第69回小学館漫画賞の贈呈式の様子。

今年「部門」を廃止、小学館漫画賞を通して考える「マンガ賞」の現在とこれから

審査員の島本和彦&ブルボン小林にも話を聞いた

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「アニメやマンガ」とひとからげにされがちだけど、マンガはマンガ

今年行われた第69回の贈呈式で、絹田村子の「数字であそぼ。」について講評した後、ブルボン小林はその場にいるだけではない、すべてのマンガ家に語りかけるようにこう話した。

「マンガファン代表としてここで選考していますが、私の本業は小説家で、小説家の知り合いがたくさんいます。仕事柄、マンガ家の知り合いもたくさんいるのですが、小説家よりマンガ家のほうが間違いなく孤独です。マンガはヒットすることが大事で、それがやりがいになると思うのですが、小説の世界は『評』や『賞』がとても充実していて、売れ行きや愛読者の生の声とは違う“評”がある世界です。

小学館漫画賞はすごく大事な賞だと思います。(マンガ家にとって)売れ行きとも、読者の生の声とも違う、評価の言葉はすごく大事。これからも小学館漫画賞は充実していってほしいし、マンガ好きとしてマンガ家の皆さんにもがんばってほしい。マンガが好きだから、選考委員を頼まれるうちは(自身も)全力でやっていきたい」(ブルボン小林)

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マンガ家に対する敬愛と、審査員を務めるうえでの覚悟を感じる言葉だった(本記事の最後ではマンガ賞に対する思いを、ブルボン小林本人により詳細に綴ってもらっている)。そんなブルボン小林に、マンガ界において小学館漫画賞とはどんな賞であると思うか、また現状感じる課題について聞いてみた。

講談社漫画賞と並んで、「歴史がある」そのこと自体に意義がある賞だと思います。
大きなヒットがあって中堅になりつつある人が候補になることが多く、そのキャリアの中で強い励みになっているなあ、と(授賞者の喜びっぷりを横で見ていて)思います。

小学館漫画賞はアニメ化やメディア化されたもの、もしくはそうなりつつあるものの候補入りが多い傾向があります。そうではない、マンガならではの(むしろ映像化しにくいくらいにマンガの個性が際立っている)候補が、もっとあってほしいとは思います。
逆にいうと「メディア化する/しそうなほど勢いがある」ことを評価し、さらに勢いに弾みをつけてあげたい、という意図で候補が選ばれているのだなあ、とも。(ブルボン小林)

審査を務めるうえではどんなことを意識しているのだろう。

アニメや小説ではない「マンガならでは」の特性を感じ取れるかどうかを大事に読んでいます。「アニメやマンガ」とひとからげにされがちだけど、マンガはマンガです。(ブルボン小林)

マンガという文化そのものに対するリスペクトを感じる回答だった。同じ質問を島本にも投げかけてみた。

第69回小学館漫画賞の贈呈式において、講評を担当した島本和彦。

第69回小学館漫画賞の贈呈式において、講評を担当した島本和彦。

何か意識しようと思っても作品を読み始めるとなんと言うか「邪念」はすぐに消し飛んで「面白いかどうか」「独自の語り口調を持って作品を紡いでいるか」「勢いが最初だけではなく、どんどん加速しているのか」みたいなごく当たり前の純粋な感想が脳内で繰り広げられる。
いわゆる「普通の読者」になってしまいますので、特に何も意識してはいないです。自分の作品を読んで良し悪しを判別するように、同じ感覚で読み込みます。これは小学館漫画賞に限ったことではありませんが、審査員の皆様は「自分の得意ジャンル」には厳しいような気がします。だからと言って大きく結果が変わるわけではありませんが。

審査自体は審査員の皆様ガチで挑んで来ますので、意見が分かれでもしたらとんでもなく時間を使って意見が交わされます。自分があまり惹かれなかった作品をほかの審査員が解説することによって見方が変化して光り輝くこともあり、優れたマンガ作品について語り合う審査会の時間はとてもエネルギーを使って疲弊しますが、物凄く充実した楽しい時間でもありますね。(島本)

いろんな分野の方々に審査をお願いしている意味がある

選考委員会には島本らマンガ家のほか、ブルボン小林のような小説家・コラムニスト 、最新の第69回であれば恩田陸(小説家)、川村元気(映画プロデューサー・小説家)という、マンガ以外の分野で活躍する面々も名を連ねる。年度によって顔ぶれは変わるが、過去には女優の麻生久美子が参加していたこともあった。審査員はどのような基準で依頼しているのだろうか。

「厳密な基準はありません。どういう分野で活躍されている方だとしても、マンガに造詣が深い方にご依頼しています。マンガ家さんが作り手視点で見る部分もあれば、ほかの審査員の方が読者目線で見る部分もあるかもしれない。マンガって、何をもって面白いと感じるかは本当に人それぞれですよね。ですので、いろいろな背景を持たれている方に審査員を務めていただくことで、幅広いジャンルの中からいい作品を選んでもらいたいと思っています」(西巻氏)

最終審査が実施されるのは、結果発表日の当日。午後に話し合いがスタートし、夜には結果が発表となる。自分が最終選考にノミネートされている作家だとしたら、その日は1日気もそぞろで落ち着かないだろう。

西巻氏によると、審査員による各作品への講評内容は事前に選考委員会内で共有され、お互いが各作品をどう評価しているかを把握したうえで話し合いが行われるという。どんな雰囲気の中で議論が交わされるのだろうか。審査の経験のない一般人にはあまり想像がつかない。

「僕が事務局に参加してから見た限りですと、皆さん和やかですよ。でももちろん緩い感じではなく、皆さんその道の第一人者の方たちですので、議論的には白熱しています。それぞれ見る角度というか視点が違っていて、そのあたりがいろんな分野の方々に審査をお願いしている意味があるなと感じます。それぞれの意見を聞いて『ああ、もっともだ』と、みんなが納得するような、視点は違うんだけれども評価が集まる作品は、審査員全体としての評価も高くなってくると思います」(西巻氏)

第69回小学館漫画賞の贈呈式に登壇した、(左から)池上遼一、稲垣理一郎、松井優征。

第69回小学館漫画賞の贈呈式に登壇した、(左から)池上遼一、稲垣理一郎、松井優征。

最終審査はおよそ3~4時間ほどかけて行われ、結果が決まるとすぐに各編集部や担当編集に通知される。過去には自分は選ばれないだろうと油断していたところ、担当編集からの電話で受賞を知らされ慌てたというマンガ家の話も聞いた。第69回にて「トリリオンゲーム」で小学館漫画賞を受賞した池上遼一は、担当編集から受賞の報せが届くと、自宅近所の寿司屋で編集者とともに待機していた稲垣理一郎のもとに駆けつけ、稲垣の満面の笑みを見た瞬間に思わずハグをしたというなんとも微笑ましいエピソードを披露していた。

数字とは別の価値観として作品が評価されたと感じてもらえているなら、すごく光栄なこと

小学館漫画賞に限った話ではないが、マンガ賞などの授賞式におけるスピーチは、作者のマンガに懸ける思いが短い時間の中でぎゅっと凝縮された形で言語化されており、たびたび感銘を受ける。

筆者が初めて小学館漫画賞の贈呈式に参加した2016年(第61回)、児童向け部門を受賞した(月刊コロコロコミックで連載された)「ウソツキ!ゴクオーくん」の作者である吉もと誠は「落ちこぼれでもバカにされても、失敗してもパッとしなくても、好きなことを諦めないでがんばれば人生が楽しくなると、自信を持って読者の子どもたちに伝えることができると思った」と語り、「コロコロ最高ー!!」と拳を突き上げて叫んだ。そして笑顔を見せた。

第61回小学館漫画賞の贈呈式で、「コロコロ最高ー!!」と叫ぶ吉もと誠。

第61回小学館漫画賞の贈呈式で、「コロコロ最高ー!!」と叫ぶ吉もと誠。

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第69回の贈呈式に登壇した「逃げ上手の若君」の松井優征は、先述した「小説家よりマンガ家のほうが間違いなく孤独」というブルボン小林の言葉に触れながら「闇の中でマンガを描いている気持ちでした。その中で小学館漫画賞をいただいたというのは『君がやってきたことは間違ってなかったんだよ』というのを言っていただいているような気持ちになりました。これからも自分がマンガを描く活力になると、改めて思いました」と喜びを滲ませていた。

西巻氏はこの言葉を受けて、「コミックスの売り上げだったり世間で大きな話題になったり、もちろんそういったことも作家さんにとってはうれしいことだと思うのですが、小学館漫画賞に選ばれたことを、数字などとはまた別の価値観として、作品が評価されたんだというふうに感じていただけているのだとしたら、すごく光栄なことだと思います」と話す。

一方で「『小学館漫画賞を受賞した』という話題自体が、普段マンガを積極的に読まない方にとっても『あ、そうなんだ』と興味を持ってもらえるといいなと。受賞をきっかけに『こんなマンガがあるんだ』というふうに知ってもらえるような存在になったらいいなと、そこはこれからの課題でもあるのかなと思っています」と、事務局の1人としての展望を語ってくれた。

「客観的に優れている」という誰かの証明が、創作する者の孤独を長く強く照らすはず

ここまで小学館漫画賞について綴ってきたが、マンガ賞は「小学館漫画賞」や「講談社漫画賞」「手塚治虫文化賞」のようにいち企業が主催となり優秀作品を決定するもののほか、有志による実行委員が企画する「マンガ大賞」、また地方自治体や国が主導となるものなど、さまざまな種類がある。直近だと4月上旬にマンガ大賞2024が発表され、今年は泥ノ田犬彦の「君と宇宙を歩くために」が大賞に輝いた。

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書店のPOPや単行本の帯、SNSで「●●賞受賞作品」などの文字を目にし、新たなマンガと出会うきっかけを得たことのある読者もいるだろう。

そういった数々のマンガ賞の目的や意義について、島本とブルボン小林はどのような考えを持っているのか。またマンガ賞がマンガ文化や業界に与える影響についてどんな希望を抱いているのか、最後に聞いてみた。

マンガ家は褒められることに飢えていますので、賞はあればあるほどいいのではと私は思っております。コミックスが売れまくっているマンガ家さんは達成感があると思いますが、「そうではないけれどこのマンガに賞をあげたい」と言う作品もたくさんあります。マンガ家さんにもよりますが、とにかく作画時間が人生の多くの時間を潰してしまうと言う悲惨な職業ですので、承認欲求を満たしてあげないと可哀想すぎます。いろいろな賞が、一方向的な「売れ行き」「面白さ」「人気度」だけではない切り口でさまざまなマンガ家さんに喜びを与えてあげて、気付かなかった読者の興味を惹き、売れ行きをよくしてあげるのはとても大切なことだと思います。(島本)
小学館漫画賞の贈呈式の様子。写真は第61回のもので、右は「Sunny」で一般向け部門を受賞した松本大洋。

小学館漫画賞の贈呈式の様子。写真は第61回のもので、右は「Sunny」で一般向け部門を受賞した松本大洋。

マンガ家のよすがになるのは「売上」と「生の読者の声」です。ほかのジャンル(小説や映画など)は賞や評論が充実しているのにくらべると、かなり手薄です。
「評論」とか「賞」といった厳めしいものや権威ぶった評価なんかより、読者の熱い応援の声の方がよほどうれしい、なんていうマンガ家さんもいます。

それは分かるけど、読者の応援というのは残酷なくらいに刹那的だし、自己愛が混じったものも含まれます。売り上げも絶対に励みになるけど、もちろんそれも残酷なものです。
「人気」や「好み」と別の「客観的に優れている」という誰かの証明が、創作する者の孤独を実は長く強く照らすはずで、賞はそういうものだと思います。
たとえば読売文学賞は小説、詩歌、評論、演劇までに受賞させるけど、マンガ部門はない。ノーベル文学賞はあるけどノーベルマンガ賞はない。売れ行きとも、個々の応援とも違う「(歴史や権威をも行使しての)価値の明示」が、漫画にはもっともっとあっていい。

メディア化されないようなところを掘り下げるマンガにも優れたものがたくさんあるし、賞はどかどかやってほしいし、やるなら、どれもちゃんと続けて、歴史を作ってほしいです。(ブルボン小林)
島本和彦

1961年4月26日生まれ、北海道池田町出身。1982年、週刊少年サンデー2月増刊号(小学館)にて「必殺の転校生」でデビュー。代表作に「炎の転校生」「逆境ナイン」「吼えろペン」などがある。現在はゲッサン(小学館)にて「アオイホノオ」を連載中。同作は2014年に第18回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、2015年に第60回小学館漫画賞の一般向け部門を受賞した。

ブルボン小林

1972年生まれ。コラムニスト。著書に「ザ・マンガホニャララ」「あの人が好きって言うから…有名人の愛読書50冊読んでみた」など。マンガにまつわる著書多数。小学館漫画賞の選考委員を務める。

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