目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。2023年最終月に歌舞伎座を賑わすのは、中村獅童と初音ミクによる人気シリーズ「超歌舞伎」。2016年のスタート以来、数々の伝説を立ち上げてきた「超歌舞伎」の足跡を、演出・振付を手がける藤間勘十郎、脚本担当の松岡亮、ドワンゴの横澤大輔がそれぞれの目線で振り返る。また黙阿弥コラム最終回では、新派文芸部・齋藤雅文が黙阿弥の魅力について語っている。
文 / 川添史子
「最高のヒーローショー」を目指して
中村獅童と人気バーチャル・シンガー初音ミクが共演する歌舞伎公演「超歌舞伎」は、伝統芸能と最新テクノロジーが融合する“歌舞伎の超最新形”。目にも鮮やかなプロジェクションマッピングや、ライブのようなロックで派手なステージング、そこに歌舞伎が育んできた芸の力、物語性、個性的なキャラクターの面白さがミックスされた斬新なステージだ。新たなファン層を開拓しながら、毎春、動画配信サービス・ニコニコ動画の参加型メガ祭典「ニコニコ超会議」で開催されている同企画が、今月、ついに歌舞伎座に進出した。毎年初日は会場で、楽日は配信で楽しんでいる筆者も、今年の4月30日、大千穐楽のカーテンコールで獅童から「2023年12月、東京、歌舞伎座公演決定しましたー!」という言葉を聞いたときは、画面の前で「をを……!」と思わず驚きの声が漏れた。「超歌舞伎」の挑戦と躍進と感動の「これまで」を振り返っていきたい。
すべてのスタートは2016年4月「ニコニコ超会議 2016」だった。総合プロデューサーを務める株式会社ドワンゴ 取締役CCOの横澤大輔は、“前夜”をこう振り返る。「スーパー歌舞伎II『ワンピース』を観劇したのが僕にとって初めての歌舞伎で、古典はまだ観たことがありませんでした。でも老若男女がスタンディングオベーションをする姿を観て、『僕もこんな歌舞伎をつくりたい』と思い、松竹さんにご提案したのが始まりです。僕がいつもこの『超歌舞伎』をつくる上で大切にしているのは、『最高のヒーローショーをつくりたい』という思い。いつの時代も人はヒーローを求めています。江戸時代から続くこの“傾く”精神を現代の混沌とした世の中に“魅せて”いきたいんです」(横澤)。
正直に告白すると、1年目の「超歌舞伎」を観る前は内容が未知数すぎて、「どゆこと?」というふわふわした気持ちで、コスプレ姿の方々とすれ違いながら幕張メッセに向かった。初演からの参加スタッフである演出の藤間勘十郎と脚本の松岡亮にスタート時の思いを聞くと「どう歌舞伎にするか! それが一番でした」(勘十郎)、「あまりにも傾いた企画すぎて、言葉もありませんでした。『歌舞伎をまだ観たことがないお客様に、歌舞伎の面白さ、素晴らしさを体感していただける作品とはどんな作品なのか?』と自問自答しながら準備稿を書き進めたことは、今となっては良き思い出です。加えて準備稿ができた段階で、すでにデジタル演出のためのCGや映像制作はデッドラインを迎えていたという痺れるスケジュールにも驚かされました」(松岡)と初体験だらけの現場をチャレンジ精神で乗り越えた様子が伝わってくる。こうしたクリエイターたちの「初心者に歌舞伎の魅力を」という強い思いが、あの日集まった歌舞伎初体験の観客に真っ直ぐ刺さった様子は、「?」マークからだんだんと盛り上がっていく客席の素直な反応から一目瞭然だった。歌舞伎ならではの演技や化粧や衣裳や音がデジタルと融合し、さらなる個性とパワーの渦が生じたのだ。そうして「超歌舞伎」は、「ニコニコ超会議」の目玉企画としてファン層を開拓していく。
作り手とファンの思いが重なり、夢が現実に
「超歌舞伎」の歴史で忘れられない瞬間は数えきれないが、3年目、がんの闘病を経てステージに復帰してきた獅童が客席に向かって叫んだ「帰ってきたぞー!」は、とりわけ印象深い。前年の「超歌舞伎」後にがんを公表した獅童は、歌舞伎ファンとミクファンが書いた見舞いのメッセージカードを病室に飾って心の支えにしたという。この年の「超歌舞伎」のキャッチコピーは「これは、愛に似た恩返し」だった。
幕張メッセから飛び出した劇場公演もアツかった。2019年の京都南座公演では、アニメグッズをリュックにいっぱい付けた海外からの観光客、ミクTシャツを着込んだお兄さん、小さなお子さん、古典芸能に親しんできた着物姿の女性客が一体となって盛り上がり、なんとも微笑ましい風景を見かけた。2022年には福岡・博多座、名古屋・御園座、東京・新橋演舞場、京都・南座で上演と、全国に広がり続けている。松岡も「ニコニコ超会議から南座公演へ、そして四都市公演、さらに今回の歌舞伎座公演の実現は、超歌舞伎ファンの皆さんのお蔭といっても過言でありません。お客様に育てられ、支えられている、それが“超歌舞伎”ですし、素晴らしいスタッフに恵まれているのも、超歌舞伎の特色で、より良い作品とするべく、それぞれの得意分野で日夜汗を流しています。そんなスタッフの皆さんの熱量、獅童さん、ミクさんを始めとした出演者の皆さんの熱量、お客様の熱量が共鳴しあって、あの熱狂性が生まれるのだと思います」と分析する。南座公演には、配信で「超歌舞伎」ファンとなり、台湾からわざわざ足を運んだ観客もいたと聞く。その人は現在、日本語を勉強して日本で就職し、台湾での「超歌舞伎」公演を夢見ているとか。ファンの間では、いつか海外へ……の期待も高まっている。
進化し続ける「超歌舞伎」、高まるファンの期待
この間積み重ねられてきたNTTのデジタル技術の進化もめざましく、また、芝居・舞踊のみならず、長唄まで披露するなど、初音ミクの進化も止まらない。勘十郎は「獅童さんとミクさんには、同じ空間で芝居をしていただきたかったので、3年目に二人が同じスクリーンに入ったときは涙が出ました。演劇は毎日がナマ物ですから、日によって芝居が変わります。ミクさんにも毎日自由にお芝居をしてほしい!」と語る。
個人的に思い出深いのは2020年、双方向オンライン公演での「夏祭版 今昔饗宴千本桜」だ。コロナ禍を受け、この年は無観客の東京建物 Brillia HALLから全編無料配信された。実はあの日、筆者はレポート取材のためにガランとした客席に座り、その舞台を生で見ていた。観客のいない寂しさ、ライブでできないもどかしさを出演者&スタッフたちはエネルギーに変え、「カメラの向こう」の観客を想像しながら遠くへ届けようとしていた。あの現場の熱気、集中力高い空気感。空っぽの客席にだんだんとペンライトが灯っていくような不思議な感覚。いち早くデジタルのノウハウを積み上げてきた強みも生きた。配信画面はコメントで埋めつくされ、約23万5000人が視聴した。
“デジタルケレン”も!新たな美を追求し続ける「超歌舞伎」
さあそしてついに、歌舞伎座の幕が上がった。「今昔饗宴千本桜」はここぞという時に上演されてきた代表作だが、脚本の松岡も「これまでも幕張メッセと劇場公演では舞台機構や演出の違いなどもあり、脚本を見直し、修正してきました。そしてやはり歌舞伎座は、特別な風格を持つ劇場です。そのために歌舞伎座で上演するにふさわしいものとなるよう、演出の勘十郎師とも相談の上、脚本を改訂しました。豪華な顔ぶれの揃った、歌舞伎座ならではの超歌舞伎に対して、お客様がどう反応してくださるのか、大変緊張しています」(松岡)と気合をみなぎらせる。
「デジタルケレン」という気になるワードも飛び出した。「歌舞伎の本丸での公演でプレッシャーはありますが、初めてご覧になる方も多いと思いますので、初心に帰る気持ちで制作にあたっていますし、今まで以上に製作陣の気合いが入っています。今回は獅童さんとミクさんが舞台で輝いてもらうために『デジタルケレン』を意識してつくっています。伝統芸能とデジタルの融合の新しい『美』を感じていただければと思います。最新にして、最古。最古にして、最新。こんなもの観たことない!という舞台になっていますので、劇場で体感していただけたら嬉しいです」(横澤)
最後に、獅童とミクによる宙乗りについて演出家に聞くと「歌舞伎における演出の場合、私の演出の師である奈河彰輔先生から教えていただいたのは、宙乗りをするにも、ダンマリをするのも、その理由が大切であり、ただやれば歌舞伎になる訳ではない!ということです。しかし今回は飛ぶ理由がないんです(笑)。天国の師からお叱りを受けるかもしれませんが、私はあえてエンターテイメント性のある宙乗りという演出をとり、そこにさまざまなコラボレーションを考えています。これが超歌舞伎ファンの方、歌舞伎ファンの方……客席もコラボレーションしてくだされば、宙乗りをする理由に繋がると考えています」(勘十郎)と「参加型」である『超歌舞伎』ならではのプランを匂わせる。
日頃から「伝統を守り、革新を追求するのが僕の生き方」と明言する獅童が座頭の「超歌舞伎」は、お弟子さんたちにも活躍の場を与え、女流舞踊家も出演、盟友である勘九郎や七之助らも加わり、フロンティア精神が横溢する舞台でもある。歌舞伎座に“ノーボーダー”な空間が出現する瞬間を想像すると、ワクワクしかない! そして今回、すでに「超歌舞伎」ファンにはお馴染みの獅童の長男・小川陽喜くんも出演し、次男・夏幹くんが初お目見得する。この夏幹くん、お兄ちゃんの陽喜くんと一緒に布袋寅泰の「スリル」のリズムに合わせ、「ベビベビベイビー……」と順番に服を脱ぎながら“立廻りごっこ”をするロックな男の子とか。未来を見せてくれる新しいヒーロー誕生が、とってもうれしい。
プロフィール
藤間勘十郎(フジマカンジュウロウ)
1980年、東京都生まれ。日本舞踊家、演出家、歌舞伎舞踊振付家。祖父・六世藤間勘十郎と母・七世藤間勘十郎(現・三世藤間勘祖)のもと研鑚を重ね、高校卒業後は母と共に歌舞伎舞踊の振付を担当するほか若手俳優の舞踊の指導・育成に努める。また苫舟(作曲・筆名)の名前にて数々の新作を発表している。
藤間勘十郎オフィシャルサイト – 日本舞踊舞踊家・歌舞伎舞踊振付師
藤間 良 (@kanjurofujima) | Instagram
松岡亮(マツオカリョウ)
1977年、愛知県生まれ。松竹株式会社歌舞伎製作部芸文室所属。歌舞伎脚本の執筆、補綴を担当。2016年より「超歌舞伎」全作品の脚本を担当。「壽三升景清」で優れた新作歌舞伎に与えられる第43回大谷竹次郎賞受賞。
横澤大輔(ヨコサワダイスケ)
1981年、東京都生まれ。株式会社ドワンゴ取締役CCO。株式会社ドワンゴのコンテンツ戦略担当として、2001年よりドワンゴの携帯コンテンツ制作を始め、ニコニコ公式生放送やさまざまなイベント、新規事業を立ち上げる。2012年からニコニコ超会議では統括プロデューサーとして16万人超規模のイベントを手がけ、2016年より伝統芸能の歌舞伎とデジタルを融合させたオリジナル新作歌舞伎「超歌舞伎」の総合プロデューサーを務めている。2021年学校法人瓜生山学園客員教授に就任。そのほか一般社団法人日本ネットクリエイター協会代表理事。豊島区国際アート・カルチャー都市プロデューサー。
齋藤雅文が語る黙阿弥・後編
前編、中編に引き続き、今年、黙阿弥の作品を守り抜いた娘、糸女の情熱を描いた新派の子「新編 糸桜」(参照:波乃久里子「糸桜」決定版が上演へ、齋藤雅文「今、見るべきです、走り続ける波乃久里子を!」)の脚本・演出を手掛けた新派文芸部の齋藤雅文にインタビューする。最終回となる今回は、改めて黙阿弥の魅力を聞く。なお「新編 糸桜」は12月31日まで配信中、視聴申込受付期間は12月24日まで(参照:「糸桜」配信スタート、波乃久里子「素敵なお誕生日プレゼントを頂戴しました!」)。また齋藤は1月歌舞伎座では、高麗屋三代がそろう小山内薫作「息子」の演出を担当する。
──お話を伺ってきて、黙阿弥と新派の、近いようで遠い、遠いようで近い関係性が見えました。
私が劇団に書いた「明治花の写真館」(1996年、新橋演舞場)では、新富座の舞台で実際に上演された黙阿弥のざんぎり物(明治維新以降の風俗を世話物として取り入れた演目)を劇中劇で出したこともあるんです。扱ったのは、黙阿弥作の「勧善懲悪孝子誉」三幕目「北庭筑波写真館の場」。この作品では明治期の写真師・北庭筑波を五代目尾上菊五郎が演じたわけですが、新派の女方・二代目の英太郎がその菊五郎を、さっそうとした立役で演じてくれたのも懐かしい思い出です。当時の流行の最先端である写真を、素早く作品に取り込んで実名で舞台化した黙阿弥の姿勢は、歌舞伎のジャーナリズムとしての側面をよく表していると思いますね。そして、明治の歌舞伎と新派と社会風俗が、とても近いところで混然となって躍動していたことが感じられます。
──最後に改めて……時代を超えて黙阿弥作品が愛される最大の理由はどこだと思いますか?
惜しげもなく次から次にカードを切ってくるというか、マジックのように手を変え品を変え、観客に喜んでもらうための技が惜しげもなく出てくるんです。そして人間描写の深さ。この両方を手に入れたからこその、あの完成度なのでしょう。また、黙阿弥は自分で描いた番付の下絵なんかも残っていて、扮装から美術の雰囲気まで、脳内に詳細な絵コンテができていたんでしょうね。血わき肉踊るようなワクワク感、目に鮮やかな舞台、そこに味も十分染み込んで充実している。つまり、エンタテインメントとして大変優れているからこそ、時代を超えて愛され続けるのだと思います。
「歌舞伎座で会いましょう」特集
- 松本幸四郎と中村七之助が“因縁の二人”を演じる、1月は歌舞伎座で会いましょう
- 片岡仁左衛門が“一世一代”で「霊験亀山鉾」に挑む、2月は歌舞伎座で会いましょう
- 「花の御所始末」40年ぶりの上演に松本幸四郎が自身の色を重ねる、3月は歌舞伎座で会いましょう
- 中村隼人、晴明神社へ。宮司から聞く“安倍晴明”像 4月は歌舞伎座で会いましょう
- 尾上眞秀、小さな身体に勇気と闘志をみなぎらせ初舞台「音菊眞秀若武者」に挑む! 5月は歌舞伎座で会いましょう
- 片岡仁左衛門、“憎めない男”いがみの権太の悲劇を色濃く描き出す 6月は歌舞伎座で会いましょう
- 市川團十郎、江戸っ子らしいダイナミックな世話物「め組の喧嘩」、エンタテインメント性たっぷりな舞踊劇「静の法楽舞」で“歌舞伎の幅広さ”をお届け
- 「新・水滸伝」中村隼人ら15名の“荒くれ者”が大集合! 8月は歌舞伎座で会いましょう
- 中村歌六・中村又五郎、「秀山祭」で中村吉右衛門をしのぶ、9月は歌舞伎座で会いましょう
- 山田洋次・中村獅童・寺島しのぶが新たに立ち上げる「文七元結物語」、10月は歌舞伎座で会いましょう
- 尾上菊之助・中村米吉・中村隼人、宮城聰演出の壮大なインドエンタテインメント「マハーバーラタ戦記」再演に挑む! 11月は歌舞伎座で会いましょう