マンガ編集者の原点 Vol.14 [バックナンバー]
「あまつき」「魔界王子」の君島彩子(一迅社 月刊コミックZERO-SUM編集長)
「女オタクの心が読める編集者」の作り方
2024年12月26日 15:00 2
ヒット作「あまつき」「はめふら」舞台裏
編集者として初めて経験したヒットも、やはり「あまつき」だった。
「コミックス1巻の発売日には『即重版したほうがよいかも』という勢いだったと記憶しています。正式には3日目に重版が決まり、2刷もその2日後に決まり、間を開けずに重版することができていました。当時は書店へも挨拶も自分で行っていたのですが、書店員様に表紙が素敵で目立つという話はよくされましたし、事前に内容を読んでいただき『売れると思っていっぱい入れたよ』と言ってもらえることもありました。」
画期的な表紙のアイデアも、作家と煮詰めていったという。
「キャラクターごとに固有のカラーが決まっていたので、表紙ではピンにして巻ごとにキャラを回していこうと高山先生と話していました。もともと先生が描いていたイラストは厚塗りで奥行き感があるものでしたので、背景は白地で何もないほうが目立つのではと話はしていました。今では王道の表紙だと思うのですが、当時はピンで男子が立っているだけでなおかつ白背景という表紙は結構珍しかったんです。これ以後、ゼロサムでは同様のイメージの表紙が増えたのですが、 “ゼロサムっぽい作品”というカテゴリの最初に『あまつき』はあったと思います。
『あまつき』というタイトルは和風っぽいのですが、お話は現代から江戸時代に異世界転移する内容でしたので、表紙ロゴは連載時と変更し、ちょっとデジタル要素がありそうなフォントでゲームっぽい感覚を入れていくことになりました。というか、当時は新人さんの連載ということで連載用ロゴを用意してあげられなかったので、先生が筆で書いてくれたものをデータ化して使用していました。さすがにそのままではまずいというのもあって、コミックスで一新する際にイメージを変えたというのがあります。今でも単行本の表紙はとても重要だと思っているのですが、『あまつき』がとてもよい経験になりました」
初めての立ち上げ作であるにもかかわらず、まるで経験豊富な編集者のよう。かなり戦略的なパッケージ作りだ。また目論見どおりのヒットにつながっていることに驚く。その後、「あまつき」と同時並行で高山が連載している「ハイガクラ」もヒットし、2024年にアニメ化を果たした。
順調にゼロサムの看板となる作品を手がけている君島氏だが、近年の大ヒット作の1つに、コミカライズ版「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」(以後はめふら)がある。
原作は山口悟によって小説投稿サイト・小説家になろうで2014年から15年にかけて連載されていた作品で、2015年に一迅社文庫アイリスにて書籍化。2017年からイラストを担当する
「はめふら」の主人公は、公爵令嬢カタリナ・クラエス。カタリナは、頭を石にぶつけた拍子に前世の記憶を取り戻す。その記憶とは、自分が今生きる世界は、前世で夢中になっていた乙女ゲームの世界であり、自分が主人公の恋路を邪魔する悪役令嬢であること。そして、ゲームでカタリナが迎えるはずの結末とは、ハッピーエンドで国外追放、バッドエンドでは殺されてしまうこと──。そんな破滅フラグを回避してなんとしても幸せな未来を迎えようとするカタリナが七転八倒する異世界転生コメディだ。君島氏いわく、ファンの男女比は半々くらいで、若干女性が多いくらい。いわゆる悪役令嬢ものの中では男性読者も比較的多い作品だという。昨今ライバルが多い異世界転生ものの中でも、とりわけ同作がファンに愛される理由をこう分析する。
「『はめふら』は、いわゆる悪役令嬢異世界作品の中でも比較的早い時期からスタートしていた作品だと思います。小説投稿サイト・小説家になろうにアップされていたのは知っていたのですが、私が読んだのは一迅社文庫アイリスで刊行してからとなります。興味を持ったきっかけはタイトルにありました。タイトルが非常にストレートでわかりやすい作品で、どういう内容であるかが想像できるのはすごいことではないかと感じました。私自身、タイトルに関しては語呂や響きのカッコよさ、タイトルの長さも簡潔にしたいという思いをそれまで持っていたので、その真逆のタイトルの作品にすごく惹かれました。
読むと主人公のカタリナちゃんのポジティブ思考がとても印象的でした。破滅フラグ回避のためにさまざまな行動をするカタリナちゃんなんですけど、お話の展開の中でいつもゼロからプラスに転じていくという思考を持っているキャラクターに見えて、決してマイナスからスタートしない子に見えて……この天真爛漫さに心地よさを感じました。過酷な試練やハードルを乗り越えていく成長物語を軸にした作品を多く担当していたときでもあったので、今までと違うタイプの主人公像で進む『はめふら』をマンガにしたら、今までとは違った層の読者様にも見ていただける作品になるだろうと思って、コミカライズの企画を立ててみようと思いました。
また『はめふら』のアニメはコロナ禍に放送されました。いろいろと閉塞感があったときだったこともあり、物語のポジティブさは時代にマッチしていた気もします」
「はめふら」のアニメ第1期が放送されたのは2020年4月から6月まで。コロナ拡大による緊急事態宣言が出たのが4月16日──「はめふら」の優しくコミカルな世界観や、カタリナの前向きなパワーと明るさが、閉塞する状況の中で心に染みた人は多かっただろう。コミカライズへの道のりを詳しく振り返ってもらった。
「『はめふら』をコミカライズしたいと思ったときはまだ編集長ではなかったので、部内の企画会議に提出し編集長の許可をとってから、一迅社文庫アイリスの担当者に打診いたしました。これまでは自社の小説をコミカライズしたこと自体がほとんどなく、私自身もコミカライズ作品の担当したことはそれまでにほとんどありませんでしたから、すごく新鮮な気持ちでした」
1巻のあとがきでも明かしているように、コミカライズ担当のひだか先生は、小説の挿絵を描いていたものの、マンガにしっかり向き合った経験がなかったという。
「ノベルの担当者との相談で挿絵のひだか先生に打診してみようという話になり、先生にお伺いしたところ快諾いただけました。先生からは『マンガをちゃんと描いたことがないので、しっかり見てくださるんであれば描いてみます』とお返事をいただきましたので、ひとつずつご相談しながら進めていきました」
確信していた「異世界ファンタジーブームは必ず来る!」
その後、ゼロサムでは積極的になろう異世界ファンタジーのコミカライズに乗り出すようになる。ここまで話を聞くと、「はめふら」を皮切りに、さぞ順風満帆にコミカライズが進み売れていったようだが、実は当初、社内ではなろう系異世界ファンタジー作品に対して歓迎ムードではなかったという。
「『はめふら』をコミカライズした2017年頃はまだ、小説投稿サイト・小説家になろうの異世界ファンタジーのコミカライズにはヒットの兆しはあったものの主流ではなかったように思います。ただ、私とノベルの担当者さんの間では『はめふら』と一緒に読者さんが楽しんでくれるお話をコミカライズすることには大きな需要があると感じていて、ほかのタイトルもコミカライズをしてみようという話になり、たくさん読んだ中で『虫かぶり姫』(原作:由唯 キャラクター原案:椎名咲月 コミック:
その決断をするよりちょっと前、一迅社が講談社のグループ会社になったことがきっかけで赤字が多い部署の立て直しが必要になり、私が急遽ゼロサムの編集長になりました。新しいことをやるにはよい時期ですし、異世界ファンタジーはジャンルとして広がる予感がしていたので、上記の2作の企画を進めることも部署の方針としては自信があったのですが、会社からはあまりよい回答はもらえませんでした……。『編集長としてがんばりたいのはわかるけど、厳しいと思う』と販売担当からも言われてひどく落ち込みましたね。でも私とノベル担当だけは廊下で『絶対に異世界ファンタジーブームが来る。大丈夫、進めましょう』と誓い合ったのを覚えています。結果としてですが、想像以上のブームが到来し、あとから連載をスタートした2作も大変好評いただくようになったという経緯があったので、今となっては突き進んでよかったと思いました」
編集者は、時代のニーズを先読みして企画を立てなければならない。ただ、編集者に見えている未来は例え同じ社内であっても共有するのは簡単ではない。反対されても、編集者の確信があれば屈するべきではない──今回のケースは、その好例であろう。
「女性向けの異世界ファンタジーに少し早めにトライしていたことで大きなムーブを作り出すことができたのかなと感じています。マンガ業界全体も活性化したと感じているので、少しだけですが貢献できたことをうれしく思いました。
コミカライズに関していえば『はめふら』以降も原作をより深めた作品作りができるように、作品の魅力を引き出すことができるマンガ家さんとのタッグを常に考えていました。例えば『虫かぶり姫』でマンガを描いてくださっている喜久田ゆい先生は、オリジナルでマンガを描くこともできる技量を持つ先生です。先生は当初『虫かぶり姫』のマンガ家コンペには参加しないお考えだったのですが、『喜久田先生のよさが出るから絶対参加してほしい』とお話しました。急遽ご参加してくださった喜久田先生にもとても感謝していますし、先生から『教えていただいてよかったです!』と言ってもらえたのも、とてもうれしかったです。
今はコミカライズ作品がマンガ業界全体で増えてきていることもあり、昔と違って『コミカライズがやりたい』『コミカライズができるマンガ家を目指す』という若い作家様もすごく増えているそうです。専門学校でも『マンガ家』と『コミカライズ絵師』のカテゴリを分けているところがあると伺いました。ただコミカライズに関しては、原作を大事にしながらマンガ家さん自身の色を出すことはかなり難しいことだと思っています。つまりコミカライズされている作家様にもオリジナルと同様にマンガの技量はかなり必要になっていますので、編集者自身がそのことを理解して支えていくことは重要だと思っています」
話を聞くにつけ、君島氏は本当に「女オタクの心が読める編集者」だと感じた。言い方を変えれば、女性をターゲットにしたエンタメ市場におけるマーケターとしてものすごく優秀ということだ。そう伝えると、「きっと、自分がオタクだからでしょうね」と笑って話してくれた。序盤の話に戻るが、「女オタクが好きなものを数多く履修してきた甲斐がここに結実しているのでは?」と問うと、大きく頷く君島氏。
「そうかもしれません。学生時代、コミケにも行ったしゲームもしたし史跡めぐりもしたし、気ままに好きなことをしていたのを思い出しました。あと小説や『逆転裁判』(カプコン)の影響もあって時間が空くと裁判を見によく行っていました。ちょっと変わったことをするにもハードルを感じなかったことでいろいろな世界に触れる経験ができたのは本当によかったと思います」
明晰な理性と“ちょっと様子のおかしいところ”が共存している点が、編集者としても人間としても、君島氏の大きな魅力や個性にもなっているように感じた。
なろう系異世界ブームはなぜ衰えないのか?
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渡辺由美子 月曜イ47b「女性アニメビジネス」コミケ参加 @watanabe_yumiko
ああ、私と同じ文化を通ってる編集さんだ。ゼロサムはアニメと親和性高い。
《当初、社内では異世界作品に対して歓迎ムードではなかったという。
「『はめふら』をコミカライズした17年頃はまだ、小説家になろう系異世界ファンタジーのコミカライズにはヒットの兆しはあったものの主流ではなかった》 https://t.co/jKP6jC3Oun