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ホラーを語るリレー連載「今宵も悪夢を」 第64夜 [バックナンバー]

選者 / 野水伊織「ザ・バニシング -消失-」

人は知りたがる生き物、好奇心と妄執に駆られた2人の男の行く先

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ホラーやゾンビをこよなく愛する著名人らにお薦め作品を紹介してもらうリレー連載「今宵も悪夢を」。集まった案内人たちは身の毛もよだつ恐怖、忍び寄るスリル、しびれるほどの刺激がちりばめられたホラー世界へ読者を誘っていく。

第64夜は野水伊織が、ある女性の失踪事件を軸にしたサスペンス「ザ・バニシング -消失-」を紹介。“一線を越えてしまう人間”に興味を持っていた野水が本作から感じたものは? そして恋人が行方不明になった男と、その失踪事件の犯人を名乗る男の対話の先にあったものとは。本コラムには多少のネタバレがあるので、作品未見の読者はご注意を。

/ 野水伊織(コラム)、田尻和花(作品紹介)

もしや私もいつか、大好きな腸への興味が行きすぎて……

「ザ・バニシング -消失-」場面写真

「ザ・バニシング -消失-」場面写真

人間の世界にはやってはいけないことの境界線が様々あり、それは常識だったり法律だったりで縛られ、取り決められている。
たとえば殺したいほど憎い相手がいても、私たちはそう易々と人殺しに手を染めたりしないだろう。なぜかと言えば、「ルールがあるから」「罰則があるから」「倫理的にダメだから」。
しかし稀にその線を飛び越えてしまう人がいるではないか。私は彼ら彼女らがなぜ境界線を飛び越えるに至ったのか、その理由を知りたい。
そんな風に思っていた5年前、面白い映画に出会った。

オランダで1988年に発表されたものの、日本では2019年が劇場初公開となった「ザ・バニシング -消失-」。
旅の途中に立ち寄ったドライブインで、レックスの恋人・サスキアは忽然と姿を消してしまう。
それ以来3年経ってもなおサスキアを探し続けるレックスの元に、犯人を名乗るレイモンという人物が接触してくる……というあらすじである。

少々ネタバレになってしまうが、このレイモンがサスキア失踪の犯人であるということは中盤で明確に明かされる。
レイモンには愛する妻と娘たちがあり、幸せに過ごすその裏で淡々と女性を誘拐する計画を練っている。
わざと家族を叫ばせてその声がどこまで届くのか試したり、自らクロロホルムを嗅いで実験したりと念の入れようが凄い。
反面彼は物腰穏やかで、レックスと話す姿もずいぶんと紳士に見える。
──ああそうか。境界線をひょいと飛び越えてしまう人は、別段怖い顔などしてなくて、何処にでもいる“普通”の人なんだ──と、妙に腑に落ちた。
こういうタイプを人はサイコパスと呼ぶのだろうが、そんな特別な名称で呼ぶほどのことでもないと思った。
家族を大切にし、人助けもする。そんな善の一面を持つ彼が、「自分の中に悪は存在しないのか?」という好奇心に駆られた。ただそれだけだ。だがそれだけで、人は簡単に箍(たが)を外してしまえるのかもしれない。

実際、押してはいけないボタンを押したくなるように、人間は抑止されるとより気になってしまうことがある。
レイモンと対するレックスも、そんなカリギュラ効果に突き動かされた一人だ。
彼は「サスキアが失踪した真相を知りたい」という理由だけで、犯人を名乗る男に言われるがまま共にフランスへの旅に出る。
「いやなんでだよ! サスキアがレイモンに殺されていたとしたらお前だって危ないだろ!」とか、「彼女の敵討ちじゃないんかい!」とか、レックスにはそんなツッコミを入れさせないほどの妄執が見える。
その姿には、恋人を守れなかった無念や後悔よりも、目の前の男がなぜそんなことをしたのかを純粋に知りたいという好奇心が先立っていた。

レイモンもレックスも側から見たらよっぽど尋常ではない。そんな二人の対話は卑近で、だからこそ想像し得る不気味さがある。
作品としても、驚かせるようなシーンもなくほぼ淡々とした会話劇なのに、その最後はメリーバッドエンド(受け手や登場人物の解釈によって幸か不幸か印象が変わる結末)の余韻が心に刻まれる。
私はこの物語にすっかり魅了されてしまった。もしや私もいつか、大好きな腸への興味が行きすぎて引っ張り出してしまうのだろうか?
いやいやまさかそんなバカなと頭を振るが、好奇心に取り憑かれた彼らの瞳を見ていると、その自信も疑わしくなってくる。
人は知りたがる生き物だ。アダムとイブだってその欲求に負けたのだから、おそらく我々は生まれながらにしてそうなのだろう。

映画の序盤、恋人たちの旅の途中。トンネル内でガス欠になってしまったシーンを思い返す。
暗いトンネルの中、「置いていかないで、一人にしないで」とパニックになるサスキアの声が耳に残る。
その声を「なんて悲痛な」と感じるうちはまだ大丈夫だと、思いたい。

野水伊織(ノミズイオリ)

野水伊織

野水伊織

北海道出身、声優。2009年放送のアニメ「そらのおとしもの」で本格的に声優としてのキャリアをスタートさせ、以降テレビアニメ「デート・ア・ライブ」「ムヒョとロージーの魔法律相談事務所」、ゲーム「艦隊これくしょん-艦これ-」に参加している。現在は配信番組「まろに☆え~るのYouTube LIVE」に出演中。

「ザ・バニシング -消失-」(1988年製作)

「ザ・バニシング -消失-」Blu-rayジャケット

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オランダからフランスへ、恋人のサスキアと小旅行をしていたレックス。しかし立ち寄ったドライブインで、サスキアは忽然と姿を消す。3年が経ったあとも依然として捜索を続けるレックスのもとに、ある日犯人らしき人物から手紙が届くようになる。
監督は「ダーク・ブラッド」のジョルジュ・シュルイツァーが担当。出演にはベルナール・ピエール・ドナデュージーン・ベルヴォーツヨハンナ・テア・ステーゲグウェン・エックハウスが名を連ねた。

「ザ・バニシング -消失-」Blu-ray / DVD販売中

税込価格:Blu-ray 2750円 / DVD 2090円
発売元・販売元:キングレコード

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読者の反応

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野水伊織 @nomizuiori

映画ナタリーさんのホラー映画リレーコラム「#今宵も悪夢を」
第64夜は『ザ・バニシング-消失-』について書きました。
行き過ぎた好奇心は猫だけでなく人間も殺すのかもしれない。
#野水映画 https://t.co/1WfhxHeqAe

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