小さい会場ほどベスト盤。「B・J展」では椎茸先生も飾ります
──10月6日からは六本木ヒルズ森タワー内の東京シティビューにて、「ブラック・ジャック展」がスタートしました(※11月6日まで)。東京シティビューは会場がすごく広いですよね。こういうところでやる展示は、アプローチの仕方もまた違いますか。
小さいミュージアムでは、どうしたって全部は見せられないんですよね。だからどこを切り取るか、どれだけ圧縮して、濃縮した内容にできるかといった作り方をするんです。しかも小さければ、観る側も疲れないでしょう。疲れずにおいしいところだけを楽しめるのが魅力ですよね。反対に、広い会場でやる場合は、おいでになる皆さんもその作品に浸りたい。だから私たちも、のんびり観てもらえるような作り方をする。普通はイスとかも置いて、そのイスに座って原画に囲まれながらひと息つけるみたいな、そういう楽しみ方もできるようにする。使えるスペースが広いと、普段は展示しないようなものも展示できちゃえるわけです。「ブラック・ジャック展」はかなり無茶をしていて、「ブラック・ジャック」が全部で243話分ぐらいあるんですが、そのうち200話分ぐらいの原稿を展示してます。もちろん全部じゃないですよ、2ページずつとか。
──それだけでも400枚以上ですね。
さっき計算したら、500枚は超えていたかな。展示枚数が限られていると、やっぱり有名なシーンを選んで展示するでしょ。でも、今回は私たちさえ忘れていたようなページまで展示してます。椎茸先生っていうキャラクターなんて、1話しか出ていないのでピンと来ない人のほうが多いでしょうけど、実は人気があるんです。制作中にスタッフ間で、「椎茸先生もちゃんと展示しましょうね!」なんてやりとりもありました。テーマごとに区分けをしているわけですが、もしかしたらその視点に納得がいかない人もいるかもしれない。だけど、それも含めて楽しんでもらえたらいいと思います。単純に原画がこれでもかっていうぐらいたくさん展示されてるんだから、ファンの方は観に来ないともったいないです。
──狭い会場のほうがおいしいところだけ見られるというのがちょっと意外でした。ベストアルバムのような感じなんですね。
ベストアルバム、いい例えですね。会場に合わせて企画者がテーマを設けて、その部分を濃密に見せるわけだから、ベスト盤のような作りなんだと思います。
──「よつばと!」と「ブラック・ジャック」では、描かれた時期が40~50年ほど違うわけですが、時代が違うと原画の注目するポイントも違ったりしますか?
今は最後の仕上げをデジタルで描く方が多いと思うんだけど、「ブラック・ジャック」の頃は全部手で描いていたというのを見てほしいかな。何度も試し描きができない一発勝負で描いてそのまま入稿していたわけですから。「よつばと!」も、デジタル化が進んだ現代でも丁寧に手で仕上げられている原画が並んでいるので、注目ポイントは同じかもしれません。
マンガの原画は本来見せないもの、だからこそ面白い
──近年はデジタル作画が増えてきて、従来のような原画が存在しないケースも増えていますよね。そういう作品の見せ方についてもぜひ伺いたかったのですが、日頃感じていらっしゃることはありますか。
危惧していることが1つあって。直筆原画がない作家さんの展覧会を海外の美術館でやってもらえるかというと、たぶん難しいと思ってます。国内の美術館もそうなんですが、特に海外だと「原画こそ美術品」という考え方をされていらっしゃるキュレーターも多いので、複製原画の展示だと嫌がられるんですよね。「ありえない」「実物でなければ意味がない」とおっしゃる。
──そういう視点では考えたことがなかったです。
フランスで「日本のマンガの描き方はアートじゃない」と言われたこともあります。いろんな人にアシスタントさせたりしていて、作家本人が全部描いていないから。それゆえあちらの作家さんは「何年かかってもいいから1人で描く」というスタイルに移行したそうです。そのくらい厳格な考えの国もあるくらいだから、原画がないって大変です。ただ、原画がないからといって、海外でマンガ展がまったくできないわけじゃない。美術館には持っていけなかったとしても、日本のマンガは人気がありますから、イベント施設で集客のためにマンガ展を開催したいと考える方からの誘致はむしろ増えていくように思います。
──マンガ文化は世界に広がっていますが、原画の捉え方はそんなにも違いがあるんですね。
ある国で
──最後に改めて、「マンガの原画の魅力とは?」とお聞きしたいです。
原画展……じゃなくて原画の魅力と聞かれると、難しいですね。もしかしたら魅力じゃないかもしれないけど、原画に対して思うことは、「あれはただの版下だよ?」です(笑)。あくまで皆さんにお見せするのは印刷されたもので、原画はそのための素材でしかないと作家も思っている。だから、切り貼りの跡なんかもいっぱいあります。手塚の作品はもともと何年も前に描かれ、その後、何度も何度もさまざまな出版社から単行本になって発売されていますから、その都度、切り貼り修正されています。そのため、切り貼りされた時代ごとに別々の色に変色したりもしています。版下だから、人に見せるものではないから、作家は原画をそのときのベストな状態にするために、ありったけ手を加える。版下だから、その修正はそのまま残る。作家が手を加え続けたすべての歴史が刻み付けられているのが原画の魅力だと思います。
──美術品のように扱われながら、ある意味で美術品とは真逆のところにあるものですもんね。
もしかしたら見せたくないようなものも、見れちゃうかもしれない。ご存命の作家さんの場合は、許可をいただけているってことは見せていいということでしょうけど、本来は見せないものをちらっと見せてくれる。それが原画展に来た人だけのお楽しみで、原画の最大の魅力じゃないのかな。
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