石原軍団が解散へ、石原まき子「石原裕次郎の遺言を実行いたしました」

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石原プロモーションが、2021年1月16日をもって看板を下ろすことがわかった。

2019年12月、第32回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞新人賞の表彰式に参加した神田正輝(中央左)と石原まき子(中央右)。

2019年12月、第32回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞新人賞の表彰式に参加した神田正輝(中央左)と石原まき子(中央右)。

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石原プロモーションは、石原裕次郎が1963年1月16日に設立した芸能事務所・制作プロダクション。ドラマ「大都会」「西部警察」シリーズなどを手がけ、各種興業や石原裕次郎記念館の経営などを行ってきた。現在は石原裕次郎の妻・石原まき子が代表取締役会長を務め、渡哲也が相談取締役に名を連ねる。俳優としては渡、舘ひろし神田正輝徳重聡金児憲史池田努宮下裕治、神田穣、増本尚が所属している。

2019年12月、第32回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞新人賞の表彰式に参加した舘ひろし。

2019年12月、第32回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞新人賞の表彰式に参加した舘ひろし。[拡大]

石原裕次郎の命日である本日7月17日に公式サイトで発表された情報によると、同社は芸能部業務を終了するという。これにより所属俳優たち“石原軍団”は、事実上解散することに。俳優たちに関して、同社は「所属契約をなくして今後に於いて双方で話し合い誠心誠意をもって考えてまいります」と述べた。版権管理業務等に関しては、既存の系列会社・石原音楽出版社や、2020年起業予定の一般社団法人ISHIHARAで行っていく予定だという。

石原まき子は、石原裕次郎の遺言が「俺が死んだら即会社をたたみなさい」だったことを明かし「しかし俳優さんスタッフの皆さんがいつも生き生きとされていて会社に対する愛情の強さがひしひしと感じられこの人達ならば会社をお任せするべきと思い遺言を言い出す事が出来なくなっておりました」と回想。そこで渡、舘、神田、スタッフらに相談したそうで「皆さんは『裕次郎さんらしく惜しまれるうちに株式会社石原プロモーションの商号を返しても裕次郎さんは承知してくれるのではないですか』と賛同を頂きました。ここで遺言を実行いたしました」と、決断に至った経緯を明らかにした。

石原まき子 コメント

末筆ながら謹んで申し上げます
この様な結論に至りましたその訳を 私石原まき子よりご説明させていただきます
昭和62年7月17日石原裕次郎が亡くなる際に
「俺が死んだら即会社をたたみなさい」これが遺言でした しかし
俳優さん スタッフの皆さんがいつも生き生きとされていて会社に対する愛情の
強さがひしひしと感じられ この人達ならば会社を お任せするべきと思い 遺言を
言い出す事が出来なくなっておりました その結果として皆様方ご存じのとおり亡き
後30数年間無事に会社を運営して頂いた次第です
しかし私も高齢と体力の低下により実務が難しくなる事が多くなって参りました
そこで渡さん 舘さん 神田さん 役員 スタッフの皆さんに相談いたしました
皆さんは
「裕次郎さんらしく惜しまれるうちに株式会社石原プロモーションの商号を返しても
裕次郎さんは承知してくれるのではないですか」と賛同を頂きましたここで遺言を
実行いたしました
この様な重大な事柄を突然記者会見も無しに発表致しますことをお許しくださいませ
俳優さん達の今後に関する詳細は 当方にてしっかりと責任をもって対応してまいる
所存でございますので 何卒暖かくお見守り頂ければ幸いです
50数年間に渡り皆様方には株式会社石原プロモーションを陰日向なく支えて頂き
心より感謝申し上げます
略儀失礼ながら書面書中をもちましてお知らせ申し上げます
長きに渡り本当に有難うございました

かしこ

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