配信サイト「アジアンドキュメンタリーズ」が投稿した予告編ツイートが反響を呼んでいる。ある投稿ではリツイート2.6万、8.8万いいねをマーク。ほかの投稿でも“万バズ”が起こっている。競合の配信サイトに比べればまだ知名度が高いとは言えないはずなのに、なぜこんなに注目されるのか? “ドキュメンタリー専門”をうたう、このサービスとはいったい? 疑問を持った映画ナタリーは、同サイトの発起人であり代表取締役社長・伴野智にインタビューを実施。
すると、アジアンドキュメンタリーズの裏側とともに、サイト設立につながる人生譚を聞き出すことができた。その豊かなエピソードぶりに、1万字以上に展開してしまったロングインタビューをお届けする。
取材・
目次
<アジアンドキュメンタリーズ編>
- サイト設立までの道のり──最初の1年は会員100人
- 「サンクチュアリ -聖域-」の配信タイミングを狙った「辛抱」
- ドキュメンタリーなんて絶対にもうからないからやめろ
- 「それAmazonでも観れますよ」と言われないために──独自の作品調達法
- 店主の気に入った本が並ぶ、小さな古書店のように
<伴野智の半生編>
- 滑り止めの男子校に入ったら、そこにはプールがなかったんですよ
- 藤原鎌足ってご存じですか?
- やっぱり映画の力ってすごい──阪神・淡路大震災で迎えた大きな分岐点
- 東京へ来て、東北新社という“よく知らない会社”に入る
- 松下電器の代表に電話したんです──映画「幸福のスイッチ」と田辺・弁慶映画祭の裏話
アジアンドキュメンタリーズとは…
「優れたアジアのドキュメンタリーを世界へ配信し、アジアでドキュメンタリー制作者ネットワークの構築をめざす」映像配信会社。2018年にサービスを開始し、アジア各国で作られたドキュメンタリー映画を中心にラインナップをそろえている。毎月ジャンル・テーマごとに複数本をまとめた特集を展開中。
全作品が見放題になるプラン「月額見放題」は月額税込990円、作品ごとの視聴は税込495円で楽しめる。サービス開始5周年を記念し、本日8月1日から6日に新規でプラン「月額見放題」に登録すると、当月分の料金が税込550円になるキャンペーンを実施中。
最初の1年は会員100人
──私がアジアンドキュメンタリーズを知ったのは、Twitterのタイムラインにプロモツイート(※有料広告のツイート)が流れてきたことがきっかけでした。最近の「ダック・アカデミー」のツイートは2.6万リツイート、8.8万いいねが付いていて、引用リツイートは2400件以上ありましたね。ドキュメンタリー専門の配信プラットフォームは珍しいと感じたのですが、アジアンドキュメンタリーズ設立までの経緯を教えていただけますか。
前職は(総合映像プロダクションの)東北新社の映像制作部門で、20年近くディレクター、プロデューサーとして劇場映画やテレビドラマ、ドキュメンタリー、企業映像、CMなどいろんな映像作品を手がけてきました。ある劇場映画を作っていたときに取引先の偉い人と僕が取っ組み合いの喧嘩をしてしまって(笑)、それで映画担当を外され、ドキュメンタリーの道へ。そこでドキュメンタリーを作り、またテレビドラマもやったりと、東北新社の中ではだんだん何屋かわからない人になっていきました(※詳しくはインタビュー後編にて)。そんな中、日本のドキュメンタリーを取り巻く環境が厳しいと気付き、何か自分にできることはないかと真剣に考え始めたんです。
──それは何歳頃のことでしょうか?
それが40歳くらいで、アジアンドキュメンタリーズは45歳のときに立ち上げました。2018年に設立したときは、僕はボランティアの編集長として参加し、衛星放送チャンネル「ヒストリーチャンネル」で当時プロデューサーをしていた八木沢洋美さんを口説いて社長をやってもらいました。僕は、その頃はまだ東北新社に在籍していたので、東北新社の仕事を終えてから、夜な夜なアジアンドキュメンタリーズの事務所に通い、編集長として“趣味”の延長で作品選びをやるといった生活が続きました。
──両立はけっこう大変だったのでは?
なので、この事務所が東北新社のそばにあるわけですね(笑)。今でもときどき古巣のビルを見上げながら、自分を育ててくださったことに、とても、とても感謝しています。とは言え、配信事業は思い描いたようにはうまくいかず。2020年9月からは、とうとう言い出しっぺの僕が責任を取ってサラリーマン生活とお別れし、背水の陣で社長に就任しました。僕が入ることで、映像制作の仕事も請け負いながら、配信事業を支えました。配信と制作の両輪作戦です。制作部門では、企業や自治体などから受注した映像制作の仕事をしています。それでなんとか配信の厳しい状態を乗り越えて、踏ん張り続けることができました。
──配信部門だけというのはまだ難しいですか?
配信事業をするには、たとえ会員数が少なくても配信システムを整えなければいけないし、毎月作品を買い付けなければなりません。それを翻訳して字幕を付けて、宣伝もしないといけない。僕たちは、本当に小さな小さな個人商店なんです。大きな資本があるわけでもなく、公庫さんや信用金庫さんからお金を借りて、細々と運営しています。配信の競合はU-NEXTさんやNetflixさんですが、そんな巨大企業とまともに闘えるわけもなく(笑)。最初の1年は会員がたった100人ですよ。砂漠をさまよう苦しみを味わいました。とめどなく、お金が出ていきました。全部自腹でした。
──とは言え100人を集めるのは苦労されたんじゃないですか?
大変でした。1カ月の加入者が5人とか(笑)。それでも「よし来月は10人入れよう!」といった、想像を絶するポジティブ思考で、一歩一歩成長してきました。
Netflixシリーズ「サンクチュアリ -聖域-」の配信タイミングを狙った「辛抱」
──2018年から始まってもう6年目になりますが、配信作の中で個人的に観てほしい作品はありますか?
「サラリーマン」、これは面白いです。コスタリカ人の女性監督が日本のサラリーマンたちを映した作品です。外国人の目から見ることによって、我々が当たり前だと思っていたことが「えっ? なんだっけ、この世界って」となる(笑)。こういう作品を観て、自分たちの日常について考えることがすごく大事だと思うのでぜひ。
クスッと笑えるものももちろんあって、インドのショートドキュメンタリー「コッコちゃんとパパ」も観てほしいですね。鶏を飼っている家の話で、「ペットってなんだ?」というテーマ。ほかにもインドを舞台にした「街角の盗電師」はうちのヒット作で、電気を盗む人の話。電気泥棒と電気会社が対決するストーリーですね。
──サイトには人気ランキングが載っていますが、大相撲界の若手力士を追った「辛抱」が1位に入っていました(※取材は6月12日に実施)。2009年制作でしたが、つい最近配信したんでしょうか? 10年以上前の作品ですし、ユーザーはどこに惹かれたのかな?と。
あれは、同じく相撲がテーマのNetflixシリーズ「サンクチュアリ -聖域-」と関係があるんです。「サンクチュアリ -聖域-」を観て「辛抱」を観るっていうお客さんがけっこういて、いい流れが来ていたんですよ(笑)。「辛抱」も外国人が撮った作品なので、サイト内で編成した特集「外国人から見た日本」の中で、「サラリーマン」とともに日本を再発見してもらう1本になりました。
──「サンクチュアリ -聖域-」が配信されるタイミングを狙っていたんですか?
狙いました。次は何が来るのかという流れを見て、特集テーマや作品を決めています。ここまで相互作用が起こるとは計算していなかったんですよ。世の中の出来事を見るという意味では、ウクライナで戦争が始まったときはウクライナのドキュメンタリーを出しました。またアフガニスタンが大変なことになっているときには今月中にできあがるかどうかギリギリというアフガニスタンの作品を配信しようとがんばったり。関心が集まっているタイミングに合わせて配信することを、うちではタイムリー編成と呼んでいます。
──おっしゃる通り、ドキュメンタリーは今自分が生きている時代とある程度近くないとつかみきれない部分もあると思うんです。なぜ2009年の「辛抱」を引っ張り出してきたんだろうと不思議だったんですが納得です。
ドキュメンタリーって新しいからいいというわけでもなくて。もちろん同時代的に今起きてることを感じることも必要だけど、そもそも普遍的なテーマを持っている作品も多いわけですよ。それに、古いものは記録としての価値がありますよね。ドキュメンタリーは歴史を記録しているわけですから、そういう意味では古ければ古いほうがいいというものも出てくる。それをうまく掘り起こして、タイミングを見計らいながら上手に出すことで、再発見してもらうってことですね。
「ドキュメンタリーなんて絶対にもうからないからやめろ」
──最初にもお話ししましたが、ドキュメンタリーだけを集めて配信するのはなかなか勇気がいるというか、大変そうだなと思うのですが……。
「ドキュメンタリーをビジネスにする」と業界の人たちに話したら、最初はみんなに反対されましたね。ドキュメンタリーなんて絶対にもうからないからやめろと言われて。実際、日本でドキュメンタリー専門で配信している会社ってなかなかないでしょ? わざわざドキュメンタリー専門とうたって、世界中から作品を買い付けて、ドキュメンタリーだけで動画配信サービスを展開しているのはうちだけだと思うんですよね。
僕らはドキュメンタリーを観たことがない人に向けて作品選びから何からやっています。「ドキュメンタリーなんて絶対に面白くないから観ない」「ドキュメンタリーに興味ない」という人を振り向かせようっていう考えなんです。
──振り向かせるという意味で言えば、プロモツイート施策はかなり好感触だったのではないでしょうか。プロモツイートは敬遠されてしまうこともあるので、こんなに反応があるのは珍しく感じました。ターゲットは映画好きな人ですか?
映画好きの方をターゲットにはしていないんです。社会問題に対して興味がある方や、国際的な視野を持っている方などですね。プロモツイートでは細かくターゲティングできるので、イランのドキュメンタリーのツイートなら、イランに興味がある人や国際交流に興味がある人に設定して。ドキュメンタリーを観るなんて普段考えたことのないような人たちに、「これなあに?」と純粋に興味を持ってもらいたいなと。ユーザー獲得の手応えはありますよ。
──そうなると、何万いいねが付く投稿がいくつも続いたのはうれしいでしょうね。
大成功ですね。日本人にはドキュメンタリーはつまらないものだとか、面白くないんじゃないかっていう先入観がありすぎる。日本のドキュメンタリーは、結局ヒットの型にはめるパターンが多いですよね。出ている人が自分の壁をどう乗り越えていくのかを観て、一緒に自分も乗り越えたような気分をちょっと味わって、終わったらすっきり。何も考えない、考えさせないんですよ。
でも僕らはドキュメンタリーってもっと考えさせるものだと思っているんですよね。人間、かっこいいところばかりじゃないでしょう。社会の現実や問題を知って、そこにどう向き合うのか考えるようなものが必要。ヒットの型にはまったドキュメンタリーだけじゃないよと気付かせるだけで、え!と驚く人が大勢いると思う。これはチャンスだと思って立ち上げたんです。
TBSラジオの「アフター6ジャンクション」で(ライムスターの)宇多丸さんが「アジアンドキュメンタリーズ面白いよね」と言ってくださって、僕もドキュメンタリーの紹介役でときどき呼んでいただいています。アジアンドキュメンタリーズをきっかけに、感度の高い人々がドキュメンタリーの面白さに気付き始めてくれている感じはあるんですよ。1年前からとか、それぐらいですね。
「それAmazonでも観れますよ」と言われちゃ意味がない
──配信作はどう仕入れているんでしょうか。
どういうふうにしていると思います?(笑)
──うーん……イメージですが、映画祭だったり、作品買い付けのマーケットに行ったりするのかなと思いますが……。
最初は日本の配給会社から作品を買っていたんです。でも日本の配給会社から作品を買うと、ほかの配信プラットフォームでも観られるものばかりになっちゃうんですよね。面白い作品だからと仕入れて宣伝しても、「それAmazon(Prime Video)でも観れますよ」ってわざわざツイートで書いてくれる人もいるから(笑)。
──親切すぎますね(笑)。
親切すぎるんですよ(笑)。それじゃ全然意味ないなと思って、独自に買いに行くことにしました。直接、気に入った作品のプロデューサーや監督をあの手この手で探し出して連絡するんです。
──地道ですね……。ネット上で予告編を探して観て、監督たちに「本編も観させてもらいたい」とお願いして?
もちろんです。そういうことを地道にやって月に6本以上配信しています。僕は最初に言ったように番組や映画を作っていたし、予告編の編集を担当していた時期もある。だから予告を観るのでも、作り手としての見方があるんですよね。こういう画があるんだな、じゃあこういうシーンも撮れているだろうな、こういう展開になるんだろうなというのがある程度見て取れるんです。
ドキュメンタリーは監督の名前や役者で魅せるものでもないので、テーマやそこに描かれている人がどれだけ深掘りできているか、きちんとしたクオリティになっているのかを見極めるのが重要で、1本1本ジャッジしていくことになります。
──予告編って大事ですね。それで伝えきれないと、誰からも声が掛からないってことですね。
そうです、適当に作っちゃ駄目です。でもまあ、うちで流す予告編は僕らが作り直すこともよくあります。ここに予告編作っていた人がいるから(笑)。作り直した予告をきっかけに大化けすることがあったりね。そういった感じで、硬派なものとわりととっつきやすいものを織り交ぜながら今は40カ国、だいたい300本の作品を配信しています。
店主の気に入った本がずらりと並んだ、街の小さな古書店のようにしたい
──たくさんの作品を観てきた伴野さんが今、一番興味を持っている分野はなんでしょうか?
日本とアジアの関わり方や、日本が将来どうなっていくのかに興味があります。アジアの中でも日本の存在感は消えてなくなりそうですよね。昔は海外に行っても「コンニチハ」と声を掛けられましたが、今は見る影もなくて。そういう中でどう日本が生き残るのかに非常に関心があって、その突破口の1つが教育だと思うんです。
だからドキュメンタリーが教育にどうやったら生かせるのかを考えています。アジアンドキュメンタリーズの作品に限ったことではなく、高校・大学でドキュメンタリーをもっと観てもらい、学校の先生や子供たちにはそのまなざしを世界に向けてもらいたい。もちろん家庭内でもそうあるべきかもしれない。「ドキュメンタリーって面白いよね」ということだけではなく、ドキュメンタリーの可能性が日本を救うかもしれないと考えています。小さな力でもいいから、日本の若い人たちの教育の役に立ちたいという気持ちがあるんです。
上映ではなく配信形式にしたのも、オンラインなら若い世代に観てもらえるのではないか、SNSでの宣伝であれば彼らにも届くのではないかと思ったからです。それに配信のほうが地域に偏りなく、いつでも自分の好きなタイミングで視聴してもらうことができます。視聴することへのハードルが圧倒的に下がるんです。ドキュメンタリーは知識量によって作品への理解度がまったく異なります。配信であれば、わからない場合は途中で止めて調べることもできる。それは教育にとってとても重要なことです。アジアンドキュメンタリーズは店主の気に入った本がずらりと並んだ、街の小さな古書店のようにしたいとサービス開始当時から思ってきました。ここにしかない貴重な本を手に取るように、ドキュメンタリーを観ていただきたいと思っています。
──ドキュメンタリーを世に広めること、役立てることへの熱い思いがよく伝わってきました。そもそもこの事業を始める最初のきっかけはどこにあったんでしょうか。例えば高校時代からの話でもかまいません。
そんな昔の話も?(笑)
──ドキュメンタリーとの出会いといったところでしょうか。
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