辻田りり子「かのこ様シリーズ」の最新作「恋だの愛だの~君は僕の太陽だ~」最終3巻が発売された。シリーズの主人公だった苗床かのこではなく、“脇役”だった山田丈之進を主人公に据えた意欲作だ。
コミックナタリーではこれを記念し、辻田と「かのこ様シリーズ」のファンであるお笑いコンビ・パーパーのあいなぷぅの対談をセッティング。中学時代に「笑うかのこ様」に出会い、影響を受けていると語るあいなぷぅに、辻田作品の魅力を語ってもらった。さらに昨年辻田が出場して話題を集めた「M-1グランプリ」の裏側や、当たると評判のあいなぷぅによるタロット占いなど、初対面とは思えないほど意気投合した2人の姿をご覧あれ。
取材・文 / 岸野恵加撮影 / 番正しおり
1作目「笑うかのこ様」全3巻
2007年~2009年 / LaLaスペシャル、LaLa、LaLaDX(すべて白泉社)で連載
友達も作らず、クラスでいつも1人の中学生・苗床かのこ。その目的は完全なる傍観者として周囲を観察すること。男女の三角関係や先生と生徒の秘密の恋、負のオーラ満載の女子社会……。そんな愛憎渦巻く人間関係を観察する楽しみのため、常に1人で行動しているかのこだったが、ある女の子との出会いで世界は変化していく。
2作目「恋だの愛だの」全11巻
2009年~2016年 / LaLaDX(白泉社)で連載
進学校の宝ノ谷高校へと入学したかのこ。心機一転、今までの観察者ライフを卒業し、花井桃香の友人として恥ずかしくない自分になることを決意する。“爽やかガール”になるべく高校生活をスタートさせるかのこだったが、文化部三国志を勝ち抜くための“軍師”として、新聞部に入ったことをきっかけに、観察ライフが再燃して……。「笑うかのこ様」高校生編が展開される。
3作目「恋だの愛だの~君は僕の太陽だ~」全3巻
2023年~2025年 / LaLa(白泉社)で連載
自他ともに認める平凡なイイ奴キャラ・山田丈之進。高校に進学しても中学時代の仲良しメンバーとつるむ日々を送っていた山田は、椿とかのこが付き合っていると聞きショックを受ける。そして自分が中学時代の友人・杜若を好きなことに気づいた山田は、彼女に見合う男になるべくお笑い芸人として活動を始め……。「かのこ様シリーズ」では脇役だったかのこたちの友人・山田を主人公にしたスピンオフ。
中学生の頃に出会った「笑うかのこ様」にすごく影響を受けている(あいなぷぅ)
──先ほどの撮影がすごく息ぴったりで、初対面とは思えませんでした。
辻田りり子 あははは(笑)。私が馴れ馴れしかったかもしれないですが……!
あいなぷぅ いえいえ! こうしてお会いできて、本当に光栄です。
──おふたりの交流が始まったのは約1年前。あいなぷぅさんがXで「恋だの愛だの」について触れたポストに、辻田先生が反応したのが始まりでしたね。
辻田 あの投稿を見て本当にびっくりしたんです。「あいなぷぅさんが『恋だの愛だの』について書いてくださってる!」と全力で共有したら、編集部も沸いていました。それから「恋だの愛だの~君は僕の太陽だ~」2巻帯への推薦コメントを依頼させていただきましたね。
あいなぷぅ 普段から少女マンガを含め、マンガ全般が大好きで。好きな作品のことを何気なくつぶやいただけなので、まさか先生に届くとは思わず、すごく驚きました。コメントの依頼とともにサインとお手紙を送っていただいたんですが、その内容が単行本のあとがきを読んで感じていた、先生の雰囲気そのもので。今日こうしてお会いしてもそれは変わらず、「解釈一致だ!」と勝手に喜んでいます(笑)。
──あいなぷぅさんはいつ「かのこ様シリーズ」に出会ったのでしょうか。
あいなぷぅ 中学生の頃に「笑うかのこ様」に出会ってから、スピンオフの「恋なし愛なし」まで全巻購入しています。読んだことがないマンガを大量に買い漁っていた時期があって、そこでジャケ買いをしたのが最初ですね。「笑うかのこ様」は、恋愛が主軸になっていないことが新鮮でした。学校内の政治にフォーカスして、かのこが人間観察に明け暮れているさまがすごく面白くて。中学生の自分には、かのこが教師に一泡吹かせて言う「義務教育なめんなよ!」というセリフがすごく刺さったことをよく覚えています。あと「2、3個歳が違うからってなぜヘコヘコしなきゃいけないんだ」というかのこの考え方も「確かにそうだよな」と納得して。すごく影響を受けていると思いますね。
辻田 作品と一緒に成長してきてくださったんですね。「笑うかのこ様」で中学生、「恋だの愛だの」で高校生、「恋だの愛だの~君は僕の太陽だ~」で社会人と、成長していくかのこたちを描いてきましたが、その時々でリアルな世代の方に読んでもらえたらより響くだろうな……と思いながら描いているので、すごくうれしいです。
──「笑うかのこ様」「恋だの愛だの」「恋だの愛だの~君は僕の太陽だ~」は、キャラクターは共通でも切り口やテイストが異なりますが、先生はそれぞれどのような思いで執筆していましたか?
辻田 1話完結形式の「笑うかのこ様」は恋愛描写よりもギャグ寄りで、私の趣味を全開にした作品。そのキャラクターたちが高校生になるときに、コンセプトをラブコメに変えたいと思って、タイトルを自ら「恋だの愛だの」に変更しました。「恋だの愛だの」は、読者にウケる要素に振り切って描いていて。特に椿くんが引きの強いキャラクターなので、彼にフィーチャーした部分は大きかったです。
あいなぷぅ 椿くんは魅力にあふれていますよね。まさに学園の人気者の、完璧なイケメン。「笑うかのこ様」を読んだ人は、みんな必ず椿くんのファンになると思います。でも「恋だの愛だの~君は僕の太陽だ~」では、椿くんがメインじゃなくてびっくりしました。
辻田 モブだった山田を、まさか主人公にするという(笑)。それは読者が望んだ物語ではないということは私もわかっていたんですが、自分が描きたかったし、そんなに長編にするつもりはないし、いいかな……と踏み切りました。
芸人はあくまでスパイス。少女マンガとして感情の動きを描きたかった(辻田)
──自他ともに認める平凡キャラの山田丈之進は、「恋だの愛だの~君は僕の太陽だ~」で芸人の道に進んでいきます。同業者のあいなぷぅさんはどう感じましたか?
あいなぷぅ もう……大反対ですよ! マンガを読んでいて声を出すことってあまりないんですけど、思わず口から「ええー!?」と漏れました。
辻田 (笑)。
あいなぷぅ 私はもし自分に子供が産まれても、芸人にはさせたくないと思うタイプで。山田のことが好きなので、かわいい子にはこちらの道に来てほしくなかったです! でも以前から、先生はお笑いに詳しそうだし、絶対に私より好きだろうなと思っていました。作中に(心斎橋筋)二丁目劇場とかも出てきますもんね。
辻田 大阪出身で、世代的に大阪が「第2のダウンタウンを探せ!」というムードで盛り上がる中で育ったので、お笑いが染み付いているところもあると思います。深夜番組もたくさん放送されていました。当時は千原兄弟がトップで、大阪NSC11期生のケンドーコバヤシさんとか、中川家さん、陣内(智則)さんとかが一気に出てきた華やかな頃で。大阪NSC13期に至っては新人のイメージが強く、いまだに若手のように感じてしまうんですよ。年上だし、大ベテランなんですけどね(笑)。
あいなぷぅ なるほど。富中メンバー(山田と夏草のコンビ名)の冠番組が決まったときに、補佐役での出演が決まった先輩芸人の××さんが「ありがとう 山田が芸人を選んでくれて本当によかった」とお礼を言うシーンは、芸人の世界で実際にあるなと思いながら読んでいました。ここまで熱い言葉ではなくとも、私たちも番組に呼んでいただいたときなどは相手にお礼を伝えるので、リアルだなって。
辻田 ええー、そうですか! あれは単純に「山田が誰かを照らす太陽になっている」という描写の前振りとして入れていました。
あいなぷぅ 先生、めちゃくちゃ調べたのかな?と思いましたよ。
辻田 全然(笑)。今回は取材もしていないんです。もっと長編で描くなら取材していたと思いますが、3巻くらいと決めていたし、芸人はあくまでスパイスというか、そこに重きを置いてなくて。少女マンガとして感情の動きをしっかりと描いて、働く人々に共感してもらいたいと思っていました。
──仕事が忙しくて恋人の杜若さんとなかなか会えず、気持ちがすれ違っていく描写は、働く大人の恋愛模様としてすごくリアルに感じました。
辻田 相手を好きだけど、仕事が忙しすぎて連絡も取れず、全部が面倒くさくなって「別れよう」となる……この流れ、働いている人ならわかりますよね。中高生はたぶんピンと来ないと思うんですけど、大人になったときに「これ、前に読んだやつだ!」となってくれたらいいなと思っています、進研ゼミのように(笑)。
あいなぷぅ あはは! 「わかる……わかるぞ」のあれですね(笑)。
──先ほどあいなぷぅさんは椿くんと山田のことが好きだとお話ししていましたが、「かのこ様シリーズ」全体の中で好きなキャラクターは?
あいなぷぅ 椿くんと、梅ちゃんです!
辻田 梅ちゃんですか! 桃ちゃんの弟ですが、本編では4コマくらいしか出ていないのに、読者人気は高いんですよね(笑)。
あいなぷぅ 梅ちゃんをもっとたくさん見たいです! 椿くんは、やっぱり「笑うかのこ様」第1話の「頭の悪い女とは話が合わない」「顔の悪い女とは話すらしたくない」というセリフが衝撃的すぎて。「こんなこと言っていいんだ! 少女マンガにそんなヒーローいる!?」って(笑)。
辻田 いまだに椿くんはそのセリフを擦られていて、グッズで出たこともあります。中3のときの黒歴史を擦られ続けている男(笑)。
あいなぷぅ 大人になった今考えると、束縛がすごくて行動を制限されそうだから、椿くんは付き合いたくないですけど(笑)。学生時代は圧倒的なカッコよさに惹かれていましたね。「いつまでも憧れの椿くんでいてほしい」という、山田と同じような感情を抱いています。
──山田と杜若さんの恋愛模様は、あいなぷぅさん的にはいかがでしたか?
あいなぷぅ めちゃくちゃ好きです! 勝手に、杜若さんは私に似ている気もするんです。
辻田 うんうん、サバサバしているところとか、似てるかもしれない。
あいなぷぅ セリフも自分と似たようなことを言っている気がして。だから、杜若さんが幸せになれる人として山田を選んで、その山田を幸せにしようと行動しているところは、ジーンとしましたね。幸せになってくれてうれしかったです。
次のページ »
辻田先生の悪役令嬢ものを読んでみたい!(あいなぷぅ)