パンフレットを買う習慣がある映画ナタリーの読者はどのくらいいるだろうか? Web上で多くの情報を得られる今、昔は購入していたけれど今は手に取らなくなった人がいれば、パンフを買った経験がない映画ファンもいるかもしれない。また近年公開された大作の中には、パンフレットの制作自体が行われなかったものもあった。
日本独自と言えるパンフレット文化はこのまま衰退してしまうのか。その流れに待ったを掛けたのが、「
取材・
映画ビジネスにおいてパンフレットは時代遅れなのか?
──近年、大作であるにもかかわらずパンフレットが制作されないことがあり、SNSに怒りや悲しみなどの思いを投稿している映画ファンが少なくありません。パンフが作られない理由は映画によってさまざまだと思いますが、ビジネスとして利益を上げづらいという共通の事情はあるように感じます。「DANCING MARY ダンシング・マリー」「
和田有啓 私は規模的にインディペンデントの映画に携わることが多いんですが、洋画大作と比べると全体の中でパンフレットの売り上げが占める割合は大きいと感じます。
清水洋一 作品によって考え方も変わると思います。「ダンシング・マリー」では、パンフレットでマネタイズするというよりは来場者全員に配布することで興収につながればいいなという思いはありましたが、例えば難解な映画の解説・考察が充実したパンフがあって、Webでは読めないという状況であれば、売り上げは高くなるかもしれません。
──お二方ともに、映画ビジネスにおいてパンフレットにはまだ可能性があると考えているということですね。清水さんはなぜ来場者全員にパンフ配布という施策を?
清水 チケットを買うだけでパンフレットがもらえるという体験は、お客さんの記憶に残ると思ったんです。「ダンシング・マリー」はコアな映画好き以外の方にも観ていただけると予想していて、その中にはパンフレットを手に取ったことがない人もいるのではないかと。そういった方々にとって、記憶に残る映画体験になったらうれしいですよね。あとは今こうやってインタビューを受けていることも含め、面白い施策としてさまざまな媒体が取り上げてくれるのではないかという思いもありました。
──なるほど。和田さんは「君は永遠にそいつらより若い」でなぜ340ページのパンフレットを制作したのですか?
和田 「君は永遠にそいつらより若い」は原作が津村記久子さんの小説で、ポスターも書籍を意識したスタイルでした。タイトル表記が縦書きだったり。パンフレットもその路線で考えようということで、文芸誌のような厚みのあるものになりました。
──それでも340ページにはならない気がするのですが…?
和田 そうですね(笑)。ページ数に関しては、インタビューなど企画が多くて結果的にそこまでのボリュームになりました。最初から340ページを目指していたわけではないです。
──通常のパンフレットの倍に近い税込1800円という値段で販売されていましたが、その価格で売れるのかという不安はなかったですか?
和田 学生料金などで観ている方からすると、映画代よりも高いですからね。さすがに一般料金よりも高くなったらよくないだろうと1800円に設定した事情があります。ありがたいことにかなりの部数が売れましたし、3500円のTシャツなどを含めた物販全体の売り上げがよかったので、施策としては成功だったと思います。
映画館に行かないと手に入らない希少価値を守っていく
──先ほど清水さんが「パンフレットを手に取ったことがない方に届ける」とおっしゃっていましたが、「ダンシング・マリー」の公開後にはどのような反響がありましたか?
清水 初日舞台挨拶のときに客席やロビーの方々を見ていたんですが、若い女性が「パンフレットを初めて手に取った」と話していてうれしかったですね。それをきっかけに次は買ってみようと思ってくれたかもしれないし、
和田 パンフレット文化を底上げするような、すごくいい試みですね。
清水 ありがとうございます。
──お二方自身がパンフレットにまったく興味がなかったら今回のような施策は実施しなかったと思うのですが、文化を絶やしたくないという気持ちはありますか? 映画パンフレットは日本独自の文化で、洋画の場合は発行にあたって本国に確認を取るという作業が発生します。それに加え、印刷代が掛かることや紙の出版物は売れにくいという事情を考えると、衰退の道をたどる可能性もあると思います。
和田 今は必ず購入しているわけではないですが、昔は観に行った映画のパンフレットは絶対に買っていました。幼少期からの映画体験がなくなってしまうのは、純粋に悲しいです。ただパンフレットに限らず、紙の出版物が売れなくなっている流れは止めようがないとも感じていて。電子ブックが台頭しているように、何かを読む方法が変わっていくのは悪いことではないし、パンフレットもそれに合わせて形を変えていくと思います。
清水 僕も変化していっていいものだと感じています。最近だと「
──どういう意味でしょうか?
清水 劇場で映画や舞台を観るという行為は、そのときその場でしかできない体験です。だから、そこに行かないと手に入らない希少価値を守っていけば、紙のパンフレットも文化として存続していけるのかなと。デジタルによって気軽にアクセスできる情報が増えるにつれて、映画館に行かないと手に入らない情報の価値は上がると思うんです。
──Webには載せていない情報を含め内容を充実させ、高めの値段で販売するとしたら、仮に購入者が少なかったとしても、安い価格で多くの観客が買うのと売り上げは変わらない場合がありそうですね。
清水 そうですね。なので340ページのパンフレットを制作した和田さんは、未来を見据えていると感じます。実際に売り上げもよかったわけですし。
和田 そこまで未来を意識していたわけではないですが(笑)、清水さんがおっしゃるように、劇場でしか味わえない映画体験の一環としてパンフレットを位置付けるのは大事だと考えています。340ページのパンフレットを持ち帰るのは一苦労ですが、その重み含めて映画体験だと感じてくれる方もいるかもしれない。紙にもまだ可能性はあると思います。
清水 別方向の価値あるパンフレットとして、紙とデジタルが両立したらいいですよね。
「考察の役に立つ公式本があるよ」と意識の動線を整える
──和田さんは、昔は観に行った映画のパンフレットを必ず買っていたとおっしゃっていましたが、記憶に残っているものはありますか?
和田 1999年の「
──清水さんはいかがですか?
清水 僕は最近もよく買うんですが、「
──確かに大島さんがデザインしたパンフレットは、アート作品として飾りたくなりますよね。
清水 はい。自分が携わった映画でご一緒したことはないですが、いつかお仕事してみたいです。
──和田さんは今後、どのようなパンフレット施策を考えていますか?
和田 以前はアニメの会社で働いていたのですが、アニメって映画化のタイミングでグッズを作ることが多いんです。そこにもまた1つの世界が広がっていると言いますか。雑誌にも付録が付いているものは多いですし、個性的なグッズを付けてパンフレットを販売するのも面白いかなと感じています。お目当ては付録だとしても、せっかくだからパンフレットを読んでみようと思ってもらえるかもしれない。
清水 配信で観られる作品だったとしても、特典映像目当てでソフトを購入する方は多いと思いますし、ファンに「お!」と感じてもらえる何かを付属するのは効果的かもしれないですね。
──お二方の映画体験の中にはパンフレットを読むという行為が含まれていると思うのですが、そうではない映画ファンも少なくないと思います。そんな方々にパンフレットの面白さを伝えるとしたら?
清水 映画の観方に絶対的な正解はなくて、各々が好きなように受け取って楽しむのがいいと思っています。ただ僕は作り手の考えにできるだけ近付きたいタイプで、映画はどういう意図で製作されたのか、それぞれのシーンにはどういう意味があるのか、なぜその俳優がキャスティングされたのかといった情報を知りたい。それを教えてくれるのがパンフレットです。その中には本編で語られることのなかった世界が広がっていて、映画という物語をより一層楽しむことができます。もちろんWeb上で情報を収集することもできますが、やっぱり1つの作品として制作されたパンフレットがもっとも有用だと考えています。
和田 私も同じ考えで、映画という世界を拡張してくれるものだと感じます。考察はコンテンツの1つの楽しみ方ですが、ドラマ「あなたの番です」や
清水 「TENET テネット」のパンフレット、僕買いました。あれは本編を観ただけでは到底味わえない体験でしたね。
和田 1つの映画を“観る”以外のさまざまな角度から楽しんでもらえたら、私たち作り手としてもうれしいですよね。
清水洋一(シミズヨウイチ)
1973年9月3日生まれ。12歳のときに「グーニーズ」を観て映画業界で働くことを決めた。好きな映画は「ドライビング・ミス・デイジー」「バートン・フィンク」「ブロードウェイと銃弾」など。
和田有啓(ワダアリヒロ)
1983年7月4日生まれ。2019年に映画の企画プロデュースや配給宣伝を行う会社Atemoを設立した。好きな映画は「猟奇的な彼女」、好きな俳優はジェイク・ギレンホール。
※「君は永遠にそいつらより若い」は2022年2月9日にBlu-ray / DVD 発売(レンタルも同時に開始)
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パンフは日本独自の文化、かつ、やはりそこは収益性を考えると小さい規模の映画はなかなか難しい。