歌舞伎座で会いましょう 松本幸四郎×市川猿之助×中村獅童が語る、1月は「壽 初春大歌舞伎」で会いましょう (2/2)

これからの歌舞伎俳優に必要なこと

獅童 先日お二人が出演された「花競忠臣顔見勢(はなくらべぎしのかおみせ)」(参照:幕の内弁当のような“忠臣蔵”を!松本幸四郎&市川猿之助が「花競忠臣顔見勢」の魅力語る)の千穐楽を拝見したけど、あれは素晴らしかったね。若手それぞれに見せ場があって。

2021年の歌舞伎座「花競忠臣顔見勢」より。左から松本幸四郎、市川猿之助。

2021年の歌舞伎座「花競忠臣顔見勢」より。左から松本幸四郎、市川猿之助。

──三代猿之助四十八撰の1つ「二十四時忠臣蔵」をベースにさまざまな忠臣蔵外伝をまとめ、12月11日から討ち入り当日14日までの4日間を約2時間で走り抜く構成は、大役をもらった若手のエネルギーと物語が並走するようで鮮やかでした。

獅童 本当に。今歌舞伎座は感染症対策で上演時間を短縮せざるを得ない状況ですけど、あの忠臣蔵はその制約を逆手に取るアイデアが生きていてとても良かった。

猿之助 忠臣蔵を短時間で見せるアイデアは、(幸四郎が構成・演出を手がけた)「図夢歌舞伎『忠臣蔵』」(参照:構想20年!松本幸四郎がオンライン“図夢”歌舞伎で「忠臣蔵」を立ち上げる)がなかったら生まれなかったと思いますね。

──「図夢歌舞伎」は2020年6月末から5週にわたって生配信されたオンライン歌舞伎作品で、演劇界全体が途方に暮れていたあの時期によくぞ……という新企画でした。

幸四郎 あの時は「新しい表現を」なんて余裕は全然なかったですね。僕らも芝居ができないし、芝居がなければ裏方の皆さんの動きも止まってしまう。2週間寝たきりだと、人って歩けなくなるじゃないですか。技術もそう。このままでは取り戻せなくなる、早くその場を見つけなくてはという一心で動いていたらあの形になったというだけで。

2020年の「図夢歌舞伎『忠臣蔵』第一回」より。松本幸四郎演じる高師直。下が撮影現場の様子。

2020年の「図夢歌舞伎『忠臣蔵』第一回」より。松本幸四郎演じる高師直。下が撮影現場の様子。

猿之助 一旦焼け野原になったあの時期、再び歌舞伎の芽が吹き出るきっかけを与えたのが、あの「図夢歌舞伎」だったと思います。コロナで痛感したのは、お客様が劇場に入ってくださって会社が収益を上げないと、僕たちも生きていけなくなるっていうシビアな現実です。先人たちも体験したことのないこのコロナの状況の中、興行を成り立たせなくてはいけない。これまでのやり方、考え方を根本から見直さないといけないし、それぐらいの危機感と覚悟を持ってやっています。このまま「仮名手本忠臣蔵」の通し上演が途絶えて、100年後に「かつてはものすごいお客さんが入ったらしい」と、復活狂言として上演されるような状況になるかもしれない。だからね、僕はもう未来のことは考えない。だってひと月先、明日の状況さえ読めないんですから。自分が死ぬまであってくれさえすれば、それで良い!(笑)

幸四郎 確かに「自分が生きている間だけでも」と知恵をめぐらすことが、結果として未来につながるのかも。

猿之助 本当にそうですよ。それぞれがそれぞれのことを必死にやっていれば、どうにかつながるんじゃないかと思う。だって今、世界中の人が生きることに必死なんですから。

獅童 僕も2回大病やってるから、病室で寝ているときなんかは本当にそう思ったよね。どこか切ない仕事なのかもしれないけど。とにかく、マスクすることが靴下を履くように日常になって、歌舞伎に限らず世の中全体の生活スタイルが変化する今、「あの頃をどうにか取り戻そう」ではなく、この状況に即した僕たちの価値観を見出さないといけない局面にぶつかっていますね。長く続いた“ステイホーム”で劇場通いの習慣から離れてしまった方もいるでしょうし、「今のコンパクトな上演時間の方が現代の生活に合ってちょうど良い」というお客様もいる。一丸となって興行のあり方を模索しないといけない時代に突入してしまった気がする。

幸四郎 昼夜興行というのは、前菜、メイン、デザートとフルコースを考えるような狂言立てでしたが、今の三部制だと上演できない演目も出てきています。長い演目の短縮 / 再構築を考えると同時に、逆に20分の舞踊を1時間に伸ばすなんて発想もありかもしれない。お二人がおっしゃるように、ただただ今までやってきたことにしがみついていてはいけないと僕も思います。

猿之助 もうこうなったら、コロナをテーマにした新作を作りたいもの(笑)。ただ最近の銀座の様子を見ていると、土日なんてものすごい人出で、やっぱり人々は何かを求めていると感じるんですよ。その外向きの気持ちをどうこちらに取り込むかですよね。

幸四郎 面白いのが、国立劇場で毎年開催される「社会人のための歌舞伎鑑賞教室」の客席を眺めると、普段はあまり見かけない、スーツを着た“社会人”の方々が足を運んでくださるんです。ほかの日に来ても良いのに(笑)。「誰のために」とターゲットをはっきりさせると、背中を押すきっかけになるんでしょうね。

獅童 そうかもね。「歌舞伎を一度観たいけれど、どれを観たら良いかわからない」というのも、意外と多い質問だからね。僕が絵本原作の歌舞伎「あらしのよるに」(参照:「十二月大歌舞伎」第1部に中村獅童出演の新作歌舞伎「あらしのよるに」)を作った理由は、子供が観てくれることが未来につながると考えているからなんですね。お母さんお父さんと一緒に観た記憶が、いつか彼らが大人になったときに「今度は自分のお金で行ってみよう」というきっかけになる。20年後、30年後につながる種まきも必要だと思います。

2016年の歌舞伎座「あらしのよるに」より。中村獅童演じるがぶ。

2016年の歌舞伎座「あらしのよるに」より。中村獅童演じるがぶ。

幸四郎 僕、通学・通勤途中に15分ぐらいで観られる歌舞伎の映像作品が作りたいんですよね……(笑)。

猿之助 みんなスマホ見てるからね。これからの歌舞伎俳優というのは、デジタル / 映像の知識もなくてはいけなくなるでしょうね。松竹は映画もドラマも手がけてきた歴史がある。手を携えれば、一番可能性ある映像作品や宣伝映像が作れる場所だと思っています。

松本幸四郎

松本幸四郎

市川猿之助

市川猿之助

中村獅童

中村獅童

改めて、お互いに対する思いは…

──まだ演劇界は「大いにやりましょう」というときを迎えられてはいませんが、皆さんが創意工夫し、止まることなく“面白い舞台”“ドキドキする作品”“感動する芝居”を作り続ける同時代の心意気に触れるために、2022年も劇場に足を運ばなくては!と思いを新たにしました。最後にお互いへの思い、尊敬する部分を伺えますか?

獅童 幸四郎さんは子役時代からもうずーっと僕の先を走っている人で、昔はもう客席で嫉妬していましたよ(笑)。でも自分も経験を積み、こんなことも言葉にして伝えられるような年齢になったし、幸四郎さん猿之助さんお二人の精神は常にリスペクトしていて、同年代であることが心強い。こうしておしゃべりできて、今日は本当に楽しかったです。もっと話す時間がほしい!(笑)

幸四郎 獅童くんとはコクーン歌舞伎「夏祭浪花鑑」(1996年)でご一緒したとき、あるベテランの方との3人部屋で、いかにその方を困らせるかを2人でずっと考えていました(笑)。あのときも僕らの年代で面白いものやろうよって話をいっぱいしましたね。猿之助さんは……とにかくすごい人です。

一同 (笑)。

──突如回答がふわっとしましたが、詳しく教えていただけますか(笑)。

幸四郎 あのね、猿之助さんは旅行先のラスベガスでばったり会ったり、そう近所でもないのにステイホーム期間に散歩で立ち寄ったコンビニで出くわしたり、不思議な縁があるんですよ。いつもどこかで何かつながっている存在だと感じます。

猿之助 僕がお二人を尊敬しているところはね、ご家庭を持っているところ! 劇場で気を遣って、ご家庭でも気を遣って、息子さんの演技指導もしないといけない。芸を後世に残さないといけない使命もおありになる。心が休まらない24時間を生きていらっしゃるから、ほら、貫禄もすごいじゃないですか。僕とお二人では年齢もだいぶ離れていますし。

幸四郎 そんなに離れてないでしょ……。

猿之助 いえいえ、ずーっと先輩です。お二人のような貫禄は、僕には一生手に入らないものだと思っております!

プロフィール

松本幸四郎(マツモトコウシロウ)

1973年、東京都生まれ。1979年に「俠客春雨傘」にて三代目松本金太郎を名乗り初舞台。1981年に「仮名手本忠臣蔵」七段目の大星力弥ほかで七代目市川染五郎を襲名。古典から復活狂言、新作歌舞伎まで幅広い演目に取り組む一方で劇団☆新感線の舞台やテレビドラマ、映画などにも出演し人気を博す。2018年に高麗屋三代襲名披露公演「壽 初春大歌舞伎」にて十代目松本幸四郎を襲名した。2月19・20日に「第64回 日本舞踊協会公演」に出演。

市川猿之助(イチカワエンノスケ)

1983年に「御目見得太功記」で二代目市川亀治郎を名乗り初舞台。女方から立役まで幅広い芸域と舞踊の名手として若手の頃より注目を浴び、2012年にスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」で四代目市川猿之助を襲名。伯父の三代目猿之助が創出したスーパー歌舞伎をⅡ(セカンド)として継ぎ「ワンピース』など話題作を生み出す。NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」、2月19・20日に京都・京都芸術劇場 春秋座で行われる「市川猿之助 藤間勘十郎 春秋座花形舞踊公演」に出演。

中村獅童(ナカムラシドウ)

1972年生まれ。1981年に歌舞伎座「妹背山婦女庭訓」で二代目中村獅童を名乗り初舞台。歌舞伎俳優として活躍する傍ら、2002年に公開された映画「ピンポン」で注目を集める。2015年に絵本を原作とした新作歌舞伎「あらしのよるに」を上演し、再演を重ねる人気作に。2016年には、バーチャルシンガーの初音ミクとコラボした超歌舞伎「今昔饗宴千本桜」を発表。NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」、2月にコクーン歌舞伎「天日坊」が控える。

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