超絶画力を、ぶっとんだ描写に惜しげもなく注ぎ込んで
唐木 もうひとつ、この「孤高の人」に欠かせない要素として、突然現実の風景から遊離した、ぶっとんだ描写が現れるというのがあると思います。とにかく見てみましょうか、山を登り詰めたところでこのシーンです。
(スクリーン:メリーゴーランドに股がる文太郎の画像)
新條 「やったー!」っていう気持ちを表現してるんでしょう。同じようなシーンで、オーケストラっていうのもありましたけど。
(スクリーン:オーケストラの描写)
唐木 これですね。上のコマでは普通の山の稜線なんですけど、突然オーケストラが出現するんです。
新條 美しい光景が、森くんの頭の中ではすごくいろんな形に見えてるんですよ。
唐木 岩壁をクライミングしているときの脳内は、これですよ。直前のコマまで超リアルな岩壁の描写だったのに、ページをめくると、突然このジャングルジム。
(スクリーン:ジャングルジムの頂上にたたずむ文太郎の画像)
新條 ふふふ。でもなんとなく頭の中が想像できるんですよね。あと私がびっくりしたシーンがあって、森くんって本当に女の子とか恋愛に対して奥手なんですよね。
唐木 はい、これは森くんが積極的な女性に迫られてフェラチオされてる場面です。いきなり女性がこう、「風の谷のナウシカ」の王蟲みたいな肉の塊に。これ、恐ろしいシーンです……。
(スクリーン:肉塊と化した女性のフェラチオシーン)
新條 恐いですよ!(笑) 気持ちいいことをされてるはずなのに、どうしてこんなひどい光景に。しかも超絶画力で!
唐木 続いて森くんの友達のセックスシーンです。前のコマまで布団に入ってるんですけど、コマをめくると……山です。
(スクリーン:全裸の男性が立つ先に山が描かれているシーン)
新條 うわあ~!きっと頭の中がそんな感じだったんですね。
唐木 絶頂のシーンがこれです。K2を日本人初登頂して、ヒーローになったのかな? やったー!っていう。驚くべきは左下にテレビが描いてあるんですけど、「徹子の部屋」に裸の自分が出演してるんですよ。これはちょっともう、ぶっ飛んでいるって言葉じゃ言い表せない飛距離が出てます。
(スクリーン:徹子の部屋らしき描写が見られるシーン)
新條 ほんとだー! 私これ気付かなかった!すごいですね!!
唐木 この話は18ページまるごとセックスと幻想シーンだけですよ。掲載時にこの号だけ読んだ人はさっぱり何の話だかわからない(笑)。でも、有無を言わせぬ説得力があるんです。
新條 そうなんですよ、やっぱり絵が上手い以上に、作家がこうしたい、これを見せたいんだっていう気持ちが画面に出てるので。絵の上手いマンガ家さんって、絵を描くのが楽しくなって、だんだんアート志向になっていく人も少なくないと思うんですけど。
唐木 坂本先生は溢れんばかりの画力を、我々を楽しませるために使ってくれてますよね。
新條 やっぱりそこは上手く描こうっていうより、表現したい思いがまず強いんだと思うんです。上手く描こう、見せよう、ってだけだったら、「あー上手いな」で終わっちゃう。
ありえない非日常を体験させてくれるマンガが好き
唐木 いま見たような脳内風景もそうですけど、たとえば断崖絶壁や8000m級の頂上付近なんて、僕らは一生見ることがない。絶対見れない景色を見せてくれて、それをリアルに感じるというのは、ひとつマンガの楽しみですね。
新條 そうですよ。マンガっていろんな種類があると思うんですけど、日常を淡々と描くものよりは、現実にはありえないことや感じたことがないものを楽しめるマンガが、私は好きですね。
唐木 非日常を体験させてくれるってことですよね。あの、新條さんご自身のマンガも、確かに何というか、ありえない設定が出てきますよね?
新條 出てきますねー。ありえない設定、ありえない描写、セリフ……。
唐木 「モテちまっていいか?」みたいな。
新條 あはは(笑)。日常劇が嫌いなわけではないんですけど、けっこう自分の人生が非日常的だったりぶっとんでたりするので、淡々とした世界で日常と言われても共感ができないんです。それよりもぶっとんでるほうが、夢があるというか。
唐木 非日常を体験させてくれるマンガとしても、「孤高の人」は新條さんの好みにジャストミートしたんですね。(つづく)
コミックナタリー @comic_natalie
第4回コミナタ漫研レポート(ゲスト:新條まゆ)【3/5】 http://natalie.mu/comic/news/46527