大九明子(上段)、深田晃司(下段)。

映画の制作現場からハラスメントについて考える | 大九明子×深田晃司 対談

健全な労働環境へ、現状打破を目指す2人の監督としてのあり方

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日本の映画業界はそもそも人間にとって働きづらい

大九 深田くんの話を聞いていて、ハラスメントの講習は自分の組でもやっていきたいなと思いました。どれくらいお金が掛かるんですか?

深田 専門家の方を呼ぶ人件費と、場合によっては会場を借りなくてはいけないのでその費用です。韓国では韓国映画振興委員会(KOFIC)がその経費を出していて。法律で義務化されているわけではないんですが、ハラスメントが起きたときの社会の目が日本よりも厳しく、映画が撮れなくなったり公開できなくなったりする可能性があるので、韓国の現場の大半で行われているそうです。あとはパワハラ、セクハラ、異常な長時間労働に関する匿名の通報制度があって、情報が入ると現場に視察が入り撮影が止まってしまうリスクがある。韓国は日本よりも進んでいます。

大九 なるほどー。私は2019年10月に「甘いお酒でうがい」で台湾の高雄映画祭にお招きいただいたとき、企画内容と合わせて予算を伝えたら、「何日で撮ったんですか?」とびっくりした顔で聞かれて。撮休日入れて10日間と言ったら「それは違法ではないんですか?」と。短い日数で撮ったことを嬉々として話している自分がめちゃめちゃ恥ずかしくなってきて……台湾を見習って労働面の問題を改善できるようがんばっていきたいと答えました。監督は横のつながりが少なく自分の組のことしかわかってないことが多いので、国境を越えて映画の制作者と話し、そこで学んだことを現場に持ち帰るのは効果的だと思います。

深田 僕が台湾に行ったときは、日本映画やアニメが好きで日本語を話せる台湾の学生にアテンドしていただいて。台湾の映画業界についてここぞとばかりに質問したんですが、最低でも6週間くらい撮影期間を取るなど、全部日本よりちゃんとしているんです。セクハラは台湾でも多いらしいんですがそれは問題になっていて、一方で現場で殴ったり怒鳴ったりは見たことがないと。日本の現状をそのまま話したら、どんどん失望していくのがわかるんですよ。すごいなと思ったのは、例えば「助成金ってどうなってるの?」と質問したら、彼女はきちんと答えられるんです。国から製作費の何%まではもらえて、残りはこういった機関から集めて、撮影はこのくらいの日数でやるのが基本で、当然撮影保険にも入りますみたいな。それを全部映画学校で教わっているんです。でも日本の学生に助成金の質問をしても答えられない方は多いと思います。自分も学生時代そうでした。個々の意識を変えていくためには自助努力では限界があるので、ちゃんと制度を整えたうえでそれを映画学校で教えていくべきですよね、本来は。映画制作にあたっての抽象的な美学だけではなく、お金を集める方法や撮影保険の入り方など、実用的なことを教える環境を整えていかなければいけない。

2019年の台北金馬影展に出席した深田晃司。

2019年の台北金馬影展に出席した深田晃司。

──第72回カンヌ映画祭でパルムドールを受賞し、第92回アカデミー賞で作品賞を含む4冠に輝いたポン・ジュノの監督作「パラサイト 半地下の家族」では、週最大52時間の労働時間や最低賃金を保障する契約がスタッフと結ばれていたそうです。長時間労働と作品のクオリティの関係についてはどうお考えですか?

深田 自分がよく意識するのは、ハラスメントを含めた現場の労働問題と作品のクオリティの問題は切り離すということです。みんながちゃんと寝ていたほうが頭も冴えるし事故も起きにくいのは間違いないと思いますが、映画の神様は気まぐれなので、超劣悪な現場から世界的な傑作が生まれちゃったりもするんですよね。だからまっとうな労働環境のご褒美にクオリティがあるとしてしまうと、映画の面白さを劣悪な環境の免罪符にしてしまうことになります。あるベテランの映画監督が「3日くらい寝ないと見えてくる世界がある」みたいなことをインタビューで語っているのを読んだことがあって、「うわ……すごいな」と。

大九 すごいですねそれ。すごいというのはもちろんバカにして言ってるわけですけど(笑)。巻き込まれるスタッフがお気の毒だし、そんなの1人で寝ないでやればいいのにと思います。

深田 仮に朝まで撮影すれば撮りたいカットが十分に撮れて俳優の演技もよくなるかもしれないという状況だったとして、そこで徹夜をして得られる成果はドーピングだと思うようにしてます。クオリティは上がったとしても、それは本来得てはいけない不正な結果と言うか。そうは言ってもフランスや韓国と比べると自分も全然長い時間撮影をしてしまっているのですみませんという思いなんですが、遅くとも夜10時までには撮影を終わらせることをルールにしています。片付けや次の日の準備を考えると、夜10時を過ぎてしまうと帰れなくなるスタッフも出てくるので。これでもギリギリの遅さです。

大九 私もなるべく早く終わらせることは意識していますが、予算の都合もあって、「この日は帰れない」という無茶なスケジュールが組まれていたことはあります。朝日が昇るシーンを撮ったあと解散して、13時にまた集合みたいな。私が撮りたいカットと予算が合致していないということだと思うんですが、そこは合致させて撮影しなければいけないなと。睡眠時間を確保して労働することは、映画人である前に人間としての基本的人権ですし、守っていかなければならないなと思います。

深田 基本的人権という意識は本当に大事で、今の日本の映画業界って女性が働きづらいだけでなく、そもそも人間にとって働きづらい環境なんです。2日間徹夜なんて誰にとっても不幸ですよね。そして男性よりも体力的に不利な場合の多い女性のほうが辞めていってしまうという。まずは人間が働きやすい環境を整えたうえで、それに加えてさらにジェンダー差別下にある女性の働きやすさを改善していかなければいけなくて、つまり日本の映画業界はスタートラインにさえ立てていないんです。あと若い監督さんに気を付けてほしいと思うのは、監督として現場に入ると撮影に必死になるので、疲れなくなるし、眠くなくなるし、おなかも空かなくなるということ。自分はこれを「ディレクターズハイ」と呼んでますが、周りのスタッフは疲弊しきっている可能性が高い。スタッフは、監督のやりたいことをやらせてあげたいと思っていることが多いので、監督がOKと言わない限り深夜まで撮影は続きます。なので、監督は周りのスタッフがどういう状態にあるのかに目を向けてください。もちろん監督の努力だけで解決する問題ではなく、助成金含めて支援の仕組みが必要です。そうしないと結局は資本力のある映画会社しか映画を作れなくなってしまうので。

被害者がいかに不利益を被らないかを考えなければいけない

──大九監督に伺いたいのですが、女性の映画監督ということを理由にオファーが来た経験はありますか? 「女性ならではの繊細な表現」といった映画の感想を目にすることもあると思いますが、どうお考えでしょうか?

大九 昔はよく「女性監督にお願いしたかった」と言われて、「この人は女というだけで個性だと思ってるんだ。ラッキー」くらいに思っていたんですが、本数を重ねてくると何言ってるんだろうという気持ちになってきました。最近はそんなことをおっしゃるプロデューサーはいませんが。「女性ならではの視点で描かれている」という感想については、憤りや怒りはないです。女であることを意識して映画を作っているわけではありませんが、私自身は女としての人生しか歩んでいないので、観た人がそう感じることもあるのだろうなと。映画を観て論ずることを仕事としている方がそういう感想を書いていたら、「まだそんなこと言ってるんだ」と思うかもしれませんが(笑)。例えば海外の映画祭で日本の映画が上映されたときに「日本人的な感覚」「東京を感じます」といった表現が使われることもあるわけで。それと同じような感想として捉えています。

深田 批評も感想も自由なので、観た方がそう感じたのであれば僕もそれでいいと思っています。ただ、女性と男性の監督の数が同じだったらそういう批評って減るだろうなと。「男性ならではの」という感想があまり出ないのは、監督が男性であることが当たり前になってしまっていて感想として成り立たないからですよね。海外だと日本映画はマイノリティだから個性に見えてくる。これはあらゆることに通じていて、同性愛のキャラクターを出すと「なぜこの人物は同性愛者なんですか?」という質問が出てくるんです。でも「なぜこの男性と女性は恋愛をしてるんですか?」という質問は出ません。今後、同性愛が社会にとってもっと当たり前な存在になればそういう質問は減っていくし、映画監督としてはコツコツ表現を重ねてそんな社会を目指していきたいと思っています。

大九 深田くんのように、こういった話を積極的に発信している監督のことは本当に尊敬しています。私はSNSで意思表示をすることが得意ではありませんが、映画のイベントでスピーチのタイミングがあるときは映画人の端くれとして意見を言うようにしていて。ミニシアターでのハラスメント事件などが発生している中、映画監督が何も知らないかのような顔でいるのはすごく違和感があるので、第33回東京国際映画祭では思っていることをお伝えしました(参照:のん「私をくいとめて」で演じる楽しさ再確認、女優業は「自分の生きる術」)。しゃべるのが下手であるとか、芸術家として物を作ることが仕事だと考えているとか、それぞれ事情はあると思いますが、オフィシャルな場で問題から目を背けたことしか言わないのは監督として何かが足りてないと感じます。業界にたくさん先輩がいる中ですごいことを言っちゃってるかもしれませんが……足りてない気がします! 監督という職業を背負っている限りは、苦手だとしてもがんばって言っていこうと思っています。

第33回東京国際映画祭の会見に出席した大九明子。(c)2020 TIFF

第33回東京国際映画祭の会見に出席した大九明子。(c)2020 TIFF

深田 (拍手)。人や仕事との関係性もあるので何を言って何を言わないのかは難しいですが、しつこく発言していかないと環境は思っている以上に変わっていかない。フランスの映画祭で賞をいただいたとき、ここぞとばかりに日本とフランスが合作協定を結べていないことについて話したことがあります。早口すぎて通訳が間に合わず、みんなポカーンとしていましたが(笑)。東京国際映画祭での大九さんは本当にかっこよかったです。

大九 うれしい。ありがとうございます。

深田 ハラスメントのいろいろな問題と向き合ってきて思うのは、被害者がいかにその後不利益を被らないかを考えなければいけないということ。加害者の人権は大切ですし、ネットリンチは絶対ダメですが、しかし加害者に知名度や社会的地位があると、世間の批判は可視化されやすくて、被害者が失ったものよりも加害者が失ったもののほうがより大きく見えやすくなる。だからこそ被害者の保護を考えなければいけないんです。ハラスメントを受け業界に失望して辞めていった人がたくさんいる中で、その方たちが戻りたいと思える環境に今もまだなっていないことはすごく残念だなと感じます。

──今日お話を聞いていて、お二方とも監督という権力のあるポジションにすごく自覚的なんだなと思いました。「私をくいとめて」ではお茶出しをするみつ子に多田と澤田がお礼を言う寄りのカットが使われていて、「本気のしるし」では浮世がとにかく周囲の人に謝っていますが、大九さんは「ありがとう」、深田さんは「すみません」が口癖であることとつながっているのかなと想像してしまいました。

大九 あははは。どうなんだろう?(笑)

深田 浮世にイライラするという感想を見て、自分もそう思われているのかなと思ったりはしました(笑)。自己弁護のために言うと、「ありがとう」も言いますからね。「すみません」は多いですけど。

大九明子(オオクアキコ)

1968年10月8日生まれ、神奈川県出身。1997年に映画美学校第1期生に。1999年、「意外と死なない」で映画監督デビューした。以降「恋するマドリ」「ただいま、ジャクリーン」「でーれーガールズ」「美人が婚活してみたら」「甘いお酒でうがい」などを手がける。2017年公開作「勝手にふるえてろ」で東京国際映画祭の観客賞を獲得。2020年公開作「私をくいとめて」で東京国際映画祭初2度目の観客賞と、第30回日本映画批評家大賞の監督賞を受賞した。

深田晃司(フカダコウジ)

1980年1月5日生まれ、東京都出身。1999年に映画美学校に第3期生として入学。2005年に劇団・青年団に演出部として入団し、その後「ざくろ屋敷 バルザック『人間喜劇』より」「東京人間喜劇」「歓待」「ほとりの朔子」などの作品を発表する。2016年公開の「淵に立つ」では、第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門の審査員賞を受賞。新作の「本気のしるし 劇場版」は第73回カンヌ国際映画祭の「Official Selection 2020」に選出された。

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