手段があるって、合理的に考えていらっしゃる。ただまあ、僕や担当さんからすると「こんなに線数が多くて大丈夫なの?」とハラハラするときもあるんですけど(笑)。かなり描き込みが多いじゃないですか。
田中 そう……なんですかね?
冲方 アナスタシアが着けているイヤリングも、「特徴的な形にすると読者が判別しやすい」とちょっと言ったら、けっこうなデザインのイヤリングを仕上げてくれて。
──「これ、毎回描くんですよ?」と。
田中 私としては、描きやすそうで特徴的という、両方を備えたデザインに着地していったものが多かった気がします。私自身、週刊連載は……やったことはあるんですが、描き溜めてからの掲載しかやったことがなくて、どれくらいなら描けるのか自分でも掴めていないところがあって。「もうちょっと減らしても大丈夫ですよ」と言っていただきながら、固めていきましたね。
「一緒に作っている」という実感
──作画を見て、想像を超えてきたなと思うことも多いんでしょうか。
冲方 毎回思ってますよ。キャラのデザインとか、僕のイメージなんか田中さんのデザインを見た瞬間消えてしまいます。ヤギ顔のバフォムートとか爆笑しましたもん、「面白すぎる!」って(笑)。ネームの段階でもそうです。セリフの取捨選択も、この絵にはこれが合うなというのがすごく的確で。お互いの成果物をWeb上で確認できるようにしてもらっているんですけど、そこのフォルダを覗くのが日課ですね。「まだネーム上がらないかな?」って(笑)。
田中 この間、夕方に会食のお約束があった日、午前中にアップしたものをもうチェックされていて驚きました。
冲方 「今日会うから、なんか上がってるんじゃない?」って思って(笑)。田中さんの描いてくれたものから毎回刺激を受けているし、モチベーションもとても上がるんです。
田中 本当にありがたいお話です……。私も、例えば印象的だったのがミルチャについてなんですが、デザインを起こすときに私がオッドアイのキャラクターにしたんです。そうしたら、冲方さんが「じゃあプロットを変えます」っておっしゃって、セリフを変えてくれたり、魔力の高さを表す特徴として設定に取り入れてくださって。“一緒に作っている感覚”をすごく味わわせてくれている。
冲方 「きたー!」ってなりました。「わざわざ描くのが大変なほうに振る田中さんすげえな」って(笑)。こちらからは言いづらいことを自分からやってくれる。これは取り入れなきゃもったいないでしょう。
田中 だいたい私は足しがちですね(笑)。あと、ぜひお伝えしたいのが、初めてお会いしたときに「描きたいキャラはいますか?」って質問していただいて。「それって、私が描きたいキャラを描かせてくれるってことですか……?」と。もう、冲方さんのファンからしたら、ご褒美どころじゃないご提案で、「ちょっと考えさせてもらっていいですか?」といったん持ち帰って。次のお食事のときに、「こういうのが好きなんです」って、私の癖(へき)が出てるものをお伝えしたら、本当にそこからキャラクターを考えてくださったんです。
冲方 苦手なものはないかとか、一応いろいろ確認しました。苦手なものを延々と描くよりも、やっぱりご本人が好きなものを描いていただいたほうが、絶対面白いものになる。それでいて、田中さんは多彩なんですよ。多彩さって感性だけでやると行き詰まっちゃうんですが、田中さんはすごく合理的に、こういう人物ならこういう要素というのを客観的に足していける。作中に敵が7人、円卓に座って出てくるシーンがあるんですが、ファンタジーなのでこのくらいのバリエーションは欲しいなと思いつつ、内心「大丈夫かな」と思っていたんですけど、キャラデザの段階でバッチリだったので、もうこれは遠慮しなくていいかなって(笑)。
田中 でも最初、「1巻の打ち合わせを1カ月後くらいにしましょう」ってなったときに、デザインしなきゃいけないキャラクターが20体くらいいて。正直、怯んでました(笑)。
冲方 昼の世界の市役所のキャラクターもいれば、味方キャラもいるし、敵キャラもいるし……。
──そう言われると、登場人物がすごく多いですね。でも読んでいて、渋滞している感じは受けないというか。
冲方 そこはやっぱり描き分け力だと思います。円卓に座っている7人も「濃いな、コイツら!」となりましたから(笑)。ものすごく心強いですね。
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スピードと精度を両立する現場


