「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」キューバシーンのセットより大島遥。

国境を越えて活躍する日本人 第5回 [バックナンバー]

大島遥:オリンピックを目指していた少女が、のちにスタントパフォーマーとしてイギリスへ渡り、「ワイスピ」「007」に参加するまで

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シャーリーズ・セロン「私がレコメンドレター書こうか?」

──その後は仕事のオファーが続々と来るようになったんですか?

先ほど話したように、カナダでは230件メールを送って返信は1件だったのですが、イギリスでは10件以上来ました。ただのマナーかもしれませんが、それだけでイギリスが好きになりましたね(笑)。ドラマ「ウォーキング・デッド」のスタントコーディネーターだった方は「僕はもう引退しているから息子に送っておくね」と言ってくれたりもして。「007」以外にも、ジェシカ・チャステインやペネロペ・クルスが出演した「355」と、「ワイルド・スピード/ジェットブレイク」の仕事をいただくことができました。

「ワイルド・スピード/ジェットブレイク」の撮影に参加した大島遥。

「ワイルド・スピード/ジェットブレイク」の撮影に参加した大島遥。

──突如として大作のオファーが舞い込んできたんですね。

オーディションに行って全部受かったのもびっくりでした。「355」には、「ミッション:インポッシブル/フォールアウト」のトイレのシーンでトム・クルーズ、ヘンリー・カヴィルと戦っていたリャン・ヤンさんがファイトコレオグラファーとして参加していて、オーディションのときに「こんなにうまいスタントパフォーマーはイギリスで見たことがない。君はこれから死ぬほど忙しくなるよ」と言ってくれました。

──そして実際に多忙な毎日を送ることになったと。

ラッキーとしか言いようがないんですけど、ありがたいことにそうですね。スケジュール都合で参加できないことも多く、「スター・ウォーズ」作品を泣く泣く断ったことがありました。

──ただ、そうやって仕事を得られるようになった一方で、ワーキングホリデービザの期限は2年という制約があります。ビザの問題はどのようにして解決したのでしょうか?

これはイギリスに来てから一番驚いた出来事なんですが、シャーリーズ・セロンが主演するNetflixの「オールド・ガード」にスタントで参加したときに起きました。私はクインを演じたベロニカ・グゥのスタントダブルだったのですが、撮影期間は1週間で、その内3日間はシャーリーズも現場にいて。確かビザの期間は残り半年しかなくて、日本から来た人がいるぞということでスタント業界で名前が広がっていたので、スタントのみんなはなんとなく私の置かれた状況を知っていたんです。「オールド・ガード」には馬に特化したスタントチームがあって、そのトップの女性と「ビザが切れちゃうけどイギリスにいたい。観光ビザや学生ビザで帰ってくる手はあるけど、仕事ができない。取るのは難しいと聞くけど、働くことができるグローバルタレントビザに申請してみようかな」みたいな話をしていたら、彼女の後ろに立っていたシャーリーズが急に「私がレコメンドレター書こうか?」と入ってきたんですよ。「え!? 本当に?」と聞いたら、「グローバルタレントビザでしょ? レコメンドレターが必要じゃない。あとで私のマネージャーに話しておいて」と言って、スッといなくなったんです。まだ「よろしくお願いします」くらいしか言葉を交わしていない状態だったので、友達にこういうことが起きたんだけどあり得る?と聞いたら、「忘れられる前に今すぐマネージャーのところに行って連絡先を聞いてこい」と怒られました(笑)。正直私はハリウッドスターがいい感じに対応してくれただけだろうと思っていたんですが、マネージャーさんのほうから「あなたの話をシャーリーズから聞いたよ。これが僕の連絡先だから必要なものがあったら教えて」と言ってくれて……「嘘やん!」と、信じられない気持ちでした。

──めちゃめちゃいい話ですね……!

しかもシャーリーズは撮影最終日に私のところに来て、「マネージャーの連絡先もらった?」と確認までしてくれたんです。実際にマネージャーさんとやり取りをして、私がいかに有能かを書いたレターを送ってくれました。シャーリーズは俳優でありながらプロデューサーで、彼女が持ってきている映画がたくさんあり、それはイギリスにとっても得なんですよ。税金を払ってもらえるし。だからプロデューサーとしてレコメンドレターを書いてくれて、それはすごく効力がある。グローバルタレントビザを取得するのは本当に難しくて、そのレターがあっても2回はリジェクトされたんですが、3回目で取ることができました。

「オールド・ガード」ロケ地・モロッコでの大島遥(下)。

「オールド・ガード」ロケ地・モロッコでの大島遥(下)。

「オールド・ガード」の撮影に参加した大島遥(右)。

「オールド・ガード」の撮影に参加した大島遥(右)。

──そのビザを持っていると何年イギリスにいられるんですか?

最長で5年です。しかも知り合いに聞いたら、私は来年には永住権を申請できるみたいで、それが下りればずっといられます。

──すごく強いビザを手に入れたんですね。

リーサルウェポンをゲットしました!

喧嘩が弱い優れたスタントパフォーマーはたくさんいる

──ここまでは大島さんの経歴をたどってきましたが、スタントについても話を伺いたいと思います。大島さんが考える、スタントパフォーマーに必要なものってなんですか?

まずスタントは特殊技能だということです。演技ができないとスタントパフォーマーにはなれないと思います。具体的に言うと、いかに速く見せるか、いかに痛そうに見せるかみたいなことは、顔や体の動き1つで表現することも可能で、武術のチャンピオンやオリンピックのメダリストだからと言ってスタントができるわけではない。逆に言えば、喧嘩が弱い優れたスタントパフォーマーはたくさんいると思います。ジャッキー・チェンのように本当に痛いことをやりながら撮影している人もいますけど、同じシーンを10、20回撮らないといけない現場でそれをやっていたら、普通は体が壊れちゃいます。

──映画の中のファイトであって、実際のファイトとは全然違うということですね。

そうです。なので先ほど話したイギリスのユニオンのことで言うと、フィジカルテストの合格に必要なスタント能力が撮影で使われることは稀なんじゃないかという問題があって。年間60本潜って、人に教えられるレベルのスキューバダイビングのスキルが、現場で使えるスタントパフォーマーになるのに本当に必要なのか?みたいな話です。結局その都度スキューバやドライビングのプロを別で呼んでいて撮影で使うことがほとんどないので、ユニオンに加入している人が「もうどうやるか忘れてあんなレベルの高いことできないよ」と言っていたり。私は反ユニオンというわけではないんですが、撮影現場でそういう人に会うこともあって、ユニオンに入っていないと仕事がしづらいというのは長年の論争になっていますね。ユニオンに入っている人しか絶対に雇わない方もいますし、イギリスでは加入してないとスタントコーディネーターになれないんです。

──大島さんは今もユニオンに入ろうとしている?

日本人初の加入者になりたいと思ってがんばってはいます。ただトレーニングする時間はあるけどお金はない、トレーニングするお金はあるけど時間はないというのを繰り返していて、今はユニオンのことを気にしない人から仕事をもらっている感じです。

──日本とイギリスで撮影現場の環境に違いはありますか?

私がこっちで仕事ができている理由として今まで培ってきたものが評価されているという面はあると思いますが、正直イギリスのスタントの全体レベルは高くなくて、限られたトップの方だけがずば抜けている。日本や中国のほうが全体のレベルは段違いに優秀だと思います。その理由には撮影現場のシステムの違いがあると思っていて、日本では下手な新人時代にもわりと現場に出させていただけるタイミングがあります。口の悪い先輩はいますけど(笑)、面倒は見てくれるという。でもイギリスでは面倒を見てくれる人がいなくて、現場に出たらプロとしてこなさないといけない。だからユニオンに入って3年が経つけど、マットの引き方やハーネスの着け方がわからない人がごろごろいます。「やったことないです」「じゃああなたはいいや」という新人が学びづらい状況で、実力のある人たちばかりが選ばれてしまうのはどうなんだろうと感じることはありますね。

安住の地はアメリカではなくイギリスだった

──まだ公開されていない作品で言うと、マシュー・ヴォーン監督の「Argylle(原題)」、「アクアマン」の続編「Aquaman and the Lost Kingdom(原題)」「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」などにスタントとして参加されています。今後仕事をしてみたい人や作品はありますか?

正直タイトルにはあまり興味がなくて、尊敬できる人たちと仕事をしていきたいです。参加することで話題になるとわかっていたとしても、感じの悪い人とは仕事をしたくない。それは仕事上の協力や結託、安全面にもつながります。何より、一緒に現場にいると腹が立つので(笑)。自分が尊敬しているスタントコーディネーターの小さな作品と、嫌いなスタントコーディネーターの大きな作品のスケジュールがかぶっていたら、私は迷うことなく前者を選びます。空いていればもちろん喜んで両方お手伝いさせていただくようにしていますが、映画のタイトルだけで仕事を選ぶのは悲しいですよね。現場に尊敬できる人がいる、クルー全員仲が良くてみんなでやりきったみたいな撮影こそ、大切な思い出になったりしますし。

──人を重視しているんですね。

例えば、私がアジア人だから起用したいという考えの人より、「君にファイターとして参加してほしい」と言ってくれる人と仕事がしたいです。自分の技術を認めてくれる人との撮影はやっぱり楽しいので。

──素敵な考え方だと思います。最後に、アメリカで活躍したいという思いは今もお持ちですか?

それがなくなっちゃったんですよ。なぜだろうとその理由を考えてみると、イギリスが本当に自分に合っているからだと思います。小さい頃からアメリカに行きたいと言っていたのは、この業界のトップはハリウッドに住んで働くことだと勘違いしていたのと、日本に窮屈さを感じていた自分が安住できる場所を求めていたということもあるのかなと。もともとはイギリスに対して寒いとか鬱になりやすそうとかネガティブな印象しかなかったんですけど、2018年に到着した日から今まで、嫌な思い出や悔しい経験はたくさんありつつも、嫌いだと思ったことが1日もないんです。本当はアメリカがよかったのにイギリスで妥協したと思われるのは嫌で、そんな話をこっちですると「人がどう思っているかなんてどうでもよくない?」とみんなに言われて、またイギリスを好きになる(笑)。日本人ってどれだけ美人なパートナーを連れているとか、どれだけいい会社で働いているとかをすごく気にするじゃないですか。私も気にしてたし、人と比べて自分の悪いところばかりを見ていた。

──それがイギリスに行って変わったんですね。

こっちの人って結婚するとかしないとか、有名な会社で働いているとかいないとか、まったく気にしないんです。日本にいるときは「そろそろ30歳だから結婚を考えなきゃ」「定職に就かないと」みたいなことを当たり前のこととして考えていましたが、イギリス人に言うと「なんで?」って。そう言われると、確かになんでだったんだろうと。「しわ? めちゃめちゃハッピーに生きてる証じゃん」みたいな。小さいことの積み重ねかもしれないですけど、私はすごく生きやすくなりました。映画の仕事に関しても、プロダクションはハリウッドにあるけど撮影地はイギリスというパターンは多くて、参加している作品の撮影地が連続してイギリスで、ずっとアメリカに帰っていないアメリカ人もいます。ハリウッド映画の仕事をイギリスでできて、波長も合うということを考えたときに、アメリカに住みたいという気持ちはまったくなくなってしまったんです。

──子供の頃は自分がありのままに生きられる場所はアメリカだと思っていたけど、実はイギリスだったと。

将来のことはわからないものですよね。ただイギリス人は自由すぎて話を聞かないところがあるので、好き嫌いははっきり分かれる気がします(笑)。長期滞在ではなく、まずは旅行で雰囲気を味わってみることをお勧めします。

大島遥(オオシマハルカ)

大島遥

大島遥

スタントパフォーマー、女優、ファイトコレオグラファー。日本で技術を学んだのち、「無限の住人」やドラマ「精霊の守り人」シリーズに参加。2018年にイギリスに拠点を移した。近年は「ワイルド・スピード/ジェットブレイク」「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」などに参加。公開を控える「Argylle(原題)」「Aquaman and the Lost Kingdom(原題)」「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」にも携わっている。

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