藤子不二雄

フジコフジオ

藤本弘と安孫子素雄の共同ペンネーム。藤本が通っていた高岡市立定塚小学校に、安孫子が転校してきたのが縁で付き合いが始まる。手塚治虫の「新宝島」の影響を受けて、本格的に2人でマンガを描き始める。1951年「毎日小学生新聞」に連載した「天使の玉ちゃん」でデビュー。足塚不二雄名義を経て藤子不二雄のペンネームで合作を続け、87年にコンビを解消。その後は、藤子・F・不二雄、藤子不二雄(A)としてソロ活動を行う。96年に藤子・F・不二雄が逝去。合作の代表作に「オバケのQ太郎」、Fの代表作に「ドラえもん」、(A)の代表作に「忍者ハットリくん」など多数。