マンガ編集者の原点 Vol.5 [バックナンバー]
「SPY×FAMILY」「チェンソーマン」の林士平(集英社 少年ジャンプ+編集部)
編集者に大事なのは“量”
2022年10月4日 14:00 90
林氏を取り囲む数々の“天才”
林氏の担当作家には、
「僕は自分が担当した人のことをみんな天才だなと思ってしまうんで、たとえ売れていなかったとしても、『この人は今たまたま売れてないだけの天才だな』という感覚なんです。なので、天才を感じる瞬間としては、『この表情よく描けたな、天才!』とか、『こんなセリフ描けるんだ、嘘でしょ!?』など、さまざまですね。僕は『全部ぶっ壊す』という作品を担当しているんですけど、今日の朝一でめっちゃくちゃ面白いネームが来て、『すげえもの受け取っちゃった!』という気持ちで読みました。この作品も、『まじかよこれで売れないのか? 天才だぞ』って僕は思っています(笑)」
秀逸なネームを受け取って、ボルテージが爆上がりする。仕事をしていて最高の瞬間だ。
「『ダンダダン』でも、68話で大仏がロボットになっていく瞬間を描いた原稿を深夜に自宅で受け取って、でかいMacの画面で見ていたんですけど、もう大爆笑しました(笑)。ネームで読んでるのに作画が上がってきてまた大爆笑して。『今俺、誰も見たことないもの読んでるな。俺は歴史に名を刻んでいるのではないか』『「SLAM DUNK」の担当編集ってこんな気持ちだったんだろうな』って(笑)。そういう感じで、日々幸せに原稿を受け取っています」
最大限の賛辞を贈ってくれる編集者と仕事できるのは、作家も幸せなことだと思う。
「僕こそ幸せをいただいている感じですね。面白いものを創り出せる作家さんたちにありがとうって思いながら仕事しています」
編集者に大事なのは“量”!
すぐれた作家と作品への愛溢れる林氏が思う「編集者として大事なこと」。それは“量”だという。
「ものを見る量や付き合う人間の量が大事だなと思います。作品の数を見ていないと幅が広がっていかないし、たくさんの作家さんとお付き合いしたほうが、経験値が増えていくから話せることも増える。ただ、こんなご時世なのでオーバーワークがあんまりよろしくないじゃないですか。僕個人としては、1年目の頃にひたすら仕事をするか酒を飲むかみたいな、昭和の編集者の常軌を逸したような生き様を経験させてもらったことはよかったけど、それを若い世代に強要するのは違うなとも思うし。なので、そうした横暴な強制労働的な働き方の余波を食らった最後の世代かもしれないですね(笑)。言い方を変えると、編集者はある程度効率よく仕事の量や経験値を積み重ねないとよくないと感じています」
一にも二にも経験値が大切。ある種、統計主義的な考え方といえるだろう。
「単純に知識量がものを言う商売であり、コミュニケーションも知識の1つなんですよね。いろんな局面でどんなふうにコミュニケーションをとるとよいのかは、経験によってわかってくるので必要なことだと思います。時間という制約のある中で『量が大事』と言っちゃっているわけですが、僕自身は誰かに強要されてやってきたわけではなく、楽しいからそういうふうに働いてきました」
目下担当中の9作品、現在地
そんな林氏は現在、たくさんの連載を抱えている。目下愛し、力を注いでいる担当作について一気に語ってもらった。
「『SPY×FAMILY』から話します。アニメ第2期の放送が10月に迫っていて、単行本はその頃ついに10巻にたどり着く。遠藤さんにとって初めての10巻ですし、この作品が単なる一過性のブームで終わるのか、長く愛されるタイトルになるのかはむしろここからが勝負。もちろん遠藤さんとより長く作品を連載し続けるのは大前提で、作品のグレードが上がり、人気が出たことで宣伝などに関してもできることが増えました。なので、できることを全部探して1つずつ丁寧にやり、お客様に長く愛される作品にしようと決断しているタイトルです。
『チェンソーマン』もアニメが10月に始まります。この機会をいかに原作に跳ね返らせるかが重要だし、アニメのプロジェクト自体も全世界にちゃんと届くものになるように、クオリティ高いものにしたい。そうした思いで、プロジェクト全体の打ち合わせに宣伝の打ち合わせ、アフレコ、グッズの監修も含めて、鋭意進めています。
『HEART GEAR』は、作家さんのお身体の都合で2年ほど休んでいたんですが、8月18日に連載再開できました。単行本は4巻を発売したところ。タカキ(ツヨシ)さんは『BLACK TORCH』に続く2作目ですが、僕はデビュー作から担当していて、彼も天才の1人だと思います。こんなにカッコいいアクションが描けて、こんなにキャラの見得をカッコよく描ける人はなかなかいないので、『HEART GEAR』も丁寧に連載を続けていって売れたらいいなと思っていますし、今後全世界に名前が轟くように一緒に仕事していきたいなと思っています。
『ダンダダン』最新7巻が10月発売予定です。まだメディア展開はしておらず、原作の力だけで素晴らしい部数を稼いでくれているタイトル。ジャンプ+の柱というか、毎週こんなにエネルギッシュな連載をしている方はいないので、宝物のような作家さんだと思っています。龍さんはこんなにハードワークしながらも本当に楽しんで描いてくれているので、その気持ちがより豊かになるようにサポートしながらより面白くして、『チェンソーマン』『SPY×FAMILY』に負けないくらいのビッグタイトルになるように引き続き一緒に戦略を練っていきます。引き合いに出した2作とも自分の担当作ですが、同時にライバルという感覚なので、彼らに負けないようにこの作品も育ってほしいなと思っています。
次は和風ファンタジーバトルマンガ『神のまにまに』。猗笠(怜司)さんのデビュー作なので、まずはしっかり作家さんの描きたいところまでたどり着くことをゴールにしています。出会って1年くらいで連載がトントン拍子で取れてしまった作家さんで、初の週刊連載で右も左もわからずひたすら全力で走っている状態で大変だったと思うのですが、作家として急激に成長しているのは横で見てるので、この作品でも次の作品でもめちゃくちゃ面白いもの描くのでは、と期待しています。
『全部ぶっ壊す』の作画の山岸(菜)さんは『ムーンランド』という体操マンガでデビューされ、もともと『青の祓魔師』の加藤さんのところでメインアシスタントやっていた方で、めちゃくちゃ絵がうまいんです。遠藤さんの前作『月華美刃』や、アミューさんの『この音とまれ!』というお箏マンガでもアシスタントに入ってくれていて、いろんな現場で重宝される、すごくいい線を描かれる方。僕もめちゃくちゃお世話になっているので、次は山岸さんが売れないとなと思っています。恩返しというか、山岸さんが売れることは僕の人生にとってすごく大事なことだと思ってるので。原作のへじていとさんは、これがデビュー作なのが信じられないくらい、とてつもないネームを生み出す人だと思っていて、この先たくさん作品ご一緒できるのをめちゃくちゃ楽しみにしています。
『アンテン様の腹の中』も
『宇宙のたまご』はSFで、短期集中連載で2巻完結を予定している作品ですが、こちらも程野(力丸)さんのデビュー作。SFで過酷な世界観を描かれる方で、もう最終話までの打ち合わせが終わっています。最後まで読んだら『この作品、よかったな』と満足してもらえるものになっているので、ぜひ読んでほしいです。すごく若い作家さんなので、次何を描くのかも楽しみです。
最後は『ベイビーブルーパー』。ホラーが大好きな女の子が高校の映画部に入部する青春コメディドラマです。はるにわ(かえる)くんとも出会って3年くらいなのですが、これが初連載。全ページにこれでもか、と笑いを詰め込むスタイルが、癖になる作風です。いつか売れる作家になると信じています……と、こんな感じで担当作は初連載だらけなので、作家さんには連載やマンガ作りについて知っていただいて、さらに売れてくれたらいいなと思いながら一緒にお仕事している日々です」
チャレンジし続けないとすぐにつまらない人間になる
一気呵成に9作品について語ってくれた林氏。編集者としての今後の野望を聞いてみた。
「トライするのが好きなので、いろんな挑戦をしていきたいです。今、マンガのネームが作れるWorld Makerというアプリを作っています。これは僕自身のチャレンジであり、編集者をやりながら創作支援アプリを作るって面白いなって思っていて、実際、チャレンジしたことによって知り合う人が増えて、人生がちょっと広がったんですね。
例えば今この瞬間から『僕はやーめた!』とろくに仕事もせず、あぐらをかくことも簡単だと思うんです。日々飲みに出るのが、仕事、みたいな。ただ、僕としてはそんなの全然楽しくないと思う。だから、何歳になっても、チャレンジするメンタリティは大事にしていこうと思っています。野望というか、心の置き所ですね。チャレンジし続けないと老いるし、すぐにつまらない人間になってしまうので」
林士平(リンシヘイ)
2006年、集英社に入社。月刊少年ジャンプ、ジャンプスクエアの編集部を経て、現在は少年ジャンプ+に在籍。現在の担当作品に「チェンソーマン」「SPY×FAMILY」「HEART GEAR」「ダンダダン」などがある。
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”編集として「ヒット作を出すうえで一番重要なこと」はなんだろう。言葉を尽くしたうえで林氏から出てきた回答は、「しいて言うなら、時代を正しく感じて考えること」。
基本的には『ヒット作に共通する方程式』ってないと思うんです」”
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