マンガ編集者の原点 Vol.4「東京タラレバ娘」「カカフカカ」の助宗佑美(講談社クリエイターズラボ IP開発ラボ・リーダー)

マンガ編集者の原点 Vol.4 [バックナンバー]

「東京タラレバ娘」「カカフカカ」の助宗佑美(講談社クリエイターズラボ IP開発ラボ・リーダー)

自分以外の人を“ぎゅっ”とできるか

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読者のモヤモヤを言葉にしてあげる──女性誌の役割

Kissのキャッチコピーは「読むと恋をする」。大人女性の王道マンガ誌を掲げる同誌を作るにあたって、読者に対してどんなことを大事にしていたのだろうか。氏が関わった作品の中で、最大のヒット作である東村の「東京タラレバ娘」を引き合いに出しながら、日常の中の小さな気付きを顕在化することの大切さについて語ってくれた。

「『タラレバ娘』がヒットしたのって、東村先生のネーム運びのうまさなどももちろんですが、女性が20代後半に感じる“モヤモヤ”を明確化したことが大きかったのではと思います。当時の20代って、私のイメージでは『私たち、いろんなものになれるよね』という感じの空気だったんですよ。妻にもなれるし1人の女でもある、みたいな感じで、権利がだんだんと認められて女性の自由度が高まった結果、選択肢が多くなって選べない自分がいて。それが『タラレバ』では『独身でいる。だけどまだ何かあるはず』という形で登場しました。

そうした結婚や恋愛に関する『私、このままでいいのかな?』というモヤモヤを、『タラレバ』では『そこ、逃げてませんか?』と問う形で顕在化させたので、読者にグサッと刺さって受けたのかなと思っています。人は間違えることもあるので、何かをバシっと言い切るのってすごくドキドキすることですが、『これって○○じゃないの?』と言うのも、女性マンガにおける1つのエンタメの形なのかなと」

「東京タラレバ娘」1巻

「東京タラレバ娘」1巻

東村自身もマンガのあとがきで描いているが、「東京タラレバ娘」1巻が発売された2014年当時、同作を読んだ20代~30代女性の動揺はすさまじかった。かわいい顔して残酷な現実を突きつけてくるタラ&レバというキャラに打ちのめされ、一念発起した人も少なくない。東村のマンガには、常々“読者を抱きしめながら殴る”ようなところがあると思っているが、特に「タラレバ」は、読んだ後の読者になんらかの行動を起こさせる力のある、稀有な作品だ。

「『タラレバ』に限らず、作中で言われていることに共感できなくてもいいと思うんです。差し出されたものに対して、『私は違うと思う』とか『こういう言い方はないんじゃない?』とか、あくまで自分がどう思うかが大事。マンガでもほかのどのエンタメでもそうだと思います。ちょっと占いと似ていますよね。『あなた、○○だよ』って言われて『確かに!』と思っても『全然違う』と思ってもいい。誰かを深く傷つけるような言い方はよくないけど、作品が読む人にとっての鏡になれればいいなと思っていました」

「ゆみ 地方住み 27歳」アカウントの謎

そんな助宗氏がもう1つ大切にしているのは、いろんな人の意見を聞くこと。ちょっと、いや、かなり変わったやり方で情報収集をしているようだ。

「SNSってよくも悪くも自分に最適化されるじゃないですか。私は、もし他人に見られたらこの世で一番恥ずかしいもの=自分のTikTokアカウントだと思っていて(笑)。だって、少しでも下世話なものを見ると、アルゴリズムでまた同じようなものばかり表示されるので……鞄の中とか、部屋を見られるよりも恥ずかしいですね。何が言いたいかと言うと、SNSもリアルも同じで、いろんな人の意見を聞いているつもりでも、結局自分の環境や好みで偏った意見になりがちなんですよ。私の職場も、本好きというある種の偏った人たちばかりなので一緒にいると楽しいんですが、それだけでは情報収集としては足りないと思っていて。

だから、私はリアルのTwitterアカウントのほかに、ある属性に設定したフェイクアカウントをいくつか作っています。「ゆみ 27歳 地方住み なんにも面白いことがない」みたいな感じで設定して、同じような属性の人たちをフォローする(笑)。そのアカウントに流れてくる意見ってリアルの自分の生活圏では拾えないもの。同じゾーンの人たちがどういうことを話題にして、何を話題にしていないのかまで見ています。そこで得た情報を作家さんに話したり、『今のアラサーってこういうのが好きらしい』という知見を得たりする。趣味も兼ねて、今もやっています(笑)」

自分の“分身”アカウントを複数作り、架空の存在になりきってツイート。分身と同じような層から情報収集をする──ある意味、体当たりのマーケティングだ。始めたきっかけは子育てだった。

「ママ友など子供きっかけで知り合った人たちと話していると、お互いによく使っている単語を知らないことも多くて、私がうまく話を盛り上げられなかったんですよね。マンガの話題なら共通しているかも?と思って話題に出してみても、『マンガ? 「宇宙兄弟」を夫が買ってて読んでたかな』くらいの感じで、すっかり引っ込み思案の私になってしまって自分の話題の狭さを思い知りました。そこで自分が見ていた以外にも世界はいっぱいあるんだと知って、分身アカウントを作って遊ぶことを始めました(笑)」。

すぐには共鳴しなくても、「受け取ったボールを見せておく」

独自のSNSの使いこなし方も含め、助宗氏は人付き合いや、人への興味の向け方がとても上手だと感じた。人の心を開いてもらうテクニックがあれば、知りたいところだ。

「自分と合う人間と会った瞬間って、すごく楽ですよね。例えば恋をして、『この人と付き合うかもな』という予感がするときは、最初の会話がスムーズにいくことがすごく多いなと思うんです。仕事でも100%そういうふうにうまくいけば幸福なので、最初はそこを目指していたんですけど、好きな作家に会いに行っても、うまく共鳴できなかったりしてスムーズに話せなかったりする。最初は『とにかく会話を合わせられる人になろう』と思って四苦八苦していたものの、だんだん努力したところでいろんな種類の人と100%合うことなんてあるわけがない、と気付いて、この手法は違うなと思ったんです。

『共鳴しにくいタイプ同士がどう付き合うか』。こういう場合、無理やり勢いで会話を盛り上げたり、相手に呼応して即座に相槌を返すことでもなく、『今、私がボールを取ってますよ!』というのを相手に見せるのがすごく大事だと気付いた。つまり『あなたがこういうことを言いたい、というのを理解した』ことを伝える。だからといって『同意している』わけでもない。そうすると、共鳴や共感が起きなくても、タイプが違っても、こちらが話していることも相手に受け取ってもらえることが多く、別のアプローチで近付ける可能性があるのかなと思います」

同調でもなく、賛同でもなく、まずはきちんと「話をしっかり聞いて、相手の言いたいことを理解している」と伝えることは、なるほどコミュニケーションの基本なのかもしれない。むしろ「安易な同意」はマンガ創作の場においてときに危険だと、助宗氏は言う。

「共鳴できる人同士であれば、『わかるー!』って感動していればいいんだけど、マンガ編集ってすべてに賛同していればよい作品ができるわけじゃない。なのに、仲良くなるために焦って賛同や同意を“使って”しまうと、実際に作品を作るときに、例えば『このネームはちょっと違うな』と思ったときに、かえって率直に意見を伝えるのが難しくなってしまう。『受け取っていること』と『同意すること』は違うけど、ミットの中のボールさえ見せていれば、『同意です』と言わなくても関係性は築けるという気持ちでいます」

天才の条件は、まず“硬い核”があること

数々の作品をヒットに導いている助宗氏は、「作家の成功」についてこんなふうに語った。

「私は編集者ですが、自分が凡人だなと思うのは、相手が言ってることに対してよく『なるほどな』と思うからなんですよね。でも作家の天才性は逆だと思います。自分の強い感情や気持ちに意固地になれる作家って、わがままだと捉えられることもあるし、いい意味で『譲らない人だ』と褒められることもある。つまり『自分はこう思う』が強い。その強さは悩みにもなると思いますが、強さを捨てられないのもまた作家たるゆえだと思います。成功する作家は、必ずそれを持っている。だから作家さんと話していて『面白いな』と思うときって、話の展開やネタが面白いだけじゃなくて、その人の中に硬い感情や信念──核みたいなものがあることに対してだと思います。少なくとも、作家さんと話したときに『この人はいい作品、ヒット作が描けそうだな』と判断するとき、そこをポイントに見ていますね。

そこからは、その『硬い核』をどう一緒に扱えるかが大事になってきます。作家本人もその硬さゆえに苦しくなって描けない人もいるし、硬さゆえに誰かの人生を破壊しちゃうこともあるので、大変な勝負です。よい作品を描く作家の条件を私なりにまとめるとすれば、まずは①硬い核がある、②それをなんとかして編集者として一緒に扱うことができる、③作品に昇華できる──そんな感じで、3段階ぐらいでヒットが生まれるのではと。いくら“型”がうまくても、硬い核──いわば“個”がないと、作品が空っぽになっちゃうのだと思います」

作家と核。扱い方で作家の人生を輝かせるか、破滅させるのか180度変わる、恐ろしくも尊い“信念”。それを活かすためには、編集者は“柔らかい”ほうがいいのだという。

「その核を今の時代とか雰囲気、はたまたその作家のキャリアの中で、どう硬いままうまく表出させるかを考えるのが編集者の役割かもしれません。『次、これを描きませんか』という提案次第で、いい感じに作品に昇華される可能性があると思う。だから編集者は硬さのない、凡人のほうがいいですよね、きっと」

醍醐味は、東京ドームで5万人を実感する瞬間に

そんな助宗氏が編集者として醍醐味を感じる瞬間を聞いてみたところ、「東京ドーム」と意外な単語が返ってきた。

「趣味でアイドルのコンサートに行くんですが、東京ドームって収容人数が5万5000人くらいなんです。観客として行くと、その5万人が、ただ“数”としてだけではなく、1人ひとりの“顔”として見えるんですよね。みんな、コンサートのためにお化粧したり、お洒落してかわいくして来ているのを見ると、いろいろな人生があるんだなと、しみじみ思うわけです。そのうえで、例えば自分が担当した本が500万部売れたときに、『え、500万!? ここにいる人たちが5万人だから……ええっ!』って、改めて数字の大きさにびっくりするんです。

こういう人たちが1人ひとり本屋さんや電子書店でマンガを買ってくれて、『家に帰って読むぞ』とか、『お風呂出てから、いややっぱり寝る前に読もう』とか、作品に対してそれぞれの行動と、読んだ後の感想が存在するというのは、ものすごいことだなと。そういうことを、全然関係ないアイドルのコンサートで、5万人の女の子の顔を見て思ったんです。『これが編集者の醍醐味か』と(笑)」

5万人と口で言うのはたやすいが、なるほど、実際にそれだけの人数を目にすると感慨もひとしおだろう。作家に共有してもうれしがられそうなエピソードだ。

「毎年の年末に、『ジャニーズカウントダウンライブ』が東京ドームで開催されるので、それをテレビで観て実感してもらうのもいいかもしれませんね(笑)」

編集者は、いかに「自分以外の人を“ぎゅっ”とできるか」

編集者として、次々とユニークなエピソードを話してくれた助宗に、「編集者にとって大事なこと」を聞いてみた。

「自分以外の人に興味があって、しかも“ぎゅっ”とできるかだと思います。ほかの人のことを『わかりたいな』という思いでぎゅっと抱きしめられるか。というのも、どんなに優秀で鋭い考えを持っていたとしても、編集者という他者の才能に寄り添ったり、自分以外に本を届ける役割を果たすときに、自分にしか興味がない人ではこぼれちゃうものがある気がするんです。なので、いかに『自分以外の人をぎゅっとできるか』が重要かなと思います」

実感のこもった、温かい言葉が聞けた。とはいえ、他者への包容力は、技術や知識とは違って後天的に獲得するのはなかなか難しいかもしれない。

「もともとの資質もあると思います。さっきの話じゃないですが、5万人の女の子の顔を見たときにグッと来ちゃう、みたいなタイプの人のほうが向いているかもしれません(笑)。人それぞれの喜びや悲しみを大事にして生きている、みたいなところでしょうか」

Kiss編集部を経て、Palcyの編集長を経験した助宗氏が今情熱を傾けているのは、コンテンツビジネスの最先端だ。

「講談社のクリエイターズラボという組織内に、6月にIP開発ラボというチームを作り、今はそこのリーダーとして日々研究開発をしています。これまでは出版社ということで、マンガや小説、本という形で作家さんと物語を創ってきましたが、本にこだわらない形で物語を世に出すことにチャレンジする新しい部署です。今までマンガ編集のキャリアで学んだことを活かしながら、これまでの出版形態にこだわらないものづくりにチャレンジしています。よかったら見守ってください!」

助宗佑美(スケムネユミ)

2006年より講談社・Kiss編集部に所属。2018年6月にPalcy編集部へ異動し、2019年2月よりPalcy編集長に就任。2022年6月よりクリエイターズラボ のIP開発ラボでチーム長を務める。過去の担当作品に東村アキコ「海月姫」「東京タラレバ娘」、石田拓実「カカフカカ」など多数。

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