牡蠣の生態を通して、環境やジェンダーをめぐる問題を映し出す映画「
牡蠣を通してさまざまな団体や人々がニューヨーク港に多様な生態系を取り戻し、湾の侵蝕を食い止めるために活動する様子を追った本作。環境に寄与する役割に加え、繁殖のために性を転換する=“性別を固定していない”という牡蠣の特質も本作の重要なテーマを担う。予告編は、列車が海底に沈められ、小魚たちがその周りを泳ぐ様子からスタート。ニューヨークで牡蠣が乱獲されていた過去が説明されているほか、「牡蠣は孤独じゃない。本来はくっつきたがる性質」という音声が収められている。
ヤマダは「牡蠣に手を差し伸べられ、牡蠣に手を差し伸べる。彼女でも、彼でもない彼らに教わる生き方は牡蠣の殻のように、きっと未来を切り拓いてくれる」とコメント。映画作家の
ノンバイナリーである
映画「水の中で息をする ―彼女でも彼でもなく―」予告編
アオイヤマダ(パフォーミングアーティスト)コメント
牡蠣に手を差し伸べられ、
牡蠣に手を差し伸べる。
彼女でも、彼でもない彼らに教わる生き方は
牡蠣の殻のように、きっと未来を切り拓いてくれる。
先日、ニューヨークで牡蠣を食べました。
在住の友達に、「ニューヨークを知るひとつ」と言われた理由がわかりました。
あの一粒に詰まった物語、
これからも、食べる度に呼吸を思い出す。
小田香(映画作家)コメント
多くの人にとって、性別は2種類しかない。私はじぶんの性別に名前をつけることを諦めてしばらく経つ。この映画を観ながら、環境によって性別を変えられる牡蠣のような柔軟さがあれば楽なのかな?と考えていたが、なんだか人間ぽい発想だなと思った。牡蠣にとっては男も女も古代のワードかもしれない。常に進化の途中。みな個として、くっつくのだろうし、くっつかないやつもいるだろう。
そしてそれが末には小魚の住処として在れるかもしれないのだから、どんなに素晴らしいだろう。
森山至貴(社会学者)コメント
男と女、白人と黒人、自然と人工…いくつもの二項対立を乗り越える地点に存在する牡蠣は、ともすると安易な美談の象徴になりうる。このことに自覚的な本作は、ドキュメンタリーとフィクションを巧みに混淆させ牡蠣の意義を豊かに乱反射させることで、見知った「感動の実話」に回収されないクィアな未来を提示する。
児玉美月(映画批評家)コメント
牡蠣は一生のうちに性別を変化させる生き物として知られる。
ノンバイナリーの映画作家が手がけたこのドキュメンタリー作品は、
人間と牡蠣の境界線を撹乱する独創的な語り口で、わたしたちの社会の在り方を問う。
そしてそこでは、あなたが息苦しい場所にいても少しでも息がしやすくなるように、という作家の祈りが波のように寄せ返す。
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栗原ゆう🦪🎀 @kuriharayou
#シアターエミュ で上映したい!!!!!!!!!!!!!!!!
#水の中で息をする https://t.co/096XT6w61M