目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。「吉例顔見世大歌舞伎」昼の部にラインナップされたのは、インドの神話的叙事詩「マハーバーラタ」をもとにした、“インドエンタテインメント”「極付印度伝 マハーバーラタ戦記」だ。2017年の初演版では、神々と人間が織りなす壮大な物語が、所作事や激しい立廻りといった歌舞伎の技法で華やかに描かれ、話題となった。
6年ぶりの再演となる今回は、初演に続き脚本を青木豪、演出をSPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督の宮城聰が手がけ、主人公・迦楼奈とシヴァ神を尾上菊之助が担う。さらに迦楼奈と阿龍樹雷王子それぞれの母親である汲手姫に中村米吉、迦楼奈のライバル的存在となる阿龍樹雷王子と梵天の2役に中村隼人と、1993年生まれの若手2人が初役で挑む。ステージナタリーでは、菊之助、米吉、隼人の座談会を実施。再演に向け、菊之助は新たな構想や、若手2人に期待すること、米吉と隼人は大きな挑戦に向けた思いを、それぞれが目を輝かせながら語った。また毎月恒例の黙阿弥コラムには前回に続き新派文芸部の齋藤雅文が登場し、黙阿弥に対する“演劇人としての共感ポイント”を教えてくれた。
取材・文 / 川添史子撮影 / 藤記美帆
物語を通して、未来への希望を感じてほしい
──古代インド神話を歌舞伎化し、大きな話題となった「マハーバーラタ戦記」(2017年初演、脚本:青木豪、演出:宮城聰)が再演を迎えます。世界最長の叙事詩とも言われる壮大な原作を、菊之助さん演じる英雄、迦楼奈 を軸に構成した初演、ドラマチックな物語にワクワクしながら拝見しました。今、再演を決めた理由を教えていただけますか?
尾上菊之助 戦争をはじめ心が沈むニュースが続く昨今ですが、せめて劇場にいらっしゃる間は心躍る時間をお過ごしいただきたい、そんなことを考えながら演目を選びました。この芝居には“ダルマ”という言葉が出てきます。これは迦楼奈をはじめ登場人物たちが、人生をまっとうするために抱えた使命のこと。彼らが懸命に生きる姿、神と人間が繰り広げる物語を通して、未来への希望を感じていただければと思っております。
初参加の米吉&隼人に菊之助が期待すること
──再演では初参加のフレッシュな若手がそろいます。米吉さんはヒロイン汲手姫役ですね。
中村米吉 最初に伺ったときは驚きました。冒頭の汲手姫は歌舞伎でいえば赤姫のような少女ですが、次に登場したときは打掛を着た王様の奥方として、何人もの王子を育ててきた立派な女性に成長しています。初演では(中村)梅枝の兄と(中村)時蔵のおじが分けて演じられた役を、今回は通して演じることになります。
中村隼人 やっぱり、砥の粉(茶色味がある化粧)にするんですか?
米吉 化粧も拵えも、どこまで変化させられるか思案中。なにせ、間がひと場面しかないんですよ。初演とは衣裳も鬘も違う雰囲気になる予定です。
──少女の汲手姫は、不思議な力で太陽神の間に生まれた赤子の迦楼奈を、おそろしくなって川に流してしまいます。その後、大人になって帝釈天との間に阿龍樹雷王子が生まれ、ほかにも坂東亀蔵さん演じる百合守良王子、中村萬太郎さん演じる風韋摩王子、中村鷹之資さん演じる納倉王子、上村吉太朗さん演じる沙羽出葉王子……と6人もの王子を持つ母親になりますね。
米吉 息子たちの半分は先輩です(笑)。阿龍樹雷王子を演じる隼人さんは、ギリギリ数カ月年下ですけれど。
──その阿龍樹雷王子は、迦楼奈のライバル的な役柄です。
隼人 初演では(尾上)松也のお兄さんが演じられた役で、迦楼奈と相対する役どころ。僕にとって大きな挑戦になります。菊之助のお兄さんとご一緒するのも本当に久しぶりなんです。
菊之助 いつ以来になりますか?
隼人 (中村)吉右衛門のおじさまが国立劇場でなさった「伊賀越道中双六」(2017年3月)以来だと思います。
菊之助 「マハーバーラタ戦記」初演の年! 約6年半前ですね。
隼人 こうしてお声がけいただき、とてもうれしいです。
──今回、菊之助さんがお二人に期待するところを教えてください。
菊之助 汲手姫はある意味、聖母マリアの受胎告知のように迦楼奈を身籠ります。なぜ彼女が選ばれたかというと、世界の平安を祈る純真無垢さゆえですね。そんな少女が成長し、捨ててしまった迦楼奈への思い、兄弟同士が争うことへの悲しみなどが彼女の中に重なっていく。今回の再演では1人の役者が演じることで、人物の持つ葛藤をより鮮明にしたい。そこを米吉さんがどう演じてくださるか、大いに楽しみですね。
阿龍樹雷王子は汲手姫と帝釈天との子供であり、力の支配で戦を治めようと考えている戦士です。慈愛の心をもって治めようとする迦楼奈との立場の違いから、最後はこの兄弟がぶつかる。前回同様、この場面の激しさは残しつつ、お互いの葛藤が出るような立廻りを考えています。それぞれが抱えた使命がさらに鮮明になる戦い方を、隼人さんと相談しながら作り上げられたらと思っています。
──初演での、王子たちが大立廻りする最後の戦いの迫力、すごかったです。
米吉 何せ、両花道を馬車が走っていきましたからね。
──「吉野川」ならぬガンジス川のほとりで繰り広げられるような戦闘シーン、手に汗握りました……。隼人さんは5月の「御贔屓繋馬」でのスピーディーな立廻りも印象的でしたし、横浜流星さんとの「巌流島」でも現代的な殺陣をご経験されています。
隼人 音によって動きが変化していく歌舞伎の立廻りと、時代劇の早い殺陣は違うんですよね。経験を生かしたいですし、大きな挑戦にもなる予感がします。阿龍樹雷は迦楼奈と対立する人物ですが、兄弟に対する愛情も持っている。歌舞伎的な、わかりやすい敵役ではないんです……「マハーバーラタ戦記」は、キッパリと善悪が分かれてない人物造形も特徴のような気がします。
菊之助 そう、そこが面白いんですよね。そして、登場人物に枷があればあるほど葛藤が生まれていく、初演のときはそこにいろいろな発見がありましたし、さらに考えたい、深めたい部分がいっぱいあるんです。