市川團十郎、江戸っ子らしいダイナミックな世話物「め組の喧嘩」、エンタテインメント性たっぷりな舞踊劇「静の法楽舞」で“歌舞伎の幅広さ”をお届け

目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。夏本番を迎える7月にぴったりなのは、夜の部で上演される、鳶と力士の喧嘩を描くダイナミックな世話物「神明恵和合取組」、通称「め組の喧嘩」、そしてエンタテインメント性あふれる舞踊劇「新歌舞伎十八番の内『鎌倉八幡宮静の法楽舞』」だ。前者では市川團十郎が鳶頭の辰五郎に扮し、江戸っ子たちの熱いぶつかり合いを魅せ、後者では静御前・源義経・老女・白蔵主・油坊主・三途川の船頭・化生の七変化を披露する。本特集では、團十郎に作品への思い、そして見どころを語ってもらった。また、没後130年を迎えた河竹黙阿弥にフィーチャーしたミニコラムでは、「め組の喧嘩」を手がけた黙阿弥の弟子・竹柴其水の師匠譲りの技巧を紹介する。

取材・文 / 川添史子

市川團十郎が語る「め組の喧嘩」「静の法楽舞」
市川團十郎

市川團十郎

「め組の喧嘩」が出ると、座組み全体が盛り上がって活気づく

火事と喧嘩は江戸の華──大紋しょった背中で着るはんてん姿、“長いもん短くして着る稼業”の男たちの生き様、勇みで粋な鳶たちの生き生きとした息遣いを、そのまま舞台に乗せた「め組の喧嘩」。この芝居で團十郎は、命懸けで力士と意気地を張り合う、鳶頭の辰五郎を演じる。神田祭に三社祭、憎い“コの字”の影響で中止や縮小を余儀なくされていた夏祭りが今年、一挙に再開したのはうれしいニュースであったが、前に進み始めた東京を体感すべく、威勢の良い江戸っ子たちの芝居で夏を始めるのはいかがだろう。

「音羽屋のおじさん(尾上菊五郎)が辰五郎、父(十二世團十郎)が四ツ車大八を演じた舞台に出演したこともありますし、また、若い頃に鳶の役を勤めたこともあり、とにかく楽しく、この演目が出たら座組み全体が盛り上がって活気づく記憶があります。出演者も多いですから、小さい頃は舞台裏で仲間たちとヤンチャないたずらをした思い出もありますね(笑)」(團十郎、以下同)

“1人の男の生き様”に色気を感じる

大詰、火事場装束を身に纏った鳶が勢ぞろいして見せる、息もつかせぬ大立廻りは文句なしの見どころ。だが、そこに至るまでの細緻な物語も見事な流れになっていることにご注目いただきたい。

「喧嘩の発端となる場面で辰五郎は、グッとこらえているんです。“1人の男の生き様”というか、男として、鳶頭として、収めないといけないけれど収まらない……という様子に、なんとも言えない色気を感じていました。鳶と力士が、お互い我慢をし続けたあげくに喧嘩を重ねていく物語ですが、江戸っ子たちが、どのように生きて、どのようにぶつかって、また喧嘩をどのように収めるのか。そういった江戸の風情や喧嘩のルールのようなものも、見どころの1つなのではないでしょうか」

「め組の喧嘩」特別ポスター

「め組の喧嘩」特別ポスター

家族の前で酔っ払いのふりをする辰五郎。しかしその心は…

力士への仕返しを心に決めた辰五郎と、そんな辰五郎を案じて意見する兄貴分、喜三郎とのグッとくるやり取りを描く「喜三郎内」が上演されると世話物としての面白さが盛り上がる。芝居好きはこの機会にぜひ目撃しておきたい。続く「辰五郎内」では、命を捨てる覚悟を決めた辰五郎が、女房と息子にそれと知らせず、別れの水盃を“酔い覚ましの水”のふりで酌み交わす。辰五郎が涙をそっと隠し、生酔いのこなしで言う「下戸の知らねえ、旨え味だなァ」は、なんともシビれるセリフだ。

「私が『め組の喧嘩』を上演する際は、そのあとのドラマがわかりやすくなるように、なるべく『喜三郎内』を付けるようにしています。ここは命懸けの喧嘩に向かう決心を固めていく場面でもあるんですよね。腹を決めた辰五郎が、家族の前で駄目な酔っ払いのふりをする姿は、なんとも言えない格好良さもありますし、チャーミングでもあって。江戸っ子らしくて、私は好きですね」

「静の法楽舞」はエンタテインメントとして楽しんで!

続く九世市川團十郎歿後百二十年「鎌倉八幡宮静の法楽舞」は、2018年1月、新橋演舞場公演で海老蔵時代に復活した舞踊劇。明治の激動の時代、近代歌舞伎の歴史に大きな影響を与え、劇聖とうたわれた九世團十郎が家の芸を集めて制定した新歌舞伎十八番の1つを、新たな着想によって復活上演した作品だ。團十郎は、静御前や源義経、そして新歌舞伎十八番にも選ばれている「釣狐」の白蔵主や「油坊主のだんまり」の油坊主ら、七変化を見せる。

左は「静の法楽舞」より九世市川團十郎(「舞臺之團十郎」より。資料提供:公益財団法人松竹大谷図書館)、右は「静の法楽舞」より当代市川團十郎。

左は「静の法楽舞」より九世市川團十郎(「舞臺之團十郎」より。資料提供:公益財団法人松竹大谷図書館)、右は「静の法楽舞」より当代市川團十郎。

「新歌舞伎十八番『鏡獅子』や『紅葉狩』のように完成された作品に匹敵する作品を……と考えたときに、四代目、七代目の團十郎のようなケレン味を加えた舞台を復活したいと思い、新たな工夫を加えて作り上げた作品です。ものの怪が現れる鎌倉の荒れ寺を舞台に次々と妖怪たちが集まってくる物語でもありますし、エンタテインメントとして楽しんでいただければうれしいですね」

團十郎を押戻すのは…

今回は、娘の市川ぼたん、息子の市川新之助も出演し、新たな趣向が用意されている。

「最後、化生となった私を2人に押戻してもらう構成を考えています。昨年12月の襲名興行で、尾上菊之助さんと中村勘九郎さんによる『京鹿子娘二人道成寺』の最後に(團十郎演じる大館左馬五郎による)『押戻し』がありました。子供たちに『パパがやっていた、あれ、できる?』と聞きましたら、2人とも最初は『えー!』と驚いていました(笑)。改めて日々の生活を振り返ってみると、いつも私を押戻しているのは子供たちですからね。彼らも3役を演じ分けることになりますし、新しい構成に合わせて衣裳やセリフも工夫したいと考えています」

「鎌倉八幡宮静の法楽舞」特別ポスター

「鎌倉八幡宮静の法楽舞」特別ポスター

夜の部で、“歌舞伎の幅広さ”を堪能しよう

五方掛け合いの音楽も大きな“聴きどころ”。厚みある邦楽のコラボレーションは、前回公演でも多くの観客を魅了した。

「河東節、常磐津、清元、竹本、長唄囃子の五重奏ですから、前回初めて上演したときはいろいろと大変でした。基本的には前回作り上げたものを生かしてお届けします。日本の音楽の違いや多様性を感じていただければと思います。夜の部は時代物『神霊矢口渡』で始まり、世話物『め組の喧嘩』で一致団結して戦う姿をご覧いただき、最後はエンタテインメントとしての『鎌倉八幡宮静の法楽舞』で帰路についていただく。歌舞伎の幅広さを、じっくりとお楽しみいただければと思います」

市川團十郎

市川團十郎

プロフィール

市川團十郎(イチカワダンジュウロウ)

1977年、東京生まれ。成田屋。1983年に東京・歌舞伎座「源氏物語」の春宮で初御目見得。1985年に七代目市川新之助を名乗り初舞台。2004年に十一代目市川海老蔵、2022年に十三代目市川團十郎白猿を襲名。2001年に芸術選奨文部科学大臣新人賞、2014年に映画「利休にたずねよ」主演で第37回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞、2007年にフランス芸術文化勲章シュヴァリエを受勲。2015年より東京2020組織委員会文化・教育委員会を務め、2021年東京2020オリンピック競技大会開会式へ出演。自主公演「ABKAI」や「六本木歌舞伎」では精力的に新作を生み出しているほか、次世代の歌舞伎俳優のための公演「いぶき、」も企画している。

今月の黙阿弥

黙阿弥の弟子・竹柴其水の“師匠譲り”の技巧とは

豊原国周「恋慕相撲春顔触」より、左から五代目尾上菊五郎演じる鴉ノ長吉、四代目中村芝翫演じる淀車浪五郎、六代目坂東三津五郎演じる女房おさき。

豊原国周「恋慕相撲春顔触」より、左から五代目尾上菊五郎演じる鴉ノ長吉、四代目中村芝翫演じる淀車浪五郎、六代目坂東三津五郎演じる女房おさき。

文化2(1805)年に芝神明の境内で実際に起こった、鳶と力士の喧嘩を芝居に仕組んだ「神明恵和合取組 め組の喧嘩」の初演は、明治23(1890)年3月新富座。作者は河竹黙阿弥の弟子、竹柴其水。この芝居にはいくつかの先行作品が存在し、明治5(1872)年1月中村座初演の「恋慕相撲春顔触(こいずもうはるのかおぶれ)」は黙阿弥作だ。「め組の喧嘩」も其水作とはいえ、序幕を兄弟子の三世河竹新七、三幕目を黙阿弥が助筆したと言われ、「喜三郎内」「辰五郎内」では人情味ある黙阿弥のセリフ術が味わえる。しかし弟子の其水も、威勢の良い啖呵のセリフでは負けていない。芝居小屋の前で力士に放つ辰五郎のセリフ「若いやつらが火の中へ、飛び込む所をおれが扱い、済ましてやったをいい気になり、消口とった気だろうが、また燃え上がったそのごたく、ごもっともとは聞かれねえから、あおりをくっておっこちるか、ただしはこのまま焼け止まるか」なんて火事にちなんだ物尽くしのセリフに、師匠譲りの技巧を凝らす。

初演では、辰五郎を演じた五世尾上菊五郎が持ち前の凝り性を発揮し、「辰五郎内」の場に用いる小道具はすべて本物を使い、喧嘩の際の草履は鳶の組合から贈られたもの。万事、古老の鳶から細かい指導を得たという。力士たちの見物もあり、終始にぎやかな興行となった……というエピソードも伝わっている。

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