「パラサイト 半地下の家族」

ヒット作はこうして生まれた! [バックナンバー]

米アカデミー賞4冠達成の「パラサイト 半地下の家族」

圧倒的な作品力!ポン・ジュノが歴史的快挙を達成

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新型コロナウイルスの流行により、人々の生活が激変した2020年。映画館の休業、新作ドラマの放送延期などエンタテインメント業界もかつてない大打撃を受けた。一方で話題作も数多く生まれている。

1月30日、31日に開催されたオンラインイベント「マツリー」で先行公開した「2020年のヒット作はこうして生まれた!関係者に聞く人気の秘密」では、2020年にヒットした映画とドラマの関係者にインタビューとアンケートを実施。コロナ禍におけるヒットの舞台裏を語ってもらった。

このたびスポットを当てるのは半地下に暮らす貧しいキム家の長男が、高台の豪邸に足を踏み入れたことから始まる「パラサイト 半地下の家族」。第72回カンヌ映画祭でパルムドールを獲得、第92回アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の4冠を達成した。2020年を象徴するヒットの裏には、どのような思いがあったのか。宣伝プロデューサーを務めたビターズ・エンドの星安寿沙氏に話を聞いた。

取材・文 / 岡崎優子

ホテルに帰ってからも寝付けないくらいの興奮

──星さんが最初に「パラサイト 半地下の家族」をご覧になった際のご感想を伺えますか?

2019年5月に開催されたカンヌ国際映画祭の公式上映で鑑賞したんですが、かなりの衝撃でした。その前の年のトロント映画祭のときに作品を買い付けていたので、先に脚本は読んでいました。もちろん脚本だけでも素晴らしかったのですが、できあがった作品を観て総合芸術である映画の威力を改めて実感しました。チラシなどのキャッチに「全世界、鳥肌熱狂!」という言葉を載せましたが、それはまさに観終えたときの感覚です。上映中から拍手喝采のすさまじい盛り上がりで、とんでもない作品を観てしまったと、ホテルに帰ってからも寝付けないくらいの興奮でした。と同時に、日本でもヒットさせなければ、とプレッシャーも感じましたね。

──そのカンヌではパルムドールを受賞。韓国を皮切りに、世界各国で公開されました。日本は1月10日の本公開を前に、12月27日に特別先行公開がスタート。そのタイミングに合わせて大々的な宣伝展開をされていた印象があります。

本作は口コミが効く作品だろうと、まずはTOHOシネマズの日比谷と梅田の1館で先行上映し、その後全国に広げる形になりました。先行上映でしっかり盛り上がりを作り、本公開につなげられるよう、宣伝の露出の山場を調整しました。ありがたいことに、多忙を極めるオスカーキャンペーンの合間に、ポン・ジュノ監督とソン・ガンホさんが来日。オスカー受賞後も各国からオファーがある中、唯一日本に来てくださいました。特に監督とはこれまで「TOKYO!」「母なる証明」「スノーピアサー」を配給し、弊社代表との信頼関係があったことも大きな後押しとなりました。

「パラサイト 半地下の家族」

「パラサイト 半地下の家族」

──お二人はプレミア上映にも登壇されましたね。そこにサプライズゲストとして吉沢亮さんが駆け付けたことも、大きな露出につながりました。

意識的な宣伝展開として吉沢亮さんや斎藤工さん、草なぎ剛さんをはじめとする著名人の方々との対談を多めに組むよう心掛けました。というのも、アジア映画は興行的にはなかなか難しい状況にあります。記憶に新しいヒットは2017年公開の「新感染 ファイナル・エクスプレス」の約3億円。10億円超えは「サヨナライツカ」を除き、2006年以降1本もありません。著名人の方々との対談を通して、ポン・ジュノ監督を知らない方、韓国映画を観ていない方へ作品や監督の魅力をお伝えできればと、単独取材と同じくらいのボリュームで対談を行いました。

──監督をリスペクトされる方は多いので、皆さん喜んで協力されたのでは?

そうですね。逆に監督も日本の才能には強い関心があり、皆さんとの対談を楽しんでくれたので、中身もすごく濃いものになりました。吉沢さんをはじめとする著名人のファンの方々も観たいと思ってくださったみたいで、本当にご協力いただけてよかったと感謝しています。

「面白いから観て」と口コミに

──口コミ効果を狙った宣伝として、意識されたことは?

作品の性質的にも「ネタバレ厳禁」は柱の1つに置きました。監督からはカンヌの公式上映の際、妹が豪邸に足を踏み入れてからのことは一切言わないでとのコメントが出されました。しかし、日本公開に向けた宣伝でその扱いをどうするか、かなり悩みました。というのも、日本の観客はストーリーラインをある程度理解したうえで、安心して劇場に観に行く傾向があるからです。予告編なども物語冒頭しかお伝えできないので、どうするのがベストか苦心しましたし、マスコミの方々にも紹介していただきにくいのではという懸念もありました。ただ、やはり展開を知らずに観たほうが圧倒的に楽しめますし、それによって人に薦めたくなることのほうが重要だと考え、「ネタバレ厳禁」を徹底してお願いすることにしました。結果的に、「面白いから観て」とシンプルで熱量のある口コミにつながっていきました。

──本公開の際、劇中で作られたジャージャー麺「チャパグリ」のレシピを公開されたのも話題となり、実際に作ってSNSにアップする人も多かったですね。

宣伝スタッフと一緒に、私の家で作ったレシピ動画を公開しました。「パラサイト」って伏線も小ネタもちりばめられている作品なので、観終えたあとに深堀りをしたくなるじゃないですか。韓国料理に詳しい方ならチャパグリもご存知だと思いますが、知らないと「なんだろう?」「おいしそう」「作りたい」と興味を惹かれると思ったので、そういったものは意識的に出すようにしました。

──ヒットの手応えを実感されたのはどのタイミングですか?

最初の手応えは、先行上映で満席が続いたときですね。本公開し3週目に前週比120%になった段階で、口コミが間違いなく効いているなと思いました。さらに1月末に10億円を突破し、アカデミー賞の発表も控えていたので、さらに話題になっていくと確信しました。あと、ありがたいことにたくさんの俳優や芸人の方がプライベートで本作を観てSNSで紹介してくださったんです。

──当初の興収目標はどのくらいに設定されていたんでしょうか?

「新感染~」を1つの目安にし、5億円に設定しました。ハリウッドのメジャー大作とは違い、アジア映画での興収3億円はがんばらないと超えられない数字ですが、口コミ効果やアカデミー賞受賞の追い風もあり47億円を超えることができました。

──そこまで行くと、客層もかなり広がったと思いますが、そこは狙い通りに?

メインターゲットは比較的若めと見ていましたが、シニア層の方にもお越しいただこうと、副題「半地下の家族」を付け、社会派番組への露出も厚めに出しました。「パラサイト」というタイトルだけだとSFだと思われる方も多いでしょうし、それでなくてもストーリーラインを説明できないので。チケット購入の際、「半地下の家族」とおっしゃるシニアの方も多かったそうです。結果的には、若い方と年配の方がバランスよく来てくださいました。

「パラサイト 半地下の家族」

「パラサイト 半地下の家族」

──コロナ禍で宣伝展開の方向性を修正されたりしましたか?

2月5日のアカデミー賞発表後、監督とソン・ガンホさんに来日を快諾していただいたんですが、新型コロナの情報が出始めてきたタイミングだったので心配でした。でも、お二人とも嫌な顔ひとつせず、来日してくださったのはありがたかったです。帰国直後から日本も韓国も感染者が増えてきたので、タイミング的にはぎりぎりでした。その後、予定していたモノクロ版とIMAX版の公開時期は6月5日、12日に延期。宣伝としてはこのタイミングで、感染対策に尽力いただいている劇場さんのためにも、固くなりすぎない形でお客様にソーシャルディスタンスや感染防止をお願いできればと、キャストたちにマスクを着けたポスタービジュアルを作成。ほかにもZoomのバーチャル背景を提供するなど、状況を踏まえたものを発信できるようにと宣伝展開も再考しました。

いろんな感情が1本の映画で表れる

──結果的には昨年を代表する大ヒットとなりましたが、星さんが考えられる勝因はどこにあると思われますか?

大前提として圧倒的な作品力。社会性とエンタテインメント性が完全に融合されているところだと思います。予測できない脚本ですし、笑ったと思ったらぞっとする、ぞっとしたと思ったら最後に泣けるというように、1本の映画でいろんな感情が引き出されます。監督もおっしゃっていますが、悪者がいないのに悲劇が起きてしまうところは、観終わったあと国境を越えて誰もが考えさせられます。面白いだけではここまでのヒットになっていないでしょう。映画を通して、自分が今生きる社会について考えさせられる作品だからこそ、人に薦めたくなる要素もあると思います。あとはやはり、口コミ効果とアカデミー賞受賞。非英語圏の作品が作品賞を受賞したというのは、歴史を変える大きな快挙。宣伝的にも受賞によって2段階目の盛り上がりが作れましたし、継続して露出が増えたこともヒットにつながったと思います。あとは、緻密な伏線が張り巡らされているので、作品を掘り下げるレビューだったり、YouTubeの動画だったり、こちらでは追い切れないくらいのものがどんどん自発的に生まれていったことでしょう。そういった楽しみ方ができる作品だからこそ、長期にわたり何度も劇場に足を運んでいただきやすい構造が生まれたのかなと思います。

──最後に、この作品によって宣伝、配給の考え方など、変化したことはありますか?

弊社は基本的に、才能ある監督の作品を日本で配給し続けるスタンスなので、この先もそれは変わらないでしょう。宣伝についても根本的な部分はこれまで同様、作品の魅力的な部分を膨らませ、皆さんに知っていただけるきっかけを1つでも多く作れるよう、尽力していければと思います。

※草なぎ剛のなぎは弓へんに前の旧字体、その下に刀

星安寿沙(ほしあずさ / ビターズ・エンド宣伝プロデューサー)

次の担当作品として濱口竜介の監督作「ドライブ・マイ・カー」が2021年に公開予定。

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