マンガ編集者の原点 Vol.17 「花に染む」「銀太郎さんお頼み申す」の北方早穂子

マンガ編集者の原点 Vol.17 [バックナンバー]

「花に染む」「銀太郎さんお頼み申す」の北方早穂子(集英社 ココハナ副編集長)

ベテランから新人まで、集英社の女性向けマンガを長年支える編集者

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東村アキコ──頭の中は、大繁盛の「東村デパート」

東村アキコは2011年から担当している北方氏だが、担当する前からそのマンガには登場している。東村の出世作のひとつ「ママはテンパリスト」で、ときには板羽皆の担当編集「一見殺し屋みたいなKさん」として登場し、あるときは東村の誕生会に「頼んでもないのに宝塚メイクをして来てくれるKさん」として、その姿が確認できる。実際に担当が始まったのは、「かくかくしかじか」の2巻から。そこから「美食探偵 明智五郎」「ハイパーミディ 中島ハルコ」(原作:林真理子)を経て、現在「銀太郎さんお頼み申す」をココハナで連載中だ。

「銀太郎さんお頼み申す」1巻 (c)東村アキコ/集英社

「銀太郎さんお頼み申す」1巻 (c)東村アキコ/集英社

「銀太郎さん」は、コーヒーショップでバイトする岩下さとりが、店に現れた謎の着物美人・銀太郎に心を奪われたところから始まる。うつわ屋を経営する銀太郎の頼みをあれやこれやと聞いているうちに、さとりは着物をはじめとした日本の伝統文化にどんどん惹かれるようになっていく、というお話。元芸妓で、哀しい過去を抱きながらも粋に暮らす銀太郎をはじめ、着物好き界隈のお姉様がたや、いかにも今風なさとりの友達など、東村印の濃ゆいキャラたちによる丁々発止のやり取りを楽しみながら、気づいたら日本文化に詳しくなっちゃっている系、珠玉の作品だ。筆者は、「銀太郎さん」から、東村の作風がより奥深くなり始めたと感じている。

くらもちさんの頭の中が神殿なら、東村さんはデパートみたい(笑)。多種多様に品物を取り揃えた“東村商店”の中で東村さんが買い物して、どんどん自分で棚卸しもしていくイメージ。いろんなドラマや映画、本やマンガなど、話題作は必ずチェックして仕入れも怠りません」

デパートとはまた言い得て妙だ。加えて筆者のイメージでは、東村は天才落語家である。ネタや文化を吸収して、東村の口や手から再構築されたときに、数段階面白くパワーアップして読者のもとに届けられるのだ。加えて、東村は「担当を見て描く作品を決める」というのが面白い。

私が以前宝塚の舞台『明智小五郎の事件簿─黒蜥蜴』の明智小五郎が好きすぎる!という話を東村さんにしていて、まだ担当でもないのに『私の推しを見てください!』と舞台にお連れしたことがあったんです。後年私が担当になってから『美食探偵 明智五郎』が生まれました(笑)」

人から引き出したネタを材料に、最高に美味しい料理にして出す料理人のようだ。

「決断力もすごいんです。一瞬で決断するのに、それが間違ってない。本能的に動いているのに、考え抜いた結果と同じ結論をはじき出すのがすごい(笑)。」

信じられない量の〆切+αを抱えて、実際に悩む時間がないこともあるだろうが、野生動物の嗅覚のごとき判断力だ。

「東村さんって、『キャラクターがしゃべったら勝手に物語ができる。それをマンガにするだけだから』とおっしゃいます。なので編集の指摘は事実の齟齬に終始します。そのかわり、今回の物語がどんなふうに素敵で、どんなに面白かったか、言葉を尽くしてお伝えすることに心をくだいています」

間違いなく東村も異色のマンガ家だと思うが、それ以前に「1人として同じ作家さんはいない」と言う北方氏。

「今回の質問に『編集者として譲れないポイントは?』とありましたが、作家さんそれぞれが感じることも考えることも、環境も生き方も違うから、編集者が自分にこだわっていても仕方ない。それよりも、常にその作家さんの最良になることを常に考えています」

槇村さとるが「更年期」を描く新連載がスタート!

1973年デビューの槇村さとるもまた、北方氏が担当する大御所作家の1人だ。

「槇村さんには今、更年期世代を主人公にしたマンガを描いていただいています。実際、更年期で苦しんでいる方はたくさんいるし、更年期を身近に感じたことがある人だけが描ける作品がある。最初槇村さんにご提案したときは、『そんなの面白いの?』って言われたけど、面白いんです! 作家さんの年齢や体調に合わせて、描きたいものも変わってくるんだろうなと思う日々ですね」

ココハナ2025年3月号に掲載された「ダンシング・ゼネレーションsenior」の扉絵。(c)槇村さとる/集英社

ココハナ2025年3月号に掲載された「ダンシング・ゼネレーションsenior」の扉絵。(c)槇村さとる/集英社

槇村の新連載は、「ダンシング・ゼネレーションsenior」。槇村が1981年から1982年にかけて「別冊マーガレット」で連載していた人気ダンスマンガのシニアバージョン、というわけだ。キラキラした10代のダンサーたちが、一流になるために奮闘する元祖「ダンゼネ」とは違い、「senior」の主役は50代で更年期が始まりかけた編集者。3月号で連載開始し、第1話から破格の面白さなので、加齢の不安を抱えた人もそうでない人も、全員読んでほしい。

北方氏はほかにも、ファンからこよなく愛される作品を多数担当している。渡辺ペコ「ラウンダバウト」、伊藤理佐「ヒゲぴよ」、楠本まき「赤白つるばみ」などなど。さらに、萩尾望都や木原敏江ら、大御所作家からの信頼も厚い。

「『プライド』もそうですが、萩尾さんの『王妃マルゴ』をはじめ、ベテラン作家さんのすごい作品の最後に立ち会いがちなんですよね。

木原敏江さんの『白妖の娘』完全版も担当させていただくことができました。私、実は木原さんがずっと大好きで、そもそも私が歌舞伎好きになったのは木原さんのマンガからだったんです。『わたしが嫌いなお姐様』という作品からスタートし、ずっと読んできた。『完全版 白妖の娘』の制作時期はコロナ禍だったので、木原さんお1人で 200ページ加筆してくださいました。

そんなわけで私、好きな作家さんほぼ全員に会うことができているのではと思います。あとは岩館真理子さんにお会いできて、お仕事できればもう、言うことはないですね(笑)」

そう目を細めながら語ってくれた。

それにしても、ベテランたちの長く実り多いマンガ家人生を支えるコツはあるのだろうか。

「槇村さんの『モーメント』もそうでしたが、10代のキャラクターを主人公にして描くことに対して、葛藤がある作家さんも多いです。なぜなら、作家さんが10代のときの感覚と、今の10代の感覚とは違うと感じていて、ご本人もこれでいいのかと悩む。そうなったときに、ココハナでは『大人の話を描きましょう!』とご提案することが多々あります」

マンガ家生活が長くなっても、描くことに飽きがこないように、楽しんで描き続けられるように──作家のバイオリズムに合わせた提案やケアに心を砕く、北方氏の姿勢が見えた思いだ。

よしながふみ「Talent -タレント-」 ──編集長の長年のラブコールが実る

ココハナでは昨年末にも大型連載が始まり、筆者としてもとてもワクワクしている。よしながふみの「Talent -タレント-」だ。

「「コーラス」時代から、編集長がずっとよしながさんにアプローチしていて、それが実った作品です。当時はまだ『大奥』が始まったばかりの頃。『連載が終わるまで待ちます』と編集長が粘り強く待ち続けた作品が、ようやく始まりました」

「Talent -タレント-」 がスタートしたココハナ2025年1月号表紙。(c)よしながふみ/集英社

「Talent -タレント-」 がスタートしたココハナ2025年1月号表紙。(c)よしながふみ/集英社

「Talent」は、とあるドラマの撮影現場から始まる。完璧に美しい顔立ちの麻生涼平、大学演劇のキング・柘植一慧、容姿抜群の弥琴(みこと)、底知れぬ演技力の二世・高屋敷華蓮、そして大物女優・桜庭貴和子。それぞれに旬な俳優たちが、どのように生き馬の目を抜く芸能界を泳いでいくのかが描かれていくことを予感させる、スリリングな群像劇だ。

満を持して始まった『Talent』は、よしながさんの人間に対する観察眼が光っています。まるで芸能界の人間模様を長年そばで見てきた人が描いているような感じがして、すごく面白い。人間ドラマではありますが、芸能界という特異な場所のことを描いているので、一般の人ではやらないようなことをやるシーンもあり、それを思いつくのは流石だと驚いています」

恋愛至上主義ではなくなった──マンガの進化

筆者が「Talent」が始まる「ココハナ」1月号の発売を指折り数えていたように、愛するマンガがあり、好きな作家の新作を心待ちにしながら、日々のしんどさを乗り切っている読者は、どのくらいいることだろう。そうしたファンにとって、珠玉の作品たちを長年編集者として支え、育んできた北方氏は、さながら守り神のような存在だ。そんな北方氏は、女性向けマンガの変化について感じていることがある。

「恋愛至上主義ではなくなりましたよね。女性向けの作品でも、最終的にヒロインが誰ともくっつかないこともある。“恋が叶って、その先は結婚!=ハッピーエンド♡”という作品より、ハッピーエンドのむこうを描く作品も増えました。少女マンガの進化であり、深化ではないかと……」

みんな気づいている。一昔前なら、ヒロインは第1話に登場した素敵な男の子と、紆余曲折の末結ばれ、ウェディングベル。本編完結後の番外編では子供が生まれて育児に奮闘し、かわいい肝っ玉母さんに……という定型があった。だけど、多くの少女が憧れ、“普通”だと思っていたルートは、絶対的な幸せを約束するものではない。結婚してもしなくても、子供がいてもいなくても、幸せはあるし、地獄もある。

最後に、これから編集者を目指す人の心得を聞いたところ、まずは「経済」。少女時代の北方氏の影が一瞬よぎるような、背筋の通った答えが返ってきた。つまり、「作家さんがマンガで食べられるようにすること」。

「多かれ少なかれ、少女マンガってその人の本質が作品に出る。設定の面白さを重視する少年マンガとはそこが違うところで、恋愛について作者がどう考えているのか、このセリフをなんで言わせたいのかがそのまま出るんです。そして、それって意外とその人の一番柔らかいところだったりする。そこを傷つけないように、でも、ちゃんと売れるうようにするにはどうしたらいいのか、一緒に考えることが大事だと思っています」

北方早穂子(キタカタサホコ)

1977年、神奈川県生まれ。清泉女子大学文学部国文科卒。2000年に集英社に入社し、YOU編集部、コーラス編集部を経て、現在はココハナ編集部の副編集長を務める。現在の担当作品は「銀太郎さんお頼み申す」「ダンシング・ゼネレーションsenior」「星とみちくさ」「Talent―タレント―」「とことこクエスト」「失敗飯」など。

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編集者が“担当デビュー作”を語るコラム【マンガ編集者の原点】

第17回はくらもちふさこや一条ゆかり、東村アキコなどらを担当し、集英社の少女マンガ・女性向けマンガを支えてきた編集者・北方早穂子氏が登場。
作家からの信頼厚い北方氏の、初ロングインタビューをお届け

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