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マンガ編集者の原点 Vol.16 [バックナンバー]
「ダーウィン事変」「とんがり帽子のアトリエ」の寺山晃司(講談社 月刊アフタヌーン副編集長)
アフタヌーンの“黄金期”を支える、バリバリ理系出身編集者
2025年2月28日 15:00 4
「ダーウィン事変」作者の「売れたい」が引き金に
2016年からはモーニング・ツーの編集長を務めた寺山氏。現在はアフタヌーンに異動し、副編集長として日夜作品づくりに心血を注いでいる。アフタヌーンに異動してから手がけたヒット作の1つが、2020年に連載を開始した
同作は、人間(ヒューマン)とチンパンジーの間に生まれたハイブリッドである “ヒューマンジー”チャーリーの存在をめぐって巻き起こる事件を通して、生命、倫理、愛の根幹を問う超大作。舞台はアメリカ、人間以上に明晰な頭脳と並外れた身体能力を持ったチャーリーが、高校に通い始めたことにより事態が動き出す。動物の権利を過激なやり方で主張するALA(動物解放同盟)との戦いを軸に、差別やテロなど人類が抱える問題に、恋人である人間・ルーシーとともに立ち向かう「ヒューマン&ノン・ヒューマンドラマ」である。実際にチャーリーのような存在がいたなら、ものごとはこう進んでいくだろうなと感じさせる説得力をびしびしと感じさせる作品で、果たしてどんな想像力や知識の蓄積、そして好奇心があればこんな物語が紡げるのだろうと嘆息するほど、重厚でいて軽快な、超一級のエンタテインメント作品だ。
ここで、作者のうめざわについても少し補足しておきたい。うめざわは、「ダーウィン事変」以前からマンガ好きの間では知られた存在であった。ヤングサンデー増刊でデビューし、週刊ヤングサンデーで「ユートピアズ」、月刊!スピリッツ(すべて小学館)で「一匹と九十九匹と」などを執筆。2017年に刊行した短編集「パンティストッキングのような空の下」で「このマンガがすごい!」2017年オトコ編第4位にランクイン。人間の汚い部分もまるごと描写するような、ときにはシュールすぎるほどのリアリズムで、マンガ読みの心を惹きつけていた。個人的には、古谷実の作風が好きな人には読んでほしい、味のある作品が多い。
とはいえ、うめざわを一気にメジャーな存在にしたのは「ダーウィン事変」だった。「マンガ好きが好むマンガ家」から、「誰もが知るマンガ家」に押し上げたものはなんだったのかと聞くと、「うめざわさんが『売れたい』と思ったことです」との答え。
「最初に相談されたとき、『これまで短編集も出ていて褒めてもらえるんですけど、あんまり売れてなくて。売れるにはどうすればいいですか?』と言われたんです。そう思ってるなら大丈夫と思い、『じゃあ売れるためにどうするかという話をしましょうか』という打ち合わせになっていきました。とはいえ、うめざわさんが描きたいことをブレさせてほしいわけではない。そこは譲らないでほしいけど、それ以外のところは売れるようにシフトしていきましょう、という話をしました。
『ダーウィン事変』については、すでにうめざわさんがおおよそのストーリーを最後まで考えてくださっていたからこそ、かなり重厚で重い話になることはわかっていたので、“入れ物”を軽くしないとみんな疲れてついてこないと思っていました。つまり、キャラクターデザインの工夫や、アクションシーンが頻繁に入って、チャーリーが強いぞというのを爽快なドンパチでも見せる、など。なんならあまり考えなくてもシンプルに読める作りにしたほうがいいと思い、そんなふうなお願いをしました」
まさに敏腕プロデューサー。力のある作家を「売れさせる」ためにはどこをどう変えればいいのか。うめざわのQに対する寺山氏のAが見事にハマり、うめざわがうまく実行に移せた結果、今や単行本の累計発行部数は160万部を超え、TVアニメ化も控えている大ヒット作となった。
「すごくシンプルに言うと、作家さんの持っているものや才能はそのままでいいんですよ。自然に伸びていくし、そこがなくならないようにだけ注意しておけばいい。ただ、その作家さんが苦手なところをフォローしてあげたほうがいいだろうなと思っています」
「ダーウィン事変」では、人間とそれ以外の種との交雑やセックス、テロを繰り返す過激な動物愛護団体、反出生主義など、さまざまなタブーが登場する。それゆえ、編集者として気を配る部分も多いという。
「関連したニュースをきちんと見ることは心がけています。いろんなニュースをいろんな媒体で見るだけではなく、それに対してWebではどんなでコメントがついていて、Xではどう言われているのか。つまり、記事を見て、どんな人がどういう意見を持つのか考えるようにしています。あとは、意見が割れている問題がストーリーに関わってくるのであれば、どちらかの意見に寄りすぎて、極端で差別的な内容になっていないかはすごく気をつけています。作品をもってしてどちらか一方を徹底的に叩きたいわけでもないですし。
みんなが話していることって面白さがあると思うんです。そういう意味で、話題になっているテーマを怯まず扱うことは、誰もやっていない新しい作品になりやすいと思います。もちろんその分、気をつけます。『ダーウィン事変』は連載が始まった当初は、社内の法務部にもよく相談に行ったり、知見をもらったりしていました。なにせ、どんどん情報もアップデートされていくので、うめざわさんとも、打ち合わせのたびに『こんなニュースがありましたね』という話をして、世間の流れとズレないように気をつけていました」
同作には、「読み軸」が2つあると語る。
「あまり考えずにも読んで楽しいんだけど、読んでいるうちにいろんなことが頭に入ってきて、読者の中で考えが芽生えてくる。そうして読んでみると、別の側面も面白いなというふうにだんだん深くなっていく──そんなふうに読んでくれるとうれしいです。最初から全部深いと、入ってこれない方が多くなっちゃうので、そういう意味でちゃんとエンタテインメントになっているかというのは気をつけています」
なるほど、チャーリーとルーシーの恋の行方や、チャーリーと敵たちの対立構造に注目してシンプルに読むのも楽しいが、読んだあとにどうしても動物の権利のこと、最近のヴィーガン事情、最新のゲノム研究についてなど、今生きている世界との接点を調べたくなってしまう。「入れ物」は軽いが、知的な仕掛けが生きている稀有な作品だ。
マイナーをメジャーに引き上げるのがアフタヌーン
マンガでは、モーニングとアフタヌーンの2部署を経験している寺山氏だが、目指すものの違いはないという。
「持ち込みに来ていただいた作家さんに『アフタヌーンってどういう作品を求めてますか?』と聞かれるのですが、自分の答えは、『面白ければなんでもいい』です。しいて言うなら子供向けではないくらいで、本当にいろんな種類の作品がアフタヌーンに載っている。『アフタヌーンだからこういう方向に寄せてください』みたいなことを自分が言ったことはありません。
アフタヌーンはマンガ好きが好む雑誌だと言われていて、実際そうした方にいっぱい読んでいただいていると思いますが、僕としてはマイナーなものをメジャーに引き上げるのがアフタヌーンだと思っています。だから、マイナー誌だとか、マンガの好きなコアファン向けに作っているつもりはなくて、作家の持っているコアなものをどれだけ広げて世の中にぶつけられるか、という意識でいます。さらに、アフタヌーンは一番新しくて面白いものを載せています。『こんなマンガあったんだ!』って思わせたい」
そんな寺山氏が思う「ヒットの条件」とは、「作家の描きたいものと読者が読みたいものが合致していること」。そして、作品が売れるには、少なからず運もあるという。
「例えば『ダーウィン事変』は2巻が出るときぐらいまでは全然売れておらず、打ち切り一直線だったのですが、3巻が出る前にテレビ番組で取り上げてもらえることになったんです。即座に『ここしかない!』と思って販売部と相談して仕掛けを作り、それきっかけで読んでもらえるようになって……というところからじわじわと広がっていった。なので、面白ければ売れるわけではないですね。そういう意味でやれることはやったほうがいいと思います。ちなみに、きっかけとなった番組は、『川島・山内のマンガ沼』です」
麒麟の川島が「ダーウィン事変」を面白いと推したことで、世間の認知が広がったのだった。
新進作家・山嵜大輝の挑戦「カオスゲーム」/物語はこう変化している
近年、寺山氏が手がけた作品では、山嵜大輝「カオスゲーム」もホットな作品だった。不正を嫌う週刊誌記者・鈴木蘭は、懇意にしているカメラマンが不条理な殺され方をしたことをきっかけに、「求世会」という謎の宗教団体が糸を引く、“神×神”のルール不明・カオスなゲームに巻き込まれていく。超能力、未解決事件、裏社会、新興宗教といった不穏なエッセンスがたっぷりと盛り込まれた、オカルト好きにはたまらないサスペンスアクションだ。
山嵜は、読み切り作品「岸辺の夢」で、アフタヌーン四季賞2020年冬のコンテストにて四季大賞を受賞し、高い評価を得た新鋭作家だ。「岸辺の夢」「カオスゲーム」ともに、夢や胎内記憶、もっといえばユングの集合的無意識(人類の心の中に普遍的に存在するイメージ)を思わせる超自然な存在がキーワードとなっている。ダークで夢幻を感じさせるような独特の世界観が魅力であり、諸星大二郎や伊藤潤二好きにはおすすめしたい。「カオスゲーム」ではさらに、安野モヨコのキャラクターを彷彿とさせるパワフルで軽快なコメディタッチ、キャラクター造形の妙も感じさせ、技量の広さも見せつけた。
「山嵜さんが『とにかくオカルトを描きたい』ということで、それに対して、『わかりました。オカルト以外はエンタメに全振りしましょう』と言って始まったのが『カオスゲーム』です。海外からの翻訳刊行のオファーが複数あったり、面白かったという声をいくつもいただいたりしました。
山嵜さんは今新しい作品に取り組んでいるところです。ご本人は初めての連載だったので、やってみないとわからないこともたくさんありました。『カオスゲーム』の連載が終わったあと、山嵜さんは打ち合わせのたびに『次は売れたい』と常々言っていて、本当に素晴らしいことだと思います。やっぱり描いたら読んでほしいというのは当たり前、『売れたい』って『読んでほしい』なんですよね。そのために自分がやれることはなんでもやりたいなと思いながら打ち合わせをしていますので、新作も是非お楽しみに」
山嵜の作品を筆頭として、四季賞の受賞作は、ほかのマンガ誌の新人賞と引き比べても、面白さが別格だと感じることが多い。バズる確率も高いように思う。素朴な疑問、なぜ四季賞の受賞作は必ず面白いのか?
「アフタヌーンという媒体には幅広い作品を載せているため、描き手からすると自分の作品も載せてくれるのでは、と思ってもらえることが大きく、応募作が多いことも関係していると思います。あとは、連載している作家さんが面白いものをずーっと描き続けてくれていて、それが綿々と受け継がれていることで作られていったブランド力が大きい。それがあるからこそ、今なんとかなっていると思います」
受賞作によっては、投稿されてきた作品がそのままの形で受賞することも、あるいは担当がついてブラッシュアップしたうえで受賞することもあるという。
「投稿作がそのまま、という例は、自分の担当作家さんで言うと、山嵜さんもそうですし、『7人の眠り姫』を連載中のFiok Lee(フィオク リー)さんもそうでした。Fiok Leeさんは、実は唯一四季大賞を2度受賞している方です。1度目のあとしばらくマンガを描かなくなって、その後もう一度“野良”で投稿してきて再び大賞を獲りました。
作家さんたちが面白いものを描いてくださるおかげで、なんとかブランド力が下がらないようにしていただいています。今は結構な黄金期でもあると思っていて、連載作品のうち10作品以上の1巻の発行部数が10万部を超えているんですよ。こんな月刊誌ほかにはないんじゃないでしょうか」
編集者の心得&面白がる力を持続させるためには
寺山氏が思う「編集者の心得」は、「いろんなことを面白がること」。
「自分の好きなものを突き詰めるのは、どちらかというと作家のやること。なので、編集者はいろんな作家が持っているものに『面白いですね』と答えられる、キャッチボールの相手になってあげられることが大事だと思います。なので、いろんなところにアンテナを張るといいんじゃないかなと。
興味のないものでも、『みんなは好きって言ってるけど、自分は全然ピンと来ない。なんでみんなこれ好きなんだろう? とりあえずいろいろ読んでみるか』みたいな姿勢、つまり雑食であることは大事だと思います。でないと編集になったときにつらい。自分の『好き』を描いてくる作家さんに巡り合えるまで、待ち続けるしかなくなっちゃいますからね」
「好き」を広げるために意識しているのは、できるだけ誘いを断らないことだという。
「もともと好奇心は強いほうだと思いますが、『今度こういう催しのがあるので来てください』と言われたら、全然知らなくても、まず行ってみます。
この前、お誘いいただいて『うたの☆プリンスさまっ♪』のライブに行ったんです。女性ファンが多い、サイリウムをいっぱい振るような感じの。自分はおそらくファン層からは外れているんですが、行ったらやっぱり面白いんですよ。ファンサービスがすごくて、めちゃめちゃこちらが気持ちよくなるように作ってるなって思って興奮しました。知らないところに連れて行ってくれる人って、貴重だと思うんですよね。それでハマることもあれば、なおのことです」
「このムーブメントはあそこから」と言われる作品を
今後目指すのは、「このムーブメントはあそこから始まったよね」と言われる作品。
「例えば、『とんがり帽子のアトリエ』を立ち上げた頃って、連載中のマンガで売れている王道ファンタジー作品が今より少なかったんです。というのも、ファンタジーって描くのがすごく大変なんです。高い画力で、世界観に説得力を出さなきゃいけない。設定もたくさん考えなきゃいけないけど、説明ばっかりだと読むほうが億劫になっちゃう、つまり、非常に描き手の“マンガ力”が問われるジャンル。
とはいえ、『ハリー・ポッター』や『ロード・オブ・ザ・リング』などの映画はヒットしているので、ニーズは絶対あると思っていました。そんなときに白浜さんから案が出て、『これはパイオニアになれるな』と思いました。これからも、そういう作品をたくさん送り出せるといいなと思っています」
編集者になって16年。現在、アフタヌーンの黄金期を支えている寺山氏には、読者が求める物語やヒーローの変化はどう見えているのだろうか。
「少し前まで、『正しさ』をすごく求めるようになったと感じていました。要するに、主人公が『いい人かどうか』。『M-1グランプリ』なんかを見ているとわかりやすいですが、数年前から“人を傷つけないお笑い”のムーブメントがあって、その流れがマンガ界にもあったんです。『いい人』がいて、読む側を気持ちよくさせてくれる。ですが、これは日々変わるもので、『地面師たち』のヒットで流れが少し変わった気がしています。振り子のようなもので、『いい人』が流行ると、次は『悪い人』の物語が読みたくなるんですよね。あるいは、わかりやすいものが流行ったかと思ったら、ちょっと難しいものが流行ったりとか。
我々は、次何が来るかを予測しておかないといけない。今流行ってるものを作るだけでは、結局列の中盤から最後尾の方になっちゃう。それよりは先駆者でいたいので、いつも0.5歩先を予想して、『次は何が来るかな?』と考えながら作っています。今後、具体的にどう変わるのかの予想に関しては……企業秘密ということで(笑)」
寺山晃司(テラヤマコウジ)
1983年、東京都生まれ。早稲田大学大学院生命理工学専攻卒。2009年に講談社に入社し、週刊現代編集部、モーニング編集部を経て、現在は月刊アフタヌーンの副編集長を務める。担当作品は「とんがり帽子のアトリエ」「天地創造デザイン部」「ロボ・サピエンス前史」「ダーウィン事変」「天国大魔境」「空挺ドラゴンズ」など多数。
バックナンバー
白浜鴎🏳️🌈とんがり帽子アニメ化 @shirahamakamome
『とんがり帽子のアトリエ』立ち上げ編集さんのインタビューです。実は別の出版社では「次はファンタジーで…魔法使いを描きたくて…」と構想を話した段階ではそこまで興味を持っていただけなくて、「これはすごく面白いです。連載にしましょう!」と即答してくださったのが講談社の寺山さんでした! https://t.co/hsWONCXo8l