市川海老蔵改め十三代目市川團十郎白猿の誕生を見届けに、11月は歌舞伎座で会いましょう (2/2)

“文化と経済”“新作と古典”の両輪で考える

中井 歌舞伎の未来、團十郎として果たす役割についても伺えればと思います。

海老蔵 自分自身、その日その日を懸命に生きるのは当たり前ですけれど、あえて大きなお話をすれば、歌舞伎の未来を考えるうえで、文化と経済の関係性について考慮していかなくてはいけないと考えています。ここで言う「文化」は、もちろん歌舞伎だけではありません。その中で私は歌舞伎に携わっている人間として、文化を伸ばしていく作業をする、結果、経済も伸びていく──そうしたことを俯瞰して考えていくことが、團十郎としての役目ではないかとも考えています。また、“文化と経済”の関係性を考えるように、歌舞伎においても“新作と古典”の両輪についても考えていきたいと思っています。今は古典をやる割合が多いですけれど。

中井 なぜ今は古典が多いのでしょう?

海老蔵 今、歌舞伎座に足を運んでくださるお客様は、古典をご覧になりたい、熱心な歌舞伎ファンの方々が多いと感じるからです。

市川海老蔵

市川海老蔵

中井 なるほど。常に時代も動いていますし、二律背反というか、伝統芸能も絶えず刷新していかないといけない、新しく生んでいかなければいけない部分もあると思います。古典における革新についてはどうお考えでしょう?

海老蔵 團十郎という名前のイメージを皆様がどうお考えかわかりませんが、王道でありながら異端であり続けることが重要だと考えています。私が新たな脚本と演出で上演した通し狂言「雷神不動北山櫻」という演目があります。これは歌舞伎十八番の元となる「鳴神」「毛抜」「不動」をベースにしたもので、普通に上演するとものすごく長い上演時間になるんですね。これを同世代のスタッフと一緒に、休憩を入れて3時間強にまとめ上げていきました。30歳で座頭として一つの小屋を背負ったという意味でも、私にとって転機になった演目だと思います。あるいは来年1月にSnow Man宮舘涼太さんと新橋演舞場で「初春歌舞伎公演」市川團十郎襲名記念プログラム「SANEMORI」(参照:市川海老蔵、Snow Man宮舘涼太を木曽義賢・義仲の親子2役に抜擢)を上演いたしますが、これは古典歌舞伎「源平布引滝」より「実盛物語」を主軸にした歌舞伎作品で、2019年に自主公演「ABKAI」の第5回で初演しました。こうしたプログラムが“革新”のすべてではありませんが、長年取り組んでいる、古典をわかりやすく解釈してもらう試みの1つですね。

中井 そうした試みは、古典を守る意識とも通底するでしょうし。

海老蔵 だんだん1つになっていくというか、最終的に歌舞伎は「新しいことをすることが本当に新しいことなのか?」という段階にぶつかると思っています。古典が古典のままに新しさを感じてもらえるフェーズというか。そのためには自分の知識や人生経験のレベルを向上させる必要がありますよね。

中井 私たち観る側には、どんなことが必要とされると思いますか?

海老蔵 純粋に楽しんでいただくことが第一ですが、楽しい中に、ある種の心の余裕も感じていただければとは思います。数時間の間じっと座って舞台を観ていただくには、やはり心の余裕がないとなかなか楽しんでいただけないですからね。

中井 なるほど。スマホの電源を切って感じること、考えることですよね。海老蔵さんは出ていらした瞬間に人を惹きつける魅力、肉体から放たれる存在感がおありになり、このオーラをどうやって身につけていらっしゃるのかなといつも思うんですけれど……。

海老蔵 自分ではわからない部分ですが、そう観ていただけるならば両親に感謝です。父と母がそういう気持ちで育ててくれたのではないでしょうか。

やるべきことをし、自分も変わっていく

中井 襲名後、團十郎家としては、歌舞伎界でどんなことをされていきたいですか?

海老蔵 言語化できる抱負や目標はありませんが、自然とやるべきことをし、自分自身もその流れの中で変わっていくものだと考えています。

中井 待ち遠しかった襲名披露、長く感じる2年半でしたが、ぜひ新しい團十郎さんに口上で“睨んで”いただいて、世の中のムードを一新いただきたいです。公演を楽しみにしております。今日はありがとうございました。

左から中井美穂、市川海老蔵。

左から中井美穂、市川海老蔵。

プロフィール

市川海老蔵(イチカワエビゾウ)

1977年、東京生まれ。成田屋。1983年に東京・歌舞伎座「源氏物語」の春宮で初お目見得。1985年に七代目市川新之助を襲名し初舞台。2004年に十一代目市川海老蔵襲名を襲名。2001年に芸術選奨文部科学大臣新人賞、2014年に映画「利休にたずねよ」主演で第37回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞2005年に重要無形文化財(総合認定)に認定され、2007年にフランス芸術文化勲章シュヴァリエを受勲。古典作品を全国で巡業する企画「古典への誘い」や、「ABKAI」「六本木歌舞伎」といった他ジャンルの俳優と共演する歌舞伎公演を精力的に実施するほか、次世代の歌舞伎俳優のための公演シリーズ「いぶき、」も企画している。

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