マンガ編集者の原点 Vol.17 「花に染む」「銀太郎さんお頼み申す」の北方早穂子

マンガ編集者の原点 Vol.17 [バックナンバー]

「花に染む」「銀太郎さんお頼み申す」の北方早穂子(集英社 ココハナ副編集長)

ベテランから新人まで、集英社の女性向けマンガを長年支える編集者

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YOU──レディースコミック色に戸惑った新人時代

大学で道成寺伝説を突き詰めた北方氏。折りに触れ自身のことを「オタク女子」と称するが、北方氏の萌えどころの説明はわかりやすく、話を聞くと興味をそそられ、胸が高鳴る。そんなオタク女子は、いよいよ就職を考える。就活では、マンガ関係か歌舞伎関係、どちらも大好きな2つの道で悩んだという。

「私、“歌舞伎座の客席で座っている人”になりたかったんですよ。監視係だと思うんですけど、そういう人になれたら、『毎日歌舞伎観れるじゃん』と(笑)。基本、すごく短絡的に考えるタイプなんです。

でも、その年は就職氷河期だったこともあり、松竹の新卒募集はなかった。それで出版社を志望しようとなり、小学館、集英社、講談社を受けました」

見事集英社を射止め、入社した北方氏。大好きだった少女マンガ誌・YOUNG YOUに配属志望を出したところ、YOUに配属されることなった。

入社1年目、YOUでの担当作家は、桜沢エリカ深沢かすみ、川富士立夏、尾形未紀──確かにこれまで北方氏の話に出てきたマンガ家とは少し毛色が違う。勉強の日々が始まった。

「最初に尾形未紀さんの『みきりんワイド』を担当させていただいたのは大きかったです。テレビ番組や芸能をネタにしたエッセイマンガですが、すごく勉強になり、ドラマを観る習慣がついたのもよかった。さっほーというあだ名をつけてくれたのも尾形さんでした」

そう、北方氏といえば「さっほー」。エッセイマンガの中に登場する北方氏は、宝塚と歌舞伎好きの頼りになる編集者としておなじみだが、その原点はここにあった。「さっほー」呼びは、その後現代洋子を経てくらもちふさこが引き継ぎ、木原敏江や萩尾望都まで「さっほーさん」と呼ぶという。

そして、北方氏が最初に担当したもう1人の作家は、桜沢エリカ。猫との暮らしを描いたエッセイマンガ「シッポがともだち」を、桜沢の産休明けから担当。

「YOU編集部も若いスタッフたちから、雑誌を変えようという機運も出てきました。YOUはもともと雑誌・月刊セブンティーンから派生したものなので、センセーショナルな男女の恋愛を描いていたり、枕本的な立ち位置でもありました。ですが、例えば森本梢子先生が『ごくせん』(2000年連載スタート)を描き始めたりするなど、エンタメとしての路線を目指すようにもなってきていました」

そうしたムードも後押しして、北方氏もこれまでYOUとは関わりがなかったマンガ家に声を掛け始める。小学館の週刊ビッグコミックスピリッツで「センチメントの季節」を連載中だった榎本ナリコに、知人の編集者を介して連絡。初めて作家を口説いた経験は、「えいえんのすむところ」という作品に結実した。

「YOUでは、『ちょっとエロいけど、女性キャラクターが少し年を取ってからのお話も描けそうなストーリーで』と榎本さんにお願いして描いていただきました。結局、YOUは2年弱で異動になったので、どの作品もそんなに長く担当はできなかったのですが、マンガの作り方や雑誌記事の作り方はもちろん、いろいろ勉強させていただきました。電車をモチーフにした『軌道春秋』というマンガでは、川富士立夏さんの原作を深沢かすみさんがマンガで描いたのですが、文字がマンガになっていく過程を勉強させてもらうことができ、のちのち『ハイパーミディ 中島ハルコ』という原作付き作品で役に立ちました」

人事異動は突然に! コーラスで少女マンガ編集の日々

新人マンガ編集者として奔走する北方氏。入社から2年ほど経ったある日、コーラスに異動となることを知る。

「YOUでは新連載の準備もしていたし、急な異動に驚きました。同時に、 コーラスと聞いて喜びもありました」

さて、当時のコーラスの看板作家は、一条ゆかり、くらもちふさこ、槇村さとる。さらに、松田奈緒子、広田奈都美、聖千秋、佐野美央子、宮川匡代も活躍していた。北方氏がコーラスで最初に担当したのは、松田の「レタスバーガープリーズ.OK,OK!」 。その一方で、初めて作家の持ち込みからデビュー、連載を一緒に目指すという経験をする。同期デビューの下吉田本郷板羽皆だ。

「万福児」1巻 (c)下吉田本郷/集英社

「万福児」1巻 (c)下吉田本郷/集英社

「私も初めて連載を立ち上げるという状況で、板羽さんも下吉田さんもよくわからないまま描くという初めてだらけの状態。当時のコーラス編集長が放任主義の人だったので、それでもやらせてくれる土壌があったおかげです(笑)。『万福児』と『サムライカアサン』は私にとってもすごく特別な作品になりました」

「サムライカアサン」1巻 (c)板羽皆/集英社

「サムライカアサン」1巻 (c)板羽皆/集英社

「万福児」(下吉田本郷)は、お寺の子・福志(幼稚園児)が巻き起こすさまざまな珍事件を描いた、ちょっとシュールな和風ギャグコメディ。デビュー作とは思えない達者な筆致で、くせになる作品だ。2004年にコーラスで連載開始、単行本は全6巻が刊行された。「サムライカアサン」(板羽皆)は、パワフルでちょいウザなおかん・よい子と、反抗期の息子・たけしのハートフルコメディ。こちらは2005年に連載を開始し、単行本は全8巻。続編として「サムライカアサンプラス」「サムライカアサンNEO」も刊行され、 2021年には城島茂をよい子役に迎えたTVドラマも放送された。いずれも、コーラスのコメディ枠を彩った名作だ。

くらもちふさこの「頭の中の神殿」を探る …

さて、北方氏が「一番長く担当している」と挙げてくれた作家は3人いる。くらもちふさこ、一条ゆかり、東村アキコだ。それぞれについて語ってもらおう。まずは、「さっほー」と言えばくらもちの担当編集、というファンも多いかもしれない。北方氏は2005年からくらもちを担当、最初の担当作は「月のパルス」の下巻コミックス 。同作は2004年から2005年にかけてコーラスで連載された。

「『月のパルス』も、その前に連載していた『α』もすごい作品なので、担当する前は、“頭の作りが普通の人とは違う、好きなものを描いて読者に受け入れられている作家さん”という印象を抱いていました。ところが、実際に担当させてもらうとこれがガラッと変わりました。くらもちさんは、誰よりも読者のことを考える人だったんです。『ここ、読者はわかるかしら?』『こうすれば、読者は喜ぶよね』と。一方で自分の描きたいものがちゃんとある方なので、迷われたときに編集が『こういう表現にしたらわかりやすいのでは』と意見することでお役に立てることもあり、すごく勉強になりました」

「月のパルス」1巻 (c)くらもちふさこ/集英社

「月のパルス」1巻 (c)くらもちふさこ/集英社

くらもちの作風を大きく特徴づけているものの1つが、「物語の語り方」のユニークさ。たとえば「α」。#1は“アルファ星”を舞台としたファンタジー、#2は東京で暮らす面倒くさがりやの女子が主人公、#3は田舎を舞台にしたホラー風の恋愛譚、#4は宇宙船の中で起こる艦長と助手のスラップスティックコメディ──と見せかけたある男子大学生の妄想……といったふうに、短編集のように雑多な物語が6話まで収められている。そして次巻「+α(プラスアルファ)」を読むと、それらの物語はすべて、俳優である「+α」の登場人物たちが出演している連作ドラマであることがわかるのだ。……こうして説明しても何を言っているのかわからない読者が大半であると思うので、実際に読んで体験してほしい。

ことほどさように、くらもち作品では物語同士の関係が一筋縄ではいかない。入れ子構造であったり、同じ瞬間を別の人物の視点から語った話であったり──読者を驚かせ、不思議な感覚にさせる物語のギミックが満載なのだ。くらもち作品には、ある時間軸の物語を1から10まで順番に読むのとは違う快楽や驚きがあり、物語のプロデュース力とでもいうものが、格段に高いのだ。

「くらもちさんご本人も、ご自身について “企画屋さん”だとおっしゃることがあり、確かにそうだと思います。最初は劇中劇で、その後演じていた俳優たちのバックステージが始まるという構成の『α』は、私も連載当時、毎回違う読み切りが載っていると思って読んでいたのですが、『+α』が始まった瞬間に『こういうことか!』とわかってびっくりした記憶があります。くらもちさんは頭の中にできあがった物語が祀られている“神殿”があるタイプだと思っていたのですが、物語のかけらをかきあつめてのたうちまわるようにしてストーリーを紡いでいるのだと知って驚き、感動しました」

くらもちのの集大成とも言える「駅から5分」「花に染む」の2作で成る「花染町シリーズ」は、北方氏が初めて最初から担当したくらもち作品。この2作は世界を共有している。「駅から5分」は、町に住むさまざまな人が巻き起こす事件を描いた連作短編で、「花に染む」は、「駅から」にも登場する高校生・圓城陽大(えんじょうはると)とその幼なじみの宗我部花乃(そがべかの)、そして弓道が核になるサスペンス仕立ての人間ドラマ。両作はキャラクター、時間軸が複雑に絡み合っている。「駅から5分」は2005年から2009年にかけてコーラスで、「花に染む」は2010年から2011年にかけてコーラス、2012年1月号から後継誌Cocohana(2016年よりココハナ表記)で連載された。

「花に染む」1巻 (c)くらもちふさこ/集英社

「花に染む」1巻 (c)くらもちふさこ/集英社

「『駅から5分』連載中は、『ここ、前々回のストーリーと矛盾があるけどどうします?』『じゃあ、なんで矛盾があるのかっていう話を作ろう』みたいなことをずっとやっていました(笑)。『駅から』で決まっていたのは“陽大はほとんど出さない”ということ。『花に染む』は『駅から』のロングバージョンという形にしたかったので、陽大は『駅から』にちょろちょろ出てくるカッコいいお兄さんという形に──そんなざっくりした設計書だけはできていました」

くらもちの執筆動機は、意外なところにあった。

「このシリーズもそうなんですが、くらもちさんの場合、怒りや恥、コンプレックスなどのネガティブな感情が一番の根底にあって、そこから物語が出てくると感じています。『花に染む』では、陽大というキャラクターが『怒り』を秘めている。 ただ『怒りをそのままぶちまけてもエンタメにならない。じゃあどうする?』と自問自答され、ああした形になったんです」

思いもよらない、怒りの昇華。純粋に作品だけを読んでいると、よもや「やるせない怒り」が作品の原動力になったとは気づけない。だが、それこそが「『エンタメを描いている』というくらもちさんのプライドなんだろうなと思う」と、北方氏は言う。

「読んだ後に、やるせない怒りが読者にちゃんと届けばいい、と思っているのだと思います。『花に染む』の完結後に執筆された『駅から5分 last episode』では、『駅から5分』1巻で最初に出てきた登場人物に関する謎が明らかになっている。そこに物語のテーマは集約していると思います」

「花に染む」の最終巻が出たのは2016年11月。くらもちの緻密な設計図の読み解き方を北方氏が明かしてくれた今、ぜひもう一度読み返してほしい。そんなくらもちは現在、ココハナで「とことこクエスト」連載中。くらもちとさっほーが、気の向くままいろんな場所に出かけた思い出を2ページに描き留める、「妄想系スペシャル“絵”ッセイ」だ。

「『とことこ』でもチラッと描かれていますが、くらもちさんは現在 お忙しくて、なかなかストーリーマンガを描いたり、考えたりする時間がとれないんです。時間的にも、半日取材に行くのが精いっぱい。ご本人も、『私は不器用だから、何かやりながら別のことはできない。だからちょっと今は(長めのマンガは)描けない』とおっしゃっていますが、私も『いつかまた描いてください』と伝えています」

2022年から2023年にかけては、電子版で「くらもちふさこ全集」を企画・出版した北方氏。くらもちの全集については過去にも出版されていたが、どれも今は入手が難しくなったりと、一部の過去作は読みづらい状態が続いていた。本誌掲載時の本文カラーをすべて掲載したという、編集者にとっては大変な労作! 今度は電子版なので、絶版はないのがうれしい。

「全15巻、死ぬ気で出しました(笑)。本当に電子って素晴らしいなと思うのが、読めないマンガがなくなりましたよね。昔は好きだった作品が文庫版で読めるようになるとうれしかったのですが、その文庫まで流通がなくなったら、『作家さんがあんなにがんばって描いた作品なのに、もう一生読めないじゃん!』と思っていた。それが、電子だと その心配がないから、私は電子版が大好きなんです。まだまだ少女マンガの素晴らしさを世の中に知らしめていきたいので、旧作もどんどん電子化するのが小さい夢ですね」

一条流マンガ術に学ぶ

お次は2007年から担当している一条ゆかり。こちらもまた、少女マンガ史上比類なきレジェンドの1人だ。オペラをはじめとした声楽に情熱を燃やす女たちを描いた「プライド」は2002年にコーラスで連載を開始し、2010年に完結。全12巻の作品となったが、北方氏は最後の11巻、12巻を担当した。

「『プライド』は一条さんが最後の作品にしようと決めて描いた作品です。そのため『人はどう生きるべきか』がテーマになっていた部分もあり、打ち合わせでもそのことをずっと話していた記憶があります。一条さんは、これまで自分のために物語をずっと描いてきたけど、最後の最後は、読んでくれた人のために描きたいということで、物語もそれにふさわしい終わり方にしたとおっしゃっていました」

円熟期に付き添った北方氏は、一条ゆかりというマンガ家の生態をこう語る。

「ご本人が明かされているように、一条さんの本名は藤本典子(のりこ)さん。その藤本さんが、『一条ゆかりはこういう作品を描き、こんな発言をする』というふうに、『一条ゆかり』という人物をプロデュースしているんです。発言から作風、ライフスタイルを含めた何から何まで。一条ゆかりを“降ろして”マンガを描いている、といった印象でした」

幸運にも、筆者は10数年前、当時の仕事の関係で「一条ゆかり」と会食する機会に恵まれたことがある。 今思い出しても夢のような時間であったが、そのとき一条から発せられた言葉もまた、含羞に富んだ至言・金言だらけであった。

そんな滋養たっぷりの名言は、近年エッセイ集としてまとまっている。 ユーモラスなタイトルも含めて話題になった「不倫、それは峠の茶屋に似ている たるんだ心に一喝!! 一条ゆかりの金言集」(2022年)、「男で受けた傷を食で癒すとデブだけが残るたるんだ心に一喝!! 一条ゆかりの金言集2」(2025年・電子版のみ)だ。女性として、マンガ家として酸いも甘いも味わってきた一条による、人生の“特濃”エッセンスが詰まったエッセイ集である。後者は「一条ゆかりポストカードBOOK塗り絵倶楽部」と共に、この2月に発売されたばかりだ。

エッセイも貴重で大変楽しみなのだが、しつこいファンとしては、一条がまたいつかペンを手にマンガを描いてくれないかと諦めきれない心情もある。そう告げたところ、北方氏はあるエピソードを教えてくれた。

「マンガを描かなくなってもその人の作品は生き続け、愛されることを実感した経験があります。少し前、『プライド』が電子版でバズったんですよね。もう完結して10年以上経つ作品なのに」

「プライド」1巻 (c)一条ゆかり/集英社

「プライド」1巻 (c)一条ゆかり/集英社

きっかけは、電子書籍ストア・コミックシーモアでの宣伝広告だった。

「メインキャラである史緒(しお)と萌の“女同士のガチバトル”シーンにフォーカスしたセンセーショナルなバナーから興味をもった方が多かったようです。1巻を読んだら最後の12巻まで読まずにいられない面白さなので、一気読みで買う人が急増したんです。連載から時間が経っても一条さんの作品の面白さって全然衰えてない!と実感しました」

一条作品の吸引力はダイソン並。筆者も経験があるが、軽い気持ちで立ち読みしたら、続きが何十巻あろうと買ってしまう、強烈な魔力が宿っている。

「一条さんはマンガの方法論も鮮烈です。『新人さんって、読み切りを描いてもらってもなかなかネームが通らないんですよね』と一条さんに愚痴ったところ、『読み切りなんて、3回めくってつまらなかったら誰も読まないわよ!』と。つまり、『6ページ目までに、そのマンガで二番目に面白いシーンを入れておかないとダメ』ということなんです。しかも『一番面白いシーンはもちろん最後に持ってこないといけない』。実際、一条さんのマンガを読むとちゃんとそうなってるんですよ。『プライド』でも、扉を除けば6ページまでに史緒と萌がケンカを始める(笑)。本当におっしゃるとおりなので、新人さんに続々伝授しています」

ハリウッドにも引けを取らない、一条流マンガ術! ズバッと具体的で気持ちよく、読者目線でも膝を打つ。何もかも圧巻すぎて、一条のような“超一流”のマンガ家は今後出てくることがあるのだろうかと、不安になるほどだ。

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東村アキコ──頭の中は、大繁盛の「東村デパート」

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コミックナタリー @comic_natalie

編集者が“担当デビュー作”を語るコラム【マンガ編集者の原点】

第17回はくらもちふさこや一条ゆかり、東村アキコなどらを担当し、集英社の少女マンガ・女性向けマンガを支えてきた編集者・北方早穂子氏が登場。
作家からの信頼厚い北方氏の、初ロングインタビューをお届け

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