マンガ編集者の原点 Vol.4 [バックナンバー]
「東京タラレバ娘」「カカフカカ」の助宗佑美(講談社クリエイターズラボ IP開発ラボ・リーダー)
自分以外の人を“ぎゅっ”とできるか
2022年9月15日 14:00 9
マンガ家が作品を発表するのに、経験豊富なマンガ編集者の存在は重要だ。しかし誰にでも“初めて”がある。ヒット作を輩出してきた優秀な編集者も、成功だけではない経験を経ているはず。名作を生み出す売れっ子編集者が、最初にどんな連載作品を手がけたのか──いわば「担当デビュー作」について当時を振り返りながら語ってもらい、マンガ家と編集者の関係や、編集者が作品に及ぼす影響などに迫る連載シリーズ。第4回で登場してもらったのは、講談社クリエイターズラボでIP開発ラボのリーダーを務める助宗佑美氏。Kiss(講談社)編集部時代に、
取材・
小沢真理マンガの世界観そのままの家で打ち合わせ
助宗氏は2006年に新卒で講談社に入社し、女性マンガ誌Kiss編集部に配属。マンガが大好きな大学生が編集者になり、最初に担当したのは
「前任者に引き継いでもらい、1巻の途中あたりから私が1人で担当することになりました。それまでも、指導社員である先輩に付いて打ち合わせなどに参加させてもらってはいましたが、いきなり新入社員が担当って、先生にとっては不安だと思います。だけど、先生ご自身が当時すでにベテランだったということもあり、先輩のサポートを受けながらスタートしました」
「苺田さんの話」は、デザイナーを目指して上京した青年・衣温(いおん)と、おしゃべりする不思議な人形・苺田さんの同居生活を描いた物語。2006年から2010年まで連載され、単行本は全6巻が刊行された。助宗氏は、もともと母子で小沢作品の愛読者だったという。
「母がそもそもKissを買っていたんですが、とくに小沢先生の『世界でいちばん優しい音楽』が好きで、私も一緒に読んでいたんです。だから、『私があの小沢先生の担当になるの?』って、自分でも信じられない気持ちで。新入社員あるあるですけど、自分が読んでいて『いいな』と思っていた先生を担当するということで、最初はファンみたいな気持ちでドキドキしながら打ち合わせに行ったのを覚えています」
愛読していた作家との打ち合わせ。まずハートを掴まれたのは“家”だった。
「小沢先生のおうちで打ち合わせすることになったのですが、インテリアとか雰囲気が、マンガの世界観そのまんまだったんですよね。出していただいたかわいいお茶のカップや、トイレにある鳥の置物まで、すごく乙女チックというか。マンガの中に入ったような感覚になって、『ああ、やっぱりマンガって、その人の生き方や好みが出るんだな』『作品に作家性が出るってこういうことなのか』と、やっぱりファンの気分で感激したことを覚えています」
「苺田さんの話」をはじめとする小沢作品の際立った魅力の1つは、おしゃれでときにガーリーなインテリアや、キャラクターたちの愛らしいファッション。読者は物語と世界観をともに愛する。そうした小沢ワールドを前にし、しかも最初の担当作ということで、いささか力が入りすぎた部分もあったという。
「主人公の衣温が服飾の専門学校に通っていて、人形の苺田さんに服を作ってあげるエピソードがたくさん出てくるんです。なので『担当編集なのに、服の作り方なんて全然知らない……!』と焦って、1人で服飾の専門学校に取材に行ったりしました。当時は新人で、先生にネームのアドバイスもできないわけですし、せめてどんなふうに授業をやっているか見たくて伺ったんですが──今思えば先生も誘えばよかったです(笑)」
そんな前のめりな情熱は、小沢にも伝わったようだ。
「先生にもやっぱり『助宗さん1人で取材行ったの!? 言ってくれればよかったのに』と言われました。だけどありがたかったのは、『若い編集さんが作品に対して真摯であろうとしてくれるのがうれしい』『新しい担当者が自分の作品に向き合ってくれるのは、作品を作る意欲になる』と言ってくださったこと。それがすごく思い出に残っていて、技術がなくてもこういうふうに頑張ることができるんだなと、勉強になりました」
作家と好きなものを共有し、感性を理解する
それから数年が経ち、助宗氏は初めて企画から作品を練り上げる。それが、
「初めて他社で執筆されている作家さんを口説いて作った作品です。今みたいにSNSも盛んではない時代で簡単に連絡も取れないし、引っ込み思案だしびびっていました。先輩に頼んで、柘植さんが描いている出版社の知り合いに電話してもらって、『うちの若い子が興味あるんだけど、紹介してもらえる?』と頼んでくれるのを、横で突っ立って聞いていました。その後喫茶店で実際に柘植さんを紹介してもらうときにも、『この子が話したいんだって』という感じでバトンを渡してもらって。なので、柘植さんとの初対面では“めちゃめちゃ引っ込み思案な新入社員”に見えたと思います(笑)」
正直、今目の前にいる助宗氏のエネルギッシュな雰囲気からは想像できないような、うぶさを感じさせるエピソードである。
「自分がマンガアプリ・Palcyの編集長になったときに若い人に言っていたんですが、新入社員が会いに来てくれるのって、作家さんにとってすごくうれしいことだと思うんですよね。技術はないけど、好きって気持ちが伝わるじゃないですか。入社して初めてのオファーって、“ビジネスで会いに来た”とか、“今の雑誌にはこの人が必要”とかじゃなくて、まずは好きな人に会いに行くと思うんで。新入社員の頃は、動いておくと得な時期だと思います。
好きな気持ちを積極的に伝えに行って、たとえ仕事ができなかったとしても、『新入社員のときに会いに来てくれた人だよな』というのが後でつながったりする。私もすごく緊張して会いに行ったので、そのときの態度はそんなに褒められたものではなかったですけど、もしかしたら柘植さんもうれしく思ってくれたのかも、と思います」
さて、「野田ともうします。」は、Kissでもっともメジャーである恋愛を主軸にしたストーリーマンガとは異なる、ショートのギャグ作品だ。編集者としてどのように作品にコミットしていたのだろうか。
「ショート作品って作家さんが自分でアイデアを思い付いたり、構成したりする部分が大きいので、基本的には作家さんがひらめくのを待つ仕事だなと思いました。直接ネタについて話すというより、柘植さんが好きなものを教えてもらい、自分も体験して彼女がどういうものをどう面白いと思ってるかをキャッチアップして、なるべく面白さを共感できる人になることを目指していましたね。
例えば、柘植さんから『このラジオ面白いよ』と教えてもらったら、それを聞いて『こういう感性が好きなのか』というのを共有する。当時、柘植さんが大好きだったエレキコミックと片桐仁さんがやっていたエレ片というユニットのラジオをよく聴いていて、ライブにも2人ですごく通っていました(笑)」
石田拓実という得がたい天才「人間は一本の管やからな」
好きなものを共有し、作家の感性を理解するのは編集者として大事な動きだ。その後、さまざまな経験を積んだ助宗氏が心底惚れ込んだ作家、石田拓実についても語ってもらった。
「石田拓実さんの『カカフカカ』を担当して一緒に作ったのですが、『この人天才だな、大好きだな』と思いながらやっていました(笑)。東村アキコさんに紹介してもらって口説きに行ったのですが、東村さんのエッセイに登場する石田さんの描かれ方を見てもわかる通り、東村さんも石田さんのことを天才だと思っているんですよね。石田さんとは、最初は東村さんが気を利かせてくださり何かの会で席を隣にしていただいて知り合いになって、そこから何年かかけて口説いて、描いてもらうことができました」
「カカフカカ」は、就活に失敗して行き詰まったヒロイン・亜紀が中学時代の元カレ・智也に再会し、EDになっていた智也はなぜか亜紀にだけ性的に反応するが……という、男女の心と性の機微を描いたラブストーリーの名作。2013年から2021年まで連載された全12巻の作品で、2019年にはドラマ化された。マンガ家として、人としての石田の魅力はどんなところかと聞くと、思ってもみないような名言が飛び出した。
「石田さんって、なにげなくボソッと言った一言が人生の真理をついているんです。私は石田さんのマンガって、セクシャルな部分をただのエロじゃなく描くところが魅力的だなと思っていて。『“人は、そもそも相手が好きだからセックスしたいのか、それとも本能的にセックスという行為が好きなのか、結局どっち?”みたいな話を読みたいです!』という超曖昧なオーダーをしたんです。そのときの石田さんの第一声が、『人間は一本の管やからな』だったんですね(笑)。人間をふくめたあらゆる生物はつまるところ口から肛門までの一本の管であって、管の中に物が通るのは気持ちいいので、食べるのも快楽だし挿入されるのも快楽だ、と。びっくりしましたけど、それも私の問いかけに対する彼女なりの1つの答えだと思うんです」
「好意と行為はどちらが先に立つのか」という問いに対する、まさかの生物学的(?)な答え。単純で深淵。これだけでも石田という作家の特異性が十分にうかがえる。
「そういう哲学的というか概念的な話を楽しくいっぱいした先に、『カカフカカ』という、『なぜかヒロインだけに勃起する元カレ』をテーマにした話ができました。だから、『男女のこういう感じの恋愛を描いてください』みたいなアプローチとは全然違うところから作品ができあがったんです」
軽妙なタッチで描かれる「カカフカカ」のとっかかりは、禅問答のようだった。石田は、まるで古老の哲学者のようだ。
「ほんと、そういう感じです。言うなれば、理系と情緒が合わさった女、でしょうか(笑)。石田さんは誰かに教えたいから問答しているとかそういうことではなくて、ただ彼女なりに話しているだけなんだけど、聞いていると『なるほど、人生にはそういう側面もあるのか』と気付かされることが多かったです。私の30代の思考を豊かにしてくれた人ですね。本当に親友と話し込んでいるみたいだし、こんな深い話を人として、それが作品になるなんて!という感動がある作家さんで、やっていて楽しかったです。
普通に生活していて人と深い話をすることってあんまりないじゃないですか。込みいった話をするほど人間関係が深まるにはかなり段階が必要だと思うので。だけど、マンガ編集とマンガ家って、うまくいけば会った日にそこまで到達できる。友達でも家族でもない、『テーマを話しましょう』という関係性から入ってぐっと深い仲になれる。そうした特別な関係を人と築ける、本当にマンガ編集って魅力的な仕事だなと思います。石田さんがそう感じさせてくれました」
石田の天才がビカビカに輝く一方で、原稿の上がりには苦労したという。
「本当に本当に遅かったですね(笑)。しかも石田先生、食べるのを忘れちゃうところがあって。差し入れを持っていった際に、『助宗はん……ありがたいんですけど、これ両手じゃないと食べれないです』って言われて(笑)。作業しながらだから、片手で食べられるものを求めていたり、ひどいときには食べるのを忘れて頭がぐらぐらしているので、私が口の中にラムネを突っ込んだりしてました(笑)。そんなこと30代になって普通はやらないので、部活みたいな感じもあって楽しかったですね(笑)」
東村アキコからから学んだ「時間の使い方」
石田の盟友であり、もう1人の天才・東村アキコからは「時間の使い方」を大いに学んだという。
「東村さんはめちゃめちゃハードに連載していたのですが、働く時間をしっかり決めていたんです。時間を区切って、その中で集中して仕上げる。そういうやり方で作品を描いている人もいれば、常に時間をべったり使って創作しながらヒットを出す石田さんみたいな方もいる。人それぞれなんだなと思ったときに、最大限才能を活かすスタイルを実践されている作家さんを愛したいなと思いました」
編集者としても、その生き方や時間の使い方で、心がけていることがあるのだそうだ。
「女性マンガ家に限らず、ライフステージの変化によって生活が変わりますよね。『子供が生まれたばっかりなので、少しペースを落として描きたい』という人もいれば、『今はバリバリ描きたい』という人もいる。自分自身も子供を産んだり育てているので、人生っていつも100%“ふかして”いるわけではなく、たまに抑えなきゃいけなかったり、もしくは『ここで120%出す!』みたいな局面もある。そんな、人生におけるいろんな波をお互い乗りこなしていくことも大事だと感じました。そのために、編集者のほうでも乗りこなし方を工夫することができれば、いろんな個性、いろんな生き方をしている作家とうまく付き合えるのかなと思います」
読者のモヤモヤを言葉にしてあげる──女性誌の役割
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