映画「
近未来の日本を舞台とする本作は、卒業を控える高校生たちの友情やアイデンティティの揺れ動きを描いた物語。この日のイベントでは、空督と山上それぞれに1名ずつ手話通訳がつき、スクリーンにはトークの内容が随時文字で映し出された。近年、映画のバリアフリー化は少しずつ進んでいるものの、上映後のトークイベントに手話通訳とUDトークによる文字サポートがつくことはまだ少ないという。
耳が聞こえないもしくは聞こえづらい、日本語の聞き取りに自信がない、セリフをより正確に理解したいといった鑑賞者が映画を楽しめるようにと、本作の日本語字幕は空が自ら監修。モニター会にも参加し、当事者の意見を聞くことで、より作品の意図を反映した字幕、音声ガイドを目指した。
空は「映像を言葉で表現するのはそこまで難しくないのですが、音楽を言葉で表現するのは面白くも大変な作業だったのが印象に残っています。なぜなら音楽というのは、言葉にならない感情をそのまま伝えるようなメディアですよね。映画は無限に解釈できるものなので、あまり説明しすぎるとその解釈の楽しみが削がれてしまうのではないかという懸念もあって。それをうまい具合に言葉を通して、かつあいまいなまま伝えられるかを、モニターの方にも意見していただきながら本当に頭をひねりましたね」と振り返る。
Q&Aでは、観客が「今回、日本語字幕付き上映を観て、映画というのははっきり観客の意識に上がってくる音と無意識レベルで聞こえてくる音とで設計されているのだなと思いました。例を挙げると、主人公のユウタと母の学校からの帰り道のシーンで、赤ちゃんの声が聞こえてくるシーン。あれは文字がなければ赤ちゃんの声に気付かなかったかもしれません」と述懐。空は「おっしゃる通りで、まさに無意識レベルで作用する音と意識的に聞かせる音があります。赤ちゃんの声は『もう18歳で大人だね』と母に言われても、本当はまだまだ子供なんだと無意識ながらもユウタが感じていることを観客にも感じてもらいたかったからです」と説明する。そして「校長室で生徒たちが尋問されているシーンで、校長先生のセリフに対して『警察官が咳払いをする』という字幕が出ますが、実は字幕をつける前はその咳払いに自分は気付いていなくて。でもそれを入れることによってギャグが生まれたりと、うれしい発見があって、映画の違う一面を見られたという感覚でした」と回想。「映画を制作する側でも気付かなかった音や情報を、字幕を制作するプロセスで発見することができたのはすごく楽しかったです」と語った。
別の観客は「役名がない人のセリフの字幕が出る際に、その人を『男』『女』とジェンダーを分けて表現された部分について経緯を教えてください」と質問。空は「基本的に画面で演者の口が動いているのが見える状態であれば字幕で役名の情報は省いてもいいのですが、引きの画や演者が後ろを向いている状態の場合は役名を入れる必要があると思います。役名がないキャラクターのセリフについて、本当は名前を入れたいけれど、やっぱり急に新しい名前の情報が出ると混乱する方もいると思います。僕自身も見た目でジェンダーを断定したくないという気持ちがすごくあったし、かなり考えた部分ではありました。でも説明的なワードを入れても文字数がオーバーしてしまうということもあり、今回はそのように表現する対応をしました。その指摘は重要だし、今後改善していきたいと思うところなので、このように言っていただけてうれしいです」と答えた。
一方、山上は「私たちも普段『男性』『女性』という表記を使いがちなのですが、これは鋭い質問と言いますか、字幕制作においてまだまだ議論されていかなければならない部分だと思っていることです。まずバリアフリー字幕は音を聞いている人と字幕で情報を見ている人の差をなくし、同じように受け取れるということを大事にしています。男性の声か女性の声か、音で聞いてぱっとすぐにわかる情報がないと、やっぱり認識が変わってきてしまうので、そういう意味でも現状その表記を使っています。でもやっぱり難しいのは、その声の人物をこちらが勝手に女性だと認識していても、本人はそのように自認していない可能性があること。これはほかにいい方法がないか考えていかなければならないと思っています」と話す。
「レイシズムについても描いている映画で、キャスティングにもこだわられていると思いました。監督自身がレイシズムの問題に関心を持ったきっかけと、キャスティングの経緯について教えてください」という質問も。空は「僕は日本人としてアメリカで生まれ育ったのですが、やっぱりそこで僕はアジア人という括りになってくるので、幼少期はレイシストな冗談を言われたりすることもありました。そのときはそれが普通なのかなと思って受け流したり、その場を紛らわすために一緒に笑ったりしていて。ただ、大学生の頃に社会の構造やレイシズムのことを勉強し始めると『なんだ、幼少期に自分がいろいろと言われたのはレイシズムだったのか』と気付くわけです」と述べ、「僕は日本では日本人としての『特権』があるので、もちろん在日コリアンの方々の経験はありません。同時に、在日コリアンと一括りにしていますが、人によって経験は全然違うわけで。なのでキャスティングにおいてはそれなりにその当事者性を持っている方にお願いしたいという気持ちが最初からすごくありました。今回、本当に奇跡的に役柄ぴったりの方々をキャスティングできてすごくうれしかったです」と続けた。
最後に、山上は「映画の日本語字幕上映自体がまだまだ少ない状況で、なんだか特別なものとして思われがちです。皆さんは普段洋画を観る際に吹替版と字幕版で自由に選んでご覧になっていると思いますが、そんなイメージで日本語字幕のありなしを選んで鑑賞できる存在になっていければいいなという思いを持っています。ぜひ字幕ユーザーではない方も、2回目、3回目の鑑賞に別の鑑賞ツールとして活用していただければと思います」とコメント。空は「もし映画を気に入っていただけたら、ぜひ友人などにも薦めてください。皆さんの気持ちや思いが、制作者側にとっては本当にうれしいです。どこかに感想を投稿していただいたり、僕に直接送っていただくのでも。ぜひお願いいたします」と呼びかけた。
「HAPPYEND」は東京・新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で公開中。なお10月20日、21日には、全国のいくつかの劇場で日本語字幕付き上映が行われる。対象劇場など詳細は映画公式サイトの劇場ページでチェックを。
映画ナタリー @eiga_natalie
【イベントレポート】「HAPPYEND」空音央、自ら監修した日本語字幕の制作プロセスで「うれしい発見」
https://t.co/BqAhp6cbTV
#空音央 #HAPPYEND https://t.co/7WeoS5qOcq