4月から放送中の「前橋ウィッチーズ」は群馬県前橋市を舞台にしたオリジナルアニメ。地元の女子高生5人が魔女を目指しながら、魔法の花屋を訪れるお客さんの悩み、そして自身が抱える悩みとも向き合う中で、成長していく姿が描かれる。脚本はアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」や連続テレビ小説「虎に翼」で知られる吉田恵里香が担当。「ラブライブ!」シリーズでも知られるサンライズがアニメーション制作を務めた。
コミックナタリーでは「前橋ウィッチーズ」の監督・山元隼一と、アニメ好きとして知られるハライチの岩井勇気による対談をセッティング。事前に映像を渡したところ岩井は、面白すぎて2周観たと、手放しでアニメを絶賛してくれた。そんな岩井を唸らせる作品はいかにしてできたのか。山元監督には作品に込めた思い、そして“前橋愛”を語ってもらった。
岩井の熱い思いもあり、インタビューは1万字超のボリュームに。さらに最終回放送後には最終話までのネタバレを含む対談の様子を追加で公開する。
なお、ナタリーでは「前橋ウィッチーズ」をもっと楽しめる特設サイト「前橋ナタリー」を展開中。「前橋ウィッチーズ」の最新ニュース、スタッフ・著名人へのインタビューや、作品の舞台・前橋市をより楽しめるコラムなどを掲載しているので、あわせて楽しんでほしい。
取材・文 / 平賀哲雄撮影 / 星野耕作
気づいたら全12話を2周していました
──「前橋ウィッチーズ」を観た岩井さんの率直な感想から伺わせてもらえますか?
岩井勇気 今回のインタビューのお話をいただいたときに「気に入らなかったら、あんまり褒められないな」と思っていたんですよ(笑)。僕は正直にしか話せなくて、そういう場合は「面白かった」と言わないように感想を述べるしかないんですけど、実際に観てみたらめちゃくちゃ面白くて。気づいたら全12話を2周していました。このままいくと、今年一番面白いアニメになるんじゃないかと思うぐらい。なので、もっと話題になってほしいなと思いますね。
──大絶賛じゃないですか。
岩井 1話を観たときの感想と、2話、3話を観ていったときの感想が全然違っていて。入りがかわいらしいので、そこにだまされる感じはありました。あんまり観たことない感じの魔法少女ものというか、この手のアニメに感じる違和感を全部潰されていった感じがします。だから、すごく面白かったです。
──この手のアニメに感じる違和感というのは、具体的に言うと?
岩井 キラキラしている感じで……都合がいいっていうか(笑)。突っ走って物語を引っ張っていく感じの主人公って苦手だったりするんですけど、「前橋ウィッチーズ」の主人公ユイナちゃんは、そのイヤな感じがなかったんです。ちょっとおバカみたいな扱いをされているんですけど、言っていることがすごく合理的で。最終的にポジティブな状況に持っていくためには「これじゃん」みたいなことを言ってくれるので、この子に気づかされるところがたくさんありましたし、すごくグッと来ましたね。
──前橋ウィッチーズのメンバーやお客さんの悩みをどう解決するか。それが合理的だし、同じ立ち位置に立ってみることもあり、その在り方がほかの魔法少女ものとはちょっと違いますよね。
岩井 だから、どのエピソードも取ってつけたようなハッピーエンドじゃないんですよね。
山元隼一 解決していないところもけっこうありますし。
岩井 そうですよね。世界では問題が解決しないで、どう納得するかみたいな場面がたくさんあるじゃないですか。それをちゃんと描いている。昔のアニメによくあった、きれいごとを現実逃避のために使う作品とは明らかに違うんですよね。
山元 ある種、アニメ版ノンフィクション。ドキュメンタリーみたいな感じではありますね。
岩井 最後まで観たら「すごく面白かった」という感想になると思うんです。だけど、途中でグッとつらくなる人もいるだろうなって思う展開もあるじゃないですか。だからこそ、面白いんですけど。
──センセーショナルな終わり方をする回もありますし、次の回を待つまでの1週間、炎上しそうな回もありますもんね(笑)。
岩井 ありますね(笑)。
僕らが選んだんじゃなくて、むしろ「前橋」に選ばれた
──そんな「前橋ウィッチーズ」。山元さんはどのような経緯で監督を務めることになったんでしょうか?
山元 サンライズさんで別作品を担当していたこともあって、「魔法少女+アイドルで企画を動かしたい」とお誘いいただきまして。まだそのときは「前橋」という具体的な地名とかは決まっていなかったんですけど、サンライズさんが今まであんまり作られていない魔法少女ものと、「ラブライブ!」とは違う新しいアイドルものを合体させたような作品を作ろうと。
──確かに、魔法少女ものとアイドルもの。どっちのファンが観ても新しく感じる作品を作ろうとしている意気込みを感じました。
山元 そこは意識しました。「ラブライブ!」というマスターピースの作品があって、それが男性から見た理想のスポ根の女の子たち的な描かれ方をしているのであれば、「前橋ウィッチーズ」に関しては女の子たちの悩みにフィーチャーしてやっていこうと。アニメの歴史で長く作られてきた魔法少女もの、その系譜も意識しながら新しいアニメ作品を目指しました。あとは、戦隊的な要素としてキャラ立ちをしっかりしようと思って、5色のメンバーカラーを持ったキャラクター主体のストーリーを描いています。ちなみに、今日、僕が着ている服も5色のボタンを……
──1つひとつのボタンの色が違う! メンバー5人のカラーになっている(笑)。
岩井 気づかなかった。もっと前面に出せばいいのに(笑)。
山元 ケロッペだけなかったので、ぬいぐるみを持ってきました(笑)。
──前橋ウィッチーズが活躍する舞台として、最終的に前橋を選んだ理由はなんだったんでしょう?
山元 東京の中心ではなくて、多くの人が共感しやすい場所にしたかったのと、ユイナのキャラクター的にレンズ付きフィルムのカメラを使うということもあったので、ちょっと懐かしさを感じる場所のほうがいいなと思って。今の時代、視聴者の皆さんの趣味がバラバラになりすぎているので、その中で共感の話題にしやすいものって懐かしさなのかなと。それで何カ所か地方都市を探って。
──その結果、群馬の前橋になったと。
山元 その中で一番いい場所だったんですよね。商店街の雰囲気だったり、前橋の街並みだったりがすごく素敵で。今回は日本風というか、和モダンな感じを前面に打ち出して「自分たちが住んでいる日本ってカッコいいんだぞ」という部分も表現したいと思っていたんですけど、それに相応しい土地柄だったんです。あと、前橋ウィッチーズが働くお店を何屋さんにするか考えていたんですけど、個人的に「花屋さんがいいかも」と思っていたんですよ。カラフルで見栄えがいいし、花吹雪とかも好きだったので。そしたら、前橋のキャッチコピーが「水と緑と詩のまち」であるということで、これは相性がいいかもしれないと。
──作品と前橋のイメージがどんどん一致していったんですね。
山元 しかも、これまた偶然なんですけど、前橋出身の詩人・萩原朔太郎さんはステレオカメラという立体カメラを趣味とされていて「ユイナと通じるものがあるな」と思いました。ノスタルジーをすごく大事にされていた詩人さんでもあったので、そこもすごく相性がよくて。あと、ユイナは前橋市の大胡町に住んでいるんですけど、実際に行ってみると、子供たちがユイナみたいに「こんにちは!」って挨拶してくれるような町なんですよね。それで、もうここしかないなと。糸井重里さんが提唱されている「めぶく。」が前橋のまちづくりに関するビジョンになっているんですが、本当に人がやさしく育っていますし。アイドルとして活動している前橋ウィッチーズの声優さんたちはまだ新人なんですけど、彼女たちが「めぶく。」場所になるだろうなとも思っていて。
──何もかも運命めいている。
山元 僕らが選んだんじゃなくて、むしろ前橋に作品が選ばれたんだろうと思っています。あと、岩井さん、先日は「ハライチのターン!」(※TBSラジオで放送されているハライチの冠番組)で「スゴすぎ前橋ウィッチーズ!」を流していただいて、ありがとうございました!
岩井 いえいえ! 僕はハロプロ世代なんですけど、あの曲もめちゃくちゃハロプロっぽいじゃないですか。
山元 つんく♂さんに作詞していただいていますし。
岩井 なので、好きなんですよ。それと「前橋ウィッチーズ」はまず今観てほしいアニメなんでね。もっといろんな人たちに広まってほしいんです。だから、このインタビューでも読んだ人が納得できるように褒めようと……久々に思いました。「前橋ウィッチーズ」のために自分ができることをしようって。
山元 うれしいです!
──ちなみに、岩井さんは前橋にどんな印象を持たれていますか?
岩井 僕は埼玉出身なので、正直、群馬のことはちょっとだけ下に見ているんですけど(笑)。それはそれとして、本当にこの作品の舞台にピッタリだと思います。例えば、女の子たちの垢抜け過ぎなさ。これが東京だともうちょっと違う感じになっていたと思うし、その田舎コンプレックスみたいなところが悩みに入ってくるエピソードもあるので、前橋という距離感は絶妙ですよね。
山元 岩井さんのおっしゃる通り、前橋という地方都市に暮らす子たちだからこそ、それぞれの悩みを描きやすかったというところもあります。あと、前橋という場所をモチーフとして使わせていただくので、キャラクターたちがお互いにやさしく育てられる居場所にしたいなと思いながら制作しました。
岩井 「前橋ウィッチーズ」が放送されている間に前橋に行きたいなと思っています。関東に住んでいるとわかるんですけど、東京と同じ関東にありながら、前橋ぐらいがちゃんと遠く感じられるというか、ちょうど旅行気分を味わえるんですよね。ほかの県だと冒険感が出ないんだけど、前橋だとそれがある。
──本当にいろいろと絶妙ですよね。同じ群馬だと、館林が「宇宙よりも遠い場所」の聖地になっていますけど、前橋を舞台として思いっきり打ち出すアニメは今までなかったと思いますし。
山元 あまりアニメの印象がない街だったんですよね。だからこそ、みんなの記憶をフラットに乗せやすい街だとも思いますし、今回「前橋ウィッチーズ」の舞台にできてよかったなと思っています。
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