五百旗頭幸男

テレビマンが作るドキュメンタリー映画 #5 [バックナンバー]

五百旗頭幸男(石川テレビ放送) / 観ている人に揺さぶりをかける取材の極意

一定期間、“あえて全然インタビューしない”というやり方

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一定期間、あえて全然インタビューしない

──そして現在、最新作「能登デモクラシー」が全国順次公開中です。穴水町の人々の営みや、役場と町議会の関係のいびつさも映し出す作品ですが、政治やムラ社会の不正や忖度に斬り込んだ前2作とは少しトーンが違ったのが印象的でした。町の未来のため手書きの新聞「紡ぐ」を発行し続ける元中学校教師・滝井元之さんの存在もあり、最終的には希望を感じられる作品でしたが、後半ハッとさせられる展開も待っていました。

「能登デモクラシー」ビジュアル ©︎石川テレビ放送

「能登デモクラシー」ビジュアル ©︎石川テレビ放送

町長を追求したシーンですね。それと対になる最初の“ある問題のシーン”は、どう扱うか自分の中でずっと考えていました。2024年の元日に震災が起こることはもちろん予想していなかったですし、同年5月の番組放送時はまだ復興計画策定委員会が立ち上がったばかりで、この段階では問題のシーンの素材は完全に宙に浮いていたんです。ただ、去年から今年にかけて兵庫県知事選挙の問題やフジテレビの問題が表沙汰になり、僕らもメディアとして何を伝えるべきか柔軟に考えていかないと、本当に市民から信頼されなくなるという危機感があり、映画版の制作途中で「やっぱりあのシーンは使うべきだ」と思い始めました。

──そんな直近で追加されたシーンだったんですね。

映画用の追加取材を進める中で、なれ合っていた役場や町議会の雰囲気が徐々に(いい方向へ)変わっていくのを感じながらも、本質的には変わったと思えずにいました。だからこそ、本当にこの町は変われるのか?と映画で問いかけようと思ったんです。(問題のシーンの)映像をはじめとする強烈なファクトを吉村(光輝)町長に突き付けたときに、どう対応するのか。そこに彼の政治家としての本質が見えるだろうし、彼が変わるのか、町が変わっていけるのかが浮かび上がるんじゃないかと考え、町長のインタビューを撮りに行きました。それらのシーンを入れずに映画を終えることで「震災を経ていい町に変わっていくんだな」みたいな描き方もできますけど、リアリティがないじゃないですか。でも、希望は残したかったんです。

──“希望を残す”のは意識的だったんですね。

すごく意識しました。これは過去の2作とはかなり違った部分ですね。特に「はりぼて」の最後は絶望的ですから(笑)。今回なぜ希望が残るような表現になり得たかというと、僕らが地域メディアとして「このあともちゃんと取材していきます」というスタンスを明確にしようとしたから。「そのうえで町長にも期待してますよ」ということを伝えたかったんです。ダメな部分もあるけど、震災後に彼が町長としてやってきたいろいろな政策に関しては評価すべきだと思っていたし、もしかしたら僕らが取材を続けていく中で本当に変わる可能性もあるじゃないですか。そこを余白にして希望を感じられるようにしました。

──町長を追求したインタビューシーンもそうですが、作品の中で監督自身がカメラの前に立つこともありますよね。それはどんな基準で判断しているんですか?

「裸のムラ」場面写真 ©︎石川テレビ放送

「裸のムラ」場面写真 ©︎石川テレビ放送

普段テレビメディアが入らない場所に入っていくことによって、ハレーションや“アレルギー反応”が起こるのは目に見えていますが、そこに介入した張本人を映し込まないのはフェアじゃないと考えています。吉村町長を問い質すインタビューシーンでも、彼の驚いている顔だけ映すやり方もありだと思いますが、果たしてそれがフェアか……こっち側の姿勢も問われなければならないと思うので、そこを隠すのはずるい。また、緊張関係も含めて見せることで映像の迫力が増すと思うので、1つの要素(五百旗頭の姿)を抜いてしまうと映像がその分弱くなるというのもあります。ニュースの取材だったらすぐ個別インタビューをすると思うのですが、僕がドキュメンタリーを作るときは、一定期間、あえて全然インタビューしないとか、囲み取材に行かないというやり方をするんです。今回も震災後の取材期間は特にそこを意識しました。

──あえて取材しないことで、どういった効果があるんでしょうか。

例えば会議の様子を取材するときは、そのあとに行われる囲み取材で町長に直接話を聞きに行くのが定石なんですが、僕らは長期的な目線でドキュメンタリーの取材をしているから、動き方が違う。会議自体は撮影しますが、毎回町長にはインタビューをせずに帰っていて、「なんの取材をしているんだろう?」と最初はずっと警戒されていました。でも、いつしかあらゆる会議を取材するテレビ局が僕らだけになり、あちらにも情が出てきたのか、ときどき役場の職員の人が「弁当どうですか?」と聞いてきたり、町長がたまに「(個別で話を)聞かなくていいの?」みたいな顔をするようになったんです。「これは油断し始めたな」と感じて、その距離感になったときに初めて町長にインタビューを行い、核心に迫る質問をぶつけました。

「能登デモクラシー」場面写真 ©︎石川テレビ放送

「能登デモクラシー」場面写真 ©︎石川テレビ放送

──そんな駆け引きをされていたとは……! 「こういう言葉が撮りたい」というよりは、距離感や緊張感といった空気自体を撮るためにコントロールするような感覚でしょうか。

そうですね。インタビューという形式的なものでドキュメンタリーを制作しようとする人が多いけど、僕は映像に映り込んだその場の空気感とか表情を、編集で物語の中に染み込ませるというイメージで作っています。

東海テレビの土方宏史は民放連の競合相手

──最後に、テレビ局発のドキュメンタリーで面白かった作品を教えてください。

東海テレビの「さよならテレビ」「ヤクザと憲法」「ホームレス理事長~退学球児再生計画~」ですね。……土方(宏史)さんばっかりじゃないですか(笑)。

──土方監督とお話しされたことはあるんですか?

あります。民放連(日本民間放送連盟)中部ブロックの競合相手なので(笑)。東海テレビは、着眼点や、上っ面じゃない問いかけの重さが圧倒的だと思います。当然その分波紋も呼びますが、観る人に投げかけるものが非常に重いですし、それは作品の強度にも関わる。ほかの局だと劇場公開するドキュメンタリー映画が単発で終わってしまうことがほとんどですし、石川テレビでもようやく2本目だと考えたら、劇場公開作品が16本もあるのはすごいです。

──この連載で東海テレビの足立拓朗監督に取材した際も、ドキュメンタリーを作る土壌が違うなと感じました。番組・映画を作るときは、日々のニュース取材から担当を外される仕組みになっていると聞いてなるほど、と。五百旗頭監督も今、そういった動き方ができる部署にいるのは理想的ですよね。

(この仕組みを成立させるのは)なかなか難しいですけどね。あとよく話すのは、結局テレビのドキュメンタリーを長尺にしただけの作品が多くないかな?ということ。僕は「映画だからこうしよう」とか「テレビだからこうじゃないダメ」という考えは一切なくて、映画でやるようなものをテレビでも作れたほうがいいと思っている。大島新さんが言うように、プレイヤーを増やして裾野を広げることにもつながるので、テレビ局発のドキュメンタリー自体が否定されるべきではないですが、いわゆるガラパゴス化された日本のテレビドキュメンタリー的手法で作った番組を無理やり長くしただけで「映画なんです」と世に出した作品は、映画業界でやってきた人たちがどういうふうに見ているのかなとは思ってしまいます。

五百旗頭幸男

五百旗頭幸男

土方宏史の土は点付きが正式表記

五百旗頭幸男(イオキベユキオ)プロフィール

1978年生まれ、兵庫県出身。同志社大学文学部社会学科卒業後、2003年に富山・チューリップテレビ入社。スポーツ、県警、県政などの担当記者を経て、2016年からニュースキャスターを務める。ディレクターを担当した作品に「異見~米国から見た富山大空襲~」「沈黙の山」などがあり、富山市議会の政務活動費不正問題を追った「はりぼて~腐敗議会と記者たちの攻防~」で文化庁芸術祭賞優秀賞など多数受賞。砂沢智史との共同監督作「はりぼて」が2020年に劇場公開された。2020年4月に石川テレビ放送へ移籍後、2本のドキュメンタリー番組をもとにした映画「裸のムラ」を手がける。劇場公開作3作目の「能登デモクラシー」が2025年5月17日より全国で順次上映中。

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五百旗頭幸男 『能登デモクラシー』5/17~全国公開 @yukioiokibe

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