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第3回コミナタ漫研レポート(ゲスト:相田裕)【5/5】

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孤独な天才タイプか、友情・努力タイプか

唐木 その天才と凡人というか、天才タイプと努力・友情タイプって話、競技ものには欠かせないテーマですよね。「ちはやふる」って最初はみんなで努力して強くなろうっていう話だったのに、巻を追うごとに新以外にもクイーンや名人といった天才たちが出てきて、孤独な綺羅星たちの戦いになってきてます。

相田 新とクイーンは孤独な天才ってところが似てますね。末次先生はこのふたりは、かなり重ねて描いていると思います。札を取られたり負けたとき、こう黒雲みたいのが渦巻く、まったく同じ効果が使われてるんです。これはこのふたりにしか使われてない。

ドロドロー新とクイーンのシーン ドロドロー新とクイーンのシーン

唐木 千早はこの先、新やクイーンのような孤独な天才サイドに行ってしまうのか、それともこれまで同様、友情部活パワーで行くのか。

相田 それは楽しみですよね。あと面白いのは、孤独な天才たちにも共感ってのがあることを、末次先生は描かれているんです。名人とキョコタンのエピソードなんですけど。

唐木 キョコタンというのは、かるたの読み手の中でも数人しかいない、専任読手という資格を持ったおばさんです。名人はこのおばさんを心の中でひそかにキョコタンと呼んでいて、その超ハイレベルな読み上げテクを、「自分だけはわかるぜ」って味わっている。

相田 あそこって、マンガ家にもちょっと似たところがあるよなー、と思って読んだんですよね。もしかしたらあれ、末次先生の気持ちなのかもしれない。私の気持ち、という方がいいのかな(笑)

唐木 え、どういうことですか?

誰かが意図を汲んでくれてるという期待

相田 マンガ家って普段、孤独な環境で「こんな表現、誰もわかってくれるわけないよな」って思いながら、それでも描いてるわけです。演出にしろ、絵にしろ。

コミナタ漫研

唐木 ああー。確かに今日のお話を振り返っても、大半の読者にはわからないレベルの意図や工夫が、めちゃくちゃ織り込まれてるんだなーって思いました。

相田 分からなくてもマンガは楽しめるし、別に構わないんですけどね。でも一方で、「誰かひとりくらいはわかってくれるかも」って裏腹な期待も持ち続けているんですよ。

唐木 キョコタンの声色を聞き分けられる名人みたいな読者が、どこかにいるんじゃないかと。や、申し訳ないですが、こんなにマンガ家さんたちが工夫しているのに、僕らはこれをページ1秒2秒で読んじゃったりするじゃないですか。「ちはやふる」に至っては、見開き1秒くらいで読めちゃう。

相田 でもその1秒2秒で通り過ぎるところにどれだけ工夫を込めてるかで、面白さって全然変わってくるので。いいんですよ飛ばし読みで。

唐木 「ちはや」の工夫も「青い花」の工夫も、何回も読んでるのに全然気づかなかったですもん。マンガ家の人ってこういった高度な技法を、どれくらい「伝わる」と思って描いているものなんですかね?

相田 意図や演出がぜんぶ読者に伝わればいいなとは思いますけど、実際には10個の演出やヒントを組み込んで、まあ1、2個気づいてもらえれば幸いですよね。もちろん気づかれなくても面白さには貢献してると思いますし。それに、よくできた演出ほど気づかせない、自然に流れていってしまうものだとも言いますから。

唐木 スイマセン(笑)。でもこのコミナタ漫研がですね、名人のような天才読者までいかずとも、少しでもマンガに凝らされた工夫を味わって楽しめる読者を増やせたらと。まあそんな影響力もないかもしれませんけど、微力ながら。そんなことを思ったりもしたところで時間もきましたので、お開きにしたいと思います。相田裕先生でした。(会場拍手・了)

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