尾上松緑とペリー荻野が“時代劇愛”を込めて語る“大岡越前”、4月は「天一坊大岡政談」で会いましょう (2/2)

基本的に僕、「死にたい」もしくは「殺されたい」願望が強いんです

松緑 時代劇ドラマについて語るなら、やはり(中村)吉右衛門のおじが演じていた「鬼平犯科帳」(1989年~)も欠かせません。清濁合わせのむ鬼平という主人公には“イズム”が感じられますし、当時の風俗、江戸情緒、人間の情も丁寧に描きたいという作り手の思いが感じられるシリーズで、感情移入しながら観たドラマです。(2024年公開予定映画版で平蔵を演じる)松本幸四郎さんの鬼平(参照:松本幸四郎が「鬼平犯科帳」映画化で5代目に、豊川悦司は「仕掛人・藤枝梅安」主演)も楽しみですね。

荻野 鬼平は背景まで丁寧に作られたドラマで、日本の映像美術を代表する大御所の西岡善信先生が九十代までやっていらしたお仕事です。

松緑 池波正太郎先生好きとしては、(鍼医者と殺しを請け負う仕掛人の2つの顔を持つ)藤枝梅安もイイですね。僕、ダーティな部分もある(片目片腕のニヒルな剣士)丹下左膳、(盲目の按摩)座頭市といったキャラクターも好きなんです。祖父も「必殺仕事人」シリーズは大好きでしたね。今ではコンプライアンスに引っかかる要素満載かもしれないけど……。

荻野 闇を持つ主人公、やっぱりイイですよね。

松緑 コンプレックスを持つ主人公、悪が悪を駆逐するようなものはすごく好きですね。その心理とは矛盾しますが、(将軍家の血を引く松平長七郎が、江戸の町にはびこる悪を倒していく痛快時代劇)「長七郎江戸日記」(1983年~)は全部観ました。能力レベル100みたいな人物で、今で言うラノベの主人公みたい(笑)。里見浩太朗さんの大立ち回りはちょっと特別というか、華やかですよね。

尾上松緑

尾上松緑

荻野 時代劇は、歌舞伎の立廻りとはまた違いますね。

松緑 もし歌舞伎で「長七郎江戸日記」をやるなら、あの(二刀流の)刀をいっぺんに収める動きを再現するのは難しいでしょうね(笑)。「鞘に切れ目を入れておけば、シュッと入るかな?」なんて妄想するのは面白いですけど。

荻野 おおーさすがですね。そんなこと私、考えたことなかったです(笑)。ドラマの長七郎は、クルっと回って収めるんですよね。ぜひ歌舞伎の超絶技巧で再現ください。ところで松緑さん、(諸国を旅する侠客や流れ者の義理人情を描く)股旅物はお好きですか?

松緑 (駿河の侠客)清水次郎長は好きですが……あ、でも(上州の侠客)国定忠治が良いなあ。次郎長と忠治は、ちょっと毛色が違いますよね。

荻野 次郎長は日差しを浴びながら諸国を歩いているイメージで、群像劇としても楽しい。忠治は敗れていく男というか、悲劇色が加わるかもしれません。

松緑 敗者の美学、惹かれますね。基本的に僕、「死にたい」もしくは「殺されたい」という欲望が人一倍強い役者なんです。もちろん演技のうえですけど。

一同 (笑)。

松緑 (病に冒されながら、酒と女の荒んだ日々を送る)平手造酒を演じる機会が回ってきたら最高ですね。

荻野 まさに今、「平手造酒なんてどうですか」と聞こうと思っていました!

松緑 時代劇の中でもトップクラスに魅力を感じますね。破滅に向かっていく役を演じるのは好きですから。4月はそんな僕が大岡様のようなど真ん中の正義の味方を演じるわけですが、こういったマインドの人間だからこそ、正義を俯瞰して見られるような気もするんです。

3月に大岡越前ゆかりの神奈川県茅ヶ崎市にある浄見寺を訪ねた際の尾上松緑。

3月に大岡越前ゆかりの神奈川県茅ヶ崎市にある浄見寺を訪ねた際の尾上松緑。

荻野 確かに、そういった方だからこそ、スコン!と気持ちよく表現してくれる期待感があります。

松緑 5月は天下を目論む松永大膳という、大岡様とは真逆の役を演じます(参照:「團菊祭五月大歌舞伎」の演目決定、「暫」「弁天娘女男白浪」など)。戦国時代という窮屈な時代に、本能のまま生きた男としてやりたいですね。武将・松永久秀がモデルですから、近年では「麒麟がくる」(2020年大河ドラマ)で吉田鋼太郎さんが演じていた役としてお馴染みでしょうか。あれは吉田さんの拵えがすごくカッコよかったです。

荻野 あの松永のガウンのような衣裳、ちょっとサイケデリック柄で迫力でしたよね! 私、“ほぼナイトガウン説”としてコラムを書いたぐらい好きでした(笑)。

中村主水、ルパン、ウルトラマンレオ、そして瑳川哲朗

松緑 近年、「大江戸捜査網」(1970年~)も見直しました。もちろんシャープな立ち回りをキメる杉良太郎さんはじめ、里見さん、松方さんと豪華キャストが演じてきた主人公(隠密同心・十文字小弥太)はカッコいいですけど……最終的には(隠密同心・井坂十蔵を演じた)瑳川哲朗さんが一番カッコいいという結論に達しました(笑)。

荻野 お目が高い! 以前企画した「ナンバーツーを探せ」というトークで、「やっぱり(「科学忍者隊ガッチャマン」の)コンドルのジョーだろう」「土方歳三だろう」「そして瑳川哲朗だろう」という話題で、時代劇女子が一晩盛り上がりました。

松緑 あーわかります。僕、戦隊モノだとブラックが好きなんですよ。たまに単独行動を取り、リーダーと意見が合わなかったり、激情家でもあり……同年代の歌舞伎俳優たちと夢枕獏さんの「陰陽師」を歌舞伎化したとき(2013年歌舞伎座)、僕が演じた(平安時代最強の武人)俵藤太という役は、まさにそのポジションでした。「仮面ライダー」ならダントツにアマゾンが好きですし、「ウルトラマン」ならレオ……ほかのウルトラ兄弟の“M78星雲”ではなく“獅子座L77星雲”出身で、みんなが光線技を使う中、レオは空手技を使うんです。

荻野 松緑さんマニアック(笑)。孤独な影を持ちながら異彩を放つキャラクターが気になるんですね。

松緑 おそらくそうですね。さらに言えばルパンで言うところの次元大介。でも最近は、ルパンのかっこよさもわかるんですよ。あれって、大人にならないとわからない魅力ですよね。必殺シリーズの中村主水(藤田まこと)の良さも、この年齢でわかってきた気がします。

大岡越前守の墓前で手を合わせる尾上松緑。

大岡越前守の墓前で手を合わせる尾上松緑。

荻野 花屋の政(村上弘明)や飾り職人の秀(三田村邦彦)に夢中になってちゃあ、まだ子供ですね(笑)。

松緑 中村主水は「昼行灯」と呼ばれ一見情けない同心だけど、大人になると「やっぱり主水が一番のハードイケメン」と気がつくんですよ。この流れで話すと「必殺仕置人」(1973年~)なら念仏の鉄(山崎努)でしょうね。

荻野 私も大好物です、モ・チ・ロ・ンです!

松緑 主人公“じゃない方”という話題で言えば、“強烈なオヤジ”と言うのもまたカッコよくないですか? 平幹二朗さんの信虎(1988年大河ドラマ「武田信玄」)、北大路欣也さんの輝宗(1987年大河ドラマ「独眼竜政宗」)は、今でも記憶に残っています。

荻野 強烈なオヤジがいるからこそ主人公が光りますし、また強烈なオヤジたちは、やりたいことを思い切りやって去っていきますからね(笑)。ついでに言えば、「独眼竜政宗」の秀吉は勝新太郎さんで威圧感がすごかった。あの大河は思い切ったキャスティングで、政宗のお父さんが北大路さん、お母さん(義姫)が岩下志麻さん、義姫の兄最上義光に原田芳雄さん。ものすごい濃い一族(笑)。

松緑 原田芳雄さん! あの義光は悪役を引き受けていてシビれましたね。政宗を演じた渡辺謙さんはもちろん王道の主人公でしたし……そういえば、僕の父もドラマで伊達政宗を演じたことがあるんです(1983年大河ドラマ「徳川家康」)。眼帯をつけると妙に可愛くなって迫力が出ないから、目を潰したメイクで演じたというエピソードを聞いています。

3月に大岡越前ゆかりの神奈川県茅ヶ崎市にある浄見寺を訪ねた際の尾上松緑。

3月に大岡越前ゆかりの神奈川県茅ヶ崎市にある浄見寺を訪ねた際の尾上松緑。

現代人も泣けちゃう山本周五郎

荻野 昨年2月に松緑さんが出られた(泥棒と若侍の心温まる交流を描く)「泥棒と若殿」(参照:玉三郎&仁左衛門の強悪な夫婦、中村屋一門による追善狂言「二月大歌舞伎」開幕)、友だちと終演後「泣いちゃったよね」って涙を拭いながら帰りました。山本周五郎の短編が原作ですね。

松緑 あれは良いお芝居なんですよ。(十世坂東)三津五郎さんとご一緒してきた演目でしたから、御子息の坂東巳之助さんとやらせていただけて、本当にうれしい経験でした。自分が役者として悩んでいたときに、三津五郎のお兄さんが「一緒にやってみないか」と声をかけてくださって救われた、思い出の作品です。

荻野 時代劇でもいろいろなキャスト版で作られています。

松緑 可愛げのある泥棒の田中邦衛さん(1987年)、目端のきく泥棒の火野正平さん(2000年)と、それぞれの良さがあって。そういえばちょうど昨年この芝居をやっている時期に、新しいバージョンが放映されたんですよね(2021年「だれかに話したくなる山本周五郎日替わりドラマ」シリーズ)。若手俳優さんお二人(若殿:西山潤、泥棒:柾木玲弥)がやっていらして、若々しいキャストもステキだなと思いました。

荻野 周五郎は時代時代で新しいドラマが作られていく、普遍的な魅力があるんでしょう。ぜひ松緑さん、周五郎作品の舞台も手がけていってください。

松緑 周五郎は、ぜひ新作なんかも手掛けたいと思っています。

荻野 お待ちしています! また泣いちゃうんだろうなあー。

「四月大歌舞伎」第一部「天一坊大岡政談」ポスタービジュアル

「四月大歌舞伎」第一部「天一坊大岡政談」ポスタービジュアル

プロフィール

尾上松緑(オノエショウロク)

1975年、東京都生まれ。初代尾上辰之助(三世尾上松緑追贈)の長男。1980年に「山姥」の怪童丸で藤間嵐の名で初お目見得、1981年に「幡随長兵衛」の長松で二代目尾上左近を名乗り初舞台。1991年に「壽曽我対面」の曽我五郎ほかで二代目尾上辰之助を襲名。2002年に「勧進帳」の弁慶、「蘭平物語」の蘭平ほかで四代目尾上松緑を襲名。日本舞踊家として、1989年に藤間流家元・六世藤間勘右衞門を襲名。

ペリー荻野(ペリーオギノ)

1962年、愛知県生まれ。コラムニスト、時代劇研究家。大学在学中よりラジオパーソナリティを務め、コラムを書き始める。時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」を立ち上げるなど多くの時代劇企画に携わる。著書に「ちょんまげだけが人生さ」「ちょんまげ八百八町」「バトル式歴史偉人伝」「時代劇を見れば、日本史の8割は理解できます。」(山本博文氏との共著)、「脚本家という仕事 ヒットドラマはこうして作られる」「テレビの荒野を歩いた人たち」など。

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