「花の御所始末」40年ぶりの上演に松本幸四郎が自身の色を重ねる、3月は歌舞伎座で会いましょう

目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。3月は、40年ぶりに上演される「花の御所始末」で“暴君”足利義教を演じる松本幸四郎にインタビュー。「花の御所始末」は、“昭和の黙阿弥”と言われた宇野信夫が、ウィリアム・シェイクスピアの「リチャード三世」に着想を得て創作した作品。幸四郎は今回、義教を「冷徹な、何をしても動じない怖さがあるような男にできれば」と語っている。そんな幸四郎が持つイメージを、演出の齋藤雅文はじめスタッフがどのように具現化していくのか。特集後半ではスタッフのコメントも掲載している。また没後130年を迎えた河竹黙阿弥にフィーチャーしたミニコラムでは、黙阿弥自身に迫る。

取材・文 / 川添史子

松本幸四郎インタビュー

“音”から作品のイメージを広げる

──将軍になるためには手段を選ばず、冷徹に奸計を張りめぐらせ、邪魔者を次々と消していく足利義教が主人公の「花の御所始末」は、ウィリアム・シェイクスピア作「リチャード三世」から着想を得た作品。宇野信夫さんが、幸四郎さんのお父様である松本白鸚さん(当時六代目市川染五郎)に書き下ろして初演されたのが1974年の「帝劇新歌舞伎」(帝国劇場)、再演が1983年(新橋演舞場)で、実に40年ぶりの上演です。

芝居イコール歌舞伎、歌舞伎イコール「勧進帳」という認識しかなかったまだ小さな頃、新橋演舞場の公演に一座していました(当時10歳)。「ワーッ!」とか「ギャーッ!」という声が響く異色なお芝居、鮮烈な記憶が残っていますね(笑)。とはいえ、まさかこの作品を自分がやるとは考えていませんでしたので、松竹さんからお話を頂戴したときはびっくりしました。父に上演を報告したところ、驚き、戸惑い、うれしさ、いろいろな思いがあるような微笑を浮かべてました(苦笑)。ただ音声と舞台写真しか残っておらず、今回はそれらを頼りに復元しつつ、新作に取り組むように作っていこうと演出の齋藤(雅文)さんとご相談しているところです。

──音声からはどんな情報が読み取れましたか?

父が得意とする音楽的なセリフ回しを「全面的に生かそう」と宇野先生が考え、創意工夫されたことが伝わってくる気が致します。セリフを歌うように語っていくので、世話物的なしゃべり方ではなく、まさにシェイクスピア劇のようです。劇中に義教が、家来の珍才&重才に死体を片付けるように命令する場面が何度か出てくるのですが、先輩方にお話を伺うと「『珍才、重才』と呼ぶ声がすごく耳に残っている」と口をそろえておっしゃるんです。人を殺したあとに発するセリフですから、場面としても、ある種の不気味さもあるのでしょう。

松本幸四郎

松本幸四郎

──義教は栄華を極めた三代将軍足利義満の次男、実在の人物です。

史実では将軍家の後継候補から外れた存在で、兄が亡くなる際にくじ引きで後継者に決まったことから「くじ引き将軍」と呼ばれているそうですね。

──恐怖政治で知られ「悪御所」「悪将軍」とも言われているようですが、今作ではフィクションを織り交ぜてドラマを膨らませ、さらにスケールの大きな悪人として描いています。

父を殺し、兄を殺し、だんだんとのし上がってはいきますが、彼の中にはまったく満足感や達成感がなく、何かに追われているのか、もっと大きなことに向かって生きているのか……最初から孤独な感じもあるんですよね。冷徹な、何をしても動じない怖さがあるような男にできればと考えています。動機や心理の筋道を立て、リアリズムで成立させようとしてしまうと、役の大きさを損なってしまう気もしますから。

──義教は一気に頂点まで上り詰めるも、だんだんと狂気に苛まれ破滅していきます。宣伝写真を拝見すると、真っ白に塗った顔と不敵な笑み、将軍の正装である黒い直衣の襟元からチラリと赤がのぞき、コントラストの効いた色合いが印象的です。

今回は新しく作る衣裳もあり、父が演ったときの舞台写真を並べて見ると、全体的にとてもキレイな色合いなんです。義教はとてつもなく悪い人ですが、ダークな色や沈んだような色ではなくて、どちらかというと白っぽい色味をまとっている。「主軸として立つように」という絵的な意図もあったでしょうが、こうしたギャップを置くことで、何か役の奥行きが出てくるのかもしれないですよね。また化粧に関しては、血の気が感じられない、色白の男にしようと考えています。白い顔で、無表情で次々と殺していくことで、ある種の怖さが出せればと思っています。

荒木経惟が撮影し題字を書いた「花の御所始末」ポスタービジュアル。

荒木経惟が撮影し題字を書いた「花の御所始末」ポスタービジュアル。

華やかさと闇のコントラストを描きたい

──2022年3月、情ある侠客を描いた「荒川の佐吉」では桜散る花道を去っていく幸四郎さんにすっかり泣かされちゃいましたが……同作も齋藤さん演出でしたね。6月、ご子息の市川染五郎さんが初めて主役を演じた「信康」(参照:市川染五郎と齋藤雅文が新たに作り出す信康像、6月は「信康」で会いましょう)も齋藤演出。いずれも変化していく経過をコンパクトな上演時間の中でテンポ良く展開するよう工夫されていました。演出家とはどんな戦略を立てていらっしゃいますか?

今回も、スピーディーな場面転換でいこうとご相談していて、序幕「京都室町御所内」はさまざまな花が咲き誇り、「四季のすべての花がこの庭にある」と言われた “花の御所”をあらわす華やかなオープニングになりそうです。最後も同じ道具に戻るのですが、カラーとモノクロ、ガラッとイメージが反転するような世界観を考えています。

──なるほど。先ほどのお衣裳の話と同様、血なまぐさい物語をあくまで華麗に展開させて衝撃のラストへ。御所や金閣寺や能舞台など、美しい場所で展開しますしね。

こうした華やかさとのコントラストが、宇野先生の意図でもあると思うんですよね。またこの物語を彩る女性たちはあくまで御所にいる上品な女性たちではあるのですが、全員がちょっとおかしいというか(笑)、個性的で面白いんです。男も女も、矛盾も含めた人間の本質、ここぞというときに出てしまう我の強さ、徹底的に欲望を持った人たちが描かれているのだと思います。

松本幸四郎

松本幸四郎

──初演は三田佳子さんをはじめとする女優さんや、花柳喜章さんなど新派の方もご参加。キャスティングの幅広さ、ユニークさを生かそうとキャラクター作りにも工夫を凝らしたのかもしれません。

そうですよね。再演でも京屋(四代目中村雀右衛門)に、河内屋(三代目實川延若)に、松嶋屋(十三代目片岡我童)、片岡我當のおじさま、紀伊国屋(九代目澤村宗十郎)に、叔父(二代目中村吉右衛門)も出ている、非常に面白い座組みでした。今回は当代の雀右衛門さんと坂東亀蔵さん(再演で義教の兄義嗣を演じた坂東楽善の次男)もそれぞれのお父様と同じ役でご出演されます。こうして息子世代で演じられることにも巡り合わせと意義を感じています。

──染五郎さんも、義教の腹心の管領である畠山満家の息子、左馬之助役でご出演されます。

まずは音源から凝縮されたドラマ、緊張感を感じて役作りをし、役を深めていってもらいたいですね。「信康」のとき同様、今回も早めに齋藤さんに抜き稽古をしていただいています。

宇野信夫と高麗屋の縁

──作者の宇野信夫さんと高麗屋さんとは(曽祖父である)七代目幸四郎さんからのお付き合いですね。何か思い出はありますか?

小さい頃、宇野先生作・演出の「鼠小僧次郎吉」に蜆売り三吉役で出たことがあります(1985年、11歳のとき)。大勢が出てくる場面の稽古をしていたとき、男女の人数バランスを調整することになり、先生が1人に「あなた男になってくれる?」と言ったんですね。それがたまたま女方さんで「私はできません」とお答えになったら、「男なのにおかしいねえ。男なのにねえー」とおっしゃっていたのが妙に記憶に残っています(笑)。父も先生が大好きで2人が楽しそうにおしゃべりしていた光景も覚えていますし、本当に穏やかな方という印象しかありませんから、こんな悪人のお芝居を描かれるなんて……(夫婦の愛情を描く)「ぢいさんばあさん」しかご覧になったことがない方は、「え、同じ作者?」と驚かれると思います(笑)。

松本幸四郎

松本幸四郎

──心の機微を描ける方だからこそ、こういった人間の闇の部分に迫るドラマも書けるのでしょうね。最後にお客様にメッセージをお願いします。

義教は悪人ですけれど、悪を起こすには決断力も行動力もエネルギーも必要ですし、殺人は人間が奥底に持っているものが露呈する瞬間だと思うんですよね。ひたすらに悪であり、ひたすらに人間……「本当に悪い人かな?」なんて善悪の概念がわからなくなってしまうぐらい、この男の生き様にお客様を引きずり込んで、刺激と魅力を感じていただければ成功でしょう。良い意味での問題作になるようにしたいと思っております。

荒木経惟(アラーキー)が映し撮る“悪の華”

2人の顔合わせは、1998年に発売された写真集「Rainyday 市川染五郎」以来とか。幸四郎は「全身を撮影すると思っていたら、どんどんカメラが寄ってきて(笑)。最初は5分で終わるとおっしゃっていたけれど1時間ぐらいのセッションとなりました。1対1で集中力の高い時間を過ごさせていただき、うれしかったですね」と笑顔を見せた。バッと咲き、枯れて散っていく様まで、美しくグロテスクな花の表情を映し撮った写真でも知られるアラーキー。花の御所に咲き誇る“悪の華”への期待がさらに高まる1枚となった。

プロフィール

松本幸四郎(マツモトコウシロウ)

1973年、東京都生まれ。1979年に「侠客春雨傘」にて三代目松本金太郎を名乗り初舞台。1981年に「仮名手本忠臣蔵」七段目の大星力弥ほかで七代目市川染五郎を襲名。古典から復活狂言、新作歌舞伎まで幅広い演目に取り組む一方で劇団☆新感線の舞台やテレビドラマ、映画などにも出演。2018年に高麗屋三代襲名披露公演「壽 初春大歌舞伎」にて十代目松本幸四郎を襲名した。