
このマンガ、もう読んだ?
「ノアの剥製」余韻を味わいたくなる読後感、不気味さとユーモアの絶妙なバランス。美麗なゴシックロマンスの世界に誘われて
2025年5月23日 18:30 PRまくらくらま「ノアの剥製 -不思議なアンティークショップ-」
仄暗い入り組んだ路地裏にひっそりと現れるアンティークショップ、ノアンティク。その店主・ボンは首から下が骨格標本の少年だった。舞台は人と人ならざる者が暮らす“奇妙な街”。店に訪ねてくるのもまた、奇妙な客や奇妙なバイヤーばかりだ。そうした者やモノとの交流の中、やがてボンは己自身の奇妙な謎に行き当たり……。新進気鋭のアーティスト・まくらくらまが贈る、ゴシックロマンスの香りが漂う幻想奇譚。パイ インターナショナルによるマンガとイラストの連載サイト、パイコミックスで発表されている。
文
耽美で不思議な世界で登場人物たちが生死に直面する
アンティークショップ「ノアンティク」のオモテの店主である姉のリク、ウラの店主である弟のボンと2人のもとを訪れる曰くありげな客、そして街の奇妙な住民たちとの交流が描かれていく本作。最初の扉絵が「ドクロの隠し絵」になっていて、それがまるで戒めのようであり、どことなくメメントモリ(死を忘れるな)の精神を感じさせられる。読み進めていくと、耽美で不思議な世界の中で個性豊かなキャラクターたちが生や死に直面していく姿があり、さまざまな人生の軌跡が描かれていた。
最大の魅力は映像的なコマ割りと心情描写
まるで映画を観ているかのような、登場人物の動作が丁寧に描かれた映像的なコマ割りと状況描写で、物語の中へどんどん誘われていく。第1話「ガラスドームと魔女」では、100年近く生きた魔女が店を訪れ、忘れていた過去と向き合う。宝石や花、美しく装飾された服など本来、魔女が忌み嫌うものに惹かれたその魔女はいくら歳を重ねても老いることがなかった。しかし、それは自身に美しいもののよさを教えてくれた伯母による呪いだったことが明らかになる。
「美しさ」に異常なまでに執着した伯母の呪いが解けたとき、自身も忘れていた「美しいもの・好きなもの」を愛する気持ちが甦り、とある決断をする。それが彼女たちの幸せならば、魔女の選択も魅力的なまでに美しく思える、心地のよいメリーバッドエンドだった。最後まで“純粋な好き”を突き通した魔女に共感する読者はきっと多いはずだ。第1話は次のページでまるごと読むことができるので、「心地のよいメリーバッドエンド」という言葉が気になった人はぜひ試し読みをしてみてほしい。
第2話「吸血鬼のためのキャビネット」では、吸血鬼の子孫であるテオと家具工房の息子のリュカが登場。美術品コレクターであるテオの尊敬する収集家の葬儀の際には、いつも孤独だった故人とは裏腹に、遺品目当てに多くの人が集まるという描写がある。価値のある美術品を横取りしようという人間の醜い感情や、美術品が奪われていき、1つひとつを大切にしていた故人の気持ちが踏みにじられていく様子、そしてそれを見てショックを受けるテオの心情描写はとてもリアルでこちらに訴えかけてくるものがある。
さらには「キャビネットを作ってほしい」とテオがリュカに頼むのだが、家具作りに自信がないリュカの背中をテオが押しているという解釈もできる。このように、多角的に登場人物の心情に触れることができるのも、この作品の魅力だ。なお、テオという名にはギリシャ語で「神の贈り物」という意味がある。登場人物の名前からどこまでも緻密に物語が創られているため、考察であったり余韻を味わう時間が生まれるのもこの作品ならではだ。
ゴシックロマンスとユーモアの見事なバランスにも注目
主人公のボンは「首から下が骨格標本」だ。その字面だけ見ると、グロテスクに思う方もいるだろうが、著者の高いデザイン力による優雅な造形がそう感じさせない。“本来ある場所にない”という未完成の美しさをボンは纏っている。そして、美しいのは人物だけではない。コマ割りや魚眼視点などのユニークな技法、瞳の揺らぎなどで感情の機微を伝える表現力。店に並ぶ骨董品たちも、まるで1つひとつがキャラクターのようだ。そのどれもがこだわり尽くされており、常に美しさが寄り添っている。
さらに美麗なゴシックロマンスの物語の中には、ボンが冗談を言う場面があったり、一癖も二癖もあるキャラクターたちの珍妙な言動が描かれていたりと、時折笑えたりほっと一息つけるような瞬間が挟まれている。そんな温もりを感じる瞬間が多くあるため、「仄暗くも温かい風がずっと流れているような優しい物語」という印象を受けた。
第3話以降では、謎に包まれたボンとリクの過去がじわじわと明かされていく。予測不能な展開に魅了されていくこと間違いなしだ。静かな夜にゆっくりと読みたくなるような、まくらくらまが織りなす珠玉の1冊をぜひ堪能してほしい。
「ノアの剥製」第1話を試し読み