さまざまな俳優や映画関係者が、ただただ自分の趣味や好きなものを語る新連載「〇〇の話がしたい」。第2回はバンド・
文
漫画「美味しんぼ」は令和5年の今年、連載40周年を迎えた。僕が生まれる8年前、1983年「ビッグコミックスピリッツ」にて、産声を上げた。一方、僕は小学生の頃、順番待ちをしていた床屋の書棚で出会い、髪の毛が伸びてくるたびに、待合椅子で読むこととなる。当初は、ただスポーツ刈りにされるまでの憂鬱な時間の暇潰しだった食漫画も、その後の人生における最重要作品となっていくわけだが、この時はまだそれを知らない。
中学生の頃、海外に1ヶ月間留学をした際、一緒に行く日本人グループにいた年上のお姉さんと帰りの機内で「美味しんぼ」の話になった。僕たちは盛り上がり、お姉さんから帰国後に10巻まで借りる約束を取り付けた。今思うと、お姉さんにまた会いたかっただけだ。何より、お姉さんも彼女のお父さんが「美味しんぼ」好きだっただけで、そんなに、というかほぼ詳しくなかったと思う。動機やきっかけはなんであれ、帰国後に僕は1巻から10巻までを手に入れ、家で読み耽ることとなる。お姉さんともそれっきりで、今気づいたのだがこの手元にある1巻から10巻までは、お姉さんの物だ。というかお姉さんのお父さんの物だ。この場を借りて丁重にお詫びしたい。
月日は流れ、20歳を過ぎた頃には僕の書棚は、100冊にも及ぶ「美味しんぼ」の背表紙で埋め尽くされ、その金色と紅色で輝きを放っていた。今回は、現在刊行されている111巻までをひたすら精読してきた“シンボラー”(※古舘が考えた美味しんぼ愛好家の呼称)が結論づける「『美味しんぼ』から僕は何を学んだのか」を3つのテーマで厳選し、連載40周年記念に微力ながら花を添えたい。
【第1章】自分の感性を信じろ
主人公・山岡士郎は、うだつの上がらないグータラ新聞社社員。出世欲や、お金儲け、あらゆることに無欲で鈍感な心優しきこの男は、食材や料理のこととなると途端に、強烈なこだわりと独特な感性で、とんでもない才能を発揮する。時に、食を通して、生き様や社会風刺にまで言及するのだが、一見すると非常に断定的かつ極端に感じられることも多々ある。
2巻「手間の価値」では、メディアに紹介されて大人気となった中華料理店に同僚と行った際、長蛇の列に並んだのにも関わらず、出てきた豚バラ煮込みを一口食べ、「この豚バラ煮込みは出来損ないだ、食べられないよ」と発言し、店主が包丁を持って追いかけるほど、ブチギレさせてしまう。48巻「家庭の味」では、結婚後、最愛の妻で良き理解者でもある、栗田ゆう子が作るワカメと豆腐の味噌汁を飲んで「味噌汁の実は1種類だけのほうが好きだ。実をいくつも入れると、味がにごる」と言い放ち、翌日、ゆう子が豆腐のみの味噌汁を出した際は、「豆腐が大きすぎる」と発言して、これまた妻をブチギレさせてしまう。この抜粋はかなり悪意のある切り取り方をしているが、実際、かなりヤバめの男であることに間違いない。しかし何故、そんな主人公なのにこうも長年愛されているのだろうか。その答えは、読んできた人間だけが知っている(僕のような熱狂的ファンが多数存在するため、その答えは人それぞれ)。
僕は「美味しんぼ」を通して、こだわりを持って生きること、自分の感性を信じて物怖じせず生きることは、限りない自由への切符だと教えられた。世の中は、情報化社会、権力、グローバリズム、あらゆることによって既成概念が植え付けられていく。みんなと一緒でないと変な奴だと扱われる。あれが人気らしいぞ、これが正しいんだ、と云う声が飛び交い、その大きさ比べで、何が本当の自分なのかを僕は見失いがちだ。原作・
”刺身は醤油をかけて食べるのがウマイのか?”
当たり前すぎて考えもしなかったであろうこの問いかけに、少しでも興味を持ったあなたが、「美味しんぼ」の表紙を捲ることを、強く願う。
最後に、どんな理由があれど、大切な人が作ってくれた味噌汁に文句をつけてはならない。間違いを認め、反省してヘコヘコ謝る哀れな山岡さんも要チェックだ。
【第2章】料理は人の心を感動させてはじめて芸術たり得る
先日、僕の友人の男性が、別の友達夫婦に招かれて、自宅にお邪魔した。旦那さんが料理に造詣が深いらしく、その域はもはや趣味を超えていたという。出てきたのは、高級フレンチとも呼べるような、合鴨を使ったロースト、インゲン豆の冷製スープ、見たこともない食材が包まれたパイ生地のカタカナ料理、そして高級ワイン。次から次へと運ばれるメニューに客人の彼は、「美味しい!」と繰り返し絶賛して、お腹いっぱいになって帰宅したらしい。一見すると素晴らしいエピソードだが、僕は彼のことをよく知っているため、この話を聞いて同情した。なぜなら、彼の好きな食べ物は、唐揚げ、赤いウインナー、弁当に入っているハンバーグ、お酒はレモンサワー。そして、極めつけにお酒を飲む時、彼は少食になる。当然、友達夫婦への感謝の気持ちに溢れていたが、本音を聞き出すと、「後半、死ぬかと思った」と小さな声で僕に告げた。
「美味しんぼ」の主人公・山岡士郎には絶縁した実父・海原雄山という男がいる。雄山もまた大変な美食家で、「美食倶楽部」という料亭を立ち上げ、美食を芸術の域まで持ち上げたと世間で称賛されている人間国宝級文化人である。憎しみ合う親子の“食”を通した熾烈なバトルもこの漫画の大きな魅力の一つである。
8巻「鮎のふるさと」では、京極万太郎という男が、怪我をして入院する。そのせいですっかり塞ぎ込んでいるようだった。お見舞いで鉢合わせた2人は、京極から、退院したら大好物の鮎の天ぷらが食べたい、という願いを聞く。そこで、どちらが京極に美味しい鮎を食べさせられるのか、という罵り合いを始め、対決することとなる(文章で読むとふざけてるのか?と思われるかもしれないが、現場はかなり本気かつ険悪なムード)。
対決の日、山岡は最上級の鮎を探してきて、最高の調理法で仕上げて、京極に振る舞った。京極も他の参加者も一斉に「美味しい」と声を上げて食べる様子を見て、山岡も勝利を確信する。するとその直後に、不敵な笑みを浮かべた雄山が出した鮎の天ぷらを、京極が口に入れた瞬間。彼の目から大粒の涙が溢れ出た。大号泣しながら、「なんちゅうもんを食わせてくれたんや…」「これに比べると山岡さんの鮎はカスや」と感嘆したのだった。他の参加者は、唖然。どう考えても2つの鮎にそんな大差はないのだ。実は、雄山が振る舞った鮎は、京極の故郷である四万十川の鮎だったのだ。小さい頃から慣れ親しんだ懐かしい鮎を食べ、弱っていた京極は完全に元気を取り戻した。決着は一目瞭然。相手のルーツに寄り添う雄山に軍配が上がった。落胆する山岡に向かって雄山が叫ぶ。
「料理は人の心を感動させてはじめて芸術たり得る」「だが、おまえの今の心がけではどんな料理を作ったところで材料自慢、腕自慢の低俗な見せびらかし料理で終わるだろうっ!」
料理に限らず、あらゆる芸術は人の心でもってでしか、人の心を震わせることはできないのだ。
冒頭の話に戻ろう。高級フレンチがダメなわけではない。クリスマスイブに、お洒落に着飾った彼女を町の定食屋に連れて行ってはならない。逆に、部活帰りの食べ盛りの高校生に、キャビアを食わせてどうする。もてなしたい、喜ばせたい相手の心をよく知り、何を求めているのか、どんな気持ちにさせたいのか。それを履き違えては、ただのもてなし自慢、腕自慢となる。これは僕の生業である音楽にも通じると考えている。
僕はあらゆることを雄山から教えてもらった。冒頭の旦那さんが、料理の腕ばかりを磨くのではなく、いつか「美味しんぼ」を手に取ることを、強く願う。
【第3章】長年にわたる因縁のラストも「粋」に
山岡士郎と海原雄山。この親子の因縁には、1人の女性が深く関わっている。名は、とし子。山岡が若い頃に病気で亡くなった母であり、雄山の妻である。とし子の死をきっかけに、父子の関係は決定的に断絶した。山岡が母方の旧姓を名乗っているのもそういう事情だ。山岡が結婚しても、雄山が倒れても、決して2人が許し合うことはなかった。長年続く、この因縁の修復を願う周囲の人間の尽力もあり、とうとう2人は、過去の全てにケリをつけるべく、大勝負をすることとなる。テーマは、“どれだけ相手を喜ばせられるか”という双方には酷な内容だった。今まで秘めてきた本音を料理でぶつけ合う2人。息子は、母が亡くなったのは、芸術に全てを捧げ、妻を犠牲にした父のせいだと恨んでいる。父は、人のせいにして過去の苦しみから立ち直れない息子が愚かだと見下している。壮絶な戦いの中、父が動く。
雄山は、料理の中で妻・とし子への愛を初めて山岡に表現し、そして山岡に対して、「立ち向かってきた息子に対して父親が心を開くのは、その息子が父親を乗り越えたところを示したのみ」というメッセージを送る。それに対して、苦悩の末、山岡も料理で、かつて海原家3人には家族団欒があったことを認め、それが失われた悲しみを乗り越えるには、雄山を越えるしかない、というアンサーを返す。
激闘の末、結果は全員納得の引き分け。スッキリした顔になった山岡が仲間たちとワイワイ酒を呑んでいると、雄山の側近が来て、「先生がこれを士郎さんに」「このワインが飲み頃になったら飲もうとお伝えしろと…」と、1本のワインを渡す。戸惑う山岡に、仲間の1人が「何をしてるんだ。Petrusの12年物はもう飲み頃だよ」と叫ぶ。妻・ゆう子に手を引かれ、場を飛び出す山岡。そして次のシーンでは、山岡と雄山が向き合って座り、テーブルの上には1本のワインと、とし子の写真が置かれて……。僕は、今涙を必死に堪えながらこの文章をまとめ上げた。
山岡士郎と海原雄山。この時、コミックは102巻。連載開始から、24年の月日が経っていた。2人の電撃和解は、ネットニュースのトップに「山岡&海原、とうとう和解」と、まるで現実世界で起きた事件のように記事が出ていた。
スケールこそ全然違えど、僕も若かりし頃、父に反発したり、対立したこともあったため、初めてこの「和解のワイン」を読んだ時は、堪らなかった。20代までは、周囲から「父親と仲良いの?」と聞かれると決まって「今は『美味しんぼ』でいうと60巻ぐらいですかねぇ」とか答えていた。今は僕も30代を迎え、父を尊敬し、反発することもなくなり、先日、父親が初めて僕のライブを見に来た。バンドを始めてから17年目のことだった。
最近は「『美味しんぼ』で云うと、102巻ぐらいに仲良いです!」と答えるようになった。
当初、ナタリーさんから、「3ブロックで各200文字ずつ程度で」とお願いされていたが、書き始めたらこんなことになってしまった。大幅に超えてしまい、申し訳ありません。
年齢と共に、誰かに熱く何かを伝えたいことも、少しずつすり減っていると感じる今日この頃。未だに僕の心をこうも震わせてくれる漫画「美味しんぼ」と、原作・雁屋哲先生、作画・
古舘佑太郎(フルタチユウタロウ)
1991年4月5日生まれ、東京都出身。2008年に自身が率いるバンドTHE SALOVERSを結成。2010年にデビュー後「C'mon Dresden.」などを発表し、2015年に無期限活動停止を決める。同年秋にソロ活動を開始し、舞台、映画、ドラマ等で俳優として活躍。出演作に連続テレビ小説「ひよっこ」や映画「ナラタージュ」、主演映画「アイムクレイジー」など。2017年には新たなバンド・2(現:THE 2)をスタートさせた。2月2日には大阪・umeda TRAD、 2月22日には東京・Spotify O-EASTでワンマンライブ「THE 2」を開催する。
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「美味しんぼ」連載40周年を記念して、
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