「神域の巫女~無能のフリをして、今日も平和に過ごします~」は、無能を装い自由を追い求める最強の巫女を描く和風ファンタジーバトル。コミックシーモアで先行配信されており、まだ連載約半年ながら、同サイトの少年マンガランキングでも上位にランクインするなどヒットの兆しを見せている。
コミックナタリーは「神域の巫女」を制作しているコミックルームの社長で、「神域の巫女」の原作も担当している石橋和章氏にインタビューを実施。「神域の巫女」の創作エピソードや社員全員がマンガの原作を書くというコミックルームの仕事内容、「併走して作品を育ててくれる」というコミックシーモアとのやり取りなどについて聞いた。
取材・文 / 小林聖撮影 / ヨシダヤスシ
「神域の巫女~無能のフリをして、今日も平和に過ごします~」あらすじ
国を守る守護神・金鳳凰を祀る金鳳神社。その神社に仕える神職者の家系に生まれた神谷美咲は、巫女として修行を重ねる日々を送っているが、不器用さゆえ父や兄から家の恥と蔑まれていた。しかし、そんな彼女は家族すら知らない特別な力を隠している。それは霊力を自在に操る超希少異能力「神域」。その圧倒的な力を家族に利用されることを恐れた美咲は、無能を装い自らの自由を追い求めるが……。
生まれたての小さな会社が大手並みの原稿料出せる仕組み
──「神域の巫女~無能のフリをして、今日も平和に過ごします~」は配信がスタートしてから約半年、まだ13話までの公開ですが、すでに好評だそうですね。
いい手応えです。現状コミックシーモアさんでの先行配信のみなんですが、かなりの反応をいただいています。
──それはダウンロード数が多いということですか?
そうですね。現在シーモアさんで単話売りのほかに単行本が2巻まで出ていますが、単行本が出ていない段階で単話売りの第1話が有料課金で5万DLを超えていましたから。よく紙の単行本では1巻が10万部を超えるとヒットと言われていましたが、そういう基準で考えてもこの段階で単一ストアでこの数字は非常にいい手応えです。
──コミックルームさんは編集プロダクションのように編集として作品を作っているだけでなく、原作にも携わっているんですよね。
編集プロダクションとしての仕事もしているんですが、僕らの場合は会社で原作を立ち上げ、作画作家さんと一緒に作品を作っていろんなプラットフォームで出していくことができるのが特徴です。「神域の巫女」もそうで、権利的にはコミックルームが原作者となっています。原作と編集を弊社がやるという形ですね。
──原作の担当者と編集担当は別々ですか?
はい。「神域の巫女」も原作が僕で、編集担当が別についています。
──社内的には上司の作品に意見するの、大変そうですね(笑)。
容赦なくボツにされたりしますよ(笑)。もちろん僕も変なものは作っていないと思ってるんですけど、痛いところを突かれることはあります。自分が無意識にごまかした部分を指摘されて、「ああそうか」と思ったり。そうやって対等に意見を言ってくれるのはありがたいですね。
──編集者から原作者になる方というのはときどきいらっしゃいますが、こういう形で会社にするというのは珍しいですね。
僕はもともと「TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには」という作品で原作をやっていまして。同じように原作者をやっていた共同創業者の宮口(理沙)と一緒に、権利を帰属させる会社を作ろうと話したんです。法人化したほうがいろんな処理も楽になるので。でも、昨今の起業ブームに煽られた部分もあるんですかね(笑)、ビジネスモデルとして新しいものができそうだなと思って。僕はもともと編集者で、編集ができる。原作もできる。編集長や事業部長も経験して経営を見ることもできるようになった。それで、この3つのスキルを掛け合わせる形に行き着いたんです。
──出版社として自分たちの媒体を作るという選択肢は考えなかったんですか?
そこはもう経営の問題ですね。出版社やプラットフォーマーになると、よほどうまくいかない限りは最初は赤字を抱えることになります。そうすると、原稿料や社員の人件費にも影響が出る。逆に言えば、そういうものを持たずに作品を作ってヒット率を上げることができれば、できたばかりの小さな会社でも大手出版社と同水準の原稿料や給料を払うことができる。実際、今コミックルームでは大手出版社と同水準の原稿料や給与を出せています。
──作画を担当する作家さんとはどういう契約なんですか?
そこは特に従来の出版社さんと変わりません。原稿料をお支払いして、コミックルームと共同著作という形で権利も持ってもらっています。
──今だと海外のスタジオのように制作会社が著作権をまるごと保持するスタイルも見かけるようになりましたよね。
会社さんによっていろんな考え方があるし、そういう形ももちろんありだと思います。ただ、うちの場合はそこのところは従来の形で権利を保障して、安心してやってもらえるようにしています。
少年マンガ市場に楔を打ち込みたい
──「神域の巫女」はどんなふうに生まれたんですか?
この作品はちょっと特殊な経緯ですね。原作自体は連載用に作ったわけじゃないんです。専門学校の学生向けに読み切りを作るワークショップをやったことがあって、そこでサンプルとして作った原作なんです。教材用として作ったものなので、作画してもらう予定はなかったんですが、ストックとして保存してあった。で、そんなときにおだやか先生に作品を描いてもらう話が持ち上がって、何かいい原作はないかと考えたとき、候補に出てきたのが「神域の巫女」だったんです。
──おだやか先生に描いてもらうという話ありきだったんですね。
はい。担当編集者がおだやか先生の絵が好きで、別のお仕事をお願いしたところから話がつながったんです。この作品は少年マンガなんですが、主人公は女性だし、もともと作っていたネームの雰囲気も先生にフィットすると思ったので。
──そうそう。少年マンガなんですよね。コミックルームさんはこれまでシーモアさんに出してきた作品はほぼすべて女性向けジャンルですが、少年マンガをというのはなぜだったんですか?
今話した通り、もともとどこかに出す予定だった原作ではないんですが、少年マンガを作りたいという気持ちはずっとあったんです。僕自身も編集者として少年マンガを作っていましたし。ただ、電子書店さんに作品を配信する場合、女性向け作品が強くて。だから、僕らみたいな新規参入の会社や制作スタジオは、女性向けのロマンスファンタジーやインモラルもので手堅くヒットを狙うのが主流です。実際僕らもそういう作品を作っていますし。
──確かにシーモアさんにしても女性向けジャンルが強いイメージはあります。
少年マンガはジャンプやマガジンなどすごく強い雑誌があって、紙を中心にした文化を作ってますから、そこに割って入るのがなかなか難しいんです。だけど、やはり少年マンガも作りたいですし、挑戦したいなと。そんな気持ちがあったところにおだやか先生とタッグを組む機会が巡ってきた。で、シーモアさんに相談したら、シーモアさんとしても少年マンガを伸ばしたいとおっしゃってくれて。それならということで、少年マンガ市場になんとか切り込みたい、楔を打ち込みたいという気持ちで出しました。
──結果、いい反応が得られた、と。
そうですね。ジャンプ+やマンガワンのような出版社のマンガサイトからのWeb系少年マンガのヒットというのはもちろん存在しますが、そういったところ以外で電子書店発のWebの少年マンガがヒットする可能性を少し感じ始めています。
──もともとは教材として作ったということですが、石橋さん的には作品のポイントはどんなところなんでしょう?
この作品に限らず、僕は主人公の成長の軌跡というのを大事にしています。この作品の主人公・神谷美咲は、特別な能力を隠している、最強ポジションのキャラクターですが、家族からは「家の恥」と蔑まれてうまくいっていない。学校でも落ちこぼれ扱いのぼっち少女です。幸せかといったら幸せじゃないんですよね。そういう人間が幸せになる過程を見せたい。最強だけど応援したくなる主人公にしたいと思って描いています。性格的にも最初はちょっとひねくれている彼女が、最終的にどうなっていくのかを楽しみに読んでもらいたいですね。
──公開中のエピソードでも徐々に美咲の内面や考え方が見えてきてますよね。
創作者として美咲に託している思いもあります。この作品は霊力や神様というものがある世界観で、国の根幹に神様がいる。言ってみれば、神様に支配された世界なんです。その神様が守ってくれているものもあるんですが、一方で美咲の母は神様の犠牲になっている。美咲が「神様のために私たちが犠牲になるって納得できないんです」と語る場面があるんですが、これは現実の世界にも通じる考えだと思うんです。体制のために個人が犠牲になる世界に対しては強いメッセージを込めています。
──まさに少年マンガ的なテーマですね。
ええ。全体がおかしい方向に行っているときに「おかしい」と言える勇気みたいなものは入れていこうと思っています。あと、単純に百鬼夜行とか妖怪がこれからどんどん出てくるのでそこも楽しみにしてもらえれば。妖怪がいっぱい出てくるマンガは一度作りたかったんです。北米なんかでも反応がいいですしね。
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