「新・水滸伝」中村隼人ら15名の“荒くれ者”が大集合! 8月は歌舞伎座で会いましょう

目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。「八月納涼歌舞伎」第三部にラインナップされたのは、荒くれ者が大活躍し、夏の暑さを吹き飛ばす「新・水滸伝」だ。本作は、中国四大奇書の1つに数えられる長編小説「水滸伝」を三代目市川猿之助(現:市川猿翁)が歌舞伎化したもので、2008年に初演されて以来、繰り返し上演されてきた。初の歌舞伎座での公演となる今回は、主人公・林冲を中村隼人が初役で担当。中村壱太郎、中村福之助、中村歌之助、市川團子といった花形俳優が初出演し、初演以来の澤瀉屋一門が引き続き舞台を支え、さらに松本幸四郎、市川中車、市川門之助、浅野和之、嘉島典俊らが登場し、華を添える。

ステージナタリーでは、永石勝が撮影を手がける「新・水滸伝」のビジュアル撮影に潜入。 出演者総勢15名の扮装姿とそのポイントを一挙紹介する。また、没後130年を迎えた河竹黙阿弥にフィーチャーしたミニコラムでは、「新・水滸伝」と同様に、アウトローたちが活躍する“白浪もの”と黙阿弥の関係に迫る。

取材・文 / 川添史子ビジュアル撮影 / 永石勝

「新・水滸伝」15名のアウトローを紹介
衣裳の見どころはココだ!

ビジュアル撮影に潜入、まず目に飛び込んできたのは……

悪党たちによる痛快活劇「新・水滸伝」の舞台は中国、北宋末期。汚職官吏や不正がはびこる時代に世間からはじき出された好漢(英雄)たちが、梁山泊と呼ばれるアジトに集結。自由な魂を持つ彼らは役人の不正に憤り、世の中にひと泡食わせようと立ち上がり……こんなアウトローたちが大暴れする、なんとも血がたぎる芝居が8月、歌舞伎座で開幕する。

ワクワクのビジュアル撮影に潜入したのは7月某日。到着してまず目に飛び込んできたのは、形もさまざま、色とりどりの刀! 人間味あふれる無法者たちを描く作品だけに、刀も人物の個性を表す大事な小道具だ。光沢ある地紋が美しいマントも色合い別に用意され、舞台で翻る場面を想像(妄想)して心躍る。

江戸時代に中国から日本に伝来した小説「水滸伝」は、挿絵入りの読本や草双紙化したものが次々と出版され、庶民を魅了していった。侠客や博徒を描く講談や浮世絵にも影響を与え、葛飾北斎や歌川国芳などが豪傑たちを活写した作品も有名。さまざまなイメージを参考にしながら、「スーパー歌舞伎」全作の衣裳デザインを手掛けるなど三代目市川猿之助(現:市川猿翁)と数多くのクリエイションを共にしてきた衣裳デザイナーの毛利臣男(2022年逝去)が衣裳監修したのが、「新・水滸伝」の衣裳の数々だ。

衣裳、小道具、床山……スタッフも準備万端。いよいよ俳優たちもスタジオ入りし始めた。裏方たちは“あ・うんの呼吸”で拵えを仕上げ、興奮のフォトセッションがスタート。ここに集いし“荒くれ者たち”の紹介と、初演以来、衣裳コーディネイターとして参加している桜井久美に聞いた拵えのポイントを合わせて送る。

林冲りんちゅう / 中村隼人

林冲(りんちゅう)中村隼人

天下一の悪党。軍隊学校の教師まで務めたスゴ腕だったが、国家転覆を企んだ罪で投獄される。人生の挫折を味わい、生きる意味を失いかけていたが、梁山泊のエネルギーに触れて再び情熱を取り戻す。

スチール撮影を終えたばかりの中村隼人から、コメントが到着。

「今回ビジュアル撮影で着たのは、歌舞伎でもよく登場する“四天(よてん)”という衣裳。『柄が変わるだけで、こんなにも雰囲気が変化するのか!』と新鮮な思いがしました。随所に使われている、燃える情熱のような赤も印象的。この熱量に負けないように演じないといけません。撮影のために袖を通してみて、かつてはエリート武官、次第に悪の集団を束ねていくことになる、林冲の持つカリスマ性のようなイメージをつかむきっかけになりました。この役で大事なのはまず大義。そして正義感。加えて、権力に捻じ曲げられても立ち上がろうとする精神力も大切にしたいと考えています」と思いを述べる。さらに「実は今回、“新・水滸伝・経験者”と初参加の役者が約半々なんですね。新旧の力を合わせ、より練り上げ、座組の皆さんと勢いのある作品にしたいと思っております」と意気込みを語った。

衣裳point!

林冲は物語が進むにつれて次第に思いが変化していく人物ですから、着替えていく衣裳にその胸の内が見えてくる……というのが全体のテーマです。ちなみに、林冲が着ることになるどてらは、牢から梁山泊に連れてこられた林冲が“晁蓋に借りた”イメージ。晁蓋にとっては一目置く人物ですから、立派なもので(笑)。

プロフィール

中村隼人(ナカムラハヤト)

1993年、東京都生まれ。萬屋。中村錦之助の長男。2002年に初代中村隼人を名乗り初舞台。

夜叉やしゃ / 中村壱太郎

お夜叉(やしゃ)中村壱太郎

12歳の春にヤクザの一家を皆殺しにした経歴を持つ、鉄火で美貌の殺し屋。親友である王英の恋の相談にも乗るアネゴ肌で、仲間思いの顔を持つ。

衣裳point!

髪飾りは手作りアレンジで色っぽく。身に着けるネックレスや、衣裳に合わせて変わるイヤリングにも注目!

プロフィール

中村壱太郎(ナカムラカズタロウ)

1990年、東京都生まれ。成駒家。中村鴈治郎と吾妻徳穂の長男。祖父は四世坂田藤十郎。1995年に初代中村壱太郎を名乗り初舞台。

李逵りき / 中村福之助

李逵(りき)中村福之助

戦い好きで暴れん坊、梁山泊のやんちゃ代表。撮影ではトレードマークの二丁斧が「想像以上に重い!」と言いながら、持ち方を工夫し、果敢に勇ましいポーズを見せていた。

衣裳point!

ソバージュ(野生的)な魅力あふれる力強い役。上演するたびに衣裳のパーツが増えているんです。

プロフィール

中村福之助(ナカムラフクノスケ)

1997年、東京都生まれ。成駒屋。中村芝翫の次男。2000年に初代中村宗生を名乗り初舞台。2016年に三代目中村福之助を襲名。

張進ちょうしん / 中村歌之助

張進(ちょうじん)中村歌之助

朝廷軍の指揮官で、すらりとした二枚目。鎧の胸に飾られた獅子も勇ましい。ノーブルな雰囲気が歌之助によく合う。撮影中、兄の福之助がモニターを見ながら声をかけ、仲良くやりとりしていたのが、なんとも微笑ましい風景だった。

衣裳point!

朝廷のために“命を懸けて”動く男。濃紫色のグラデーションでクールな印象に。命令するだけではなく、実戦にも出るので、身軽さも心がけて。鉢巻の飾りは以前ニューヨークで購入したものを使っています。

プロフィール

中村歌之助(ナカムラウタノスケ)

2001年、東京都生まれ。成駒屋。中村芝翫の三男。2004年に初代中村宜生を名乗り初舞台。2016年に四代目中村歌之助を襲名。

彭玘ほうき / 市川團子

彭玘(ほうき)市川團子

純粋で一途な青年で「替天行道(天に替わって道を行う)」の書を捧げて林冲に下山を迫る。汗をかきながら全力でポーズを取る團子に、最後は自然と拍手がわき起こった。

衣裳point!

朝廷軍の一兵卒の役なのでシンプルな拵えですが、彼の正義感が若者たちの心を動かす重要な役どころなので、ほかの人と違う雰囲気に。肩に織物がチラッと入っていたり、頭も織物で少し立派。マントもシルクジャガードで、暗闇でも動いたときに美しく。派手ではないけど少し特別……というライン。

プロフィール

市川團子(イチカワダンコ)

2004年、東京都生まれ。澤瀉屋。市川中車の長男。祖父は市川猿翁。2012年に「ヤマトタケル」で五代目市川團子を名乗り初舞台。

祝彪しゅくひょう / 市川青虎

祝彪(しゅくひょう)市川青虎

梁山泊の向こう岸にある村、独龍岡の若き跡取りであり、青華の許嫁。撮影中は敵役らしいポーズと表情を劇的にどんどん変化させ、思わずカメラマンからも「そう!」と声が出る、見応えあるセッションとなっていた。

衣裳point!

随所にターコイズブルーが効いた衣裳です。特に鎧は素晴らしい。頭の飾りも豪華に。実はこの芝居では、敵味方をわかりやすくするために、美しく色分けしています。赤が梁山泊、紫が朝廷軍、独龍岡軍がターコイズと明確な色分けに。

プロフィール

市川青虎(イチカワセイコ)

1983年、東京都生まれ。澤瀉屋。1993年に三浦弘太郎の名で初舞台。1995年に三代目市川猿之助(現:市川猿翁)の部屋子となり、市川弘太郎を名乗る。2022年に二代目市川青虎を襲名。

燕青えんせい / 市川寿猿

燕菁(えんせい)市川寿猿

台本のト書には“老いた美男子”と書かれた伊達男! 原作では色白で絹のような肌を持った、絶世の美青年という設定。

衣裳point!

今回出来た新しいお役で、柔らかさの中に鋭いところもある役。なんせ“美男子”ですから、どこか色っぽさも出したいと思い、襟や袖口など、随所にキレイな刺繍入り色布を入れ、新しく色っぽいかんざしも作りました。

プロフィール

市川寿猿(イチカワジュエン)

1930年生まれ。澤瀉屋。1934年に初舞台。1947年に八代目市川中車、1949年に三代目市川段四郎、1955年に三代目市川猿之助(現:市川猿翁)に入門。1975年に二代目市川寿猿を襲名。

時遷じせん / 嘉島典俊

時遷(じせん)嘉島典俊

元はコソ泥、大きな男になるために梁山泊にやってきた、野心あふれる若者。

衣裳point!

泥棒ですから、なんでもこじ開けてしまうかんざしを頭に刺しています。ギュンギュンに編んだ斜めのたすき紐は、チェーンも絡まりますし、かなり重たかったのを今回は軽量化しました。端切れ布はいろいろな役に使いますが「あれ、こんな形だっけ?」と思うぐらい個性的に着こなしてくださいます(笑)、皆さんが自由に結ぶ位置や形をアレンジするので、今回も楽しみです。

プロフィール

嘉島典俊(カシマノリトシ)

1973年、静岡県生まれ。6歳のとき、大衆演劇で初舞台。歌舞伎は、「スーパー歌舞伎II『ワンピース』」「新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』」等に出演。