マンガ編集者の原点 Vol.16「ダーウィン事変」「とんがり帽子のアトリエ」の寺山晃司

マンガ編集者の原点 Vol.16 [バックナンバー]

「ダーウィン事変」「とんがり帽子のアトリエ」の寺山晃司(講談社 月刊アフタヌーン副編集長)

アフタヌーンの“黄金期”を支える、バリバリ理系出身編集者

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「コンプレックス・エイジ」──なぜ描きたいのか?を突き詰める

熟練の作家、編集者のもとで学ぶ日々を積み重ねたのち、メイン担当として作品を立ち上げるようになる寺山氏。最初に単行本になった作品は「コンプレックス・エイジ」(佐久間結衣)だった。

「佐久間さんは、モーニングの新人賞に読み切りを投稿してくださって、自分にとって最初に担当した新人さんでした。もう一度読み切りを描きましょうとなったとき、佐久間さんは『コスプレのマンガを描きたい』と。とはいえ『好きだから描きたい』というだけでは理由としては弱いので、『コスプレの何が描きたいのか?』についてずっと話し合っていました。

そんなある日、原宿で打ち合わせをしていると、ゴシックロリータの格好をした人が歩いていました。それを見て、『あの人たちは、年齢を重ねるとどこへ行ってしまうんだろう』という話になり、『そこなんじゃないかな!』と思いました。つまり、もし自分がすごく大事にしている趣味と年齢を天秤にかけるような事件が起きたときに、人間ってどうなるんだろう?と。そうしたテーマで、読み切り版の『コンプレックス・エイジ』を描いていただいたところ、ちばてつや賞の一般部門で賞をとることができたうえ、Webに掲載して1、2カ月したところで突然バズったんです。その瞬間、これはいけるなと思って連載に向けて打ち合わせし、描いていただいたのが連載版の『コンプレックス・エイジ』です」

「コンプレックス・エイジ」1巻

「コンプレックス・エイジ」1巻

そんな経緯で始まった「コンプレックス・エイジ」は2014年から連載され、2015年に全6巻で完結した。主人公は、女児向けアニメ「マジカルずきん☆ウルル」が大好きで、キャラの再現度にこだわったウルルのコスプレを作ってなりきることに人生をかける26歳の派遣社員・渚。年齢を重ねて人生のステージが変わることで、趣味との付き合い方はどう変わっていくのか、というテーマに向き合った作品だ。コスプレという際立ったテーマに加え、オタクにとって切実な岐路をめぐる描写が多くの読者の胸に刺さり、話題となった。

「単に“コスプレのマンガ”というだけだと、コスプレが好きな人しか集まってこないんですよね。それだとやっぱり狭いし、せっかく描いていただくからにはたくさんの人に読んでほしいので、そこにつなげるにはどうすればいいの?というところまで掘り下げます。そこが掴めないと、ふわふわした話になるんですよね」

「これが描きたい」という主題だけでは不十分で、「なぜ描きたいのか」という作家の奥深くにある動機をあぶり出すことが大事だという。そのために、とにかく会話を重ねる。

「とことん聞いてみた結果、描きたいものが見つかればいいですし、よくよく考えるとただの個人的な好みであって、『描きたいものは特にないです』という場合は、それだけだとちょっと狭いのでは、という話をします」

こうして、読み切りから連載の形に仕上げることができ、さらに初めてメインで担当した作品がヒットし話題になって、ホッとしたという。

「週刊誌から来たので、マンガ編集としてちゃんと働けるぞと示さないとマンガ編集を続けられないと思っていたので、すごくプレッシャーを感じていたんです。そんな中で、1巻はおかげさまで発売即重版がかかったので、すごくうれしかったですね。

やれることは全部やろうと思って、1話目に登場するコスプレ会場のシーンでは、具体的な作品でコスプレを描いてもらうことにしました。『進撃の巨人』や『ダンガンロンパ』、初音ミクの会社にも許可取りをしたり。少しでも、とにかく多くの人が読んでくれる機会を増やそうといろいろやっていたことを思い出します。大変な思いをして描くのは作家さんなので、こっちは描けないかわりにせめてやれることはやりたいと思いました」

作家の描きたいものがきちんと描けているか?

こうして、編集者としての経験が積み重なっていく。この時期、中でも印象的だったのが、自分が読者として愛読していた作家に会いに行ったことだった。

島田虎之介さんや黒田硫黄さんなど、自分が読んでいた作家さんとお仕事できたことはやっぱり印象に残っていますね。週刊現代の頃からいつかマンガ編集の仕事をしたいと思っていたので、いろんなイベントに潜入しては作家さんに名刺を配ったりしていました。例えば、蛇蔵さんには、週刊現代のときにご挨拶し、モーニングで描いてもらうことができたのが『天地創造デザイン部』や『決してマネしないでください。』でした。アックスでは島田虎之介さんが好きだったのですが、モーニング時代にご縁があって、『ロボ・サピエンス前史』という作品を描いていただきました」

「天地創造デザイン部」1巻

「天地創造デザイン部」1巻

どんな作家を担当する場合でも、作家の中にある“一番面白いもの”を引き出すために、寺山氏が心がけていることがあるという。

「『あなたのここがいいと思って担当を希望しました』ということをまず伝えます。担当させてもらおうと思ったということは、その作家さんの好きなところが自分の中に1個はあるはず。『ストーリーが素晴らしい』『演出がめちゃくちゃ好き』『絵がめちゃめちゃいい』など。連載が始まっても、何があってもそれはずっと忘れないようにしています。それを伝えたうえで、『何を描きたいですか?』という話をします」

制作過程の折々でも「最初に感じた作家のいいところがなくなってしまってないか」「作家の描きたいものがきちんと描けているか」をチェックするという。

「作家さんの描きたくないものになっていたら絶対うまくいかないので。とにかく、最初に聞き出した作家さんの『描きたいこと』、そして自分が『いいと思ったところ』、その2つが間違いなく入っているか。そこは譲れない。それがないと、作品ができはしたけど、ふわふわしたわけわからない感じになる。

今も、どうするといい打ち合わせになるのか?とか、そんなことばっかり考えています。マンガ編集になって、最初はやり方も体系化できていないので、もっとふわふわした打ち合わせをしていたと思います。それだとやっぱり頼りないので、なんとかしていきたいなと思って仮説を立てて、今ある仮説はそんな感じというところです」

仮説と検証を繰り返し、編集術を磨き続けている寺山氏。自身の編集者としての「長所」と捉えているのは、「会話」と「正直さ」、そして「根拠」だ。

「『こういうのを描きましょう』という提案をするというより、作家さんの描きたいものを引き出そうとしているので、そこをしっかり聞くところでしょうか。あとは、嘘をつかずに、正直に話すこと。それだけですね。『この人、本当のこと言ってるかな?』って思われたら多分おしまいなので。『ここがいいと思ったんですけど、ここはちょっとよくわかんないです』と全部言っちゃう。最初にそれで嫌われちゃった作家さんはもうなかなか会えないですが、その方のお力には自分はどの道なれないと思うので、最初からそうしていますね。

それから、打ち合わせでネームに対して意見を言うときに、ちゃんと全部理由が言えるようにしておく。『ここ、なんとなく嫌なんですよね』みたいな伝え方になると、描くほうとしてはどうしたらいいかわからなくなっちゃう。週刊現代時代に言われた『簡単に面白いって言うな』の話につながっていきますが、『面白くない』というときには、理由が必要だと思っています」

「とんがり帽子のアトリエ」心を動かした白浜鴎の言葉

ならば、寺山氏の「面白い」をもう少し突き詰めたい。ネームを見るときに心がけていることは、「読んだときに自分の心が動いたかどうか」。

「どんなに絵がうまくても、心が動かなかったら担当しない。自分じゃない誰かが担当したほうがその作家さんは幸せだと思うから。なんでもいいんです。『絵は全然だけど、ネームがめちゃくちゃ面白いぞ』とか、『話は破綻してるけど、このキャラクターはすごい好きだ』みたいなこととか。心が動いたときにそのしっぽを捕まえて、『お前、どこが面白いと思ったんだ?』と自問して、整理するようにしています。この世にあるマンガには、端的に言うと面白いものと面白くないものの2つしかなくて、それは、自分の心が動くか動かないかなんです」

「とんがり帽子のアトリエ」の白浜鴎は、こんなふうに寺山氏の心を動かした。

「絵がすごいことに加えて、ご本人に『何が描きたいですか?』と聞いたときに、『自分はマンガ家になれると思わなかったけど、友達がマンガを描いているのを見たときに、『もしかしたら自分にもできるかも』と背中を押してもらった部分がある。だから、今世の中にいるであろう“マンガ家を目指したいけど、自分には無理なんじゃないかな”と思っている人の背中を押せる作品になれたらうれしい』と言っていたんです。

「とんがり帽子のアトリエ」1巻

「とんがり帽子のアトリエ」1巻

それを聞いたときに、『これは!』と心が動いたんですよね。白浜さんは絵の素晴らしさはもちろん、このモチベーションがあるなら、いい作品を作ることができると思いました。すごく多くの人の心に刺さるだろうと」

「とんがり帽子のアトリエ」は、寺山氏がモーニング・ツー時代に手がけたヒット作だ。魔法使いに憧れる娘・ココは、村を訪れた魔法使いが魔法をかける瞬間をのぞき見てしまう。その好奇心はやがて大事件に発展してしまい、運命が大きく変わっていく──という、魔法をテーマにした本格ファンタジー作品だ。細密画のような美しい絵から紡ぎ出される、緻密な世界観とストーリー、キャラクターの愛らしさが高い評価を得、全世界での発行部数は550万部を超えている。2016年の連載開始から9年目の今年、満を持してTVアニメが放送予定だ。「とんがり帽子」は、白浜にとって2作目の商業連載作で、その名を世界に知らしめた大出世作となった。

さて、編集者が自分の“面白い”に自信を持つには、どうすればよいのだろうか? ひとりよがりの“面白い”が、危険な場合もある。

「自分の“面白い”を世間と常に比較し続けることです。自分は面白いと思っているけど、周りはそうでもないというのは“個人的な面白ボックス”に入れるんですよ。一方で、これはみんなも面白いと思うぞっていうのは“汎用的面白ボックス”に入ります(笑)。個人的なものと一般的なもの、それをちゃんと分けておくことも大事だと思いますね」

そんな寺山氏が、面白さの基準を作るために日々実践していることがあるという。

「いろんな方法がありますが、例えば、Yahoo!ニュースでもなんでも、記事を読んで、『この話面白いなあ』と思ったのに全然コメントついてなくって、『あれ? これは世間的には大したことないのかな』と思ったり(笑)。

あとは、売れている作品を見て、面白くないと思ったものには『なんで跳ねたんだろう、何かあるはず』と考えたりもします。そうやって、自分の中にはなかったけど、こういう面白さってあるのかな、と考えて面白さを広げていきます」

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「ダーウィン事変」作者の「売れたい」が引き金に

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白浜鴎🏳️‍🌈とんがり帽子アニメ化 @shirahamakamome

『とんがり帽子のアトリエ』立ち上げ編集さんのインタビューです。実は別の出版社では「次はファンタジーで…魔法使いを描きたくて…」と構想を話した段階ではそこまで興味を持っていただけなくて、「これはすごく面白いです。連載にしましょう!」と即答してくださったのが講談社の寺山さんでした! https://t.co/hsWONCXo8l

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