文化庁が手がける著作権普及啓発プロジェクト。このプロジェクトでは、「難しくて、なんとなく怖い」という著作権に対するイメージを解消し、作品を生み出すクリエイターとコンテンツを楽しむユーザーの双方が、“権利”の仕組みを理解し、安心して創作活動を行えるよう支援することを目指している。
このプロジェクトの一環として、コミックナタリーでは同人活動の経験もある「ハヤテのごとく!」「トニカクカワイイ」などで知られる畑健二郎へのインタビューを実施。「二次創作する側」と「二次創作される側」の両方を経験してきた立場から、実際に創作の現場で起きたエピソード、ファンの二次創作に対する思い、その背景にある“グレーゾーン”の現実など、弁護士・水口瑛介氏を交えながら話を聞いた。
取材・文 / 小林聖撮影 / 武田真和
同人活動における著作権、権利者の本音
──畑先生はご自身も同人活動をしていますよね。最初のきっかけはなんだったんですか?
畑健二郎 最初はプロになる前のことですね。当時、同人誌を「出す出す」と言いながら全然出さないダメな友人がいたんです。その友人がコミケに応募して受かったのに同人誌を出さないということを繰り返していたので、別の友人と「じゃあ俺たちが出してやろう」って話になったんです。そいつが会場に来たとき、俺たちが同人誌を出していたらびっくりするだろう、と。「見ろ、お前がやろうとしていることを俺たちは簡単にやってやったぞ。反省しろ」って言いたくて作ったのが最初です。
──友人を叱るためだったんですね(笑)。
畑 そういう目的だったので部数もわからない。でも、今もそうだと思うんですけど、印刷って100部刷るのも500部刷るのも値段はそんなに変わらないじゃないですか。だったら500部刷るかという感じで500部刷ったんです。そうしたら、これが売れて。当日完売したんです。
──いきなり500部完売はすごいですね。
畑 で、すぐとらのあなさんから「買い取りたい」と連絡が来て。結局この同人誌は2500部売れました。
──エグい。
畑 今見ればひどい出来なので、持っている人も見直さないでほしいですけど(笑)。ただ、当時僕はマンガ賞に落ちまくっていて、もう自分の描くものが面白くないんだって思ってた時期だったんですね。でも、同人誌が売れたことでちょっと自信を回復することができた。そういう意味で、同人誌に救われたところがあります。
──今は商業作家になって、二次創作される側でもありますよね。その立場になってみて二次創作についてどう感じるようになりましたか?
畑 自分のマンガの同人誌を出されることに関しては、別になんとも思っていないです。いっぱい出てると「盛り上がってるな」と思うくらいで。たぶん一般的に同人誌を描こうって人は、別に作者をどうこうしようとは考えてないはずで、悪意があるわけじゃない。僕に関しては、同人誌をはじめとした同人活動、ファン活動で困ったことはないです。著作権という意味で深刻なのはかつての漫画村みたいな違法の海賊版サイトですよね。あっちはお金儲けでやっているだけで、リスペクトがないですから。そういうものは問題があるけど、いわゆるファン活動に対しては問題に思ったことはないです。あ、ただ困ることはありますね。
──なんですか?
畑 「同人誌描いていいですか?」っていうDMが来るんですよ。それはね、答えられない。「いいですよ」とは言えないし、かといってダメってわけでもない。だから、既読スルーするしかない。できれば自分の場合は聞かずにやってほしいです。弁護士さんはそういう相談受けたらどうしてるんですか?
水口瑛介 同人誌に限らず、著作権を使いたいという場面で権利者に問い合わせたいという相談はあります。二次創作の同人誌の中には、著作権法的にはグレーなものもあります。ただ、そのような場合であっても、権利者側がいろんな理由で黙認していて、うまいことバランスを取って同人誌のカルチャーを成り立たせている。そういうものはほかにもたくさんあります。そうやって黙認しているものについて問い合わせたいという相談をされたとき、聞いてしまったら権利者側は「ダメ」としか言いようがないかもしれないし、そう言われたら従うしかない。黙ってやっている分には黙認してもらえるかもしれないので、やっぱり「聞かないでください」って言うことは多いですね。もちろん同人誌などと異なり権利者に大きな損害が発生するようなケースは別ですが。
畑 実際に僕のところに来たDMに対して、いいですよって言ったらどうなるんですか?
水口 いいですよって言ったら、二次創作の許諾を与えたことになってしまう可能性がありますよね。ちゃんと中身を確認せずに許可してしまうと、自分が納得いかない使われ方をしたり、同人誌の範疇を超えるような大々的な売られ方をしたりすることも考えられる。そういうときにも、「許可したじゃないか」となってしまいかねないですね。
畑 そうですよね。だから、勝手にやってくれと思っていても、二次創作OKですよって公言していいのかっていうのは悩ましいです。
ガイドラインを定めれば、二次創作における過度な萎縮を避けられる
水口 今だと二次創作OKとした上でルールを決めるのがトレンドっぽくはありますよね。
畑 ガイドライン的なやつですよね。ゲーム会社さんは割とやってるイメージがあります。マンガ家個人が出すのはどうなんでしょうね。
水口 萎縮させないって効果はあるかもしれないですね。ガイドラインを出すことによって「このやり方なら大丈夫なんだ」と安心して活動してもらえる。マンガ家個人がガイドラインを出したケースというのは僕は知らないですが、僕自身もアニメのキャラクターのガイドラインを作ったことはあります。使ってもらうことで宣伝になるから、ということだと思います。実際、畑先生は嫌な使われ方をされたことってありますか?
畑 僕はないんですけど、怒ってる人を見かけることはあります。例えば、ある作家さんの作品で18禁の同人誌がいろいろ出ていたんですね。それ自体はまあよしとしているんだけど、同人誌専門店がそれを関連商品として自作と並べて売っていた、と。それに関しては猛抗議したという話を聞いたことはあります。
水口 許せる線引きがそれぞれ違うわけですね。
畑 僕に関して言えば、自分の手を離れたものには正直あんまり興味がないんです。出版されたものをどう受け止めようと、まあ「好きにしてくれよ」と思っている。今だとAIみたいなものが出てきて、そこに関してはかなり厳しいものを感じていますが、アナログの世界というか、従来の同人活動に関しては困ったことがない。はるか昔はひどいこともありましたけどね。海賊版同人誌なんてものが出ていたり。
水口 海賊版ですか。
畑 同人誌会場で売ってる同人誌を誰かが集めてきて、それをまとめて印刷してどこかで売ってたんです。そういうものも駆逐されましたから、今はひどいことってなくなりました。だから、割と信頼しているというか。僕なんかはコミケにブースを出していると「同人誌を描きました!」ってガッツリ自分の作品の18禁同人誌を献本されることもありますから(笑)。
──それってご本人的にはどうなんですか?(笑)
畑 僕は逆に「献本してくれ」って思ってるほうでした。描いたなら1冊くらいくれよって。
──でもそれ、人によりますよね。持ってこられると困るとか怒る人も……。
畑 絶対人によります(笑)。
──同人誌やファンアートのほかにも、ネットミーム化みたいなケースもありますよね。あるコマがミーム化していろんなところで貼られたり。
畑 自分の描いたものが切り取られて流れる分には、正直なんとも思ってないと言えばなんとも思っていないですね。ただそのへんって人によって全然違うと思います。嫌だという人もいるでしょうし。僕の場合はややこしいのもあるんですよ。
──というと?
畑 自作絡みでミーム化した画像に「見せられないよ!」ってやつがあるんですね。「ハヤテのごとく!」のアニメに出てきたものなんですけど、あれってアニメ発のもので僕が描いたものではない。この場合、著作権がどうなってるんだろうとかはたまに考えたりします。
水口 キャラクターはそのまま使われているってことですよね?
畑 いや、キャラクターもたぶんアニメオリジナルなんですよ。おそらく当時の監督が面白おかしく作っただけで、僕もまったく聞かされてなかったやつだったので。アニメの中に急に出てきて、それだけすごい一人歩きしている(笑)。
水口 じゃあ誰が描いたかもよくわかってない。
畑 そういうよくわからないものもありますね。
プロでも迷う、同人活動における著作権のグレーゾーン
──作家さんの場合、著作権って自作関係で描かれる側としてだけでなく、描く側として向き合うこともありますよね。
畑 それこそ僕の場合、「ハヤテのごとく!」の同人誌を自分で描いたりしていますけど、実はあれもいいのか悪いのかハッキリしてないんですよね。「ハヤテ」の同人誌を出すとき、描き終わったあたりで「これ、出版社に言わなくていいのかな?」ってちょっと思ったけど、「まあいいか」ってそのまま出して、いまだに何も言われていないという感じなので。
水口 黙認されているだけなのか、契約上可能なのか、わからないわけですね。
畑 怒られたっていう人もいますしね。とある作家さんは実際に出版社から怒られたらしいです。でも、そのケースは連載中の作品だったからっていうのもあるかもしれないです。
水口 業界的には契約書は連載前に作られるんですか?
畑 一応作ってはいますね。
水口 そこに何か書いてあるかもしれないですね。一概には言えないですが、「自分で出すのもダメだ」ってなっている可能性が高いと思います。その場合、畑先生の場合も、法的には一般の人がファンアートを作るのと同じ立場にあるかもしれないですね。ただ、仮に畑先生がご自身の作品の同人誌を出版することが契約で制限されているとして、出版社が作家に対して権利行使するっていうのは何か特別な事情がない限りは現実的には考えにくいかもしれませんね。マイナスプロモーションすぎますから。
畑 僕も連載が終わっている作品については何も言われないだろうと思っています。連載終了後もずっと売れていくような作品はまた話も変わってくるかもしれないですけど、ほとんどの作品は連載が終わってしまえばもう何も起こらない。ただ絶版になっていくだけなので。
──完結した作品がいわゆる絶版、「品切重版未定」になるスピードって想像以上に早いですよね。
畑 めちゃくちゃ売れたマンガだって、あっという間に刷られなくなっちゃいますね。それが僕が「ハヤテ」の同人誌を出した理由の1つでもあります。つまり、終わったコンテンツにしたくなかったんですよ。連載マンガって連載が終わると確実に終わったコンテンツになってしまう。でも、それは違うだろうって思っているんです。終わったものにしないために何かできることを考えたときに、手軽にできることの1つが同人誌だった。それで同人誌を作り、今は完全版を作っているんです。
──単純に楽しいというのもあったりはしますか?
畑 今もブースに立ちますし、最後尾札を持ち、好きに写真を撮られてますからね(笑)。楽しさはあると思います。でも、昔の無名時代のほうが楽しかったですね。今は規模が大きすぎちゃうので。壁のサークルがあの規模の部数を限られた時間で捌くのって、本当に次の日立てなくなるぐらい体力使いますし。それこそ「それが声優!」なんかはすごい数でしたから。
──畑先生の奥様の浅野真澄さんが原作を担当した作品ですね。同人誌から始まってアニメ化もされた。
畑 「それが声優!」に関してはちょっと特殊というか、もともとアニメ化を目指して作ったものなんです。もちろんなんにも決まってなかったんですよ? ただ、出版社の力を使わずにゼロからアニメを作ってみたいって思って、じゃあアニメ化するためのコンテンツが必要だから作ろう、と。そうしたら、なかなかびっくりするくらいの部数が出まして。これはもうアニメ化の話も来るだろうと思ったんですけど、実際には全然来なかったんです。やっぱり出版社という後ろ盾がないと全然声がかからない。だから、企画書を作ってアニメ制作会社に持っていき、スポンサーも自分で集め、と自分でプロデューサー業をやって最終的にアニメになったんです。
──そこまでやったんですね。
畑 まあそれは置いといて、とにかく部数がすごかったので、コミケに並べるだけでも大変だったんです。まず数千冊のクリアファイルと本を自宅に搬入して、全部に封入していくわけです。で、それを梱包したものを、ハイエースに乗せて前日搬入する。
──その量はハイエース沈みますよね(笑)。
畑 運転するのも怖いぐらいですね。それで当日売り子としてブースに立つので、もうヘトヘトになります。

