「八佰」ビジュアル

コロナ禍で変わりゆく映画業界(中国編)

178日間の映画館休業から史上初の興収世界1位へ、データが語る復活劇

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新型コロナウイルスの流行によって、世界が一変してしまった2020年。劇場は一時休業を余儀なくされ、多くの作品が公開延期となり、制作現場がストップするなど、日本の映画業界は年が明けた今も現在進行形で苦渋を味わっている。

日本に比べてはるかに市場が大きく、新型コロナウイルスによる被害も大きかったアメリカと中国の映画業界は、今回の苦境にどう立ち向かったのか? このコラムでは2回にわたって、両国が直面した試練と今後の動向を解説していく。第2回となる中国編は、上海国際映画祭のプログラミングアドバイザーや日本映画プロフェッショナル大賞選考委員のほか、Web番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデュースも担当する中国人ジャーナリストの徐昊辰が担当する。

(※1億中国元=約16億円 / 2021年1月13日時点)

/ 徐昊辰

データでわかる2020年の中国映画市場

年間興行収入は204億1700万元(約3273億円)。2020年、中国映画市場は北米を超え、初めて世界最大の映画市場となった。新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化し、世は乱世となり、個人も、企業も大きなダメージを受けている。もちろん、映画業界も同じ。2020年の北米興行収入は前年度の約2割しかない。全世界における映画興行収入も、前年度から約72%減となった。このような状況で、新型コロナウイルスの影響から早い段階で復活した中国映画市場は初めて世界トップに立ったが、興行収入自体は前年度の3割。実際課題は山積みだが、少しだけ前を向いて歩き出した。

2020年12月31日、中国映画市場の年間興行収入は無事に200億元を超え、業界は非常に盛り上がった。思えば、2020年1月24日から7月19日まで178日間にわたって映画館が営業休止。上半期の興行収入はたったの22億4200万元。当時ここまで順調に回復するとは、誰も予想していなかった。まず、2020年中国映画市場のビッグデータから見てみよう。年間興行収入は204億2000万元であり、その内180億6100万元は7月20日に映画館が再開されて以降のデータだ。全体的に見ると、2019年と比較して68%減、2018年と比べても67%減となっている。7月20日以後のデータだけを見ても、2019年同時期の興行収入と比べたら39%減である。

年間動員数は5億4800万人で、前年比68%減。年間上映回数は5657万回で56%減だが、新型コロナウイルスの状況がほぼ落ち着いたことにより、12月には映画館の上映回数や動員数、興行収入はほぼ2019年の水準に並んだ。そもそも7月20日に劇場が営業再開した時点では着席率30%の制限付きだったため、なかなか客が入っていなかった。8月14日に着席率50%まで調整され、8月21日でようやく221日ぶりに1日の興行収入が1億元を超えた。その後、中国の七夕である8月25日には1日の興収が5億元を超え動員数は約1419万人に。映画市場もそこから復活し始めた。10月1日の国慶節初日だけで興収7億元を稼ぎ、10月3日に年間興収100億元を突破。最終的に200億元を超えて、初めて世界一の年間興行収入を記録した。

コロナ直撃、178日間の映画館営業休止

「Lost in Russia(英題)」ビジュアル

「Lost in Russia(英題)」ビジュアル

もう遠い昔のような感じだが、2019年末から中国の湖北省武漢市を中心に蔓延し始めた新型コロナウイルスは、中国の旧正月を直撃し、社会全体が大きなダメージを受けた。特に映画業界で“史上最強の旧正月”と言われていた2020年旧正月は、妻夫木聡、長澤まさみが出演した国民的シリーズ第3作「唐人街探案3(原題)」をはじめ、7本の話題作が上映される予定だった。だが、新型コロナウイルスの影響で、中国全土すべての映画館は1月24日から営業休止に。すべての作品が上映延期となった。2019年の旧正月期間には約58億元を記録した興行収入が2020年はほぼゼロになったことで、映画業界が激震した。その中でも、旧正月映画の1本であるシュー・ジェン監督の最新作「Lost in Russia(英題)」は、早々に配信サイト・西瓜動画と契約。1月25日(旧正月の元日)から無料配信されたことは業界内で大きな話題を呼び、商売上手と称賛されたと同時に、映画館のオーナーたちから「許さない!」と激怒された。

そこから178日間の長い休館の日々が始まった。コロナが収束した3月下旬、試験的にごく一部の映画館が営業を再開したが、すぐに政府から営業停止を命じられた。休館中に多くの映画関連会社が経営困難に陥り、約3200社が倒産。さらに6月上旬、中国の大手映画会社・博納影業の副総裁・黄巍が飛び降り自殺したことで、業界全体に絶望感が漂っていた。そのとき国から映画業界への支援はそれほどなく、マスコミや有名人は支援の呼びかけなどを行ったが、やはり限界があり、耐えられない人や企業が多かった。そして、やっと7月20日、劇場再開の日が来たのだ。

「八佰」の大ヒットには“世界一”以上の功績がある

中国の電影局が7月16日に「感染予防措置が実施されている前提での映画館の再開について」という通達を出し、7月20日に政府が指定した感染リスクの低いエリアでは映画館の営業が可能となった。ただし「上映の着席率は30%以下」「上映回数を半減」「チケット販売はすべてオンライン販売」「1回の上映時間は2時間以内」など厳しい条件付きだ。急に再開が決まったこともあり新作や話題作が少なかったため、再開から2~3週間の興行収入は悲惨で、例年の1割しかなかった。

そんな中、ある作品の登場がすべてを変えた。それは、大手映画会社・華誼兄弟が製作費約80億円を投じて20万平米のオープンセットを作り、戦場を再現するため200mの川までも作り上げた「八佰」である。もともと2019年上海国際映画祭のオープニング作品であり、同年7月5日公開予定だった本作だが、中華人民共和国誕生70周年で検閲が厳しくなったことで、直前に上映中止を宣告された。配給の華誼兄弟はこの件で、2019年の業績は史上最大の危機に陥っていたが、2020年に無事に検閲を通し、映画館再開後のややリスクのあるタイミングで上映を決めた。8月21日の封切り前に異例にも何十回もの先行上映が行われ、反響はとてもよかった。日中戦争を題材にした作品なので観客は感情移入しやすく、口コミは一気に広まり、映画館は完全に復活した。31億1000万元を記録した「八佰」は、2020年世界興行収入1位の栄冠に輝いただけでなく、「映画館は大丈夫だ!」「映画はやはり面白い」という強いメッセージを世に伝え、中国映画市場復活の起爆剤になったと言えるだろう。

映画館再開直後、上海国際映画祭のフィジカル開催

映画館が再開できないことで、映画祭ももちろん開催不可能ということになっている。中国では、3月に香港国際映画祭、4月に北京国際映画祭、そして6月に上海国際映画祭と、メインの映画祭はほぼ上半期に開催される。ただ2020年は新型コロナウイルスの影響で、香港国際映画祭と北京国際映画祭は、早い段階で延期が発表された。予定通り6月の開催を目指していた上海国際映画祭も、新型コロナウィルスの厳しい状況により4月上旬に延期を発表した。とはいえ映画祭は国際交流や映画文化の推進など、さまざまな役割を果たしている重要イベント。映画祭を通して業界を復活させたいという映画人の思いもあり、運営側は政府の政策に随時対応できるように準備を整えていた。

上海国際映画祭の様子。

上海国際映画祭の様子。

上海国際映画祭の様子。

上海国際映画祭の様子。

2020年はコロナの影響で、多くの映画祭がオンライン開催に変更した。だが中国の検閲システムは複雑で、オンライン開催の場合は検閲ルートも変わるため、すべて一からやり直さないといけない。さらに映像流出の可能性があることで出品NGなどの問題も出てくるので、上海国際映画祭の運営側は最初からフィジカル開催しか考えていなかった。私は2020年から上海国際映画祭のプログラミング・アドバイザーに就任し、いきなりこのような今までにない状況を経験した。今回、上海国際映画祭を映画館再開5日後に開催できたのは映画祭運営委員会の力だろう。検温体制、感染者の追跡などコロナ対策は準備万全。海外ゲストの来場は叶わずとも、是枝裕和や河瀬直美のオンラインマスタークラスのイベントを企画するなど、できることをすべてやり切った。確かに映画祭ならではの上映後の交流などは実現できなかったので寂しさも感じたが、無事に322本の作品、1146回の上映を完走できたことで、それ以後の映画祭開催に道を開けた。

世界1位になったあとの中国映画市場はどうなっていくか

旧正月休暇以外、毎年10月1日からの7日までの国慶節大型連休も映画業界では、かなり期待されている。2020年の国慶節興行収入は、動員が約9959万人、興行収入は約39億5000万元で、2019年の50億5000万元に続き、歴代2位の好成績である。業界内でも「映画市場は完全に復活だ」と喜びの声が上がっている。実際はどうだろう。中国本土の話題作や大作は、だいたい旧正月や国慶節、もしくは年末年始の休暇などで上映されることが多い。それ以外の時期では、通常中規模の国内映画やハリウッド映画が入っているが、2020年はハリウッド大作がほぼ上映延期となり、話題が呼べる作品は例年より少なかった。この現象は国慶節大型連休が終わった10月下旬から特に顕著化していた。国慶節では、2019年と比べて約8割まで回復できたが、その後は6割弱に止まっている。やはり、ハリウッド大作の不在が大きいと思われる。

2020年の中国映画市場では、海外映画はほぼ全滅状態で、5億元を超える作品は1本もない。業界に非常に期待されていた「TENET テネット」も難解な内容で、結局4億5000万元という物足りない数字で終わった。また中国を舞台にした「ムーラン」は海賊版の流出とひどい口コミで、2億7800万元という寂しい結果を残した。中国の多くのメディアは「世界一の映画市場になったが、まだ“ハリウッド映画なし”の状態で自国映画だけで成り立つ状況ではなかった」と報道している。やはり、世界の映画市場におけるハリウッド映画の重要性を改めて感じた。これは簡単に解決できる課題ではないが、常に予測不可能の中国映画市場はどうなっていくのか。2021年はさらに期待したいと思っている。

※河瀬直美の瀬は旧字体が正式表記
(写真提供:新浪)
(データ参照元:猫眼)

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