マンガ編集者の原点 Vol.14 [バックナンバー]
「あまつき」「魔界王子」の君島彩子(一迅社 月刊コミックZERO-SUM編集長)
「女オタクの心が読める編集者」の作り方
2024年12月26日 15:00 2
なろう系異世界ブームはなぜ衰えないのか?
さて、もう少し市場と社会の動きを見つめてみたい。2024年11月現在、なろう系の異世界転生ものは男性向け・女性向けを問わず人気が高い。ここ10年くらいはエンタメ作品でもカテゴリでも、ブームはすぐに別のブームに取って代わられ、消費のスピードが早まっていると感じるが、こと異世界転生ものに関しては例外のように感じる。君島氏は、こうした異世界転生ものが衰えない人気を誇る背景を、どう見ているのだろうか。
「異世界転生ものだけではなく、異世界ファンタジーが衰えない理由として明確なことはあまりわからないです。ただ読者層の調査を行うと、基本的には読者さんも小説家さんも私の世代(アラフォー、アラフィフ)が多いようです。この世代ってマンガもアニメもたくさん吸収できる環境で育ってきた方が多かったように思います。ちょっとコアだと思われたコミケなども徐々に一般に浸透してきた時代なんですよね。アラフォー、アラフィフになる前は生活に大きな変化がありますが、少しずつ落ち着いてきてまた好きな創作に戻ってきた方も結構いたのではないかとも思います。
そしてホッとする時間に読むのになろうはとても読みやすかったというのもあると思います。章ごとに読めるシステムなのでまとめて読む必要がないですし、更新される作家様にとってもその利便性は同じだったと思います。そもそもこの世代の人がユーザーに多いから衰えていかなかったというのは、一般論としてですが考えました。
また、女性には今も恋愛色の強い作品は根強く好評であると感じています。私の世代ですと昔はハーレイクインがありましたし、そもそも学園を舞台にした恋愛マンガに大ヒット作がたくさんありましたので、仮に舞台が現代から異世界に変わっていたとしても違和感はなく親しみを持って読めるのかもしれないなとは思いました。
異世界ファンタジーといっても、その中でも流行りは少しずつ変わっているようです。主人公が『悪役令嬢』が主流だった時代もあれば『聖女』が主流だった時代もあります。転生しないものもたくさん出てきましたので明らかに変化はあるんですが、根底に根付くものは変わらないのでジャンルとしては定番化したと言えると思います」
新人には「一番よく描けたコマ」を聞け
円熟した編集者としての具体的なテクニックも気になる君島氏だが、新人のマンガを見るときに気をつけていることがあるという。
「新人作家さんの持ち込みなどでは『一番よく描けたところはどこ?』とか、『一番見せたかったコマはどこ?』と具体的に聞くようにしています。最初に読ませてもらったときに私の中で自然に印象に残るシーンがありますが、作家さんのブレが大きい場合には『私には伝わってなかった』ことを話すようにしています。そしてそれがなぜかを話します。なぜかは少し技術面、表現面にもかかわる話になりますので踏み込んでいきます。批評するというよりは、作家さんの話を聞くことに重きを置きたいと思って持ち込みを行っていました。ただ最近は立場的にもさすがに持ち込みの対応や新人作家様とのやりとりはしなくなってしまいましたね」
かなり具体的な「ネームを見るときのアドバイス」だ。とかく難しく考えがちな新人編集者には有用ではないだろうか。
「持ち込みは自分の担当作家様とも違って何度もご相談ができるわけではありませんし、世界設定やキャラ設定、何をテーマにした作品であるかの予備知識も私にはありません。また、編集長して各編集の企画を読むときもまったく同じ状況です。ただこれって読者さんも同じですからこの視点で話を見るのはすごく重要なんだと思います。どうしても作品について密に相談している間に、理解度が上がりすぎてしまって『何を一番伝えたかった?』というのを見失ってしまうことはありますから、自分が担当している作品もなるべく初見の気持ちを忘れないというのを大事にしています」
アニメ化される原作を多く手がける……コツはある?
多くの作品を手がけ、新人を育ててきた君島氏が味わった「編集者としての醍醐味」。それはメディア化がもたらす喜びにあった。
「最初に担当させていただいた『あまつき』から始まり、その後も『07-GHOST』や『魔界王子devils and realist』、そしてコミカライズを担当させていただいている『はめふら』、『虫かぶり姫』。高山先生の『ハイガクラ』も今年アニメ化されました。
ドラマCDにしていただいた作品は40作品くらいあると思います。メディアミックスはマンガ家さんのモチベーションにもなりますし、作品が次の段階に進むのにはすごくいいきっかけではありますのでよい機会だったと思いますし、もちろん私自身もうれしかったです」
1人の編集者で、ここまで担当する作品がアニメ化されるのは珍しいケースだと思う。最初からメディアミックスを意識してマンガを作っているのか、気になるところだ。
「私の方から『アニメ化を目指しましょう』という気合でご依頼することは一度もないですね。ただ、なるべく長く連載できるような作品になればチャンスが巡ってくる可能性が上がるとは感じています。昔は1巻が勝負という話を先輩からもされていて、1冊で作品の醍醐味を表現できるように、段階的な盛り上がりが必要だと考えていました。でも今は少し違うと感じています。電子書籍も普及していて1話ずつで読んでもらえる時代になったので、構成自体への考え方も少し考えが変わりました」
この連載に登場する編集者には皆ヒット作を担当した経験がある。だからこそ、それでもやはり、編集者にとってヒット作を出すのは簡単ではない。これだけのヒット作を持つ君島氏には「引き寄せる力」があるのだろうか?
「運がいいのかな。そもそも一賽舎のアルバイト募集も普段は見ない求人誌にすごく小さく掲載されたのを発見したんです。『新しい編集部でマンガのお仕事です』しか書かれていない怪しさでしたが、それを発見できた自分はけっこう運がいいかもしれません。
でもどちらかというと、行動力が縁に繋がっていた気がしています。地方のイベントにも足を運んで作家様との出会いを模索したり、イベントが開催されると朝から終了までいて散策したりしていました。趣味と一緒でいろいろなことができる気力も体力もありましたから、行動力が縁につながったのかもしれませんね」
そんな君島氏は、現在ゼロサムの編集長を務めながら、一迅社の役員でもある。担当作を7、8作品持ちながらの役員業は忙しそうだ。
「私個人としては仕事が多岐に渡っていて毎日いろいろなことがありますから、常に切り替えて対応できるかが自分の仕事のカギになっています。嫌なことも後に引きずらない精神力も必要だと感じますし、集中力も日々試されています。忙しいことは忙しいのですが、それでも一迅社っていい会社だなとは常に思っています。
『オタクのためのオタクの会社だ!』というキャッチフレーズを掲げているとおり、社員の皆さんは本当にマンガが好きな人たちだと思いますし、とても熱心にいろいろな分野を開拓している方が多いです。役員という立場としてはこのキャッチを大切にして、作家様、社員の皆さんがその言葉を貫けるようにしっかりサポートをしていこうと思っています」
君島氏が旗を振るゼロサムは、2023年で創刊20周年を迎えた。消費者の可処分時間をさまざまなジャンルやデバイスで奪い合うエンタメ戦国時代である現在、ゼロサムの目指す役割や愛され方を語ってくれた。
「ゼロサムには昔から部に根付く信念がありまして、それは『マンガ好きの女性が読む作品ならなんでも掲載を考える』というものです。つまりジャンルへの言及はしていないんです。読者様に『ゼロサムっぽい』と言ってもらえる作品はもちろんのこと、新しい流行りにも貪欲にチャレンジして、また異世界ファンタジーのような大ブームの先駆けになるようなマンガとの出会いを提供できるレーベルになるようにと考えています。これからも一緒に盛り上げてくださる作家様や編集者とがんばっていきたいです」
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渡辺由美子 月曜イ47b「女性アニメビジネス」コミケ参加 @watanabe_yumiko
ああ、私と同じ文化を通ってる編集さんだ。ゼロサムはアニメと親和性高い。
《当初、社内では異世界作品に対して歓迎ムードではなかったという。
「『はめふら』をコミカライズした17年頃はまだ、小説家になろう系異世界ファンタジーのコミカライズにはヒットの兆しはあったものの主流ではなかった》 https://t.co/jKP6jC3Oun