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第3回コミナタ漫研レポート(ゲスト:相田裕)【3/5】

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かるた競技の一瞬を描くフキダシの技法

唐木 この境界線が失われていく表現というのは、心象風景のほかにも使われていますよね。ほかにどういった効果がもたらされるものですか。

相田 かるた競技ですから、当然ですけど、札を取るところを描きますね。バン! って一瞬で取るところ。その瞬間を表現するのに、末次先生はすごく工夫されてるんじゃないか思うんです。

わたのはらこ

相田 これ、須藤という強敵との対戦シーンですね。ほんとうに一瞬が表現されていて、迫力が伝わるページです。ここで読み手が読んでる「わたのはらこ」っていうフキダシ、「わたのはら」と「こ」の間でいったんすぼまっていますが、ひとつのフキダシとしてコマを横断してますよね。

唐木 なぜすぼまってるかというと、「わたのはら」には「わたのはらこ」と「わたのはらや」という2種類があるんですね。だから選手は、「わたのはら」に続く「こ」まで聞いて取らないといけない。その「こ」が発音された瞬間までが、まさしく表現されているわけです。

相田 もはやどのコマを順番に見て、という読み方ではなくて、このページ全体でひとつの絵として一瞬を表してるんですね。この「わたのはらこ」っていうフキダシが繋げてくれてることで、全体をひとつに見ることができる。

唐木 これってひょっとして、さっきおっしゃってた枠線が細いからこそできることなんでしょうか?

相田 そうなんですよ。枠線が太いとコマとコマで強い境界が生まれてしまって、別の時間軸になってしまう。「ちはやふる」の場合は枠線が細いので、コマとコマが同時に印象づけられる。枠線が細いからこそ、フキダシが横断するとき、自然に溶けこませることができるんですね。

「ちはやふる」と好対象な「青い花」

唐木 そこで今回、サブテキストとして相田先生が挙げてくださったのが、僕も大好きな志村貴子先生の「青い花」です。

青い花

相田 同じ女性の作家さんですが、コマ割りが全然違いますよね。「ちはやふる」にはカメラが捉えた客観映像はあまりなくて、キャラクターの脳内に映ってる風景が多用されていましたけど、「青い花」の場合は本当にレンズで切り取ったような。

主観を排した客観的なコマ割り

唐木 実に客観的な絵ですね。カメラワークが存在している。

相田 だからこそ、すごく現実感が出てますね。

唐木 「ちはやふる」と「青い花」では枠線の太さも全然違います。

相田 そうですね。枠線が太いと1コマ1コマじっくり読めるし、読む順番もちゃんと意識される。また「ちはやふる」のキメゴマはタテ位置でしたが、「青い花」の場合はヨコ位置です。ヨコ長のコマは安定感があって、読み手の視線をどっしり受け止めます。どっちかというと僕の作品も「青い花」タイプですね。

背景の量をコントロールできるのはマンガならでは

唐木 なるほど。タテ位置はスピード感が出て、ヨコ位置はどっしり感、安定感が生まれる、と。どちらがいいという話ではないですよね。

横長四角コマの安定感

相田 もちろん。あとヨコ位置の場合、上下が消えてしまうデメリットはありますが、キャラの左右に空間ができるのが長所で。このコマには空白がありますね。

唐木 背景を描いてないですね。

相田 この空白っていうのが演出に重要なんです。もちろん背景を入れたければ、入れる余地も広い。

唐木 映画と違ってマンガは、背景をどれくらい入れるかっていうのを作家がコントロールできますからね。

相田 実写とは違って、マンガの場合、このコマでは背景を描く、このコマでは描かないっていう選択ができるし、どれくらい描き込むか、またはユルく描くかっていう調節もできるんです。

唐木 そこはマンガならではですね。このシーンで背景がまったく描かれてないっていうのは、どういった意図があってのことなんでしょう。

相田 ここはモノローグのシーンですが、キャラクターしか描かれてないので、当然読む側はキャラクターに感情移入します。背景が少なければ少ないほど、キャラに関心が寄る。(つづく)

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